『Mallet & Bow』
朝永明さまからいただきました番外編
『世界のどこかで愛を叫ぶ?』
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窓から異国情緒漂う街並みをぼんやり見下ろしていると、日本の国民的某アイドルグループの曲が聴こえてきた。 へぇ、コレってこんなトコでも流行ってんのか〜 このサビの歌詞って、マジでアイツにピッタリなんだよな〜 って、そうじゃなくて! コレ、俺の携帯の着信じゃねーか!! 慌てて通話をONにした。 が。 『せんぱい…』 珍しく電話をかけてきた俺の恋人は、そこで言葉が止まってしまった。 いつもなら俺から掛けるのだが。 あちらとこちらでは現在距離および時差という壁が立ちはだかっていて。 過去に「携帯が自由に使える休暇中とは言っても、1日に複数回の電話はウザイ。受ける方の迷惑を考えろ」と高校時代の1コ下の後輩に指摘されたこともあり。 それ故、電話は我慢して必要時のみ。 メールは俺的に言えば程々に、1コ下の元後輩で現友人の理玖に言わせるとウザイレベルなのかもだが。 こればっかりは理玖に何と言われようと譲る気はないわけで。 そこそこ頻繁に取り交わしていた――つもりだったが――あれ? 打楽器では大先輩奏者サンから教えてもらった民族系打楽器を生で体感したかった。 行先は電波的に言えば、多分、いや、100%届かなかった。 でも、それは言い訳でしかなく。 現地へ行って、体験して、ベースのホテルに戻って。 最後にメールした日時と、現在の日時差を逆算。 おいおい。 よく考えたら、コチラに事情があったとは言え、50時間くらい忘れてた、ような? 事実を思い出して、マジで泡を食いつつ。 意識して発する言語を日本語に切り替えた。 「今は…実家か?」 『寮、です』 「え、あ、もう授業が始まるのか!?」 コチラの日時は把握したが、日本だと…時差何時間だった? 咄嗟には計算しきれず。 『いえ、それはまだ、明日から、です』 「何かあったのか?」 『あ、の…』 俺に遠慮し過ぎるクセのある恋人だ。 問い詰めてしまえば余計に喋らなくなる危険がある。 表情という情報源を遮断された今はとにかく喋らせなければならない。 「凪」 続きを促すために声を潜めて呼びかけた。 『…ですね』 「え?」 『電話って、声だけが近いです』 「どうしたんだ?」 『声だけ近くて…残酷ですっ』 「凪っ…お願いだから俺のいないトコで泣くなよ」 何があったのかさっぱりわからない。 が、電話の向こうでただ静かに泣いていることだけが伝わってくる。 『せんぱ、が…いない、からっ』 声だけが近くて、俺がいない? 『とおく、いるかっ、ら…わるい』 とうとうしゃくり上げ始めた言葉をつなぎ合わせると、どうやら現在離れていることを詰られているらしい。 が、何故今それを言われているのかがわからない。 色々な偶然だか運命だか知らないが。 大先輩から『今すぐなら現地への渡りをつけてやる』と言われ、慌てて旅立つ準備を整えた。 今を逃せば、次にかの地へ赴く機会が訪れるかわからない。 だから日本を経つ前にその旨ちゃんと告げてきた。 『お土産話、楽しみに待ってます』と快く送り出してもらった。 そして日本を出てからも前回メールまではそんな素振りは微塵も感じさせなかったのに… 「俺だって、今すぐ傍へ行って、抱き締めたいんだぞ?」 俺まで慌ててしまってはこの会話はすぐに破綻してしまいそうで。 努めてゆっくり、低めの声で告げたのだが。 『僕だって触りたいっ!』 「え?」 いまだかつてこんな直截的な言葉を聞いたことがあっただろうか。 いやない。 『触ってぎゅってしたいのにっ…声しか、近くなぃ』 再び電話の向こう側でしゃくり上げ始めた。 おいおいおい、一体何があったっていうんだ!? 「凪、おい、凪っ!!」 『……い』 「え?」 電波状態が悪いというよりは、声が小さ過ぎたせいだろう。聞き取れなかった。 『あつい。ぬぐ』 「は?」 直後の、きっぱりはっきり宣言と共にしばらく衣擦れの音だけが伝わってきて…そして途切れた。 「もしもし? 凪、凪っ!?」 携帯を確認すると通話が切れたわけではないらしい。でも何も聞こえない。 これはもう、一旦切って寮の誰かにかけ直して凪の下へ走って貰った方がいいのだろうか。 でも誰に? でもって、凪は寮のドコにいるんだ?? 逡巡していると再び向こうから何か聞こえてきた。 『いた、いたー』 『よかった〜』 『ったく、心配かけやがって』 『先輩にバレたらただじゃ済まないぞ』 『ホントだよ』 「俺は、誰にどうただで済ませなければいいんだ?」 『『『『ぎゃっ!!』』』』 やっと携帯が繋がっていることに気付いたらしい。 暫くの間携帯の押し付け合いをしている声が聞こえた後、ババを引いたのは… 『えーっと…こんばんは』 「久しぶりだな、麻生」 現、じゃない。 秋に後を譲ったから俺より2代後の前部長である麻生直也だった。 『お久しぶりです、里山先輩』 「で、状況説明はしてもらえるんだろうな?」 『あー…僕も最初から現場にいたわけではないのですが…おい、和真?』 途中から背後にいるらしい安藤と何事かを相談し始めた。 『全部話すしかないだろう?…は?…前中後編に分けろ?…何処と何処で切れるんだよ』 一体何の相談だ? 『ダイジェスト版って、わけわからないだろうがっ。だったら自分で話せっ』 揉めているらしい。 『は?…おい、和真っ…仕方がない、先に帰らせて。渉、こっちは大丈夫だから』 渉がパニックでも起こしたのか? 『桂は凪を頼む』 切れ者と誉れ高い麻生だが、相当慌てていたようだ。通話口を塞ぐことすら忘れて喋っていた。 『お待たせしました』 「で?」 『和真が言うには前中後編に分かれるらしいのですが、何処から聞きたいですか?』 「…全部話せ。今すぐ話せ。さっさと話せ」 『ですよね〜。実は…』 帰寮した凪が携帯を握りしめたまま刻一刻と萎れていった。 心配した渉が部屋へ呼び、話を聞きながらホットチョコレートを飲ませた。 目を離した隙に凪が消えた。 以上、らしい。が。 「なんじゃそりゃ?」 『ですよねぇ…あ』 『お電話代わりました、安藤です』 「何があったんだ?」 『先輩が悪いんです』 凪が俺からのメールが急に途絶えて心配した。 渉たちの部屋に招かれた凪が、アルコール風味のチョコを溶かしたホットミルクを飲んで愚痴を吐いた。 渉たちの部屋を抜け出して、ロビーの片隅で俺に電話をかけ、途中で寝落ちした。 と。凪はそこそこアルコール耐性あるのに。 つまりは 「俺のせい、か」 『はい』 流石は安藤。一言でバッサリだ。 これが理玖なら、延々と説教が続くだろう。 「迷惑、かけたな」 『いえいえ。ただこちらもお菓子で酔っ払うと思ってませんでしたので、その点は申し訳ありませんでした』 「ちなみにそのお菓子は何処のメーカーのものなんだ?」 『日本のものではないです。渉が葵さんから送ってもらってるようですが』 「そうか。ならこっちで聞いておく。原因がお菓子だからそれ以上具合が悪くなることはないと思うが…」 『はい、しばらく様子見てますからご安心を』 「すまんが頼む」 『お任せください。それじゃあ、お休みなさい』 「ああ」 通話が切れた携帯をしみじみと眺めながら3歩後ろへ下がり、ベッドへ転がったら。 「あ、圏外だ」 大きく息を吐いた。 「煽るだけ煽りやがって…覚悟しとけよ?」 帰国したら触られたおしてやるからな。 今は遠く離れた土地から、眠っている恋人に向けて呟いた。 |
END |
めいちゃん、素敵なお話ありがとうございましたv