『彼』が母校へやって来た。

君の愛を奏でて3〜番外編




 久しぶりの母校。

 来客用駐車場に車を止めて、僕は正門へと回る。

 入校するには守衛室に届けを出さなきゃいけないんだけど、僕は顔パスだ。

 顔を見せれば、久しぶりですね…と、昔からの馴染みの顔が笑ってくれる。




「あれ? 渉、こんな時間に私服でどこ行ってたんだ?」

 そんな声を掛けられて、僕はにこっと微笑んで見せ、口元に指をあて、『シー』っと小さく言う。

『あ、ナイショね』なんて、向こうは正しく解釈してくれて、じゃあなと手を振ってくれた。

 それに僕も手を振り返し、どうやら渉は随分ここに馴染んでいるようだと、僕はホッと息をつく。

 それにしても、未だに高校生に見間違われるのもちょっとどうかと思うけど。




 さて、ここからどうやって、誰にも見つからずに音楽ホールまで行くか。

 悪いことをしてるわけじゃないので、別にいいんだけど、とりあえず今日は時間がない。 

 本当はこんな短い時間でちょっと覗いていくだけじゃなくて、ゆっくり時間取ってレッスンがてら…が出来れば良いんだけど、ここ1、2年はスケジュールが混んで、なかなか難しい。

 それは悟も気にしてることなので、出来るだけ早く、調整がつくようにしたいなって思ってるんだ。

 今日来ることは、祐介には一応メールはしてある。

 とりあえずちょっと覗くだけだから、勝手に行って勝手に帰るから、ほっといていいよ…って。


 
 ここは僕にとって、聖域。

 僕はここで、多くのかけがえのない人たちに出会い、たくさんのことを教えてもらった。 

 あの3年間は、今でも僕の宝物。

 だから、祐介がここへ帰るって決めたときには、とんでもなく嬉しかった。

 僕だけでなく、みんなも喜んだ。

 そうそう、同級生では陽司と古田くんも帰ってきた。

 ま、2人にはこれでもか…っていうくらいの動機があるもんね。
 森澤先輩と翼ちゃんがいるから。

 それにしても、森澤先輩が渉の担任だなんて、びっくりだった。

 守も『マジかよ〜!』なんて言ってたけど、まあ、渉は成績も優秀だし、パパと違ってやんちゃもしないし…って、みんなに言われてたけどね。

 ま、いずれ『パパのかつてのやんちゃの数々』も、渉の耳に入っちゃうんじゃないかな。
 それはそれで、楽しそうだけど。


 それはいいとして、心配なのは、渉の健康状態…かな。

 生まれてすぐから病気が多くて、しょっちゅう入院していた渉だから、寮へ入れるのはお義姉さんも不安だったみたい。

 けれど、涼太が全面的に支えてくれるってことで、やっと納得したって感じ。

 渉の性格――引っ込み思案で人見知り――で、寮に入れるのは不安じゃない?…って聞いてみたことあるんだけど、お義姉さんは、『そんなのはかえって寮生活した方がいいのよ』って笑ってたっけ。

 ただ、身体のことだけは、本人の意志ではどうにもならない部分があるから…って。

 だから、渉が肺炎で入院したって聞いた時――後から知らされたんだけど――には本当に『これから大丈夫かな』って心配もしたんだけど、その後はどうやら新しい生活にも慣れてきたみたいで、友達にも恵まれて楽しく過ごしている様子で、ホッとしてるところ。


 

 さて、校内をこそこそと進んで、何とか誰にも会わずに、僕は音楽ホールの2階席に入り込めた。

 見下ろすステージにはメインメンバーが集まり始めている。

 ほんと、何回見ても懐かしさで胸が一杯になる。
 今の僕の原点がここにある…と言っても過言ではないから。


 
 あ、直也くんだ。
 久しぶりだけど、また一段とハンサムになったなあ。
 やっぱりお母さん似かなあ。
 隆也も相変わらず綺麗系のハンサムだけど、茉美さんも美人だし。

 それに背も高くなって、体型もかっちりし始めてる。

 物心ついただろう頃から躾の行き届いたしっかりした子で、物怖じしないし、何度もレッスンしたけど、その度に集中力の高さに感心しちゃったっけ。

 それに、見た目は甘系ソフトだけど、中身はちょっと違うだろうな。
 多分、かなりタフな性格してると思う。

 妹の茉奈ちゃんは奏と同い年。
 ちょっと恥ずかしがり屋さんで、会うたびに茉美さんの後ろに隠れちゃうんだけど、暫くすると懐いてくれて、可愛いったらないんだ。

 おしゃまで口達者な奏を見慣れてる所為か、『女の子』感が溢れてるって感じがする。

 奏も黙って座ってたら、これ以上ないほど『女の子』なんだけどなあ。
 でも、中身も外見も昇にそっくりだから。


 ちなみに、直也くんの『直』は、光安先生の名前からもらったって、隆也は言ってた。
 1番尊敬している人だから…って。

 で、茉奈ちゃんの名前を付けるときには、僕に『葵が大切にしてる字、ひとつもらっていい?』って聞いてきたから、もちろん!って答えたら、茉美さんの『茉』に僕の苗字――戸籍上は旧姓だけど――の『奈』で茉奈ちゃんになったらしい。
 なんか、嬉しいのとくすぐったいのとで、不思議な感じだったなあ。

 そうそう、隆也も結局、僕より随分背が高くなっちゃった。
 出会った頃は僕の方が大きかったのに。ちょっと悔しい。


 僕も隆也も、どっちも東京にいる時には必ず1回は会って、ご飯食べに行ったりしてる。

 ただ、隆也は全国的な有名人になっちゃったから――そう言うと隆也は『葵は世界的に有名人じゃん』なんて言うんだけど、僕の場合はクラシック音楽っていう狭い世界の話だし――外で会うのもなかなか大変になってきてる。

 会う場所自体は、いつも佐伯先輩が経営してるところを提供してくれるので、プライバシーは完璧に守ってもらえてホントに助かってる。 

 でも、『隆也と葵の逢い引き場所を提供してる』とか同窓会で言うの、やめて欲しいんだけど。

 仕事で久しぶりに一緒になった茅野くんに『麻生の不倫相手、奈月だって?』とか、マジ顔で言われちゃったし。

 佐伯先輩も、いくら自分が不遇な遠距離恋愛中だからって、後輩をダシにして憂さ晴らししないでくれないかなあって感じ。
 
 そもそも先輩が肝心なところで物わかりの良いフリしちゃったから、珠生ってばフランス行っちゃったっていうのにー。

 
 ま、それはさておき。

 ともかく隆也は一歩外へ出るともう、かなり大変なんだ。

 この前なんか、夜の六本木で、隆也の秘書さんが迎えに来てくれるのを待つほんの数分の間に、2人でいるところを写真週刊誌に撮られちゃったんだけど、同級生――しかも同性――が飲みに行った姿を撮って、何が面白いんだろねえ…ってほんと、笑っちゃったんだ。
 
 隆也は『どうせなら『路チュー』のサービスでもしてやればよかったな』なんて言うし。

 そんなことしたら、『麻生先生』のスキャンダルを狙ってるヤツらを大喜びさせちゃうじゃん。

 ま、隆也には本当にスキャンダルなんてないから、その点では心配ないんだけど、唯一心配なのは、忙しすぎて身体を壊さないかって…ことかな。

『タヌキ』な政治家のオジサマたちに囲まれて、ストレスも多いし…。
 



 お、桂くんも来た来た。コンマスがすっかり板についてて、かっこいい。

 栗山先生をワイルドにした感じの男前になったなあ。
 先生も結構身長あるけど、あれはもう、かなり抜いてる気がするな。

 小さい頃は由紀の性格――ぱっと見はざっくりなんだけど実は細やか――を強く受け継いでるなあって思ったけど、今もそうかな?
 
 活発で負けず嫌いなんだけど、相手を思いやることができる優しい子で、ドイツの学校にいた頃は、特に小さい子たちから慕われてたっけ。

 2才下の弟の修くんは外見が由紀似でかなり可愛い系。
 渉と良い勝負ってくらいなんだけど、中身は完全に先生似で、『優しいけれどおおざっぱで隠れS』…だったりする。
 将来の夢はお医者さんだって言ってた。
 ま、栗山一族でお医者さんになってないのって、先生だけだからな。

 そんな修くんと桂くんは、早くから離れて暮らしてる所為もあるのか、兄弟というよりは、友達みたいな感じ。
 渉たちみたいに名前で呼び合ってるし。

 僕は今でもよくウィーンの栗山家に泊めてもらうんだけど、2人ともチビの頃はいつも僕のベッドに潜り込んで来たっけ。
 絵本を読んでるうちにコロンと丸まって寝ちゃったりして、可愛かったなあ。
 それがまあこんなに大きくなっちゃって。

 そうそう、桂くんが聖陵を受ける時には昇が何度かレッスンしてたんだけど、また高校を出る前後には見る約束してるらしい。

 多分、ウィーンに帰って音楽院に行くんじゃないかなあって、昇は言ってたけど。

 それにしても、ウィーンと熊本っていう遠く離れた場所で生まれて育った2人が、ここで親友同士になるなんて、不思議で、嬉しくて仕方がないって感じ。

 しかも、桂くんも直也くんも、親から『聖陵行きなさい』って言われたわけじゃなくて、自分の意志で行きたいって言いだしたんだし。

 それに渉もここへ来るなんて、数年前には思いも寄らなかった。

 しかも今や渉にとっても『親友』のようだし。

 なんかやっぱり『巡り合わせ』を感じるなあ。


 …でも。
 随分前のことだけど、茉美さんと話していて、ふと思ったことがあるんだ。

 直也くんがあの年の2月に生まれてきたのは、偶然じゃないんじゃないかって。

『つきあい始めたのは高校を卒業した頃だったけど、隆也がきちんと向き合ってくれるようになったのは大学2年の秋頃からだった』って、茉美さんから聞いたのは、直也くんが小学校へ上がる頃だったと思う。

 僕たちが大学2年の秋と言えば、ちょうど、守が結婚した頃で…。

『お祖父様の事件から、やっと立ち直ってくれたのかなあと思って、嬉しかった』…って言った茉美さんが、何をどこまで知っているのか、僕に確かめる術はないけれど、その時僕は、もしかしたら…と思ったんだ。

 あくまでも、僕の勝手な想像だけれど。



 そうだ。あれは僕がここを卒業した頃。

 守が不意に言ったんだ。
『隆也、どうしてる?』って。

 僕と隆也がメールでやりとりしてるのは知ってたみたいなんだけど、1年とちょっとの間、守は何にも言わなかったんだ。

 でも、続く守の言葉に、僕は返す言葉をなくした。

『あ、でも、いい話だけ教えてくれないか? もしあいつが弱音を吐いてるのを知っちまったら、何もかも放り出して助けに行ってやりたくなるからな』って。

 それから、その後すぐくらいに隆也から来たメールには、珍しく写真が添付されていた。

 卒業式のもので、何人かの集合写真だったけど、グッと男らしく格好良くなった隆也の隣には、セーラー服の可愛い女の子の姿があって。

 それが茉美さんだったんだ。

 僕は隆也の学ラン姿がカッコいいって思ったんだけど、写真を見た悟と昇は、『なんか隣の女の子、どことなく葵に似てないか?』なんて言い出しちゃって。

 その時、ちょっと離れたところにいた守が堪らなくなった様子でやって来て、言ったんだ。

『ほんとだ…。あいつ〜、この期に及んでまだ葵のことを〜』

 その言葉にみんなで大笑いになっちゃったんだけど、後から考えれば、守はあの時、漸く自分も一歩を踏み出す気になったんじゃないかな…って思うんだ。

 もちろん、僕と茉美さんは全然似てなくて、でもあの時の写真は確かに『そんな感じ』の写り方をしていたから、だからこそ隆也は、あの写真を送ってきたのかもしれないけれど。





 それにしても。
 うーん。直也くんも桂くんも、大人の男の入り口にさしかかりつつあるって感じかな。
 とてもじゃないけど、渉と同じ歳には見えない。

 っていうか、渉の方が先に生まれてるのに。4月10日だし。

 渉はやっと、中学生って感じだなあ。ま、可愛くて良いんだけど。

 それにしても、その渉と間違われちゃった僕っていったい何?




 で、アニーが言ってた、翼ちゃんの甥っ子で、渉と同室のカワイコちゃんって…。

 ああ、あれだ。 うわ、凄い。

 翼ちゃんは高校時代の写真でも『美少年』だけど、この子は完璧に『美少女』だ。

 祐介情報によると、中等部で生徒会長をやった『切れ者』らしいけど、そんな風には全然見えない。可憐で大人しやかな『女の子』だ。

 でも…ただの勘だけど、僕と同じ匂いがするな…。
 そう。『女装なんてもってのほか』っての。

 昇や珠生みたいに何の抵抗もなくノリだけでやっちゃえるタイプもいるけど、僕はゴメンだったってば。

 そんな雰囲気が、彼――安藤和真くん――には漂ってる。

 あ、でも…。なるほどね。いい音出してる。アニーが欲しがるわけだ。

 一度ゆっくり話してみたいな。
 渉が全幅の信頼を置いてるみたいだし、お世話になってるお礼も言いたいし。

 そうだ。翼ちゃんのとこ、寄っていこ。
 お礼と近況報告しなきゃ。



 
 一通り合奏を聴いて、僕は相変わらず良い演奏をしてる後輩たちを頼もしく思いながら、こっそりホールを出ようとしたんだけど。


「あ、れ? 渉先輩、合奏中じゃなかったですか?」

 一番目立たない階段を下りてロビーを抜けようとしたところで、中等部の制服を着た背の高いハンサムくんに出くわしてしまった。

 ふふっ、『渉先輩』って呼ばれてるんだ。

 懐かしいなあ。卒業以来、何度もここへは足を運んで、その度に懐かしさにどっぷり浸ってるけど、こんなにも『あの頃に戻ったみたいだなあ』って思ったの、初めてかも。


「うん、渉は合奏中だよ」

 僕の言葉と、制服でないことに気づいたのか、彼は目を瞠って僕を見た。

「…え…あっ、も、もしかしてっ、奈月さんっ?」

 ばれちゃったよ。

「いつも渉がお世話になってありがとね」
「あっ、あのっ、いえっ、こここ、こちらこそっ」

 なんか、キリッとしたハンサムくんなのに、反応可愛いなあ。
 楽器、何だろ?

「これからも渉のこと、よろしくね。それと、今日ここに僕がいたこと、渉にはナイショでお願い」

 顔の前で手を合わせて、ちょっとウィンクなんてつけてみたりして。

「はっ、はい!了解です!」

 ちょっと紅くなって、ハンサムくんは了承してくれた。

 まあ、ばれたところでどうってことはないんだけど、でも、この子は約束守ってくれそうな気がするな。

「ありがとう。君もがんばってね」
「あっ、はい!がんばります!」

 じゃあね…と軽く手を振って、僕はホールを後にする。


 深呼吸をすると、あの頃と変わらない、澄んだ空気が身体の中に流れ込んできて、身体を綺麗にしてくれたような気がする。

 やっぱり、ここはいいなあ。

 そして僕は、渉がここへ来てくれて、本当に良かったと思っている。

 身体のことは心配だったけれど、何より祐介が側にいることだし、友達にも恵まれて、ドイツにいた頃とは比べものにならないくらい、生き生きしてて。

 きっと3年の間に、かけがえのないものをたくさん見つけてくれるんじゃないかな。

 あの頃の僕のように。




 あとから祐介に聞いてみたら、帰り際にばったりあった中等部の彼は、身長や顔立ちの特徴から、『多分、トランペットの沢渡じゃないかな?』ってことだった。

 中3で、中等部管楽器リーダーなんだそうだ。
 まだ3番手の奏者なんだけど、高等部に上がってからの活躍を期待してるんだ…って祐介は言った。


                    ☆ .。.:*・゜


 2年後、僕はまた彼と母校で再会することになる。

 高校2年になった彼は、トランペットの首席になっていて、僕のもうひとりの大事な甥っ子の、同室者にして親友で。

 そして僕は、彼がずっと僕との約束を守っていてくれたことを知ったんだ。

 甥っ子たちは、僕が彼に『久しぶりだね』って言ったのを聞いて、目を丸くしていたけど。



 ふふっ、本当にここは、気持ちが良い。
 そうそう。翼ちゃんは相変わらず可愛かった。
 
 
END



君の愛を奏でて 目次へ君の愛を奏でて2 目次へ君の愛を奏でて3 目次へ
Novels Top
HOME