七生くんの『日々是好日』


2年の第1話
「英がやって来た!」
 


 いやー、そりゃもう俺が入寮した段階ですでに話題沸騰。

 あ、俺、遠山七生は今日から高校2年生。

 ここへ来て最初の1年はとんでもなく充実してたけど、今年はそれ以上の1年にしたいと思って張り切ってる。

 で、何が話題沸騰かって言うと、渉の弟が入学してくるって話だからさ。

 去年は俺自身が新入りだったから知らなかったんだけど、有名人の子とか先生の子供とか親戚が入ってくるなんてウワサはどこからともなく漏れてくるものらしくて、入寮日にはそれなりに話題になるってんだ。

 去年の目玉はもちろん渉。

 一族みんな有名人で、しかも浅井先生の甥っ子だもんな。
 話題にならないはずがないってことだ。

 でも、渉の場合はあくまでも「らしい」って話に留まっていたそうなんだ。
 一般入試だったってこともあるんだろうな。
 ただ、一般入試会場では『めちゃめちゃ可愛い子がいる』って話題になってたらしい。

 そうそう、俺はコンバスの師匠から確度の高い情報として渉の入学を知ってたけどさ、当時その情報を共有するダチがまだいなかったからな。

 あ、後から知った話だけど、桂は渉が来ること知ってたらしい。
 ま、あそこは家族ぐるみの付き合いらしいからな。


 で、今年の目玉は渉の弟ってわけなんだけど、どんなヤツなんだろ。

 似てんのかな?
 似てたらやっぱり可愛いんだろうなあ。

『あの』渉のアニキっ振りも楽しみだな。

 めっちゃ可愛がってたりして、ちっこいアニキがさらにちっこい弟の世話焼いたりする姿なんて、かなり萌えじゃねえかなあ。

 で、妄想にまみれる奴らがまた溢れるに違いない。

 まあ俺だって、渉と和真と凪がちまっとひっついてるところなんて可愛いなあって思うし、そこへ渉の弟が入ったりしたら、さらに眼福ってヤツじゃね?

 それに、渉は一般入試だったけど、弟は音楽推薦って話だから管弦楽部入りは確定だし、楽器が何にしてもきっと首席レベルだろうから、そう言う意味でもマジ楽しみ。

 あ、コンバスじゃねえのはわかってるんだ。
 今年、コンバスの正真正銘がいないのは師匠に聞いて知ってっから。

 その代わり、中等部から上がって来る奴がかなり弾くから、次席もありかなあなんて思ってる。

 俺は首席を譲る気はないけどな。


 ともかく俺は、渉の弟に会うのを楽しみにしていたわけなんだけど。




「ただいま〜」

 凪が元気に入ってきた。

「お帰り〜」

 入寮時にはこんな挨拶があちこちで交わされる。

 先に帰ってた方が、お帰りって言うんだ。
 俺はこの習慣は結構気に入ってる。

 で、俺の大切な親友の凪は、この春はかなりウキウキしてた。
 そう、里山先輩と上手くいってるからだ。

 ほんと、俺も一時は気を揉んだけど、気持ちが通じあったみたいでホッとしてる。

 ただ、凪は恥ずかしいのもあってか、相変わらず『ラブ感』をあんまり表には出さなくて、この春休み中もしょっちゅうメールのやりとりしてたけど、ノロケらしいものはほとんどなかった。

 でも幸せそうな空気はこれでもかってくらい伝わってきたけど。

 反対にこれでもかってくらい暑苦しくてラブ度満点なのが里山先輩。

 俺と理玖先輩と渉はかなり、被害を被ってると思う。

 ま、先輩の気持ちも解らないではないけどな。

 ただでさえ卒業で離れ離れになった上に、凪は自己表現乏しい方だから――和真は『七生と同室になってから凪はずいぶん積極的になったよ』なんて嬉しいこと言ってくれるけどな――そんな凪の様子を掴みかねて不安になるのもわかるし、そうなると誰かに相談したいってのも当然だし。

 でも、凪の気持ちは丸ごと先輩に向いてるから、オレは心配してない。

 そう言うと、里山先輩も納得してくれちゃったりするんだけど、その後延々ノロケを聞かされる訳だ。

 けど、何にしても親友が幸せなのは嬉しいことだ。


 で、春休み中も頻繁にやりとりしていた俺たちだから、入寮しても近況報告なんてするまでもないわけで、そうなると話題はもう、これだ!


「なあなあ、渉の弟が入ってくるって話だけどさ」

 ワクワクと切り出した俺に、凪は目を『キラリーン』と光らせた。

「ふふっ、僕もう会っちゃたし」
「マジっ?!」
「うん、渉と歩いてるところに遭遇して、話もしたよ」

 お。この様子だと、きっといい感じで話せたに違いない。

 ってことは、やっぱり可愛いんだろうなあああ。渉の弟って。


「渉の弟、チェロなんだって」

 凪が嬉しそうに言う。

「弟も?」

 アニキと同じかよ。仲良いんだな〜。
 ってか、親父さんがチェリストだもんなあ。当然っちゃ、当然か。

 でも2人並んでちんまりチェロとか、いいなあ。
 凪も入って、めっちゃ可愛いじゃんよ〜。

 あ、別に転ぶとか転ばないって話じゃないからな。


「な、渉くらい可愛い?」

 ってか、渉の可愛さレベルはてっぺん突き抜けてるから、あれ以上を期待するのは酷ってもんだけど。

「えっ? 可愛…い?」
「そ。だって渉の弟じゃん。きっと可愛いに違いないって、みんなかなり期待してるみたいだし〜」

 そう言った俺に、凪はなぜだか目を泳がせた。

「あー、えっとさー…」
「…何?どした?」

 怪訝に聞き返す俺に、凪は『うん』とひとり納得したように頷いて、俺の肩をポンッと叩いた。

「ね、七生。百聞は一見に如かずってことで、見に行こう!」

 …そりゃま、正論だな。



 ってわけで、俺と凪は、行き交う同級生や上級生・下級生と言葉を交わしつつ、渉の弟を探した。

「あ、あそこにいたいた」

 凪が足を止めて、俺の腕を引っ張って物陰に隠れる。

 いや、別に隠れる必要もないんだけどさ。俺たち上級生なんだし。

「ほら、あれ」
「あ…れ?」

 凪が物陰からコッソリ指差した先には、俺が予想していた小さなカワイコちゃんの姿はない。

「そう、あれ」
「え、まさか、あの、デカいの?」

 長身で、しかも、羨ましいを通り越したようなバランスのいいスタイルのやつが、これまたサマになる立ち姿でペットの沢渡と話していた。

「うん。180越えだって」

 直也や桂と同じくらいだね…と呟く凪だけど、里山先輩も同じくらいのはずなのに、なぜか凪はその名前を出さないんだよな。
 ま、そこが凪の可愛いとこだけどさ。


「…ってさ、あれ、指揮者の桐生悟にそっくりじゃね?」

 俺、中2の時に、師匠のオケに客演で来た桐生悟を生でみたことあるんだけど、オソロシイほどイケメンでさ、師匠も『物静かなクセに目力すげえんだよなあ』なんて言ってたっけ。

 指揮台に上がったときのオーラの強さなんて、その気のない男でも『もうどうにでもして〜』なんて気分になるくらいだってさ。 

 男性団員でそれだから、女性団員の反応なんて推して知るべしってヤツで、練習段階から異様に気合いが入るらしい。

『普段すっぴんにTシャツで練習に来る面々まで、フルメイクに一張羅で楽器構えてるぜ』…って、師匠は笑ってたっけ。

 で、今、俺の視線の先には、その桐生悟にそっくりのヤツがいて。


「そうなんだよ。僕もびっくりしちゃったんだけど、考えてみたら、渉が奈月さんにそっくりなんだから、アリだとは思うけど」

 ま、確かにアリっちゃアリだよな。なにせ血が繋がってるんだしさ。

 ってかさ、それ以前に俺にはまだ疑問が残るんだけど!

「でさ、えっとさ、渉の弟…だよな?」

「だよ。僕、紹介してもらったから」

「アニキ…じゃねえよな?」

「んなわけないじゃん。1年生だもん」

「だよな…」

「でも、七生の気持ちはよくわかる。僕も学年章見るまで『こんな上級生いたっけ?』と思ったから」

 凪が『うんうん』と頷いている横で、俺は半ば『ム★クの叫び』状態だった。

「どう見てもあれ、高3のアニキと中1の弟だぜ?」

 ってか、服装次第では保護者とチビじゃん。
 あ、もちろん渉が『チビで中1』の方だけどな。

 …なんて言ったら、渉、膨れるだろうなあ…。
 まあ、ぷうっと膨れたところも可愛いんだけどさ。


「ふふっ。」

 凪が妙に色づいた息を漏らした。

「なんかね、見上げて話す渉を愛おしそうな目で見おろすんだよ、弟が。あ、ちなみに『すぐる』って名前だって」

 きりゅうすぐる…か。

「アレは相当『お兄ちゃん大好き』と見た」

 凪がニタっと笑う。

「もしかして、アニキを追いかけて来た…とか?」

 俺が根拠のない推理を零したら、凪は大きくうなずいた。

「アリかも、それ」

 ともかく俺たちは、チェロとコンバスってことで、部活でもヤツらと近いわけだから、これからじっくり観察できるってことで、かなりワクワクだけど…。

「ってか、どっちが首席になるんだろ」

 ふと思いついた疑問を口にすると、凪は『うーん』と唸った。

「オーディション、めっちゃ楽しみかも〜」

 って、凪ってばまるで他人事のように言うけどさ、凪もそのチェロパートのオーディションの当事者なんだけど。
 ま、こんなところも凪らしいけどな。

 でも、もし弟の実力が渉レベルか、もしくはそれ以上だとしたら、渉までチェロにいるのはもったいない気がするんだよな。

 だいたいなんでもデキるヤツだし、去年何回か指揮台に上がってたし、学年末の頃は中等部の指導してたから、そっちの道もアリなんじゃねえかなあ…なんて、俺は思うわけだけどさ。

 まあ、いずれにしてもオーディション次第なんだろうな。




 で、新学年がスタートしたわけだけど。

 弟までトップ入学なんて言う、『あの一族、一体どんだけデキいいのよ』…なんて皆に言われてる桐生兄弟の並んだ姿は確かに萌えだった。

 ただし、俺の想像とは180度違ったけれどな。

 でも、みんなにはこっちの方がオイシイらしい。
 俺的にはチビ2人の方が楽しいけどな。

 けれど全校的には、これでもかってくらい長身男前の弟と、どうしようもないくらい可愛い兄貴のコンビは恰好の妄想ネタってわけだ。

 学年問わず、寄ると触ると桐生兄弟の話題になるって感じでさ。

 そうそう、俺も入寮の夜には渉から弟を紹介してもらったんだけど、まったく物怖じしないタイプで人当たりも良くて、いきなり低弦パートの話で盛り上がっちゃったりした。

 ほんと、見かけだけじゃなくて、中身もアニキと正反対ってわけだ。

 言うと膨れるから言わないけど、でもちょっと膨れさせてみたいな…なんて思ったりして。



 …でもさ、新学年スタートからほんの数日で俺は思うようになった。

 何を…って。

「なあ、あいつら見てると…って言うか、英の言動を見てると…だけどさ、あながち妄想ってわけでもないような気がしてきた気がしないでもないような気がするんだけど」

 って言ったら、凪は可愛らしく吹き出した。

「なにそれ、意味わかんないし〜」

 でも、ひとしきり笑った後、凪はふと真顔になって『うん』と頷いた。

「英の『お兄ちゃん大好き』は、確かにてっぺん突き抜けてる」

「だろ? でさ、誰かが渉にちょっかいかけたら、英がムッとしてやがんの。当の渉はちょっかい出されたことに全然気づいてねぇのにさ」

「あ!それ、あるある!一応相手が上級生だから、取りあえず我慢した…みたいな感じのところ、見たことあるよ〜」

 やっぱり凪も目撃してんだ。

「独占欲…かなあ」

 俺が何となく言うと、凪は『うーん』と唸った後、『それだけでもないと思うな』と呟いた。

 ま、いずれにしても兄弟なんだから、それ以上のアレやコレやが起こるはずもないわけで、俺たちは無責任に英のブラコンっ振りを楽しむだけなんだけど…。


 でもさ、『いくつまで兄弟で一緒に風呂入ってた?』…とか聞くのやめようぜ…っての。

 ってか、それ聞かれて英ってば『春休みも一緒に入ってましたけど』なんて、しれっと言い放っちゃってさ、渉が『そんなはずないじゃんっ!小学生までだってば!』って、激膨れで一騒動。

 真っ赤になって膨れる渉は激カワで、この先こんな渉が度々見られそうな予感にワクテカな俺だった。


 え?英?

 や、俺、デカいヤツには萌えねえってば。


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七生くんも2年生になりました!
この先、七生くんを喜ばせるネタはあるのか?!
なかったらごめんなさい(おい)


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