七生くんの『日々是好日』


特別編
「七生、聖陵祭に挑む。」
〜前編〜


 入学して半年目。

 凪んちに遊びに行ったり、凪がうちに遊びに来たり、アンサンブル&遊びでめっちゃ楽しかった軽井沢合宿とかで満喫した夏休みが終わって、9月になった。

 で、俺はまた、このガッコのパワーに直面してる。

 ほんと、ここは『やるときゃ徹底的に』だ。
 しかも、縦割りでなんかやろうって発想が面白いよな。

 聖陵祭が大掛かりで凄いのは知ってたんだ。去年、見に来たから。

 でも、それはもちろん、あくまでも一般公開の2日間のことで、初日にこんなことやって盛り上がってるなんて、知らなかった。

 そう、演劇コンクールだ。

 ちなみに、俺や凪みたいな管弦楽部のメインメンバーはコンサート目前ってことで、かなり楽な役割に回してもらえるんだ。

 実際、俺たち2人とも衣装係になってるけど、名前だけ…みたいな感じ。あ、もちろんやることはちゃんとあるんだけどな。

 ところが。

 それはあくまでも俺たちのような一般ピープルの話であって、目立つ人気者はそうはいかないのが当然ってとこなわけで。

 良い例が隣のA組だ。

 何しろここには、全校的人気者のNKコンビがいて、渉と和真もいる。
 俺はよく知らないんだけど、美術部の美人や運動部のイケメンも何人かいるらしい。


『人材が多すぎて、かえって大変なんじゃないかなあ』…って言ったのは凪。

 噂によると、NKと渉で『オペラ座の怪人』って話も出たそうなんだけど、『あの引っ込み思案』には難易度が高すぎるだろうって話になって、ポシャったとか。

 和真もいるじゃん…って思ったんだけど、和真はどうやら『脚本・演出』のメイン――凪に言わせると、『黒幕』だけど――らしくて、舞台に乗る気はないらしい。

 そのことを本人に聞いたら、『僕がやったら、似合いすぎて面白くも何ともないだろ?』…なんて言ったけど、要は『女装回避』じゃないかって、俺は思うわけだ。

 和真って、中身は男前だからな。マジで女装とかあり得ないみたいだし。


 そんなこんなで、A組はなんと『白雪姫』。

 当然ヒロインは渉なわけで、そりゃもうさぞかし可愛いだろうと思うんだけど、王子って、どっちがやるんだろ?

 ディ☆ニーの王子様っぽいのはやっぱり直也の方だろうけど、桂も颯爽としたカッコいい王子になりそうだしなあ。


 ま、隣のことはさておいて。
 俺たちのB組が何するかってーと。

『ロミオとジュリエット』だぜ。
 
 男子校で、この正統派演目って、マジ勇気あるよな。
 ったく、聖陵の面目躍如って感じ?

 でも、聞けば毎年必ずどこかの組がやるくらい伝統の演目だそうで、かつては副院長先生がやり、あの『イケメン政治家・麻生隆也』――そう、直也のお父さんが2年連続でやったってのは、あまりにも有名な話らしい。

 で、そのことを直也に聞いてみたんだけど、『他に人材がなかったから、仕方なくやったって本人は言ってたけど』…なんて言ってた。

 ちなみに当時の写真や映像も学校のアーカイブには存在はするらしいんだけど、見たことないって言ってたな。

 まあ、親父さんにしてみたら、息子に見せたいもんじゃないよな〜。
 ロミオならともかく、ジュリエットじゃなあ。ゲテモノだったらヤだよな。

 でも、直也の感想はちょっと違った。

『や、ゲテモノで笑えるネタなら見てみたいって思ってたんだけどさ、なんか『美し過ぎてコワいくらいだった』なんて森澤先生とか早坂先生が言うからさ、かえってコワくてみる気がなくなったってか、そんな感じ』

 似合い過ぎても何だかな…って、複雑な心境ってわけだ。わかる、うん。

 ちなみに、早坂先生から聞いた極秘ネタなんだけど、森澤先生の高2の時のドレス姿は『鼻血が出るほど絶品だった』そうだ。

 そんな森澤先生は、教職員組のヒロインを長く『押し付けられて』いたそうなんだけど、最近は基本的に『教職員組のキャストは20代メインで』ってなってるらしく、今は着任3年目の先生が新任当時からヒロインやってるらしい。

 やっぱりOBらしいんだけど、今年は中1の担任で、主に中等部の授業を持ってる他は国立難関大学の受験補講やってる先生だから、現在の俺とは全然縁がなくて、どんな人なのか知らないんだけど、離れたとこからちょっと見ただけでもかなり可愛い先生だったから、アレならありかなぁ…って感じ。

 で、森澤先生は漸くヒロインを交代した年に、長くヒロインを務めたことについて、『悪夢の9年間だった…』って、新聞部のインタビューに答えたそうで、先生にヒロインを押し付けて逃げた副院長先生への呪いの言葉が延々と続いていたとか…。

 確かに副院長先生も似合いそうだけどな。

 ちなみに、副院長先生は生徒時代に高等部の3年間すべてで『主演女優賞』に輝いて、その記録は未だに破られてないんだそうだ。
 まさに、演劇コンクールと共に歩む聖陵人生だよな。


 ってなわけで、長い歴史の中で色々なドラマと葛藤(?)があるみたいな演劇コンクールだけど、今年の俺たちB組の主演コンビはなんと、どちらも管弦楽部のメイン奏者で、ほんと、本番目前なのにご愁傷様…だ。

 その上、ロミオは管弦楽部長だもんな。
 タフを自認する里山先輩でも、忙しすぎて身体壊すんじゃねぇか、心配になるよ。

 で、ジュリエットがこれまた超美人のオーボエ奏者。
 和真とコンビ組んでる次席で高2の沢本理玖先輩だ。

 渉が早くから懐いたくらい、見た目の通り、物静かで穏やかな優しい先輩なんだけど、でも、次期管弦楽部長最有力と言われてる人だから、優しいだけではないと思うんだ。

 でも、和真と並んでるところはめっちゃ『美人姉妹』だけどな。

 そんなイケメン部長と美人次席奏者の『ロミジュリ』は気合いが入っていて、『これなら最大のライバルA組を抑えて勝てる!』…なんて空気がそこら中に満ちてる。

 先輩たちも、演奏同様に『最高のパフォーマンス』を目指してるようで、ともかく『中途半端は有り得ない』ってわけだ。
 やるからには全力投球ってことだな。

 俺もその点は見習おうと思うんだ。あ、演奏で…だけどな。


 そうそう、真偽のほどは定かじゃないんだけど、中等部時代から里山先輩と理玖先輩は『デキてる』って噂があるらしい。

 本人達は否定してるそうなんだけど、何しろお似合いだし、中等部の部長を引き継いだ間柄ってこともあって、未だにその噂は消えることなく漂ってるそうで。



 で、校内は聖陵祭目指して盛り上がってるわけなんだけど…。

 俺はちょっと心配してる。
 最近、凪の様子が少しおかしいんだ。

 俺の前では元気なんだけど、それも少し『空元気』って感じがする。

 それに、演劇コンクールの練習に出てこなくなってんだ。

 ま、俺たちは衣装係だから、常に練習に出てなきゃいけないわけじゃない。
 
 でも主演コンビが里山先輩と理玖先輩だから、管弦楽部の面子は大概練習を見学して、その様子をネタに部活中も盛り上がるもんだから、やっぱりこれは見ておかなきゃ…ってことで。


 今日も今日とて…。

「凪、練習見にいかねえ?」

 部活終了後、俺は声を掛けた。

「あ、うん。今日は帰るよ」

 笑顔なんだけど、どこか痛い感じがする。

「…大丈夫か? なんか最近しんどそうだけど、無理してねえ?」

 凪は少し目をみはって、また微笑んだ。

「うん、大丈夫だよ。心配かけてゴメン。えと、ほら、まだメインメンバーってのに慣れてなくて、合奏についていくのが精一杯って感じなんだ。だから、早めに休んで明日に備えるよ」

 そう言って凪は俺に、『晩ご飯待ってるからね〜』と手を振って帰って行った。

 そんな凪の様子を気にしながらも、俺はどうすればいいのかまだ考えあぐねてて、とりあえず劇の練習の方に行ったんだけど…。


                     ☆★☆


 コンクール本番まであと5日。
 衣装を付けての通し稽古も佳境に入ってるんだけど。

「遠山、ちょっと…」

 10分間の休憩中に、嘘だろ…ってくらい美しい衣装を、有り得ないだろ…ってくらい美しく着こなす、美し過ぎるオーボエ奏者の理玖先輩が、俺を手招きした。

「あ、はい」

 衣装のことかなと思ったんだけど、責任者は高3の先輩だし…なんて思いながら、誘われるまま教室の隅っこに移動した俺に、理玖先輩は意外なことを聞いた。

「今日、凪は?」
「えと、ちょっと疲れてるみたいで、寮に帰ってます」

 俺の返事に、理玖先輩の麗しい微笑みが曇った。

「具合悪い?」

「や、それほどではないみたいです。本人は、合奏についていくのが精一杯で…って言うんですけど…」

「けど?」

「あー、あくまでも俺の『感じ』なんですけど、こっちへ来たくないような感じ…かなあって。それに…」

「それに?」 


 …理玖先輩、どうしちゃったんだ?
 なんでそんなに凪のこと…。普段、そんなに接点ある風じゃないのに。

「それに、どうしたって?」

 えと、そのカッコで迫られてもコワいんだけど。

「いや、あの、最近ちょっと元気がなくて、心配してます」
「……」

 理玖先輩が辛そうに、眉間に皺を寄せた。

「…遠山」
「はい」
「凪のこと、頼むな。こっちでも手は打つから」

 へ?手を打つ?

「あ、はい。凪は俺の大切な親友ですから」

 や、手を打つって、なに?

「そうだな。凪も遠山のこと、すごく信頼してるみたいだし」

 漸く理玖先輩らしい麗しさで俺に微笑みかけた後、ちらりと里山先輩の方に視線を走らせて、『はあっ…』と悩ましげなため息をついたところで、休憩が終わった。

「っとに、相変わらず手の掛かる人だよ」

 謎の言葉を残して、理玖先輩はドレスの裾を盛大に捲り上げてズカズカ歩いて行くと、いきなり里山先輩の足を踏んづけて耳元に何やら囁いた。

 その様子に辺りはざわついて、次の日には『ロミオとジュリエットが痴話喧嘩した』って噂が早くも流れていた。

 ってか、前からちょっと気になってたんだけど、誰もが一歩下がると言われてるくらいカリスマ性に満ちた里山先輩に対して、理玖先輩だけはいつも対等な感じなんだ。

 理玖先輩、1年後輩なのに。
 足踏んづけるなんてのも、先輩に対して有り得ないだろってことだし。
 で、里山先輩も何故かやられっぱなしだし。

 でも、理玖先輩も、里山先輩に限ってそうなんだ。
 他の高3の先輩たちには、いつも丁寧で穏やかに接してて、高3の先輩たちも理玖先輩を可愛がってるみたいだし。

 …もしかして、2人が出来てるの、本当なんだろうか…。

 ってか、なんで理玖先輩があんなに凪のこと気にかけてんだ?

 …え、もしかして、理玖先輩、実は凪のこと…。

 凪にもどうやら『好きな人』がいるみたいだし…。

 ってことは、凪は理玖先輩が好き…とか?


 そう言えば、理玖先輩って後輩のことはみんな苗字で呼ぶのに――渉は全校的に例外だけどさ――なんで凪は苗字じゃないんだろ?

 コンビ組んでる和真のことだって、安藤って呼んでるくらいなのに。 

 …やっぱり、理玖先輩と凪の間には何かが…。


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