第1幕「Spring Sonata〜桜の季節」

【3】





 ここは412号室。
 安藤くんと僕の部屋、らしい。

 僕の荷物はご親切にも、NKコンビの手によって運び込まれてて、すっかり片付いてる。

 ちなみに安藤くんの荷物はとっくに片付いてて、僕が息をすっかり取り戻した頃、誰かに呼ばれて出て行った。


「和真ってさ、あんなにちっこくて可愛いのに切れ者でさ、中等部の生徒会長だったんだぜ」

 桂くんが誇らしそうに言う。

 …そうなんだ。

「今年もさ、高等部執行委員にって言われてたんだけど、本人が管弦楽部に専念したいって言い出して、しかたなく生徒会が諦めた代わりに、1年の寮の委員にさせられちゃったってわけ」

 麻生くんが説明してくれた。

「なんだか、納得…」

 だって、安藤くんって本当に安定した感じがするんだ。
 ほんわかした雰囲気なのに、キリッとしてる感じ。

 山椒は小粒でぴりりと辛い…なんて言葉を葵ちゃんが教えてくれたことがあるんだけど、そんな感じかなあ…。ちょっと違うのかなあ…。
 日本語、難しいし。

 で、見上げた先には、『そうだろうそうだろう』と頷いているNKコンビ。
 いつの間にやらすっかりこの部屋に腰を落ち着けている風なんだけど。


「あ、あの」
「「なに?」」

 笑顔でステレオの返事。
 ちょっと距離が近い気がするんだけど。

「桂くんの部屋は、どこ?」

 なんとなく会話がなくて気詰まりな気がして、当たり障りのないことを尋ねてみた。

「あ、俺な、お隣さんだから、よろしくなっ」

 あ、そうなんだ、お隣さんか。
 じゃあ…。

「麻生くんは?」

 ついでに聞いてみた。

「僕ら、同室さ」

 NKコンビが肩を組んだ。

「所謂『相思相愛』ってやつだな」

 え。そうなの?
 思い合ってるの? この2人。

「そっか、良かったね」

 何気なしに祝福すると、2人の顔色がハタっと変わった。

「ちょっと待て。なにか誤解してないか?」
「誤解?」
「そう、『相思相愛』についての誤解」

 誤解も何も、相思相愛の意味くらい、知ってるよ、僕だって。

 つい口をとがらせてしまった僕に、2人は顔を見合わせて、『しまった、渉は『正真正銘』だった』なんて、言い合う。

 で、その後、『相思相愛』や『正真正銘』について詳しくレクチャーしてくれたんだけど、なんだかこの学校、覚えておかなくちゃいけないことが多すぎて、大変そう…。


「でも、桂くんと麻生くんの仲が凄く良いってことは、よくわかったよ」

 うん、1日目の収穫…かな。
 ところが。

「ちょっと待った」

 え?

「なんで桂だけ名前で、僕は『麻生くん』なわけ?」

 え、ええとそれは、ほら…。

「…ふっ、直也、残念だったな。これは渉と俺の、絆の深さのなせる技だ」

 へ? なにそれ。

「はっ、何が絆の深さだよ。ほんのチビの頃、知り合いだっただけだろ?」

 その通りだけど。

「これからは、僕も渉の仲間なんだからな、名前で呼んで」

 僕に向かってビシッという麻生くん。
 うーん、まあ、確かに片方が名字で片方が名前ってのもなあ、かも。

「ええと、直也くん」
「うん、なに?」

 満開の笑顔。

「え、呼べって言ったから」

 って、ちょっと首を傾げただけなのに。

「「可愛すぎる〜!」」って、またダブル攻撃が…。
 

 そんなこんなで、帰ってきた安藤くん――こっちもなんだかんだで名前で呼ぶことになった上に、敬称略でお願いって話になったんだけど――とNKコンビに連れられて、寮内のあれこれを説明してもらいながら、夕食をとって、また僕たちは412号室へ帰ってきた。

 正直、3人とも面倒見が良くて、ほんと嬉しい。

 何もかも1人でしなきゃ…って、かなり気負ってたんだけど、何でも相談できそうだし、ちょっと安心しちゃったり。

 寮内の電話から、先生方への直通電話のかけ方も教えてもらったから、ゆうちゃんに頼んで、心配してるはずのママや英に報告してもらわなくっちゃ。


                   ☆ .。.:*・゜


「で、渉、楽器はなんだ?」
「え?」

 話が部活のことに及んだ時。
 桂が聞いてきた。

「何やってるんだ? あ、もしかして叔父さんたちの血を引いてるから、なんでもありとか?」

 直也も興味津々。

「おお、それアリかもなあ。オーディション受けたらどの楽器もトップだったりして」
「うう…マジでありそう〜」

 って、直也も桂も何だか勝手に盛り上がってるんだけど。
 隣では、和真がニコニコと聞いている。

「な、渉。弾ける楽器、全部挙げてみ?」

 好奇心満々の笑顔で見下ろされて、バカ正直に僕は告白してしまった。

「えっと、とりあえず、ピアノ。それから弦楽器は全部。あと管楽器も一通りできるけど、トロンボーンとチューバは重いからちょっと苦手…かな」

 言って見上げてみれば、2人の表情は固まってて。
 でも和真は変わらずニコニコ聞いている。

「「……オソロシイ」」

 なんでハモるかな。

「いやー、すごいな、渉。 で、オーディションは何で受けるんだ? あ、ちなみに俺はヴァイオリン。この間まで1stの次席だったんで、今年はコンマス狙ってる」

「僕はフルート。同じく首席狙いな。今年はいただきだ」

 …って、あれ? もしかして、2人ともお父さんと違う楽器やってるんだ。

 フルーティストのお父さんを持つ桂がヴァイオリン奏者で、お父さんは2ndヴァイオリンの首席だったって言ってた直也がフルート…なんだ。
 ちょっと不思議な感じ。


「ちなみに和真も今年は首席狙いだよな」
「ん、まあね」

 振られた話に和真が何でもなさそうに答えるんだけど。
 …凄いんだ、3人とも。

「凄いね、かっこいいね」

 首席を狙うって堂々と言えるなんて、ほんと、羨ましい…。

「へへっ」
「まあな」

 2人は頬を掻いたりなんかして、一応照れたようなんだけど、和真は相変わらずニコニコ。
 そして。

「渉は?」

 初めて話を振ってきた。

 和真って、ほんとに堂々としてる。
 立てば僕より少し小さいのに、なんだか包容力まで感じちゃう。


「んと、僕は管弦楽部に入るかどうか、まだ決めてないし」

 正直に話した。

「えええええええええっ?! なんでっ? 音楽推薦じゃないのかっ?!」


 やっぱり驚くのかなあ。
 誰でも音楽推薦って思うのかなあ、やっぱり。

 で、和真も少しびっくりした様子で、『まだ決めてないんだ』と呟いた。
 もしかして、音楽推薦でないことは、知ってたのかな?


「うん、違うよ。一般入試で入ったんだ。だから、部活はどこでもいいんだけど…」

 けれど、管弦楽部に入らないと、ゆうちゃんとは接点がない。
 こんなに近くに、やっときたのに。

 しかも、これと言ってやりたい部活がないもんだから、これはもう管弦楽部に入るしかないのかなあって…。


「でも、……自信ないんだ…。どの楽器もちょっとは出来るんだけど、ちゃんとは出来てないんだよ。どれもこれも中途半端で」

 僕はいつもそうだ。
 自分の心なのに、自分の想いがわからない。
 本当は何がしたいのか。
 音楽なのか、違うのか。

 小さい頃から『桐生家のサラブレッド』と言われて、当たり前のように楽器を持ってそれなりにレッスンを受けてきた。
 周りは一流の音楽家ばかりだったから。

 でも、周囲の他人から『さすが桐生家の跡取り』とか、『血は争えない』とか言われるたびに、なんか違うんじゃないかと思うようになってきて…。

 演奏してるのは、『家』でもないし、『血』でもなくて、『僕』。

 チビの頃はただただ楽しかっただけの音楽に、僕はどんどん疲れていった。
 『家』と『血』にがんじがらめになって。

 弾いてるのはこの僕。桐生渉っていう、僕なのに、そうではないんだ。

 『家』と『血』に弾かされていることが嫌になって、僕は音楽から距離を置こうとした。

 あのままあっちにいたら、そのまま音楽院に入れられて、僕はますます僕でなくなっていくと思ったから。

 そして、大好きなゆうちゃんに少しでも近づきたくて、ここへ来た。

 でも、結局管弦楽部に入るのが一番妥当なのかなあ…。
 僕は、聞いてるだけで十分楽しいし、幸せなんだけど…。


 和真も直也も桂も、みんな楽しんで一生懸命音楽に向き合っている。
 管弦楽部のみんなもきっとそう。
 去年、夏のコンサートを聴きに来た時、そう思った。

 それはもう、羨ましいほどの情熱と感性。

 ゆうちゃんと一緒に、あんな素敵な時間を持てるみんなを心底羨ましいと思った。

 でも、僕にはそこへ飛び込んでいく勇気がない。

 がんばれば、何とかなるんだろうか。
 でも、何をどうがんばれば、望む方向へ行けるのか、わからない…。

 だって、今までだって、がんばっては来たんだ。
 みんなが喜ぶから。
 みんなが期待してるから。
 でも…。

 ひとりでグルグルと思い詰めて行く僕の肩を、誰かがポンと叩いた。

「いいんじゃないの? それでも」

 いい? そんなはず…。

「まずは、これと思う楽器でオーディション受けてみればいいんじゃないかあな」

 のんびりと言うのはやっぱり和真。

「管弦楽部は甘いとこじゃないし、浅井先生だって、凄い先生だ。だから、管弦楽部のためにならないオーディション結果には絶対しない」

 きっぱり言い切る和真のあとを、直也が継いだ。

「まったくその通りだな。オーディション受けて、ダメならダメ。OKならOKってことだ」

「そうそう。悲しいくらい、オーディションで決まる席次は実力順だから、とりあえず今年の結果を受けて、この1年がんばってみればいいんじゃね?」

 桂が僕の頭をぐりぐり撫でながら笑った。

「それとも、音楽嫌い?」

 和真がにっこり笑った。

 そんなことは…!

「ううん!」
「そうこなくっちゃ」

 和真の言葉に、みんなが声を上げて笑った。



                   ☆ .。.:*・゜



 翌日。
 入学式で僕は、1125人の全校生徒と、何人居るのかわからない教職員と来賓の前で、新入生総代として、昨日直人先生から渡された文章を読み上げる羽目になった。

 昨夜なんども和真が練習につきあってくれて、入学式で名前を呼ばれる直前でも、僕の手をしっかり握って『大丈夫。絶対上手くいく』って言ってくれたおかげで、なんとか間違えずにすんだ。

 そういえば、葵ちゃんも総代だったって聞いたことがある。
 悟くんも、卒業の時は総代だったらしいし。

 でも、葵ちゃんも悟くんも、きっと堂々としてかっこよかったんだろうなあ。
 僕みたいなんじゃなくて…。


 そして、今年の入試の順位ってのを、和真に連れられて見に行ってみれば。

 僕が1番で499点。どっかで1点落としたらしい。どこだっけ。
 で、次が直也で490点。その次が桂の489点。和真も480点で7番につけてた。

「へー、やったな」
「うん、やった」

 いつの間にか僕の頭の上に、直也と桂。

「確かにね」

 2人に相づちを打ったのは和真。

「トップ10に持ち上がり組が3人も入るなんて、快挙じゃね?」

 桂の言葉に、僕は張り紙をもう一度見る。
 見たところで、誰が『正真正銘』で誰が『持ち上がり』かなんて、さっぱりわかんないけど。


「例年、入試のトップ10はほぼ『正真正銘』なんだ」

 直也の説明に、僕はなるほどと思う。
 少なくとも3人は持ち上がり組だから。

「それにしても渉ってば、ほぼ満点じゃないか」
「惜しいなあ、あと1点」
「どこ間違えたっぽい?」

 3人からそう聞かれたんだけど…。

「よく、わかんない」

 だって、どれも割と簡単で、特に難しいって思う問題はなかったんだ。
 配点もこんなに細かくないはずだから、多分、凡ミスの減点だと思う。


「まあ、わかってりゃ間違えないよな〜」
「それ言えてる〜」

 あははと笑いながら、どうしてか僕をもみくちゃにするNKコンビは今日もテンション高い。
 和真によると、毎度のことなのでなんとも思わないらしいけど。
 


 そして、初めてのホームルーム。
 僕のクラスは1−A。
 同室の和真はもちろん同じ組なんだけど、直也と桂も一緒だった。

 クラスの中はほとんど顔見知りのせいか、全然緊張感はなくて、緊張してるのは僕を含めて5人いるはずの『正真正銘』だけだろう。

 だから、みんな余裕があって、『正真正銘』にも優しく気を遣ってくれる。

 なんだかちょっとホッとする。
 これならどうにか、3年間無事に行けそうな気がしてきた。

 何しろ僕は、ゆうちゃんに会いたい一念でここへ来ちゃったから、3年間の展望もなにもあったもんじゃなかったし、自分の毎日の生活の心配も、考えないように蓋をしてしまっていて、ここへ来てしまってから不安になってたし。

 そうそう、僕がゆうちゃんの甥だって言うのはもう、みんなが知ってた。

 まあ、ゆうちゃんと僕のパパが義理の兄弟なのは隠しようがないことだから、これはしかたがないことで。

 でも、それでなくてもこの学校はOBの子弟が多くてしかも有名人もたくさんいるらしいし、在校生の中にも芸能人や政治家の子供も多いらしいから、そんなに珍しい話でもなくて、ちょっとした話題って感じでこっちもホッとしたんだ。
 

 そして。
 僕の担任の先生は、社会科の森澤東吾先生。

 なんだかめちゃめちゃキュートで元気で可愛い先生なんだけど、どっかで聞いた名前だなあって思ったら、パパと同室だった大親友で。

 クラスのオリエンテーションが終わってからちょっと話をしたんだけど、入寮前日にパパに『担任になった』ってメールしたら、『ウソだろ〜!』って絶叫メールが返ってきたって大笑いしてた。

 先生とも上手くいきそう。ほんと、よかった。
 

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