第2幕「Audition〜緑の季節」

【2】





 オーディションの日がやってきた。

 管弦楽部員は、中高合わせて100人を越える。

 だから、初日にヴァイオリン。
 2日目にヴィオラとチェロとコントラバス。
 3日目に管楽器・打楽器…と、3日に分けて行われるんだ。


 まず初日に桂のオーディションが終わった。

 オーディションは公開だから、僕も聞いてたんだけど、今年のコンマスは桂で決まりだと思う。

 技術もさることながら、放つオーラが半端じゃない。
 あれは、誰もがついていきたいと思う、そんな演奏だった。

 で、弾いてる時の桂って、ふざけてる時と全然違って異様にかっこいい。
 中等部の子たちが魂抜けたような顔してて、ちょっと面白かったり。


 そして、2日目後半に僕の番が回ってきた。

 この時、僕は初めてチェロパートのみんなと顔を合わせた。

 中高合わせて14人。メインメンバーになれるのは上位6人。
 もちろん学年は関係無い。すべてはオーディションの結果次第。

 パートリーダーは高3の坂上先輩。ちょっとテディベア系の可愛い人。


『君がチェロに来てくれてほんとに嬉しい』って、ガシッと手を握ってくれて、有り難かったり恥ずかしかったり。

 役には立たないと思うけど、枯れ木も山のなんとやら…――葵ちゃんに習ったことわざなんだけど――音量の手助けくらいにはせめてなりたいなあ…なんて思ったり。

 演奏は、確かに課題が中学生にはきつかっただろうと思うし、多分、上位6人全員が高校生じゃないかと思う。

 僕も、とりあえず6人には残れそうな気もするけど、ダメならダメで、別にいいかなとも思ってる。
 ま、どのみち結果は後日だし。


 最終日は、和真と直也の番。

 和真はあの難曲をほぼ完璧に吹ききった。
 音色の安定感も艶やかさも申し分なくて、他の奏者もかなり上手いけど、きっと、ここも和真で決まりだと思う。


 そして、直也もまた、練習の成果を出し切った。
 技術も音楽性も申し分なし。
 しかもやっぱりかっこいいし。 

 ただでさえ見た目が良い上に、さらに数割増しでかっこよく見えるなんて、ズルいよね。
 桂と違うタイプの甘系ハンサムだから、フルート吹いてるとこって、あり得ないくらい様になる。


 とりあえず、3人とも狙ってたとおり、首席になることは間違いない。

 ちなみに、打楽器のオーディションで、部長の里山先輩が圧巻の演奏を見せた。

 そういえば、『高校の打楽器に凄いのがいて、ちょっと注目してる』…って、悟くんが言ってたっけ。
 多分、里山先輩のことだろう。

 ともかく、去年の夏聴いた、聖陵の音楽の基盤がこのオーディションにあるわけで、さすがに超高校級のオケは個人のレベルがすでに違うって痛感した。

 でも、オケは個人技の場じゃない。
 ステージに乗ってる全員が、どう1つになるか。

 指揮者って、やっぱり凄い仕事なんだなあって、僕はどこか遠くでボンヤリと考えた。



                   ☆ .。.:*・゜



 そして、オーディションの結果が発表された。

 僕の予想どおり、桂はコンマスに、和真と直也もそれぞれ首席奏者になった。

 そして、チェロはというと…。

「ほんっっっとにありがとう! 渉くん!」
「あの、先輩、呼び捨てでいいですから…」
「渉くん、嬉しいよ〜」
「や、だから、呼び捨てで…」 

 チェロパートから僕はもみくちゃにされていた。

 なんでか知らないけど、僕は首席になってしまった。

 どこがよかったかなんて、もちろんわからない。
 むしろ、良くなかった所の方が自分では気になってて、不思議で仕方がないんだ。

 もちろん、技術的には何の問題もなかったけれど、情緒不安定・感情過多で、冷静さを欠いてしまった部分が数カ所…。

 でも、ゆうちゃんや、外部講師の先生方が決めたことだから、とりあえずがんばらないと。

 ゆうちゃんに褒めてほしい…から。

 なんだか知らないけど、とりあえずなんとかしなくちゃ…と諦めかけた僕の耳に、遠くで話す、声。

『やっぱ、蛙の子は蛙だよなあ』

 そう、かな…。
 僕は、蛙でもオタマジャクシでもないんじゃないかって、ずっと、ずっと……。



                ☆ .。.:*・゜☆ .。.:*・゜



「俺、鳥肌たった」
「僕も右に同じ」
「プレリュードだけじゃなくて、全曲聴きたかった」
「第1番全曲じゃなく、組曲全曲な」
「そう、それ」

 渉の演奏が始まった瞬間、ホールを取り巻く色が変わった。

 完璧な技術。深い音色。
 ある時は語りかけ、ある時は慟哭し、そして昇華する…。

 これが高校1年生の演奏なのかと、誰もが息をのんだ。
 審査にあたっている外部講師たちも、唖然と見つめるばかりで。

 おそらくその場で冷静に聞いていたのは祐介ただひとりだろう。

 この甥っ子が、とんでもない才能を抱えているのはよく知っているから。
 そして、それ故に煩悶していることも、わかっているから。

 本人はその才能にまったく気がついていないが。



                    ☆★☆


「先生」
「なんだ?」

 夕食もそこそこに押しかけてきた直也と桂に、『立ってないで座れ』と促し、祐介も処理中の書類をよけて、2人の向かいに腰を下ろす。

「どうした。深刻そうな顔をして」

 この2人が真剣な顔を見せるのは合奏の時だけ…と言っても過言では無い。

 いつでもどこでも、聖陵の名物コンビは『テンションMAX!』がモットーなのだから。


「どうして渉はチェロ…だったんですか?」
「あ、チェロが1番上手いからとか、父上がチェリストだからとか、色々あるとは思うんですけど」

 考えてみれば、チェロが1番順当だとは思う。
 が、やはりここは、はっきりと聞いておきたいと思ったのだ。
 顧問の意見を。


「ああ、あれな」

 祐介がその長い足を組み替えた。

「もしもだ。渉にヴァイオリンでオーディションを受けさせたらどうなっていたか」 

 ジッと見つめてくる顧問に、NKコンビは知らず腰が引ける。

 そんな中でも桂は、『もしかして渉が次席になるくらいの実力なら、俺とトップコンビが組めて、それはそれで良かったんじゃないの』なんて思ったとき…。

「実力的には、圧倒的にコンマス確定だ」
「…えええええっ!? 俺の負け?!」

 渉が首席で自分が次席だなんて、思いもしなかった。

 言ってはなんだが、オーディションの出来には自信があった。 

 大事なのはこれからで、オーディションは通過点に過ぎないが、それでも今の時点では最高の出来だったと自負していたのに。


「あの年齢であれほど弾けるのは、おそらく世界でも数十人ってところだろう」
「それ、マジ、ですか」

 呆然と見つめてくる桂をよそに、祐介は次に直也に向き合った。

「フルートでも同じことだ」
「えーーーー!」
「葵が、そろそろ追いつかれそうだと言ってたからな」
「…葵さん…が?」

 あの奈月葵が『追いつかれる』などとは、つまり世界で5本の指に入るということだ。

「ま、どの楽器でも結果は同じだ。渉より上手いやつは誰もいない。ここにはな」

 なんてことだ。
 オーディション前に冗談で言っていたことが本当だったとは。

「じゃ…じゃあどうしてチェロに?」

 いや、聞かなくてももう、直也にも桂にもわかっていた。
 チェロの首席が空席状態だから…だ。

「なんだ、もうわかってると思ったんだが」

 不敵に笑う顧問に、2人は壊れたように頷いた。

 そう、チェロだけは現在、首席に立てるだけの人材がいないのだ。


「合奏を引っ張るのは技量だけではないってことだ。後ろの奏者たちを担いで走る気概と精神力がないと務まらないのは、お前たちに改めて言うことでもないだろうが、残念ながら渉にそれはない」

 言い切る顧問に、2人が顔を見合わせた。

「つまり消去法だな。今のチェロの首席なら、渉の精神力でも務まるかも知れないと言うことだ」

 顧問の言い分はよくわかる。
 現在のチェロ奏者はみな、腕は確かだが大人しすぎて、誰も合奏を引っ張れないのだ。

 リーダー不在。その状況で合奏に臨めば、それは即、グループの崩壊に繋がる。
 ひいてはオケの崩壊にも繋がる。


 ――さて、引っ張らざるを得なくなった渉が、どう出るか…だな。

 その面立ちが生き写しの叔父…葵とは正反対に、ガラスの心臓を持つと言われる渉を、この3年間でどこまで伸びやかに羽ばたかせてやれるのか。

 この手にゆだねられた可愛い甥っ子の成長に、喜びと、その数倍の重圧を感じながら、祐介は珍しく神妙な面持ちのNKコンビの肩をポンとひとつ、叩いた。



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