第8幕「Storm at early spring 〜春待ちの季節」

【2】





「あのさ、2人とも、どの程度覚悟してんの?」

 受験真っ只中の3年生に配慮して、1・2年生がそれぞれの部屋でこっそりと謳歌している消灯前の自由時間。

 指揮法のレッスンに行っている渉はまだ帰ってこないが、顧問の所にいて、帰りは寮まで送ってくれるはずだから心配はない。

 和真は隣の410号室で、直也と桂に詰め寄っていた。 


「覚悟?」
「そう、渉とのこと。告白したんだろ? 2人とも」

 知ってはいたが、面と向かって追求するのは初めてだ。

 それもこれも、ここ数日明らかに様子がおかしい渉を見かねてのことだ。

 和真は、2人がついに『どちらか選べ』と迫っているのだと踏んでいる。


「したよ」
「俺も」

「あのさ、告白するのは勝手だけど、その覚悟を聞いてるわけ。 まさか、『わーい、両思い。よかったね〜』で身体だけいただいてゴチソウサマでした…なんて思ってるわけじゃないだろうな」

 本心では無い。

 和真も、この2人が誠実なのはわかっている。
 が、ついついイライラを言葉に乗せてしまって、キツイ言い方になる一方だ。

「あのな、和真。いくらお前でも怒るぞ」
「そうだ。俺たちは生半可な気持ちで渉に告白したわけじゃない」

「あっそ。じゃ、その覚悟とやらを聞かせてもらおうじゃないの。ちゃんとずっと先まで考えてるんならね」

 和真の挑発に乗って、直也と桂は将来のビジョンを語った。
 それぞれの目指す進学先と目指すものを。

 進学先によっては、もしかしたら、一時的に離れざるを得ないこともあるかもしれないけれど、『ずっと渉といたい』という思いは変わらないと。

 そして、それから先のもう少し遠い将来は、今憂いてもその時々で解決していくしかないことくらい和真にも当然わかっている。

 和真は、2人の話を聞いて、一応将来を考えてるんだとほんの少し安心したが、問題はその前に転がっている。

『渉とずっと一緒にいたい』の前に、渉に選ばれねばならないのだから。


「んじゃさ、どっちかが選ばれなかったときの覚悟は?」

 おそらく今一番大事なのはそこだ。
 しかし、直也も桂も、言葉に詰まった。

 何も言わない2人に、和真が更に突っ込む。

「渉に振られてさ、そのあとも今までと同じように渉と接していける覚悟はしてんのかってこと聞いてんだけど」

 しばし視線をさまよわせた後、2人はいつもらしくない呟くような声で吐露した。

「そんなこと…考えたことも無い」
「怖くて考えられない…」

 和真は大きく、これでもかというくらい聞こえるように、嘆息した。

「呆れた。さすがバカコンビだね。今、直也と桂が『怖くて考えられない』って言ったこと、それ以上の負担が渉にかかるって考えたことないわけ? 渉には2倍のプレッシャーがかかってんだ!」

 直也と桂が弾かれたように顔を上げた。

 言わないでおこうと思っていた。
 けれど、止められなかった。

「渉はもっと怖がってるよ! お前らが恋なんかしたから、渉は大切な親友をどっちかひとり、なくすことになるんだ!」

 恋をすれば仕方の無いこと。
 ひとりが幸せになればもうひとりは失恋する。

 そんなことはわかっているし、野暮なことも言いたくはない。

 けれど、渉にその選択を強いることがどうしても我慢ならなかった。

 人一倍繊細な心のその奥で、渉はおそらくとても、情が深い。
 優しすぎて、相手に向くはずの刃まで自分で受けかねない。


「これ以上渉の負担になったら…許さないよ」

 願わくば、渉の気持ちが平穏でありますように。

 NKコンビなんて、どうせそのうち立ち直るだろうから…と、和真は心の内で、呟いた。



                   ☆ .。.:*・゜



 明日が2週間の期限。

 追い詰められて僕はやっぱり認めざるを得なかった。

 自分の気持ちを。
 僕の思いは、許されないのだということを。

 構ってもらえて楽しくて、見つめてもらえて嬉しくて、抱きしめられると心が躍った。

 ここにいるだけの恋は嫌だと思った。
 叶うなら、ずっと一緒にいたい。『本物』になりたいと願った。

 そう、確かに僕は惹かれている。
 直也の言う、『愛』を含んだ『恋』をしてしまっている。

 直也に? 桂に?

 違う…、どっちも。

 きっと僕は、自覚するよりずっと前から、2人に惹かれていたんじゃないかと思う。

 今から思えば、ずっと2人の姿を追っていた。

 2人が僕の側にいてくれて、僕は包まれる幸せを覚えてしまっていたんだ。

 そう、直也が僕の右の翼だとしたら、桂は左の翼。
 どちらが欠けても僕は飛ぶことが出来ない。

 ううん…。きっともう、真っ直ぐ歩いていくことすら…出来ない。

 でも、それがわかったからって、それを2人に告げる事なんて、そんなこと、できるはずがない。

 どちらかひとりなんて絶対選べない。

 それなら僕の取る行動は、ただひとつだ。

 僕はもう、飛べなくてもいい。歩いて行けなくてもいい。

 本当のことを言って2人を傷つけるくらいなら、僕がひとりで傷を負った方がましだ。

 明日…僕はこの気持ちにけじめをつけよう。
 どこか遠くへ、押し流してしまおう。



                   ☆ .。.:*・゜



 その日はとても、寒かった。

 2週間前と同じ、練習室8と第1合奏室で、僕はまた直也と桂に向き直る。

 きっと、まっすぐ彼らの顔を見つめられるのは、これが最後。

 でも、絶対泣かないと決めている。
 僕が泣くのは許されないことだから。

 僕はそれぞれに告げた。

『Yes』とは言えないと。


「じゃあ…『No』…ってこと?」

 僕は一度唇をきつく噛んで、漸く声を絞り出す。

「…うん」


 本当は大好きなのに。『Yes』って言いたいのに。
『Yes』って言って、抱きしめられたいのに。

 直也も桂も…大好き、なのに。

 ずっとずっと、一緒にいたかったのに。


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