第1幕 「春霞」

【1】





 今年も駅前は男子高校生の大売り出し。

 去年の春、ひとりで歩いた桜並木を、今年は英と歩く。

 葵ちゃんから言われてたんだ。
『お母さんの車で学校までいけるけど、僕のお薦めは桜並木を歩いて入学することだな』って。

 だから去年も僕は、駅前でグランマの車を降りて、歩いて登校した。


「へ〜。大したもんだな」

 英が感心したように声を上げた。

「うん。去年よりもっと満開かも」

 去年は開花がものすごく遅くて、まだ八分咲きって樹も多かったけど、今年は満開。風が通ると、ちらほら花びらが舞うくらい。

「あ、渉〜! 久しぶり!」
「わあ、凪! 元気だった?」
「うん、元気元気」

 よかった、この様子なら里山先輩と上手くいってるんだ。


「あの、ええと…」

 凪が英を見上げて、それから僕を見る。

「はじめまして。桐生英です」
「あ、はじめまして! 川北凪です!」

 英って、外面いいんだ、相変わらず。

「あのね、凪。これ、下級生だから気を遣わなくっていいよ」
「え? あ、ほんとだ! 学年章が『T』だ〜」

 大人っぽいからわかんなかったと言って凪が笑う。

「こんな上級生いたっけって思ったんだ〜…にしても」

 もう一度凪が英を見上げた。

「あの、もしかして、桐生悟さんにソックリな桐生さんってことは…」
「僕の弟なんだ」
「えっ、渉と全然似てない…」
「…まあね」

 100%の人が持つ感想だから、慣れてるけど。

「あ、音楽推薦だから、管弦楽部に入る……って、そうだ、英!」
「なに?」
「凪はチェロパートの先輩だよ」
「あ、そうなんだ。川北先輩、よろしくお願いします」
「えっ、チェロなの? わあ、嬉しいなあ。これでますますチェロパートは安泰だね。こちらこそよろしくね」

 凪が嬉しそうにぴょんと跳ねた。

 凪は去年1年でかなり腕を上げたから、今年のオーディションはかなり上に来るんじゃないかなって思ってる。

 首席は英だろうから、できたら凪にがんばってもらって次席くらいになってもらえたらなあって思ってるんだけど、もう1人音楽推薦にチェロがいるって話だから、ちょっと厳しいかなあ。

 歩きながらも、僕の隣では凪と英がすでにチェロの話で盛り上がってる。

 ほんと、英って如才ないって言うか、外面いいっていうか…。

 外見だけじゃなく、性格も正反対だよなあ、僕たち兄弟って。



 満開の桜の下、のんびり歩いて登校していると、あっちこっちから次々と声がかかる。

 管弦楽部のみんなや、同級生、委員会で一緒だった、上級生…。

 遠くから『渉のツレ、誰だろ?』なんて声も聞こえる。

 管弦楽部のみんななら、英の顔で何となく判断つくだろうから、多分違う生徒だろう。

 凪が、じゃあまた後で…と、走って行ったあと、英が呟いた。


「ふ〜ん、わたちゃんってば結構人気者なんだ」
「英…それ人前で言ったら、足踏むよ」
「別に、渉みたいな小さな足で踏まれても、痛くも痒くもないと思うけど」

 う〜!

「じゃあ、すぐるんって呼んでやる」
「えっ、それは無し!」

 うわあ、久しぶりに勝った!
 こんなの何年ぶりだろう〜…って感慨にふけっていたら。


「渉〜!」

 後ろから飛びついてきた、この声は!

「和真!」
「3週間も会えなくて、寂しかった〜」
「僕も〜」

 ひしっ、と抱き合う僕らに、あっちこっちからまた、『おっ、カワイコちゃんコンビは今年も健在だね』なんて声がかかる。

「へへ〜んだ、渉は渡さないよ〜ん」

 和真が応戦してる横で、英が僕に聞いた。

「もしかして、安藤和真さん?」
「そう。よくわかったね」
「そりゃもう、あっちこっちから色々と…」

 なにそれ。

「あ、もしかして弟くん?」
「うん」
「桐生英です。兄がお世話になって、ありがとうございます」

 やっぱり英は笑顔だといっそう悟くん似になるなあ。

「安藤和真です。渉くんと同室になったおかげで、楽しくて退屈知らずの毎日を送らせてもらってるよ」 

 僕もだけど。

「ほんと、桐生悟さんにそっくりだよね。 えっと、英…って呼んでいい?」
「もちろんです」

 この学校は6学年あるから、結構兄弟が多いって聞いた。
 兄弟は大概みんな、姓じゃなくて名前で呼ばれるって。
 紛らわしいもんね。

 パパたちも、6年間ずっと名前で呼ばれてたっていってたし。

 でも、どうして僕が去年、『桐生』が全校で僕だけにもかかわらず名前で呼ばれてたかっていうと、先生方がみんな僕を名前で呼ぶからで、なんで先生が僕を名前で呼ぶかというと、パパたちと紛らわしいから…って、なんだかややこしい話だったっけ。

 ま、先生も父兄も、OBが多いからってことかなあ。


「で、今年も2人は浅井先生のとこ、直行?」
「ううん、去年は僕がぎりぎりになってこっちに来たから、あってる時間がなくて、直行だったんだけど、英はもう、色々話したもんね、ゆ…浅井先生と」

 僕の言葉に英が頷く。

 あ、その顔はもしかして、『へー、ちゃんと先生って呼べてるんだ』とか思ってるだろ。

 僕が肘で小突くと、英はデコピンを繰り出してきた。


「ふふっ」

 和真が不気味に笑う。

「仲良いんだ〜。かわい〜」
「まあ、出来の悪い子ほど可愛いっていいますから」
「あ、それわかる〜」

 ちょっと、なにそれ!

 反撃も出来ずにフルフルしている僕にお構いなしで2人が会話を始める。まったくも〜。


「じゃあ、浅井先生から、同室者ってもう聞いてるんだ?」
「はい、トランペットの…」
「ああ、沢渡ね」
「あ、去年中等部の管楽器リーダーだった子?」
「そうそう、沢渡斎樹(さわたり・いつき)」
「あの子、背が高くてキリッとしてるよねえ」


 中等部でしかも管楽器だったから、去年は挨拶を交わすくらいしか接点がなかったんだけど、今年になってから中等部の指揮を始めた関係で、結構話をするようになってた。

 年の割に、和真とは違う意味で包容力のある感じで。


「うん。精悍な見た目の割りにのんびり屋さんだし、そのくせ密かに根性あるし、友達としてはオススメだなあ」

「…だって。よかったね、英」
「まあ、俺は誰とだってうまくやれるけど」

 確かにそうかも。

「あれ? 英は僕と同じタイプ?」

 和真が英を見上げた。

「僕も誰と同室だって上手くやれる自信あったけど、実際はこんなに可愛くて素直で優しくて恥ずかしがりで引っ込み思案で人見知りで泣き虫の渉と一緒になれて、めっちゃラッキーだけどね」

 …それ、褒めてないし。って、『泣き虫』が増えてない?

「渉…たった1年で本質見抜かれてるじゃないか」
「それはね、和真だから!」
「そうとも言える」

 すかさず和真が突っ込んで、英の笑いを誘った。

 よかった…。
 僕の一番この大事な親友と英が、とっても上手くいきそうで。


                    ☆★☆


 それから僕たちは部屋割りとクラス分けが張り出してあるのを見に行った。 

 僕と和真は同室のまま。
 変更願を出して受理されない限り、卒業までこのままって聞いた。
 ほんと、良かった。
 でも、部屋番号は今日でないとわからない。


「あったあった」

 和真が見つけた僕たちの番号は、380号室。クラスは2−E。

「あ、担任は数学の古田先生だって」

 ゆうちゃんと葵ちゃんの仲良しだ。

「えっ、ウソっ!」

 何故か和真が驚いた。

「どしたの?」
「あ、いや、なんでもないから」

 変な和真。

 英は475号室で1−E。担任は社会の早坂先生。
 こっちもゆうちゃんと葵ちゃんの仲良しだよ。
 そうそう。中沢先生と4人で同室だったって。 なんだか縁があるなあ。


「渉! 和真!」
「久しぶり」

 この声は…。

「ああ、NKコンビ。元気だった?」
「なんとかな」
「そっちこそ元気だったか?」
「実家でこき使われてバテ気味だよ」
「いいじゃん、商売繁盛で」

 いつもの2人で僕はちょっとホッとする。
 このままずっと、元気な2人でいて欲しいから。

「渉は?」
「元気だった?」
「あ、うん」

 僕はろくに顔をあげることも、これ以上の返事をすることも出来ず黙り込む。

「今年はお向かいさんだよ」
「よろしくな」
「う、ん」

 もうちょっと何とかしようもあるだろうに、僕はやっぱりダメダメで…。

「あ、もしかして君、英くん?」

 桂が気がついた。

「え、英くんって、渉の弟の?」

 ここで僕が何か言わなきゃ…と思うんだけど。

「そう、渉の弟、桐生英くん」

 僕の代わりに和真が紹介してくれた。

「俺、栗山桂。はじめましてじゃないんだけど、覚えてる?」
「…あ、もしかして栗山先生の」
「そう。で、こっちははじめましてだと思うけど、麻生直也」
「父親は葵さんと仲良しなんだけどね」
「ああ、存じてます。何度か話は聞いてます。桐生英です、よろしくお願いします」

 英の様子は変わらない。
 よかった…。勘ぐられたら大変だから。

「こちらこそよろしく」

 直也の様子もいつもと同じ。

「そうか、君もこっち来たのか」
「音楽推薦?」
「はい。お世話になります」
「こちらこそ」

 僕は、頭の上で交わされる会話をぼんやりと聞いていた。
 ううん、やり過ごしていた。

 これを多分、現実逃避って言うんだろうな。

 僕はいつまで、こんなことを続けていけるんだろう。
 直也と桂の声を間近で聞くだけでもこんなに苦しいのに。

 話しかけられてもろくに返事もできなくて、顔なんか絶対見られなくて。

 できることならもう、僕に構わないで欲しい。
 だって、本当に苦しいんだ……。


「渉?」

 和真が僕の顔を覗き込む。

「大丈夫?」
「おい、渉、苦しいのか?」

 英が慌てて僕の背をなで始める。

「ううん、平気…平気だから…」
「本当か?」
「うん」

 下から覗いてくる英にちょっと笑って見せたら、なんとか信じてくれたみたいで。

「とりあえず、早く寮へ行こう。引越もあるし」

 和真が僕の肩に手をかけた。

「手伝うよ」
「あ、俺も」

 直也と桂が言いだした。

「大丈夫! 英がいる…から」

 もう、僕に構わないで…。

「行こう、和真、英…」


 その時直也と桂がどんな顔をしていたのか、もちろんわからない。

 夜になって和真から、『今年はNKコンビとクラスが別れたね』って聞いた。

 ちょっとホッとしてしまった。悲しいけど。



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