幕間 「君のためだけに」

【1】





「浅井先生、何だった?」

 新学年の入寮当日、顧問から呼び出しを受けて音楽準備室まで行っていた桂は、新しい部屋へ戻るなり、直也に呼び出しの用件を尋ねられた。

「渉のこと、だった」
「渉の? なんて?」

 ついさっき、久しぶりに会った渉は相変わらずどうしようもなく可愛らしくて胸が騒いだけれど、それ以上に、まったく目を合わせてくれないことが気になって、今も思い悩んでいたところだ。

「先生と部長と副部長の協議で、渉は今年、生徒指揮者になるって」
「えっ! マジで?」
「ああ」
「それ、渉は承知してるのか?」
「もう、1年の終わり頃から指揮法のレッスン、始まってたらしい」

 ということは、渉は承知ということだ。

「…まあ、コンチェルトで何回か指揮台に上がったときに、もしかしたら…ってのはあったけどな」

「まあな」

 2人とも気づいてはいた。
 あの引っ込み思案な渉が、指揮台ではまるで違う。
 溢れる思いを言葉にするのが追いつかないほどに、メインメンバーを引っ張っていた。

 あれは、楽器を持っているときにも見られなかった、渉の新しい一面だった。


「浅井先生が決めたことに異議もないし、渉なら適任だろうと思うから別に文句はないんだけどさ…」

「桂?」

「俺、コンマスなのにさ、渉、何にも教えてくれなかった…」

 合奏になれば、オーケストラの最高責任者は自分だ。
 それは次のオーディションでも、譲るつもりはない。

 なのに、指揮者になろうという渉から、何の話もなかったのは悔しい。

 その気持ちは直也にもよくわかるのだけれど。


「でもな…あの頃はちょっと、そんな話の出来る雰囲気じゃなかったかもよ」

「…まあ、それもあるけどな…」

 振られたことがショックで、でも忘れるなんて到底無理で、この先どうすればいいんだと頭を抱えていたところへ、まさかの『相思相愛』の大逆転。

 渉の気持ちがこちらを向いているというのは、とてつもなく嬉しいことだったが、だが、2人とも愛されているという、あまり例を見ない変形三角関係で。

 今はとにかく、このややこしくなりそうな関係をすっきりとハッピーエンドに持ち込むにはどうすればいいのか、そればかりを考えている。

 とにかく、諦めるつもりは毛頭ない。直也も、桂も。


「ま、渉が実際に振り始めるにはまだ時間があるだろうし、それまでにはなんとかしたいじゃないか、僕たちも」

「そうだよな…でも」

 でも…に続く言葉が直也にもわかった。

「渉の様子、おかしかったよな」

「…ああ」

 声を掛けても、初対面の英と話していても、渉は一度も目を合わさなかった。
 まるで、『再告白』前の『ごめんなさい』状態のままだ。

 そんな状況に渉をおいておきたくないと思って、もう一度告白したのに、まったく状況が変わってないように感じられてならない。

 いや、それ以上に悪くなっているようにすら感じる。

 そしてその2日後、渉の誕生日の、だめ押しのような出来事。

 去年はまだ何も知らなかったから、何もしてあげられなかった。

 けれど今年こそ…と、2人はそれぞれに考えていた。

 まずはデートの約束を取り付ける。
 そうしたら、2人で出かけて、渉が今何が好きで、何を欲しいと思っているのか、この目で確かめて最高のプレゼントがしたい。


 そう思っていたのに。

 デートの約束を取り付けるどころか、まともに話もできない。

 渉はこっちを見ようとしないし、英には立ちはだかられる。

 直也に至っては、渉の顔をみることすら叶わなかった。
 絶対、英の背後の部屋には渉がいたはずなのに。

 そして、その後も上手く接触が図れない。

 必ず英の邪魔が入る。

 まるでSPか守護霊のようにピッタリと張り付いて離れない英は、巧みに渉の姿を隠してしまう。
 まるでその視線に、何も入れたくないかのように。

 おそらく警戒されているのは自分たちだろうと、直也も桂も気づいている。

 去年のようにクラスが同じならまだ邪魔されずに接触のチャンスもあったのだろうが、今年はクラスが違う上に、部活でも今のところ接点はほぼない。
 これは、合奏が始まるまで解消しない。

 部屋を尋ねても大概いない。
 去年はそんなことはなかったのに。

 もしかして、自分たちの『再告白』は受け入れてもらえなかったのだろうか。
 渉の本心は、やっぱり『NO』だったのではないだろうか。

 そもそも和真経由で聞いた、『渉の本心』で、本人から直接聞いたわけではないのだから。

 そして煮詰まる中、2人は確かな思いを自覚しつつあった。

 渉がいなくては、何もかもが色褪せていくと。

 去年、渉が入院した時にも似たような感覚を覚えたが、あの頃のように軽々しく言葉に出来ないほど渉の存在は重くなっている。

 何より大切な渉と言う存在。

 これをなくして、おそらくこれから自分の人生は、成り立たない…と、それぞれが心のどこかで認めている。

 だから、どうあっても渉の真意を確かめて、自分たちの気持ちをもう一度ちゃんと聞いてもらって、時間をかけてきちんと話がしたい。

 けれど、今の渉と、もし接触が成功しても、まともに話が出来るかどうかわからない。

 本当に、いっそのこと身体にわからせてやりたい気分になる。

 お互いに『一線』だけは、時が来るまで守り抜くと約束しているが、何もかもぶち壊してでもこの状況を打破したいとまで思う。



 そんな時、和真が『聞きたいことがあるんだけど』と、言ってきた。


「あのさ、渉の様子って、当然気づいてる…よね」
「ああ」
「もちろん」

 好きな子に目も合わせてもらえない状況に気づかないヤツがいたら大笑いだ。

「なんでああなってるわけ?」
「それを聞きたいのはこっちなんだけどさ」
「その通り」

 2人の答えに和真が暫し考えこむ。

「でもさ、2人はちゃんと渉に言ったんだろ? まだ好きなんだって。諦めてないって」
「言った」
「はっきり」

 即答されて、また考え込む。
 やっぱりこれは、何かの行き違いがあるに違いない。

「和真、何か知ってるのか?」
「もしかして俺たち、やっぱり振られてるとか」

 桂の言葉に直也が『縁起でもない』と、肘鉄を入れる。

 そんな様子をチラッと見て、和真は、『こいつらのポジティブと渉のネガティブを足して2で割れないかな』なんて、考える。

「渉さあ、誤解してると思う」
「誤解?」
「何を?」

『好きだ』と告げて、それ以外にどう受け取れるのか、直也と桂にはさっぱりわからない。

「ん〜。あんまり人の告白内容まで聞きたくないんだけど、…2人とも他に何か言わなかった?」 

 和真に問われて、直也と桂が顔を見合わせる。

「桂、なんか言ったのか?」
「いや、そう言う直也こそ」

 余計なことを言った覚えはない。
 思いの丈を込めたつもりだ。

「そっか…。でも渉は…、2人は自分の勝手な思いを、怒ってないって、赦してくれただけだと思ってる」

 2人ともが目を見開いた。

「そんな…」
「伝わってなかった…ってことか?」

 それなら、あの渉の様子も腑に落ちる。

「つまり、想いは残してやるけど、この話はもうここまでな…って受け取ったんだと思う。結局、最悪の生殺し状態になったんだよ。渉にしてみれば」

「嘘だ…」
「あり得ないし…」

 今まで感じたことのない焦燥感が、直也と桂の胸を焼く。

「まあ、2人がちゃんと伝えたってのはわかったけど、少なくとも渉はこの件に関しては異常にネガティブになってる。その結果がこれだよ」

「なんでだよ」
「そうさ、好きになって告白したのは俺たちだから、渉がネガティブになる必要ないじゃん」

「何言ってんの。オコサマ2人組」

 バカだのボンクラだの100年立ってろ等々、好き放題言われてきたが、オコサマなんて言われたことはなくて、2人は少しばかり唖然と言った様子だ。


 和真がそんな2人を見て、ため息をついた。


「渉の罪の意識は2人が思ってるよりずっとずっと重いんだ。だから渉が罪だと感じている限り、受け入れないよ。直也も桂も。どんなに好きでもね」

 和真の言葉を2人は今までになく、重く受け止めた。

 渉の性格からすれば、それは想像がついたはずなのだ。

 渉に受け入れてもらうには、渉のそうした不安や苦しみごと包み込める力がいるのだとやっと気がついた。

 きっとこれから先も、渉は悩んだり傷ついたりする。それを癒して護っていけないのなら、受け入れて欲しいと言ってはいけないのだ。


「とにかくもう1回ちゃんと渉と話がしたい」
「うん。俺も」」

「話はいいけどさ、どうするか決まってんの? もう、同じことの繰り返しはナシだろ。2人がこれから渉とどうつきあっていくのか、それを決めてからでないと話なんかしても仕方ないんじゃないの?」

 またしても痛いところを突かれて、2人は声もない。

「それと、英が渉の前に立ちはだかってるの、気づいてるんだろ?」

 2人は神妙に頷いた。

「英はわかってるよ。渉が2人を避けてるってことも、恋愛感情のもつれだってこともね」

「ウソ…」
「マジで?」


 早くも全校的名物と化している、『桐生英のスーパーブラコン』。

 儚げなカワイコちゃんの兄と長身男前でしっかり者の弟は、並んでいるだけでも絵になり目立つというのに、弟クンが見せつける、これでもかと言うくらいの兄への執着ぶりに、勝手な妄想があちらこちらでひとり歩きをはじめている状態だ。

「でも、英だって分からず屋じゃない。ただ、渉を心配してるだけなんだ。渉が幸せになるならそれでいいと思ってる。でもそうじゃないなら、徹底抗戦あるのみ…ってとこかな」

 和真は早くから気づいていた。
 英は渉を追って来たのだと。

 渉の為なら、英は何でもするに違いない。
 その中には当然、渉の幸せを見守る…という想いもあるはずで。


「それなら大丈夫さ、僕たちは」
「そ、自信あるからな、渉を幸せにしたいって気持ちには」

 気持ちだけじゃあなあ…と、和真は内心でため息をつく。

「じゃあ、心が決まったら、先に英と話をしてみれば? 英を納得させられないような話なら、多分渉の心は動かせないよ」


 おそらくもう、直也も桂も心は決まっている。

 それをどう伝えるか。

 自分自身に納得のいく言葉で確かなものにしなければならないと、2人は思いを巡らせた。

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