第4幕 「星月夜」

【3】





 部活が終わって寮への帰り道。

 英たちは学年ミーティングがあるとかで、まだホールにいて、和真は部長のお手伝いで残ってる。

 だから、久しぶりに3人でゆっくり坂道を上がってる。


「そうだ、渉、今日うちの父さんにあったって?」

「あ、うん。駐車場で。秘書さんにも会ったよ」

 桂は明後日とか言ってたっけ、三者面談。
 今年は京都の伯父さんが来るって言ってたな。
 確か栗山先生のお兄さんとかって。

「え、誰だろ」

「あの、若い人だったけど」

「ああ、それじゃ、中辻さんかな」

 そう言えばそんな名前だった気もするけど、秘書って1人じゃないんだ。
 なんかすごい。


「なんか言ってた?」

「うん、うちのパ…父さんの新譜聞いてるって言ってくれて、なんかプチ盛り上がってた」

「え、そんな話までしてんだ。あの人、ノリ軽いからなあ〜」

「ああ、もしかして、1番新しい人?」

 横から桂が聞いてくる。
 やっぱりつき合い長いだけあって、結構直也の周囲のことも知ってるみたいだ。

 僕はまだ知らないことの方が多い。直也も、桂も。


「そう、去年からついてる人。若いから話しやすいけどね」

 うん、確かに話しやすそうな人だった。でも…。

「感じのいい人だったけど、英の方をお兄さんって言った…」

 僕がポツッと愚痴ったら、両側から大笑いが降ってきた。

「あっはっは、そりゃ仕方ないって!」

「そうそう、そんなの誰でも思うって!」

 ひっど〜い。

「ふくれるなって」

「渉は可愛いからいいんだよ」

 なんかもう、反論する気も起こらない。

 あ、でもこれだけは言っとかないと!

「直也」

「なに?」

「お父さんにも秘書さんにも言われたよ」

「何を」

「直也が僕のことばっかり話してるって」

 桂が吹き出した。

「ああ、そりゃ事実だな」

 って、そういうことを言ってるんじゃなくて。

「あのさ、それマズいよ」

「なんで? いいじゃん、別に」

「良くないってば」

「どうして」

「どうしてって…」

 上手く説明できないんだけど…ほら…。

 僕が言葉を探して頭の中をウロウロしているうちに、直也と桂の顔が曇った。

「やっぱり嫌か? 僕たちとこんな風になって」

「後悔…してる?」

 ああ、もう〜! そうじゃなくて!

「違うっ、恥ずかしいからっ。どんな顔して返事していいのか困るだろって話!」

 そりゃ積極的に触れ回る話では絶対ないけど、僕は少なくとも後悔なんてしてないし、それどころか嬉しいんだし。

「渉…」

 …だから、なんでそこで目をウルウルさせて…。

「もうっ、可愛すぎ!」

 がばちょと抱きしめられて、いきなり顔の裏側まで舐め尽くされるみたいなキスをお見舞いされて、さらに桂まで参戦してきて、やっぱり僕はへろへろになってしまった…。

 こんな、誰が通るかわからない道で、ほんっとにもう〜。

 和真や英がいなくて良かった…。

 あ、もしかして、いなかったから…か。はあ…。



                    ☆★☆



 その日の夜。

 桂から相談を受けていた弦楽器のボウイングの案が出来たので、僕は向かいの部屋――直也と桂の部屋へ行った。

 あれ? 直也がいない…と思ったら、中等部の管楽器でもめ事が発生したらしく、ホールへ行ってしまったって。

 大丈夫かなと思ったら、いつもぶつかってしまう中3の子たちが、今日もぶつかって譲らなくて収拾がつかなくなったらしい。

 でも桂に言わせると、『あれは半分痴話げんかだ』ってことだけど。

 どっちも意地っ張りで素直になれないらしい。
 なんか可愛いけど、毎度呼び出される直也は大変。

 でもまあ、その面倒見の良さが直也の優しいところなんだけど。


 で、僕は桂にボウイング案について一通り説明して、弦楽器の首席に確認を取るってことで一件落着したあと、ちょっと込み入った話していいか?って桂が聞いてきた。

 桂にしては珍しい、探るようなものの言い方で、ちょっと不思議な感じだけど、もちろん良いよって返事した。


「なあ、この前直也のお父さんにあったって言ってただろ? なんか聞いてるか?」

 って、いきなりすぎてよくわからないんだけど。

「なんかって、どんなこと?」

「直也のお父さんて、高校、途中で転校してるだろ? その詳しい話。もしかして、葵さんたちから聞いてるんならいいんだけど」

「ううん、何にも聞いてないよ」

 葵ちゃんにそんな親友がいることも、ここへ来るまでよく知らなかったくらいだし。

「いや、別に積極的に話すことでもないんだけど、余所から耳に入るくらいなら、自分で話した方がいいかなあ…って、直也が気にしてたんだ」

 え…。そんな込み入った事情なわけ?

「でも、自分から話すのもなんだかなあ…って、珍しくウジウジしてたから、じゃあ、機会があったら俺から話しておこうか…ってことになって…」

「あ、うん。聞いておいた方がいいなら、教えて」

 多分、いい話ではないんだろうと想像はついた。

 でも、直也が話しておいた方がいいと思ったのなら、僕は聞かなきゃいけないと思ったんだ。

 でも、桂は珍しく、言葉に迷ってる風で、どこから話そうかな…なんて呟いてたんだけど。


「あいつさあ、中2の頃、ちょっと嫌な目に遭ってんだ」

「直也、が?」

「そう」

 お父さんの話で、直也が嫌な目に…ってこと、かな?

 そうだとしたら、ますますいい話ではないってことで、ちょっと不安だけど…。

「あいつのお父さん、俺たちが中2の頃国会議員に初当選してさ、若くてカッコいいもんだから、マスコミにも取り上げられたりしてかなり目立っちまったんだ。
 でも運悪くその選挙で落ちた古株の孫ってのが3学年上にいてさ。
 逆恨みもいいところで、直也のお父さんがここをやめて転校せざるを得なかった事情をどっからか仕入れてきて、テキトーに脚色して流しやがったんだ。
 で、こんなヤツが我が物顔で在籍してていいのか…なんてぶち上げやがってさ」


 …そんな深刻な話、なんだ…。

 僕が聞いちゃって良いのかなあと思ったんだけど、確かに深刻なら深刻なほど、余所から聞かせたくないって気持ちはわかる。



 そして、それから僕が聞いた話は、僕がなんとなく覚悟していたものを遥かに超える、重い話だった。

 大人の事情に翻弄されてしまった直也のお父さんは当時、今の僕たちと同じ年齢で。

 どれだけ悔しくて悲しかっただろう。

 自分の努力も思いも届かないところで、勝手に自分の人生が変えられていくなんて…。

 でも、それって…。

「それって、直也のお父さんの所為じゃないじゃん。なんで直也が嫌がらせされなきゃいけないの?」

「だから、逆恨みだって」

「でもでも、普通に考えてもそんな逆恨みに乗っかるのがおかしいって、みんな思わなかったわけ?」

 この学校のいいところは、『そんな馬鹿馬鹿しいイジメには乗っからない』って、気風なのに。

「ま、そこはそれ、直也は入学当初から綺麗な顔したオコサマで、性格もいいから人気者だったし、そうでないヤツの嫉みもそれなりにあったってことだ。それに、中学の頃は人の話を鵜呑みにする単純バカも多いからな」

 なんかものすごく納得いかない。

 その思いが顔に出てたのか、桂が僕を抱き寄せて、宥めるように背中を撫でる。

「ただ、直也自身、お父さんからちゃんと事情を聞かされてからここへ来てるし、自分に後ろめたいことはないって自信持ってたから、最後には噂流した上級生に向かって『僕に嫌がらせしてそれで気が晴れるんなら好きにすれば』って言い放ったわけ。 あれ、カッコ良かったなあ〜」

 あれで直也に転んだ奴多かったなぁ〜…なんて、うっとり思い出に浸っちゃってるけど…。

「それで、その上級生はその後どうなったの?」

 3年上ってことはもう卒業してるはずだけど。

「ああ、結局院長先生から呼び出しくらって、説教されてから大人しくなったな。 後から先生になんて言ったのか聞いたら、『喧嘩売るなら自分のフィールドでやれ…って言っただけだよ』なんて笑ってたけど」

 親のフィールドを持ち出して暴れるな…ってことか。
 …なんか、直人先生らしいや。

「そんなわけでさ、まだ3年前のことで、覚えてるヤツもいるだろうから、不用意に渉の耳に入るくらいなら…って直也は考えてたわけだ。ま、そんなことを考えるようになったのも、渉と両想いになれたからこそ…だけどな」


 直也、不安だったのかな…。
 でも、もう大丈夫だし。

「…そっか…。桂、教えてくれてありがと。で、僕から直也に『聞いた』って言った方がいい?」

「いや、俺から言っとくよ。何か言われたら答えてくれたらいいけど、直也が特に何も言わなかったら、そのままにしといてやってくれ」

「うん、わかった」

 何だかちょっとホッとして、柔らかく抱き寄せてくれてる桂に、無意識にしがみついてしまったら…。

「えっと、ちょっといい?」

 なにが? って聞こうと思う前に、グッと抱き締められて、熱いキスが降ってきた。

 身体がすくい上げられるみたいになって、思いっきり仰向かされているのに、それでも僕はギリギリの爪先立ち。

 ちょっと余裕のない感じがする密着に、嬉しいのとまだ少し怖いのが半分半分。

 そして、舌がもつれそうな深いキスが解けるとき、僕は無意識に、桂の唇を柔らかく噛んでしまった。

 途端にまた追いかけられるように深くなるキス。

 お互いに息が上がってしまうほど繰り返してしまって、漸く離れたとき、桂が耳元で呟いた。

「渉、今の反則…」

 なにもかもぶっちぎりそうになった…なんて囁かれてしまうと、もう僕には返す言葉もない。

 そして、きつく抱きしめられると気付いてしまう身体の変化。

 もちろん、恋愛感情があって、遠い未来までも一緒にいたいと願う以上、キス止まり…なんてことがあるわけない。

 だから僕だって、直也も桂も、我慢してくれてるって気付いてはいる。

 でも、じゃあどうすればいいのかってこともまだ全然決められてなくて。

「ごめんな、渉」

 桂に謝らせてしまったことが申し訳ないと思ってるのに、僕は『ううん』緩く首を振って見上げることしかできない。

「こら、そんな顔で見上げられたら、帰してやれなくなるじゃんか」

 桂はちょっと無理した笑顔で、僕の頭をぐちゃぐちゃかき回した。



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