幕間 「Carnival〜聖陵祭」

【1】





 今年もまた、ここ聖陵学院にこの日がやってきた。

 9月2日。
 前期授業を再開したばかりの放課後。

 3年E組の教室は、高等部の1年から3年までの総勢120名がすし詰めになっている。

 言うまでもないが、他のクラスも同じ状態である。


 この異様な熱気に包まれている教室の隅っこで、英は腕組みをして椅子にもたれかかっている。

 風格としてはすでに3年生だが、『正真正銘』の1年生なので、この状況についてはまったく把握出来ていない。

『クラス対抗の演劇コンクールって聞いたけどなんだか大層だな』…という程度の認識だ。
 右隣にいる斎樹はすでに同級生たちと盛り上がっているが。


 反対に、英の左隣で落ち着きの無い様子でいるのが渉。

 去年、演劇コンクールにかり出されて大変な目に遭った。

 高校1年にもなって、チビの頃ですらやったことのない女装――しかも白雪姫――をやらされる羽目になったのだ。

 その事実を英に知られていないのは幸いだが。


「和真…」
「何?」
「今年は先輩方に変な入れ知恵してないだろうね」

 そう、去年の屈辱は、和真が仕組んだも同然だったのだ。
 しかも4月の段階で。

「渉ってば、人聞きが悪いんだから。僕は何にもしてないよ」
「ホントに?」
「ほんとほんと」

 尋ねられたから答えただけだ。和真的には。

『今年のE組には話題の兄弟が揃っている』のは、和真でなくとも当然気づくことで、『こうなったら演目は、伝統のアレしかないよな』…と聞かれて『そりゃそうでしょう』と答えただけに過ぎない。

 ただし、プロジェクトが走り出した際には、脚本・演出の中心になることを期待されている。

 そう、和真が『学院三大美少女』でありながら、去年も今年もキャストから外れられているのは、ひとえに和真の努力の賜物なのだ。

 キャスト以外の場所に、他の人間に追随を許さない能力を発揮することで、和真は女装を逃れることに成功した。

 そこまで女装回避に尽くすのは、自分でもわかっているからだ。
 女装なんかしたら、シャレにならないと。

 もちろん渉だってシャレにならないレベルだが、『美少女と美少年のボーダーライン』とか、『性別不明の天使』とか言われるだけあって、可憐な白雪姫の中にも、どこか凛とした雰囲気が垣間見えた。

 それが一層、渉の白雪姫を魅力的に見せていたのだが、自分ではそうならないことが予想できる。

 おそらく見た目は完全に『女の子』になってしまうだろう。
 魅力もへったくれもない、ただの女の子だ。

 それが嬉しい質なら問題ないが、残念ながら、和真にそれはない。

 中学の頃、ある同級生から『お前って男の要素ゼロだよな』と言われたが、当然、後に機会を捉えて仕返しさせてもらった。

 あろうことか告白して来やがったので、言葉の限りを尽くして、完膚無きまでに叩きのめしてやったのだ。

 おかげで『難攻不落の美少女』などの学院伝説が誕生して、その後が少し平和になったものだ。少し…だが。

 と言うわけで、和真は今年も『黒幕』だ。


「ま、心配しなくても、悪いようにはしないから」

 ポンポンと、渉の肩を叩いてみれば、さすがに渉もピンときたのか、『やっぱり何か企んでる!』と、毛を逆立てる。

 さらに渉が和真に詰め寄ろうとしたとき…。


「E組諸君! 当然わかっていると思うが、今年の我が組には話題の2人が揃っている!」

 3−Eの委員長が雄叫びを挙げると、教室中が揺れるほどにどよめく。

『2人』と言うフレーズに、渉がこっそりと辺りを見回す。

 去年に比べて少し広がったとは言え、やはり渉の交友関係は狭くて、見回したところで『話題の2人』が誰のことなのかさっぱりわからない。

 英に至っては、それが誰かなんて興味もなさそうで、120人すし詰めのむさ苦しい教室にウンザリといった様子だ。


「だが、最大のライバルD組にはNKコンビと注目の正真正銘、水野真尋がいる!」

 巻き起こるブーイングの中、兄の恋人たちと親しい友人の名を聞いて、英は怪訝そうに斎樹の顔を見た。

 その視線に気づいた斎樹は、『真尋、なにやるんだろうな』…と、ワクワクした様子だ。

「しかし! 我々全E組は総力を挙げて勝利をもぎ取らねばならない!」

 再び沸き起こる雄叫びの中、委員長が高らかに告げる。


「今年、全E組勝利の演目は、聖陵学院伝統の、ロミオとジュリエット〜!」


 演目発表で地面が揺れそうなほどの騒ぎの中、でもやはり英は醒めた目で観察を続けている。

 ――ま、男子校でやるから面白いってところだな。

 これを共学校でやったら、かえって寒いかもな…と、完全に他人事状態だ。

 だが、他人事なのもここまでだった。


「そして、我らがロミオは、桐生英!」

 ――は?

 いきなりの名指しに英が目を見開いた。


「え、俺が、ですか?」

「そうだ、君しかいないっ、桐生英!」


 ――いや、君しかいないって、そんなことないだろう。

 現に、隣にいる斎樹はハンサムで上背もあるし、見渡しただけでも、名前も学年も知らないが、それなりに似合いそうなヤツは何人もいる。

 だから自分でなくともいいはずだ…と、思ったのだが。


「いいか、君の父上も、叔父上である桐生悟氏も浅井先生もやっている伝統の役どころだ! 君がやらずして、誰がやる!」


 ――嘘。父さんも悟も祐介もやってんの? これを?


「知ってる?」

 渉を乗り越えて、和真が話しかけて来た。

「英のお父さんも悟さんも、お相手のジュリエットは直也のお父さんだったりするんだよ、これが」

「マジですか?」

「大マジ。ちなみに浅井先生の時のジュリエットは奈月さんだよ」

「…なにをみんなして嬉しそうにそんなこと…」

 いや、少なくとも葵はジュリエット役に激しく抵抗したのだが、そんなことは何年も経ってすでに時効か。

「というわけだ。頼むぞ、英!」

「はあ…まあ…」

 ――ま、いいか…。父さんや悟や祐介にできて、俺に出来ないはずないしな。


 父親をはじめとする血縁者をわらわらと持ち出され、半ば押し切られる形で了承した英の隣で、渉は少しホッとしていた。

 英に白羽の矢が立ったのなら、自分は今年は免れると思ったのだ。

 和真に言わせると、『浅はか』の一言だが。


「さあ、諸君! もう薄々感づいてはいるだろう…。我らがヒロイン、ジュリエットはもちろん! 聖陵学院永遠のアイドル・奈月葵さんの再来!」


 ――なんか、不吉なフレーズ来た〜!

「桐生渉!」

 ――あり得ないし…。


 一瞬にして、驚きを通り越して脱力に至り、隣をチラッと見れば、英が頭を抱えている。

 そりゃそうだろう。
 高校1年にもなって、なんで兄貴を相手にロミオをやらねばならんのだ。

 ともかく、ここは何が何でも抗わねばならない。


「あの…、去年は台詞がほとんどなくて、なんとかなったんですけど、今度のは絶対、僕には無理、です…」

 本人としては必死の抵抗なのだが、残念ながら迫力は皆無で、案の定委員長の一言でひねり潰される。

「心配するな。プロンプターでもなんでもつけてやるから」


 ――だからそう言う問題じゃなくて〜。

 とにかく何とかして今年は舞台からおろしてもらおうと思ったその時。


「了解です、先輩。兄弟でがんばります」

 英が堂々宣言してしまったではないか。

 周りから『よく言った!』『それでこそ漢!』なんて声が上がって、大歓声に包まれる。


「す、英っ?」

「まあいいさ、俺だって知らない相手より、渉の方がやりやすいし」

「って、そう言う問題?!」

「まあまあ」

 渉の必死の抵抗をサラリと流した英の脳裏には、実はある『復讐』が計画されはじめていたのだ。


 英の了承で勢いづいた委員長とE組生たちが、次々と他のキャストやスタッフを決めて行く中、膨れる渉の頬をつつき、英が話を振ってきた。

「ってさ、渉。去年何やったんだよ」

 今まで何にも聞いてなかったが、確かにさっき、渉は口走った。
『去年は台詞が少なくて…』と。

 これは去年も何かやらされているに違いないと踏んで、尋ねてみれば案の定、渉は慌てて真っ向から否定してきた。

「えっ?…な、何にもやってないよそんなのっ」

 だが、ここでまさかの裏切り者が現れた!

「あのね、白雪姫」

「わ〜! 和真!」

「白雪姫〜?」

「そうそう、これがその時の…」

「わああっ、和真っ、何持ってんの!」

 愛用のデジカメには、ばっちりと、あまりに可憐な白雪姫姿の渉が…。

「おい…」

 英の目がスッと細められた。

「だからっ、見たら目が腐るってば!」

「可愛いじゃん。これならジュリエットも期待出来そうだな」

 渉の目は点。

 白雪姫姿を弟に可愛いと言われて嬉しい男子高校生がどこにいる?

 そして。

「いいかっ、聖陵学院史上でも類を見ない、美男美女の兄弟共演だ!『禁断色満載』で攻めまくって優勝だ〜!」

 茫然自失の渉をよそに、E組の盛り上がりは最高潮に達したのであった。



 ちなみに、後から『王子役は誰だったんだよ』と、英に聞かれ、渉はもちろん正直に答えた。

『7人もいたから覚えてない』と。

 直也と桂も王子役だったが、なにしろしっちゃかめっちゃかな舞台だったので、記憶がほとんどないのだ。

 森のキノコや切り株まで白雪姫争奪戦に参戦してきたくらいだから。

 英が『わけわからん』…と、呟いたのは、言うまでもない。



                    ☆★☆



 その頃、E組から最大のライバルと目されているD組では。

「E組、ロミオとジュリエットです!」

 戻ってきたスパイの報告に、教室中が色めき立った。

「ってことは、やっぱり…」

「はい! 主演は桐生家の兄弟です!」

「ヤバイな、禁断の兄弟共演だ」

 教室内が騒然とする中、直也と桂は顔を見合わせて呟く。
 シャレにならん…と。

 渉のジュリエットは見てみたい。
 大いに見てみたいが、相手役は自分でないとヤダ。
 なのによりによって相手が英とは。

 NKコンビにとって、英は『弟でよかった〜』なんて安全パイではないのだ。

 こちらが何がしかのミスを犯せば、速攻で渉は取り上げられてしまう。

 それは英の愛情の深さそのもので、ブラコン具合も突き抜けているが、それ以上の若干アブナい感情もほんの少しあるんじゃないかと、直也も桂も気づいてはいた。

 それはもちろん、恋する男の直感だ。

 むろんこれから先、直也も桂もミスなど犯すつもりは毛頭ないが、おそらく英はこの機会を捉えて、ここぞとばかりに渉を独占しようと思っているに決まっている。

 ――イヤな予感がする…。

 2人は自分たちが演じなくてはいけない役のことなど、もうこれっぽっちも頭になかった


 そしてもう1人、英のロミオに悶絶中の美人がいた。

 つい先ほど主演女優に指名された真尋は、相手役が大好きな直也と桂でご満悦だったのだが、英がロミオと聞いて、『麻生先輩、栗山先輩、ごめんなさい! 僕、あっち行ってジュリエットやりたいです〜』なんて思っている。

 すでに競争率的には、NKコンビと並んで学院でも1・2を争うと言われている英に、真尋はこのところ夢中だ。

 今や学院一の有名兄弟となった渉と英の共演は楽しみだが、いつも『お兄ちゃん優先』の英に、ちょっと――いや、大いに不満なのだ。

 もちろん、渉のことは大好きだし、尊敬している。

 プロの音楽家を目指す身にとって、今最もリスペクトしているのは、英でも直也でも桂でもなく、顧問と渉…だ。

 けれどやっぱりそれはそれ、これはこれ。

 恋する身としては、この共演は心がさざめく。

 ――英ってば、ちょっとくらいこっち向いてくれないかなあ…。

 主演女優はこっそり息を吐いた。


【2】へ

君の愛を奏でて 目次へ君の愛を奏でて2 目次へ君の愛を奏でて3 目次へ
Novels Top
HOME