第6幕 「東風(こち)」

【2】





 年が明けてからは、去年と同じで母さんの実家で過ごした。

 もちろん英も一緒で、なんと葵ちゃんも1日だけど一緒に。

 ゆうちゃんやあーちゃんと長らくゆっくり話してないからって。

 グランパとグランマは、高校生の時から葵ちゃんを可愛がってて、葵ちゃん曰わく、『浅井家は僕の隠れ家だったから』…なんて。

 何それ…って英が聞いたら、『兄弟喧嘩したときの逃げ場所』だったらしい。

 ゆうちゃんは、『そのたびに振り回されたけどさ』…って、ため息ついてた。

 ゆうちゃん、ほんとに大変だったんだね。
 振られた上に、振り回されて…。

 で、葵ちゃんはゆうちゃんとも何やら相談してるみたいなんだけど、深刻な感じはゼロだから、英が言うように『いつかわかる日』を待つしかないかなって。 


 で、ゆうちゃんと葵ちゃんが、ゆうちゃんの部屋で話し込んでる間、僕と英はあーちゃんと、コタツでいろんな話をしてて。

「え、今年も合宿の講師に?」

 僕も英も驚いた。

 あーちゃん、スケジュール一杯で、去年も2年前から調整してやっとだったって聞いたのに。

「うん。今年もお邪魔しちゃうけど」
「わあ、みんな喜びます」
「ほんと? 喜んでもらえたなら嬉しいな」

 …って、謙虚だなあ…。

「そうそう、麻生くんは元気にしてる?」

 直也のことを聞かれて、返事しようと思ったら。

「バカみたいに元気で、暑苦しいくらい有り余ってます」

 って、なんで英が答えるわけ? しかもボロクソだし。

 あーちゃんは目を見開いたあと、大爆笑。

「なんか、ずいぶんな言われようだね」

 仕方ないから、ちょっとフォロー。

「部長になりました、直也」
「ああ、わかるなあ、それ。麻生くんって頼りがいありそうだもんね。頭も良いし、気配りも出来るし」

 それに、優しいし…って言おうと思ったら。

「俺も、入学したての頃は凄い人かなあって思ってましたけど、意外とヘタレですよ。まあ、人間味があって面白いですけど」

 って、それフォローになってないよ。

 あーちゃんは、英の言葉にまたバカウケしちゃうし。

「英くん、もしかして麻生くんとすごく仲良いの?」
「えっ」
「だって、よく見てるみたいだし」

 やっぱりあーちゃん、大人だなあ。

「いえ、麻生先輩が渉といつも一緒なんで、嫌でも目に入ってしまうんです」

 …こういう言い逃れがほんとに巧いよ。英は…。

 でも、ふふ…と優しく笑うあーちゃんは、そんなこともお見通しみたいで。

「去年のレッスンの時思ったけど、麻生くんは良いセンスしてるよね」
「まあ、それは認めます」

 だから、なんでわざわざ渋々の返事するかなあ。

「 プロを目指さないのは残念だけど、夢は人それぞれだからね」

 あーちゃん、知ってるんだ。

「ご存知だったんですか? 直也のこと」
「うん。将来どうするの?って聞いたら、ええと…」

 言ってもいいのかな…って、感じで言葉を濁したあーちゃんに、英がキッパリ言った。

「あ、俺たち聞いてます。麻生先輩がやりたいこと」
「あ、そうなんだ。それなら大丈夫だね」

 …って、僕は知らなかった。英が知ってるってこと。

 和真に聞いたのかな。まさか直也本人じゃないだろうし…。

「彼なら本当に良い先生になれそうだし、母校へ行けば会えるって言うのも嬉しいよね」 

 ほんと、あーちゃんの言うとおりで、そう思いますと頷いた僕に、あーちゃんはにっこり笑ってくれて。

 あーちゃんと直也、きっと打ち解けた良いレッスンだったんだろうな。
 こんな話までできるんだから。

 楽しかったし、物凄く勉強になったとは聞いてたんだけど。

「麻生くんに、今年も楽しみにしてるからって、伝えてくれる?」
「はい。直也、喜ぶと思います」

 今年のオーディションはかなり厳しそうだけど、直也は磐石だと思う。

 フルートに『正真正銘』 がくればわからないけど、今いるメンバーで直也より上をいける奏者はいないから。

「そう言えば、オーボエの安藤くんって、渉くんの同室なんだよね」
「そうです。大親友です」

 って、なんでここでは口挟まないのかな、すぐるんってば。

 チラッと視線を送っても、ポーカーフェイス。
 もしかして、悟られまいってしてるわけ?

「去年、木管分奏の時思ったんだけど、彼も高校のレベルを遥かに突っ切ってるよね。技術も音楽性も」

 やっぱり。

「僕もそう思います。ね、英」
「うん」

 何? それだけ?

 あ、わかった。余計な口挟むと、墓穴掘るんだ。
 ポーカーフェイスもきっと、緩みそうな顔を必死で引き締めてるに違いない。

 ふふっ、英ってば可愛いの〜。

「そうそう、アニー先輩に聞いたんだけど、卒業後はドイツへ…って話なんだって?」

 あれ? 英の顔色が変わった。まさか、知らなかった…とか?

 …そんなはずないな。だって、アニーに聞いたって言ってたと思うし。
 ってことは、忘れてたのか、もしかして。

「そうなんです。一昨年の秋にレッスンに来てくれて、それで和真を…って」
「もう本決まり?」
「いえ、まだそこまでは…。アニーも、もう一回来るって言ってたので、その時にちゃんと話があると思うんですけど」

 返事はその時に…とか言ってたから。

「そっか。でもアニー先輩なら安心だよね。安藤くんもすっごくしっかりしてるから、留学も不安はなさそうだし」

 和真がしっかり者だってこと、やっぱりあーちゃんにもわかるんだ。
 まあ、顔つきからしてキリッとしてるから。美少女なのに。

「でも、彼も渉くんと良い勝負なくらい、可愛いよねぇ」

 それを言うならあーちゃんだって。

「和真、『難攻不落の美少女』って言われてました」
「え、それはまた凄いね。でもなんだかわかるような気がする。美少女なのにキリッとしてるし、頼りがいありそうだし。…あ、でも、過去形?」

 過去形? あ、そうか、『言われてました』って言っちゃったんだ、僕。

 でも確かに過去形だよ。
 今や有り難いことに、英の恋人になってくれたんだし。

「言われてた…ってことは、もしかしてもう恋人ありってこと?」
「えっと、今は…いてっ」

 ひどーい、英がこたつの中で足蹴った〜。

「渉くん? どうかした?」
「アニー、安藤先輩のこと、なんて言ってたんですか?」

 横から英が割り込んできた。
 話、逸らしたな。も〜。

「うん、なんかね、久しぶりに育てたい子に出会ったって。芯が一本通ってるのに周りは柔らかい、何とも言えない魅力的な音と表現力を持ってるって」
「確かに…そう思います」

 英が神妙な顔をして言った。

 あれ? なんか落ち込んでる?


 その後、3人で話が弾んだんだけど、英は時折、ふと考え込むような顔を見せた。

 和真のこと…かな。



                   ☆ .。.:*・゜



 年明けの授業再開は、8日。

 入寮は6日から出来ることになってて、桂みたいに海外から戻ってくる生徒は、万一フライトキャンセルになると間に合わなくなるから、早めに帰ってくる。

 冬場は天候に左右されることが多いから。 

 桂は6日に入寮するって言ってて、直也もそれに合わせて戻ってくるってメールが来てた。

 和真は7日の午後で、僕と英もそのつもりだったんだけど…。


 僕は、登校出来なくなってしまったんだ。

 元旦から4日間を母さんの実家で過ごして、5日に父さんの実家に戻ってきたんだけど、年末からぐずっていた風邪をこじらせてしまって、6日に入院してしまった。

 気管支炎から喘息の発作に繋がって、血中酸素濃度が基準値を少し下まわったまま戻らなくなって、診察に行ってそのまま入院…ってことになっちゃって。

 酸素濃度さえ戻れば帰れるんだけど、最短でも退院は8日の午後。
 長引けば9日か10日。

 いずれにしても、間に合わなくて、どうせこじれるならもう少し早くこじらせて8日に間に合わせたかったと思ったんだけど、まさに後の祭り。

 またみんなに心配かけちゃうなあ…と凹んでたら、入院した夜に、直也と桂から『戻ったよ』ってメールが…。

 個室にいるから携帯電話が使えるのはラッキーなんだけど。
 どうしよう。でも、隠したところで明日にはばれちゃうし…。

 これはもう仕方がないなと諦めて、僕は2人にメールをする事にした。


 授業が始まるまでは、携帯の使用が出来るようになったのは、何年か前のことらしい。

 海外を含む遠方帰省組が多くなって、学校と家庭の往復の間は心配だから携帯を持たせておきたいという父兄の要望が増えたからなんだそう。

 だから、授業開始の朝に学校に預けて、長期の休みに入る前の日に返してもらえることになってる。
 ただし、校内合宿中は授業期間とみなされて、ダメなんだ。


 どっちにしても、僕はいつもグランマの送り迎えだから、携帯は置いてきちゃうんだけど。

 2人からのメールは学校のアドレスじゃなくて、まだ携帯のアドレスだったから、そのまま返信することにした。

 でも、入院してるとはやっぱり言えなくて、ただ、『風邪ひいちゃった。8日は休むけど、9日には行けると思うから心配しないで』とだけ、書いた。

 和真にも、同じ内容で送った
 返信はすぐにきた。

 和真も直也も桂も、賑やかな絵文字付きで、れぞれに心配してくれて、9日に待ってる…って。

 良かった。

 あとは何が何でも明後日の退院を目指して頑張らないと。
 薬も酸素も病院任せだから、自分に出来ることと言えば…しっかり寝ることくらいか…。

 何だかな…って感じだけど、仕方ないと諦めて、目を閉じた。
 熱がまだあったからか、すぐに眠くなり始めて、そのまま深く…。




 どれくらい経ったのかわからないけれど、英の声が聞こえたような気がして、でも目を開けるのが億劫で、そのままぼんやりと、寝てるのか起きてるのかわかんないところを漂っていたら。

 なんとなく、気配と視線を感じた。

 うっすら目を開けてみたんだけど、大きな酸素マスクが邪魔で、よく見えない。

 それでも、ぼんやりながらも徐々に焦点が合い始めた僕の視界には…。


「わたる…」
「大丈夫か?」

 …あれ? 僕、どこにいるんだっけ。

 目の前には、いつもの優しい笑顔の…。

「直也…桂…」

 2人の顔を見ると、ホッとして…って、あれ?

「熱、下がったみたいだな」
「さっき、先生が、明日退院出来そうだって」
「よかったな」
「でも、無理すんじゃないぞ」

 ここ、病院、だよね?

 ちょっと視線を移しても、そこにあるのは昨日入院した病室の風景で。

「…どして?」

 マスクが邪魔で上手く話せない。
 2人が優しく笑った。

「渉のことならなんでもわかるんだよ」
「そ。渉の可愛い顔を見るためなら、どこへでも飛んでくるってわけだ」

 わざわざ来てくれたんだ…。
 どうしよう…。すごく嬉しい…。

 でも、同時に思うのはやっぱり…

「ごめんね、また心配かけて…」

 なのに、2人は笑ってくれるんだ。

「心配くらいさせろって」
「そう。俺たちにできるのは、心配することと、護ることくらいなんだから」

 なんか、可笑しいよ、それ。

「それって、『くらい』…って言わないよ」

 思わず小さく笑ってしまったら、直也が桂に『ひとつ肝心なものが抜けてるぞ』って。

 なんだろう…。

「ああ、あれね。確かに肝心だ」

 桂がなんだか嬉しそうに笑う。

「なに?」

 これ以上何があるんだろうと思ったら。

「元気になったら、土曜の夜に教えてあげる」
「身体にさ」
「愛だけはたっぷりあるから」
「一生品切れ無しだから、安心しな」

 僕はドカンと火を噴いた。

 下がったはずの熱が、また上がったみたいに身体が熱くなる。

 そんな僕を見て、直也と桂はまた嬉しそうに笑う。

 その時、忙しないノックの音がした。

「桐生く〜ん、検温ですよ〜」

 入って来たのは、母さんくらいの歳の元気な看護師さん。

「あら、イケメンくんが2人も!」

 ニコニコ笑いながら、僕のパジャマの胸元から体温計を突っ込む。

「あ、もしかして、お兄ちゃんのお友達かしら?」

 お兄ちゃん?
 なんのこっちゃ…と思ったら。

「いえ、彼の同級生です」

 笑いを堪えながら直也が僕を指す。

「まあ! 同い年なの?! ごめんね〜、大人っぽいから、てっきりほら、昨夜からずっと付いててくれてる、お兄ちゃんのお友達かと思っちゃったわ〜」

 ちょっと待った。嫌な予感がする…。

「あの…、アレは、弟…なんですけど…」

 堪えきれずに、ついに桂が笑い出した。

「…ええっ! もしかして、君がお兄ちゃんなのっ?」

 やっぱり…。

 ぷうっと膨れた僕の頭を、ごめんごめんと笑いながら撫でて、『可愛いんだから、仕方ないわよ〜』…なんて、ちっともゴメンとは思ってない風で大笑いする看護師さんに、直也と桂まで大笑い。

 ほんとにもう〜。

「あら、37度6分まで下がったわ。明日、帰れると良いわね」

 そしてまた、僕の頭を一撫でして、入ってきた時と同じように忙しなく行ってしまった。

 ここの看護師さんって、ものすごく忙しそうにしながらもいつも笑顔なんだ。大変な仕事なのに、凄いなあって、いつも思う。


 それから暫くの間、直也と桂はいてくれたんだけど、2人がいると、僕がちっとも眠らないから、ここで油断しちゃ駄目だよな…って、何度も何度も、無理するなよ…って言って、学校へ帰って行った。

 明日、僕も学校に行きたいな…。


 で、どうして2人が来てくれたのかと言うと。

 英が和真に電話で言っちゃったらしい。入院したって。
 で、和真から直也と桂に…ってことらしい。

 昨夜のメールのすぐ後に知って、英に確認したら、個室にいるから何時でも会える…って聞いて、朝から来てくれたんだってわかった。

 ほんとに、すごく嬉しかったんだけど、その反面、やっぱり申し訳ないって気持ちも大きくなる一方で。



 ボンヤリしてたら、中沢先生が来てくれた。

「熱も下がったし、炎症も治まったし、明日の朝の検査結果が良好なら昼には退院出来そうだな」

 聴診器あてたり脈取ったり、色々しながらも、先生はいつも優しく話しかけてくれる。

 強豪バスケ部の部長だったって葵ちゃんに聞いたっけ。

 そうそう、直人先生の甥っ子さんだって言うのは、前に肺炎で入院した時に聞いた事。

『叔父と甥が教師と生徒ってのは、結構気を遣うだろ?』って笑ってた。

 僕は…確かにちょっとは気を遣うこともあるけれど、それよりも、いつもいつも心配かけてばっかりで申し訳無いなって思ってる。

 ただでさえ忙しいゆうちゃんなのに。

 そして、それは和真にも、直也にも、桂にも…。


「ん? どうした?」

 落ち込んでしまった僕を、先生はすぐに見抜く。

「僕は…いつもすぐにヘタってしまって、みんなに心配ばっかり、かけてて…」

 うっかり涙目になりそうになったのを、必死で我慢したら、最後までちゃんと言葉にならなかったんだけど、先生は、全部聞かなくてもわかってくれたみたいで。 

「確かに、思うようにならない身体はもどかしいね。何とかならないか…って、焦ったり悩んだりしてしまうよね。でも、自分の身体にしっかり向き合って、よく知って、弱いところも辛いところも含めて、大切に付き合って行って欲しいな…と、思うんだ。僕らはその手伝いを精一杯していくから、いつでも安心して頼ってくれればいいし」

 先生の言葉は、もつれた気持ちの端っこをそっと解してくれるようで…。

「それと…」

 先生の大きな手が、僕の頭を優しく撫でてくれる。

「人間は誰でも、大切な人のことは心配するように出来てるんだ。そして、安らかであるようにと願っている。それは誰にも止められないよ」

 先生はそう言って優しく笑うけど、でも、やっぱり、大切な人たちの負担にはなりたくないから…。

 そんな僕の思いが顔に出ていたのかもしれない。
 先生は、ふと、表情を引き締めた。

「ひとつ、大切な人たちの心配を軽くする方法があるんだけれど、聞きたい?」

 …そんな方法が?

「聞きたい、です」

 先生は頷いて、僕の胸にそっと触れた。
 それは、診察の時とは違う、温かい触れ方で。

「それはね、渉くんの『ここ』が、健やかであることだ」

 ――胸…? 違う…もっと、奥…だ。

「身体が言うことを聞いてくれない時でも、心は君自身のもので、コントロールができる。『ここ』のコントロールさえ失わなければ、大切な人たちもまた、健やかであることができる」

 僕が、僕の心を…。

「強くある必要はない。ただ、渉くんらしくあれば良いと言うことだから」

「僕、らしく?」

「そう。君が君らしくある限り、誰も悲しまない。それは、何よりも幸せなことだと、僕は思う」

 それは、僕の心さえしっかりしていれば、少しは…ってことなの、かな。

「ただね…」

 先生が僕の目をしっかり捉える。

「『大切な人』…っていうのはね、どうあっても、何もかもが愛おしいんだ。それは、万が一、君がコントロールを失ったとしても、変わらない」

 …それって…。

『そんだけ好きだったってことだろ。何もかもが愛おしく思えるほどにさ』

 七夕の頃に、英が言った言葉とよく似ている。

 桂のお父さんが、葵ちゃんとお母さんを守り続けたように、『何もかもが愛おしい』と。

 そこには、条件も妥協も打算も何もない。
 相手がどんな状況にあっても、愛おしいという気持ちだけ…。


「先生…」
「ん?」
「ありがとう、ございます」
「どういたしまして」

 僕の頭をまた優しく撫でて、先生は、何かを思い出したように笑った。

「こうしていると思い出すなあ。4人部屋の時、葵が2段ベッドに上がるのが面倒くさくて、下の祐介のベッドを占領してグースカ寝てる事がよくあったんだ。葵は1回寝てしまうとなかなか起きないから、その度に祐介は、ぬいぐるみだらけの葵のベッドで小さくなって寝てたなあ」

「葵ちゃん…酷い」
「だろ?」

 先生と声を上げて笑ってしまって、僕の気持ちは随分軽くなった。

 なかなか前へ進めない僕だけれど、焦らずに、頑張るしかないんだろうな。

 きっとその都度悩んで、助けてもらいながら。

 …それにしてもやっぱり、ゆうちゃんって、不憫だよ…。



                    ☆★☆



 渉がすっかり寝入った頃、祐介が病室を訪れた。

「世話になるな。涼太がいてくれるおかげでどれだけ安心できるか…」
「なんの。これが俺の『お仕事』だからな」

 ポンッと軽く肩を叩き、平和な寝顔の渉を見下ろして、涼太が静かに言う。
「甥っ子は、ガラスの心臓なんかじゃないな」
「やっぱり、そう思うか?」
「ああ。自分の内側から目を逸らさない。大人にも、難しいことなのにな」

 そして、人の言葉を真摯に受け止める。素直な心で。

「葵の神経が『ナイロンザイル』なら、渉くんはさしずめ『シルクのロープ』ってとこかな」

「そのココロは?」

「天然素材でしなやか。細くても丈夫」

「なるほど。さすがだな、中沢センセ」

「いえいえ、浅井センセーには敵いません。葵の言うとおり、祐介に預けて正解だったってことだろ。ま、お前が鈍いか鈍くないかは別にしてな」

「一言余計だ」

 軽く肘を入れられて、涼太が大げさに呻く。笑いながら。

「それはそうと、なかなかの面構えのヤツが2人、見舞いに来てたな」

「ああ、栗山と麻生だろ」

「えっ? 栗山って、葵の育ての親の? でもって、麻生って、もしかして…」

「そう。栗山先生の息子と、麻生隆也の息子…だ」

「そっか…。中等部から入った…って話は聞いた事あったけど、あんなにいい男に育ってるとはなあ」

「時の流れを感じるだろ?」

「それどころか、一気に疲労倍増だろ。同級生の息子とか見ると、自分がもういい歳になってるっての、否応なく自覚させられるよな」

「だな。高校時代なんて、ついこの間だったような気もするのにな」

「まったくだ」

 暫くしんみりとして、顔を見合わせてどちらからともなく、笑い出した。



【3】(第2部最終回)へ



あーちゃん降臨!

『おまけ小咄〜ゆうちゃん&あーちゃん@自宅へ帰って…。』



「英が麻生をボロクソって?」

「うん。もう、言いたい放題で可笑しくて」

「…ってことは、相手は麻生…か」

「え、何?」

「いや、渉に恋人ができたようなんだけど、相手が栗山なのか麻生なのか、どっちかわからなかったんだ。そのうちわかるだろうと思ってたんだけど、さっぱりで」

「ええ?! 渉くんと麻生くんが?!」

「英にしてみれは、大好きなお兄ちゃんを取っていった憎いヤツだろうから、ボロクソ言うのもわかるし」

「ん〜。でも、なんか、ぴんとこないなあ」

「そうか?」

「渉くんと麻生くんが一緒にいるところを見たことがないからかも知れないけど…。でも桂くんと一緒にいる時は、何だかすごくあったかい雰囲気で、目で会話してたんだ。だから…」

「それ、ほんとに?」

「うん。だから、これはもしかしたら…って思ってたんだけど…違うのかなあ」


 なんだか腑に落ちない…とブツブツ続ける彰久を抱きしめて、祐介は『どっちなんだよ、いったい』…と、遠い目で呟いた。

ちゃんちゃんv


注:あーちゃんが直也のことは『麻生くん』と呼ぶのに、桂のことは名前で呼んでいるのは、
あーちゃんが栗山先生の弟子で、チビの頃から知っているから…です。あしからず。

☆ .。.:*・゜


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