最強少年伝説
君の愛を奏でて3〜番外編
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11月も半ばのある日。 その日はなんとなく、朝からざわざわしていた。 そう、寮内も、教室も。 どう言ったらいいのかなあ。 落ち着かない雰囲気っていうのか、浮き足立ってるっていうのか。 何かあるのかなあと思ったんだけど、これといった校内行事はないし…。 もうすぐ後期中間試験だけど、前期中間も前期期末も、こんなことなかったから、僕は首をひねってた。 そう言えば、3日くらい前から昨日くらいまで、中学生たちがこんな感じだったっけ。 中等部の教室は棟が違うからわかんないんだけど、部活での中学生たちが、なんかざわざわしてたんだ。 うーん、なんだろう? 和真は…と言えば、そうでもないんだ。 いつもと同じ。 でも、直也と桂はなんだかおかしい。 凪や七生もちょっと変。 いったいどうしたんだろう。 もしかして、僕が考えすぎなのかなあ? …そんなこと、ないよね? そうそう、今日は高1だけ部活がない。 理由は簡単。 放課後にインフルエンザの予防接種があるからなんだ。 接種当日は静かにしていましょう…ってことらしい。 でも、多分だれも大人しくなんかしないと思う。 だって中学生たち、部活がないのをいいことに、サッカーとかしてるもんね。 先生に見つかったら、寮へ返されてるみたいだったけど。 ともかく、全寮制の聖陵では、インフルエンザの予防接種は不可欠。 この環境で流行でもされたら大変な事になるから。 接種は6日間かけて、中学1年から、1日1学年ずつ行われてる。 先生や職員の人たちも、この6日間のどこかで受けないといけないんだって。 そういえばゆうちゃんも、担任してる中2の接種日に受けてたみたい。 担任持ってる先生は、だいたいクラスが受けるときに一緒にやっちゃうことが多いらしい。 でも、1125人+教職員全員の接種って、大変だよねえ。 お医者さんって延べ何人くるんだろう…とか、そんなことが気になっちゃったりして。 そうそう、斎藤先生を始めとする保健棟組の先生たちは、半月ほど早く受けてるって話も聞いたっけ。 でも、ワクチンの有効期間は5ヶ月って言うのが定説だから、3月頃、危なくなるよね。ま、3月半ばで学校終わりだからいいのか。 「ね、渉。今日部活ないからさ、放課後にコンビニにおやつの買い出しに行かない?」 昼休み、和真がわくわくした感じで誘ってくれた。 「あ、うん、行く行く」 校内の購買部はコンビニ顔負けの品揃えなんだけど、お気に入りのおやつを目的に、外のコンビニへ行く事も多い。 僕も和真も、学校にはないお気に入りのシュークリームとプリンがあるから、時々行くんだ。 で、ついでにいろんなおやつ買っちゃう。チョコとかキャンディとか。 七生のお気に入りのおやつは『さきいか』らしいんだど、凪は『それ食べたらビール欲しくなるじゃん〜』なんて言ってたっけ。 凪って『飲める人』なのかな? なんか意外な感じだけど。 あ、そうだ。 「ね、直也と桂も誘わない?」 せっかくだからと思って言ったんだけど、和真は謎の言葉を繰り出した。 「どうかなあ、今のヤツらにそんなこと考える余裕あるかなあ」 余裕? コンビニにおやつ買いに行くのに、余裕、いる? あ、お小遣いのことかな? 何かに使い過ぎて、もうない…とか。 「ま、とりあえず声は掛けてみよっか」 ってことで、直也と桂を誘ってみたんだけど…。 「あ、ええとさ」 「んーと、ほら、何て言うか」 …なに? どうしたんだろ? 朝からちょっと落ち着きのない感じはしてたんだけど、今はもう『心ここにあらず』って感じがアリアリで、返事も訳がわかんない。 「どしたの? なんか他に用事ある?」 それなら仕方ないし…と思ったんだけど。 「あ、ううんっ、何にもないっ」 「えっと、なんだっけ? 何処行くってったっけ?」 コンビニだけどさ…。や、それはもうこの際置いといて。 「2人とも、なんか変だよ? 大丈夫?」 「「大丈夫!」」 やたら元気のいい返事が返ってきたんだけど、横で和真が笑ってる。 何なんだろ。変なの。 終礼の時間、配られた予防接種用の問診票に書き込んで、クラス全員分のそれを森澤先生がチェックしてるんだけど、なんとなく先生もそわそわしてて、クラスの落ち着きのない感じは一層酷くなってきた。 これはもう、『そんな気がする』ってレベルじゃなくて。 うーん、なんでだろう。不気味だなあ…。 「あ、渉」 「はい」 森澤先生が僕を呼んだ。 「渉は先に診察受けてから…だからな。保健棟行ったら、斎藤先生が段取りしてくれるから」 「わかりました」 そうなんだ、僕は予防接種ひとつ受けるにも、いちいち診察がいるんだ。 前回の発作から時間も経ってるし、大丈夫だとは思うんだけど。 ほんと、喘息って面倒。 面倒なんだけど…でも、僕はもう、予防接種なんてどうでもよくて、その後のおやつ買い出しに心が飛んでたりして。 「渉、怖くないわけ?」 いきなり直也に言われた。 「なんか、ふつーにしてるし」 桂もむくれた感じで僕をつつく。 「え? 何が? なんか怖いこと、あるの?」 怖いのイヤだな…って辺りを見回してみたんだけど、何もない。 だいたい、みんなの落ち着かない様子の方がコワいんだけど。 「だって、これから注射だぞ〜」 「あああ、あと15分後くらいには保健棟に移動だぞ…」 え? 注射? なんで今さらそんなに注射の話? 僕は和真を見た。 僕の視線に気づいた和真はニタッと笑う。 「んっとに、ガタイのいい男前が2人してガクブルだなんて、カッコ悪いったらありゃしない」 「何言ってんだよっ、周り見て見ろよっ」 「そうそう、みんなガクブルじゃん!」 「僕は平気だけど?」 和真にあっさり返されて、直也と桂は逆毛が立ったにゃんこみたいになってる。 それにしても…。 「…ねえ、どして、ガクブル?」 何を直也と桂が怖がってるのかわかんなくて、僕は思わず不安そうな声で尋ねてしまった。 「ああ、ごめんごめん、心配になっちゃうよね、渉」 ナデナデと僕の頭を撫でて、和真がにっこり微笑む。 「高1にもなって、こんなデカイ図体して日頃カッコつけてても、注射が怖いってこと」 ええっ? 「なんで? 注射、怖いの? どしてどして?」 そう聞いた僕に、直也も桂も、辺りにいたクラスメイトたちも一斉に詰め寄ってきた。 「どしてってさ、なんで渉は平気なわけ?」 「そう、痛いじゃんか、注射って」 「そうそう、針刺すだけでも痛いのに、ぎゅーって薬が入って来る時のあの痛さと気持ち悪さと来たら…」 「それに、針って抜く時も痛いもんなあ」 「しかも、夜までなんだかズキズキしてね?」 「あ、するする」 って、みんなやたらと盛り上がってる。 「あんなに痛くて気持ち悪いのに、なんで渉は平然としてんだよっ」 …って、逆ギレされても困るんだけど。 「だって僕、慣れてるもん。 採血は毎月だし、時には点滴だし、入院してずっと点滴してる時なんて、だんだん針刺す場所がなくなって、足首の血管とか手の甲の血管まで使ったりしたし、骨がすぐそばにある血管とか皮膚が薄いとこの血管って刺しにくいから先生がへたくそだと変なとこ刺しちゃって青あざできちゃうし、針の抜き差し出来なくなったらもう24時間針刺しっ放しで管だけ取り替えるとかするし、肘の内側に長めの針刺す時なんて、針が折れたら困るからって固定されちゃう時もあるし、チビの頃には脊髄に針さしたこともあるけど、脊髄から髄液抜く時の針って、断面が目で見てわかるくらい太くって…って、あれ?」 久しぶりに一気にたくさん喋ってちょっと疲れちゃったんだけど、何だか辺りから気配が消えている。 見れば、足元に青ざめた屍が累々と…。 和真までちょっと顔色が悪くなってて…。 「…みんな、どしたの?」 「「「…気持ち悪…」」」 「えっ?大丈夫?!これから注射なのに、しっかりしなくちゃ!」 大変!…って、思ったところで、『1−A、保健棟に移動!』って、保健委員が呼びに来た。 ☆★☆ 「1−Aの連中、みんな顔色悪いけど大丈夫か?」 斎藤先生が森澤先生に聞いた。 「…あ、はい。大丈夫…でしょう」 聞かれた先生も、ちょっと元気がない。 あの時、先生も側にいて、渉の話を聞いてしまってやっぱり一時屍になってた。 かく言う僕も、渉の壮絶な体験談を聞いて、さすがにちょっと『うっ』…ってなったんだけど。 「安藤、クラスで何かあったのか? 森澤先生も元気ないし」 斎藤先生が、今度は僕に聞く。 確かに、いつも元気印の森澤先生のこの様子は異様だけど、心配そうな斎藤先生が余計に不安を募らせたのは、何故か渉だけが元気…と言う事実だったりして。 「えと、実はですね…」 教室で起こった出来事をざっと説明したら、先生は大笑いを始めた。 「引っ込み思案で大人しい渉が実は『最強』だったってわけか」 斎藤先生のその発言で、『最強少年』の称号を贈られた渉は、この後も数々の最強伝説を残す訳だけど、その始まりとなる最初の出来事が、この『インフルエンザ予防接種事件』だった。 |
END |
というわけで、シリーズ化も予定していますが、
そこは渉次第と言うことで(*^_^*)