最強少年伝説
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君の愛を奏でて3〜番外編
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「え〜、嘘〜」 中高生がもっとも活気づく夕食時。 直也がメニューを見て頭を抱え込んだ。 朝から嫌な予感はしていた。 本日のメインは久しぶりの『統一メニュー』。 そう、選択の余地がない日で、こんな日のメニューは大概、 支持・不支持が別れるメニューで、何が出るかは夕食時間までわからない。 そして今夜も大方の期待を裏切ることなく、『ピーマンの肉詰め』だった。 これはもう、もっとも好き・嫌いが別れるメニューだろう。 理由はもちろん、ピーマン嫌いが多いから。 最近は苦くないピーマンも出回っているが、ここではそう言う配慮はしない。 『苦手克服!』が進学校の正しき指導なのだ。 と言うわけで、ピーマンが大の苦手な直也は、半年に一度程度回ってくるこのメニューだけは、憂鬱で仕方がないのだ。 細かく刻んであったりしてあるならともかく、これはもう、半割のピーマンがこれでもかと主張してくるから。 「そんなに嫌い?」 渉が心配そうに見上げてくる。 だからちょっと嬉しくてついつい甘えたくなったりして。 「うん、嫌い。でも残すと怒られるし」 「じゃあ、僕、ピーマンだけ食べてあげようか?」 「えっ、マジでっ?」 「うん。でも一口くらいは食べないとダメだよ?」 「え〜、そんなこと言わずに、この際だから全部食べて?」 「え〜、直也ってば、甘えんぼなんだから〜」 柔らかい笑い声を含みながら言う渉が可愛い過ぎて、思わずキスを落としそうになるのを、寸での所で堪える。 だが、そんな2人を黙って見逃すはずがないのが…。 「なに2人でコソコソしてんだ?」 桂が当然のように割り込んでくる。 「何なに?」 ついでに和真も割り込んできた。 「あのね、直也のピーマン食べたげるって話」 ニコッと笑う渉に、桂と和真は『はあっ?!』とばかりに顔を見合わせた。 「ちょっと渉〜、甘やかしちゃダメ」 「そうそう。甘やかしちゃダメ」 「えっ、麻生先輩、ピーマンダメなんですか?」 斎樹も参戦してきた。 その隣では英が鼻で笑っている。 「でも仕方ないよねえ。直也はここにいる2年生の中では1番チビのオコサマだから」 見た目が1番オコサマの渉に言われてしまえばもう、反論する気にもならないが。 「そうそう、直也、1番チビだもんねえ」 和真がニタッと笑って言う。もちろん明らかに茶化した様子だ。 「そうそう、ダントツのチビだもんねえ」 さらに煽るように同じ口調を真似て桂にまで言われては、もう反撃に出るしかないっ…と思ったところへ、真尋が割って入った。 「えっ? 麻生先輩、何月生まれなんですか?」 「…2月だよ」 ちなみに14日なのだがあんまり言わないことにしている。言わなくても毎年チョコの山だから。 「そっか、早生まれなんですね〜」 早生まれだろうがなんだろうが先輩であることには変わりはないのだが、自分とたった2ヶ月違いかと思うとなんだか不思議な感じがするな…と真尋が思ったところで、渉が可愛い笑顔で言った。 「英も早生まれだよ」 渉が珍しく会話に口を挟んできたのは、もちろんなんの意図もない。 ただの『世間話』のレベルなのだが、それは英にとっては実は『地雷』だった。 「えっ、英って3月生まれなのっ」 真尋があからさまに驚いた。 「ああ」 「ってことは、まだ15歳と2ヶ月くらい?」 「…そうなるな」 どうやら学年で一番最後のようなのだが、悔しいので誰にも教えてやらないことにしている。 男は精神年齢が肝心だ!…な〜んて。 「…3ヶ月前まで14歳だったんだ…」 呟く真尋に、英は『過去を振り返るな』と言おうとしたのだが、斎樹が『お察しモード』でポンと英の肩を叩き、真尋に向かってにこやかに聞いた。 「そう言う真尋は?」 「僕、4月25日だから、もう16歳だよ」 「どう見ても逆だな」 そばで和真がポツッと呟く。 「渉先輩は?」 「僕も4月だよ」 「ってことは?」 「うん、僕は17歳で英は15歳。ほとんど2つ違いなんだ。直也とは10ヶ月も違うし」 「…どっちも見えないし…」 言われ慣れている渉はともかく、普段から『年の割には大人びている』のを売り(?)にしている直也と英はぶすくれるしかない。 「別にさ、好きで早生まれじゃないし」 「全くです」 「あれ、妙なところで共感してるよ」 和真がここぞとばかりに茶化す。 「でも、俺は麻生先輩みたいに好き嫌いないですよ」 「えっ、僕だって苦手はピーマンだけだからな」 「嘘つけ、パセリもダメだろ、お前」 桂もまた、ここぞとばかりにチャチャを入れる。 「そう言う桂だって、トマト苦手じゃないか」 「ふ〜んだ、俺、食べられるようになったもんね〜」 「火を通せばな」 「あっ、それバラすかっ?!」 「ってか、桂はしいたけもダメじゃん」 「なっ…お前〜!」 不毛な貶め合いが始まった横で、2人の様子をニコニコと見ている渉は、確かに見た目は幼いけれど、鷹揚に構えたお兄ちゃん風でもある。 そんな渉に、和真は言った。 「ってかさ、渉ってほんとに好き嫌いないよね」 「うん、何でも食べられるよ」 「マジで何でも?」 「うん、今まで食べられないものなかったよ?」 そう言うと、桂が割り込んできた。 「え〜、なまことか食べたことないだろ?」 「ううん、あるよ。美味しいよ」 当然直也も参戦してくる。 「蜂の子とか?」 「あ、それもある。大丈夫、結構イケるよ? 蜂の巣の方が好きだけど。トーストにのってるのとかすっごく好き」 意外な言葉にNKコンビは顔を見合わせ…。 「まさか、イナゴとか無いだろ」 おそるおそる尋ねた桂に、渉はにっこりと笑った。 「ううん、何回も食べてる。ちょっと口の中に残るけど、味はいいと思うんだ〜」 思いもしなかった展開に、辺りにいた後輩やクラスメイトもろとも、何とかして嫌いなモノ、苦手なモノを白状させようと躍起になるNKコンビだったのだが…。 「ん〜、ほんとに食べられないもの、今までなかったんだよ。そうそう、グランパと旅行に行くとね、先々にいる知り合いの人たちが地元の自慢料理を振る舞ってくれるんだ。で、最初は見た目がアレだからちょっとびっくりなんだけど、食べるとどれも意外と美味しいんだよ」 そう言った横では、思い当たることがあるのだろう、英が少しばかり目を泳がせている。 「…例えばどんなもの、たべたわけ?」 和真が聞くが、いつもよりかなり声が小さい。 ちなみに和真も好き嫌いはないが、なにしろ高級旅館の食材で育っているので、あまり珍妙なものは口にしたことがない。 そんな和真を余所に、渉は指を折りながら、数々の戦歴をご披露してくれた。 「えっとね、ウミヘビの煮込みとかカエルのフライとかトカゲの干物とか羊の頭のスープとかワニの肉団子とかイソギンチャク味噌漬けとかサメの心臓とかニシンの缶詰とかサソリの佃煮とか…ねっ、英」 「俺はほとんどNo Thank youだったけどな」 若干しかめっ面の英に、渉がぷうっと膨れた。 「え〜、サメの心臓とか美味しかったよ〜」 「ああ、まあ、あれは確かに美味かったけどさ」 「英は味覚がオコサマなんだよ」 「なんだと〜」 まったく異次元で始まってしまった不毛な兄弟の口論に、辺りは静まりかえったのだが…。 「あれ? みんな、どしたの?」 「「「…気持ち悪…」」」 「えっ? 大丈夫?! これから楽しい晩ご飯なのに!」 真面目に友人たちを心配する渉の背後で、英がやれやれ…と肩を竦めていたことに、誰ひとりとして気づかなかった。 そして。 「ねえねえ安藤くん」 「…はい」 「キミも含めてみんな顔色悪いけど、大丈夫?」 寮食のおばちゃんたちが、大勢でこっちを不安そうに見ていた。 「…桐生兄弟だけ、元気そうだけど」 「や、あの、一過性の症状だと思うので、少し時間が経てば、立ち直れると思い…ます」 「…そう? ま、無理せずゆっくり食べれば良いけど」 「はい、そうします…」 そして、目の前にはほかほかに焼き上がった『ピーマンの肉詰め』が。 「あ、直也、ピーマン食べて上げるよ」 「…ってか、今日はミンチの部分もダメかも…」 「…俺も…」 「えええっ?! 大変! 斎藤先生呼んでこなくちゃ!」 こうして、『桐生渉最強伝説』に新たな1ページが加わることになった。 |
END |
お食事中の方、すみませんでしたm(__)m