会長室の夏祭り


 MAJEC本社は高層ビルの30階から33階にある。
 実を言うと、本社の社員数はそれほど多くはないのだ。
 少数精鋭主義。
 世界的になった会社の中枢は、それぞれの分野のエキスパートで占められている。
 そして、ここから世界中に広がる支社や取引先を動かしているのだ。






 その中枢の中の心臓部。
 ここは会長室である。

「まりちゃんの浴衣姿、どんなのでしょうね」
 
 第2秘書の長岡淳がそう言ったとき、第3秘書の甘木春奈と第4秘書の日高睦美が戻ってきた。
 7人いる秘書の中で、ただ二人の女性秘書だ。

 春奈は30目前。長身の王子さま系美人。
 日本でもっとも偏差値の高い大学をでて、5カ国語を自在に操る才媛。

 睦美は淳より2つ下の26歳。
 こちらは国立女子大の最高峰の出身で、国連に勤務していたところを引き抜かれてきたと言う強者だ。
 スーツを着ているとかろうじて社会人に見えるが、そうでなければどこから見ても中学生に見えてしまうと言う、中身と外見のギャップが激しい女性である。
 
「会長、お待たせしました」 
 なぜか二人とも浴衣姿である。

「何かあった?」
 淳がそう聞くと、睦美がひょいと肩を竦めて
「ちょっとアクシデントが…」
 と答える。

「アクシデント?」
 会長椅子にふんぞり返っているこの部屋の主が口を開く。

「はい、詳細はこちらに」

 そう言って、春奈が小型のデジカメを懐から取りだし、淳に手渡す。

「あと、お願いね」
「はい」

 淳は受け取ったものをさっそくPCに繋ぐ。

「それと、これはお土産です」
 春奈が会長の机に次々とブツを並べる。

 綿菓子、リンゴ飴、焼きそば、焼きトウモロコシ、いかせんべい、どんぐりあめ、焼き鳥、たこ焼き…。

「まさか、これ…全部か?」

 滅多に驚いた顔を見せない会長も、少しばかり目を見開いた。

「あとかき氷もだったんですが、さすがに持って帰れませんでした」

 睦美が報告する。

「あと、これもです。どうも、これが一番のお気に入りの様でした」
 
 白い紙皿に乗った、たい焼きが現れた。

「これは一件普通のたい焼きですが、実は違うんです」

「普通のたい焼きではないのか?」

「はい。『ベーコンマヨネーズたい焼き』と言いまして、中身が餡ではなくて、『ベーコンと卵とマヨネーズ』なんです。かなりいける一品ですね」

「…そうか。二人ともご苦労だったな」

「いいえ。楽しかったです」
「会長も、来年は一緒に行けるといいですね」

 ひとしきり、会話を弾ませたあと、春奈と睦美はもう一件夏祭りのはしごをするのだといって、帰っていった。



「会長…」
 淳が呼んだ。
「うわ…」
 
 PCの画面に現れたのは、それはそれは愛くるしい、金魚柄の浴衣を着た少女。

「めっちゃ、可愛い…」
「どれどれ」
 会長は椅子を立ち、淳の背後に回る。

「ふふっ、私の見立てに狂いはなかったな」

 その満足そうな顔は、仕事で一山越えたときのものよりも更に充実に満ちている。

「しかし、智雪のヤツ、着付けを習ってまでコトに及ぼうとは、我が息子ながら見上げた…・いや、あきれ果てたヤツめ」

「いや〜、これだけ可愛いと、智雪さんの気持ちもわかりますね〜」

 淳は画面を見てしきりに感嘆の声をあげる。

「お前ももう少し背が低かったら、買ってやるんだがな…」

 いきなり艶を含んだ声で囁かれ、淳はビクッと肩を強ばらせた。

「会長…。小倉さんに言いつけますよ」

「う…」
 
「さ、せっかくのお土産ですからいただきましょう。来年は行けるといいですね」

 そう言ってニコッと可愛い笑顔を見せた淳から、会長は掠めるようなキスを奪う。

「会長っ!!」

 真っ赤になった淳に、会長は大げさに肩を竦めて見せた。

「まったく…お前と言い、和彦といい…。で、今夜はここ泊まりか?」

「そうですっ!明日は早朝便ですからねっ、ホテルを取るのは無駄ですっ!」

 一概に無駄とは言えないのにな…。

 そう呟いたのが聞こえたのか、淳はまた、ギロッとにらみ返してきた。

 仕方がないから、今夜は可愛い嫁の写真でも抱いて寝よう…。
 そう思った会長であった。



 世界に冠たるMAJECの会長室。
 可愛い嫁と夏祭りに行く妄想に耽りながら、この部屋の主はひとときの眠りについた。



「お休みなさい…。春之さん…」


END

 



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