2001エイプリルフール企画「まりちゃんのおめでた」(副題「直のリベンジ」)






 その異変は3月31日午後7時頃から始まった…。

 前田家のダイニング…。

「はい…」
 そう言って直が智雪に手渡したのは、ほかほかと湯気を上げる白いご飯が綺麗に盛られた茶碗だ。

「う…」
 直は、渡すなり顔を背けた。

「直?」
 智雪が直の様子を伺う。

「なんでもない…」
 心なしか元気がないようだ。

「あれ?直のは?」
 直は智雪の分だけご飯をよそったようだ。

「おれ、いらない」

「ええっ?!」
 直が『いらない』?

 この細く小さな身体のどこに、こんなに大量の食物が入るんだというほど食べる、あの、直が…?
 地球の物理に反する…と言われるくらい食べる、あの、直が…?

「どうしたんだ、直。どっか具合でも悪いのか?」
 智雪は慌てて直の額に手を当てる。

「熱は…ないようだけど」
「うん…。大丈夫。ちょっと…」
「ちょっと?」

「ご飯の匂いが気持ち悪かっただけ…」
「え…?」



 次の異変は数時間後、日付が変わって4月1日。真夜中にやってきた。

「うえっ…」
 智雪の腕の中で寝息をたてていたはずの直が、突然口元を押さえた。

「なお…?」
 目を開けた智雪が上半身を起こす。
「どうした…気分悪い?」
 少し顔を上げた直の目はすでに潤んでいる。

「う…」
 また苦しそうに顔を歪め、今度はベッドを飛び降りた。
 バタバタと洗面所へ向かう。

「なおっ」
 慌てて追いかける智雪。
「大丈夫か?」
 背中をさすってやるが、直はなかなか顔を上げない。

 かなり具合が悪そうだ。
 何か悪い病気にでも…。智雪の胸を不安が塞ぐ。

「俺…」
 直がやっと小さな声をあげた…。

「できちゃったかも…」

「え……………?」


「最近…智ってば、激しかったし…」
 ちらっと見上げる目が、なぜか色っぽい。

『できちゃった…?』

 な何が?

 か…。

 
 いくら何でも、万が一にでも、直に子供などできるはずが…ないはず…だと…思われる…のだ…が。
 いや、思っていたのだ…が。

「と、とにかくお医者さんに来てもらおう」
 慌てる智雪に、直は小さく首を振った。

「ううん、朝まで我慢できる…」
「ホントに?」
「うん」
「じゃあ、朝になったら病院に行こうな」

 その言葉に、神妙な面もちで頷く直を静かに抱き上げて、智雪は寝室へ戻った。

 そしてその夜は、それが幾度となく繰り返され…。

 明け方、やっと寝付いた様子の直の髪を撫でながら、智雪は小さな声で言った。

「ごめんな、直。ちょっと無茶させすぎたよな…」

 旅行から帰ってから今まで、酷いときは一晩中眠らせなかったことも何回かあった。
 直が泣き出すまで攻めてしまったこともある。

「大切にするから、早く良くなって…」

 小さく囁いて、智雪も眠りについた。 





 そして朝…。

「直、病院いけそう?」
 腕の中でまだ半分寝ぼけまなこの直にそっと聞いてみる。

「ん?病院?何それ」
 直は『何のこと…』と言わんばかりだ。

「夜中、あんなに苦しんでたじゃないか」
「夜中?だれが?」
「…直…できちゃったかも…って」
何が?

 智雪が返事に詰まる。
 直は寝ぼけていたのだろうか?
 いや、それにしてはあまりに苦しそうだった。

「智…夢でも見たんじゃないか」

 そんなはずはない。
 智雪は『まさか』という顔をする。

「んじゃ、寝ぼけてたんだ」
 直がクスっと笑った。
 そんなはずはもっとないっ。

「とにかく、もうすぐ春休みも終わるんだから…」

 もう少し寝てよ…と、言って直は智雪の胸に顔を埋めた。

 あまりにも釈然としないが、腕の中に納まってきた直の可愛いらしさに負けた。
 直が元気だというのならそれでいいし…。

『ま、いっか』と思いつつ、智雪は腕の中の身体を抱き直して目を閉じた。

 直がペロッと舌を出したのも知らずに…。

2001.4.1 「桃の国日記」にてUP
4.2削除、一部加筆の上、桃の館に再UP


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