「まりちゃんの温泉○×△」
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『ちゃぷん』 智の掌が、まるでいくつもあるかのように、俺の体中を辿り始めた。 俺が身体を震わせるところを見つけだしては、執拗に責めてくる。 俺って結構快感に弱いタイプだってのは、智に教えられた事だ。 智には黙っているけれど、正直言って、初めての時の記憶はほとんどない。 ほとんどないって言うよりは、断片的にしか覚えてない…っていう感じかな? しかも、自分に都合の悪いことは見事に欠落してるような気がするし…。 それに、最初の時から今まで、そう何度も身体を重ねたワケじゃないんだ。 キスと、それからもう少し先…っていうのは何度もあったけど。 だからかな…。未だに最後の感覚に慣れなくて、俺は自分の意識をぶっ飛ばしてしまう。 それが嫌ってワケじゃないけど…。 だって、ぜ〜んぶしっかり覚えてたら、きっと、恥ずかしくって智の顔なんかまともに見られやしないと思うから…。 でも、このままでいいのかな…とも思う。 だって、今も…。もう…目の前が…。 「ふ…」 直の小さな口から吐息が漏れた。 智雪はその艶の混じった息をもっと吐かせようと、さらに直を追いつめていく。 直は何度も身体を震わせると、やがて、焦点の合わなくなったような目で、智雪を捜そうとする。 「なお…」 暖かい湯の中、本当ならとっくに湯あたりでもしそうなほど浸かっているのに、そうはならないのは、頬を撫でる山間の冷えた空気のせいなのだろうか。 直の肌をきつく吸い、小さく蹟を残しつつ、智雪はさらに手の動きを執拗なものにする。 やがて直の身体が程良く弛緩し始めると…。 「なお、いい…?」 一応聞いては見るが、この時点で直の意識がハッキリしていることはない。 潤んだ声で智雪の名を呼ぶだけ。 湯の中なんて初めてだ。 シャワーの下で…というシチュエーションはあったが、浴槽の中では一度もない。 浮力のせいか、身体が触れ合う場所の密着度が低いような気がして、智雪は殊更に力を込めて、直の身体を引き寄せる。 後ろから…も、初めてだ。 いつも直の顔を見ていたくて、正面から抱いていた。 「ん…あ…」 鼻にかかる、くぐもった声。 智雪が直の身体に侵入しようとすると、直は急に身を捩ろうとした。 「直…じっとして…」 そう言って身体を押さえにかかったが、直は言うことをきかず、さらに抗う様子を見せ始めた。 「直…なお…どうした……ん?」 優しい声で宥めながら、智雪は行為を続けようとする。 だが、直の抵抗は激しくなるばかりだ。 「や…やだぁ…」 逃れようとしているのか、必死で手を泳がせる。 その両腕を、身体と共にがっちりと抱き込んで、智雪はあやすように揺すってやる。 「どうしたの…なお…」 子供に言い聞かせるように、優しく、優しく…。 「こ、わ…い…」 だが、直の口から漏れたのは、そんな言葉だった。 怖い…。 直が恐怖を口にしたのは、最初の一度きり。 なのに、なぜ今頃になって…。 智雪は耳元に口づけながらそっと言葉を吹き込む。 「直ったら、おかしいね。何にも怖い事なんてないのに…」 そう言われても、直は首を振るだけ。 「や、こわい…こわ…い」 手がまた、何かを掴もうとする。 「とも…ともぉ…」 「俺はここにいるよ」 「ともが…みえない…」 目を閉じているわけではない。焦点はぼんやりとしているが、直は確かに目を開けている。 智雪は直の顎を捉え、そっと自分の方を向かせた。 「俺は…ちゃんとここにいるよ」 瞳が智雪を捉えたのか、ようやく直は少し安堵したような表情を見せた。 「ともが、いなくて…こわかった…」 「なお…」 「てをのばしても…ともが、いなくて…いつでも、めのまえに、いるのに…きょうは…いなくて…」 無自覚な涙が、直の上気した頬を滑り落ちた。 身体のすべてで智雪を捜そうとする直。 嬉しさに智雪の頬も熱くなる。 「直は…身体だけじゃなくて、心ごと、俺を受け入れてくれるんだね…」 そう言いながら、フワッと直を持ち上げ、今度は自分と向き合うように、あぐらをかいた上に座らせる。 「とも…が…いる…」 直は心底安堵した表情を見せながら、両腕を智雪の首に巻き付け、頬をピッタリと合わせてきた。 「ずっといるよ、いつもいるよ。俺の心も、直の傍にいることを望んだんだから…」 いいながら、そして片手を使って直の気を逸らしながら、智雪はもう一度、直が与えてくれる天国を目指す。 「く…ぅ」 直が僅かにあげたその声は、二人がしっかりと繋がれたという証だ。 体中を押し広げるような圧迫感に耐えかねて、直の身体が反ろうとする。 それを智雪は強く引き戻す。 少しでも離れないように。 もう、直の声は上がらない。出てくるのは切なげな息、それだけ。 「なお…こっち見て」 わざと言ってみる。 もう、聞こえているとは思えなかったが、それでも智雪は直を呼んでみる。 まだ、数えられるほどしか抱いていないこの細い肢体。 きっとまだ、快感を追うどころではないのだろう。 いつも、与えられるものを受け止めるのが精一杯といった表情をする。 早く慣らせてやりたいと思う。 慣らせて楽にしてやりたい。 受け入れる側に一方的な負担を強いる二人の関係。 だからこそ、強くそう思う。 「なお…好きだよ」 直の身体を揺すりながら、耳にそう言い聞かせる。 ふと潤んだ瞳が智雪を捉えた。 「と、も」 やんわりと呼ばれた智雪の心臓が、音をたてた。 あまりに普段の直と違いすぎる、その表情は『妖艶』などという、色っぽいものとはまったく無縁に見えるほど、無垢で透明だった。 (あぁ…やっぱり直は天使なんだ…) 初めて抱いたときも、そう思った瞬間がある。 「なお…ずっと幸せでいような…」 その言葉に、直は確かに頷いたようだった。 |
END
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