ちさとちゃん、危機一髪!





「では、お休みなさい、会長」
「ああ、お休み」
「いいですか、くどいようですが、くれぐれも遊ばないように」
「わかってるって…。ちゃんと連絡の方、頼むぞ」
「はい」
 


 ここは東山にある、京都で最も格式が高いとされているホテルのスィートルーム。

 広いリビングルームの奥にある落ち着いた内装のベッドルームには、一人で寝るには広すぎるベッドが二つ。

 そのうちの一つには、旅行会社の社員がすやすやと眠っている。
 いや、眠っているというよりは、失神のついでに疲れて眠ってしまった…と言った方が正しいかも知れない。



 第2秘書の長岡淳が、隣の部屋へ戻ったあと、春之は千里の眠るベッドに腰を下ろした。

 淡い間接照明の中、あどけない顔で眠っている。
 23だと言っていたが、どうみてもまだ大学生…しかも、10代の…に見えてしまう。

「う…ん」

 千里は寝苦しいのか、無意識にネクタイに指をかけた。

「ああ、これは気付かなくてすまなかったね…」

 春之はこれでもかというくらい優しく囁くと、慣れた手つきでスルッと千里のネクタイを解いた。

 ついでにシャツのボタンも外してみる。
 上から順に、一つ一つ…。

 やがて現れてくるのは、きめ細かい白い肌。

 頬から首筋にかけてそっと撫でると、ちさとは「ふ…」と、吐息をついた。

「君はまったく無防備だね…」

 そんなことでは…と小さく続けて、そっと鎖骨にキスを落とす。
 
 この無防備さは、うちの次男坊といい勝負だな…と、春之は思う。
 もっとも、その次男坊は最近、長男に鍛えられてきたようでもあるが。


「食われてから気付いても遅いんだよ…」

 肌から唇を離さないまま、掌は千里の身体を探っていく。
 カチャ…と、無機質な音がして、ベルトのバックルが外される。


「私は、君の彼氏に同情するね…」

 シャツをはだけられ、晒された白い肌が、オレンジの照明にほんのりと浮かび上がる。

 脇腹をスッと撫でると、千里はまた小さな声をあげた。

「ふふっ、まったく君は天然小悪魔くんだな」

 心なしか嬉しそうにそう言うと、春之は名残惜しそうに千里の肌から唇を離す。

「さて、君のナイトはご到着が遅れているようだな。あんまり遅いと、私も聞き分けよく君を返して上げられるかどうかわからないんだがなぁ」

 そう言ってその可愛い鼻をキュッとつまむと、千里は次第に苦しくなってきたのか、顔を背けようと必死になる。

「お口も塞いじゃおうかな〜♪」

 息が触れるくらいまで、唇を寄せてみる。

「んぁっ」

 色気もへったくれもない声をあげて、天然小悪魔が目を覚ました。

 しかし、とっさに自分が置かれている状況を把握できていないようだ。

「お目覚めかい?ちさとちゃん」

 千里は目をまん丸に開いて春之を凝視した。

「あ、あの…俺…」
「君、感度いいねぇ。楽しかったよ」

 春之はニヤッと笑い、千里の頬を撫でる。
 その仕種にブルッと千里が震え、その目が己の身体に向けられると…。

「う………うわぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 はだけられたシャツ、外されたベルト。
 どれをとっても証拠はバッチリ。
 まごう事なき現行犯だ。

 千里がパニックを起こした瞬間、部屋の呼び鈴がけたたましくなった。

「ヤレヤレ、遅いんだよ…」

 春之は、ベッドの上に千里を残し、リビングを抜けてドアへ向かう。
 その間も呼び鈴が止むことはない。

「まったく、何時だと思ってるんだ。近所メイワクもいいところだ」

 そう言いながら、春之がロックを解き、チェーンを外すといきなり乱暴にドアが開いた。

「ちさとさんっ!」
「君の小悪魔くんはベッドルームで震えてるよ」

 わざと深刻そうに言ってみる。
 瞬間、真っ青になる行範がおもしろい。

 駆けていくその若者のあとを、春之はことさらゆっくりとした足取りで追う。


「笠永くんっ」
「ちさとさんっ」
「おれ…おれ…っ」

 言葉の最後がくぐもったように聞こえたのは、きっと千里が行範の胸に抱きしめられたからだろう。

「ちさとさん…。可哀相に、怖かったでしょう…」

 見ると、行範はあやすように千里の頭を撫でている。

「笠永くん、来るのが遅いね。連絡を入れてから、15分。もしかして海塚くんがまだ帰宅していないことすら把握してなかったんじゃないか?」

 ベッドルームのドアにもたれ、春之は冷たい声で言い放つ。

「あなた…」
「可愛い恋人を守りたいなら、いつもどこでも細心の注意を払うべきだな。特に、こんな天然小悪魔くんを恋人にしたのならな」

 行範は、痛いところを突かれたのか、ギュッと唇を噛んで無言で千里を抱きしめた。

「食われてからじゃ遅いんだ。せいぜいしっかりすることだ。大学生くん」

 春之は容赦なく、行範のウィークポイントを突きまくる。

「さて、さっさと帰って海塚くんを休ませるんだな。彼は明日も仕事なんだから」


「…わかりました…」
「じゃ、また明日。よろしく頼むよ」



 最後は明るくそう言って、春之はバスルームへと消えていった…。



END

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 やれやれ、せっかく見つけた可愛い子だったのに、売約済みとはな…。
 ま、菊千代ちゃんと仲良くなれたのはよかったな。あの子は本当にイイコだ。
頭もいいし、趣味もいい。
さて、暇な夜になってしまったな…。淳でもからかって遊ぼうか…。

H・M氏はシャワーの下で、こんなコトを考えているのであった。