春奈の
「秘書室レポート」
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私は甘木春奈(あまぎ・はるな)。東京大学大学院卒の24歳。 この春やっと社会人一年生になったばかり。 勤め先はずっと憧れてきた『MAJEC』。 そして、先月、ついに私は辞令を手にしたの。 念願の『秘書室勤務』!! この日のためにどれだけ頑張ってきたか…。 私は憧れの会社で憧れの部署に配置されて、本当に幸せ。 そして、ここにも一人、満面に幸せを溢れさせているのが…。 そう、隣でにっこにこしながら昼食タイムを満喫しているのは長岡淳(ながおか・じゅん)くん。 淳くんは大学を出たばかりの22歳。 私が東大の院卒なんで、最初はちょっと気負っていたみたいなんだけど、一緒に地獄の研修期間を乗り切るうちに連帯感が芽生えちゃって、今では何でも相談しあう、めちゃめちゃ気の合う同期になったの。 ほんっと、弟みたいで可愛いったらありゃしない。 身長は私より随分高いし(私だって170あるんだけどね)、細身だけどそれなりにしっかりした身体してるんだけど、なにしろ顔が可愛いものだから、社内の女子社員はみんな『淳くん』呼ばわり。 誰も『長岡さん』とか『長岡くん』なんて呼ばないのよね。 ま、確かに『淳くん』の方が似合ってるけど。 秘書室の先輩方も『淳くん』って呼ぶし。 …あ。一人を除いてね。 え?その一人? もちろん室長に決まってるじゃないの。 秘書室には現在秘書が5人。 今、デスクで電話応対中なのが第3秘書の佐保学(さほ・まなぶ)さん。 26歳なんだけど、小さくて栗色の癖毛が可愛くて、しかもクォーターだとかでめちゃめちゃまつげが長いの。 男にしておくのもったいないくらい。 でも、淳くんみたいに『弟』って感じじゃないのよね。 だって、このMAJECで秘書歴3年。 しかも、大学在学中に会長直々のスカウトで…って人なだけあって、そりゃあもう、見かけと違ってしっかりしてるし仕事もバリバリ。 でも可愛くて優しいのよね。 秘書室に後輩が出来て嬉しい…って、私と淳くんのこと、すごく歓迎してくれて、その後もお世話になりっぱなし。 だから私も淳くんも、早く仕事を覚えて、まずは佐保さんの邪魔にならないように、そして早く佐保さんの助けになれるようにしなくちゃ…って思ってるの。 …それにしても、会長のお帰りが遅いわ。 飛行機遅れてるのかしら? その会長のお供で今頃アメリカからの帰国便に乗っているのは、第2秘書の沢木大二郎(さわき・だいじろう)さん。室長より一つ年上の30歳。 かなり大柄な人間が揃った秘書室内(あ、佐保さんは別ね)でも群を抜いて大きい192cmの見事なガタイ。 顔もかなり精悍。まじめな顔してるとちょっとコワイくらいなんだけど、笑うとすっごく優しい表情になって、そのギャップが結構社員の間でも人気になってるみたい。 そうそう、てっきり柔道とかラグビーとかアメフトとかやってたんだろうと思ってたら、これが意外や意外。 なんとソシアルダンスの名手だったのよね。 確かに身のこなしが軽くてスマート。 指先でそっと相手の頬をなぞり、そのまま顎に滑らせてキュッと持ち上げて、ふわっとキスを落とす…。 こんな動作が堪らなく綺麗に決まってて、私、柄にもなく見惚れてしまったもの。 おまけに腰が砕けそうな甘い声で名前を囁いたりしちゃうのよね。 え?いつ、どこで見たかって? 秘書室の奥にある仮眠室よ。配属されてすぐの頃だったかしら。 いったん退社したんだけけど、『やっぱり持って帰って家でやろう』…と思い直して、やりかけになっていた資料を取りに秘書室に戻ったときだったわ。 あ、断っておくけど相手は私じゃないからね。誤解のないように。 「春奈さん、コーヒー淹れましょうか?」 あら、淳くん、ランチタイムは終わったのね。 「あ、いいわよ、自分でやるわ」 そう、それが、ここMAJECの基本。 自分のお茶は自分で入れる。 でも、人に淹れてもらう飲み物って美味しいのよね。自分でやるより。 「いいですよ、僕まだ休み時間ですから」 私たち秘書は休憩も交代。 同じ部屋にいるからつい適当になりがちなんだけど、室長はそういうところのけじめにうるさくて、緊急事態でない限り、決められた休みはきちんと取れ…っていうのよね。 ありがたいことだけど。 「じゃあ、お願いしようかな」 そういうと淳くんはニコッと笑って佐保さんを見たの。 佐保さんはまだ電話中。 でも、淳くんと視線が合った瞬間に何のことかわかったみたいで、口の形だけで『さんきゅー』って言ったみたい。 ふふっ、やっぱり可愛いv キスしたくなっちゃうのも頷けるわね。 でも、いったいいつからなのかなあ…あの二人。 年齢は4つ違いだけれど、入社時期は1年ほどしか違わないって話だし…。 う〜ん、気になるわね。 腕組みをして考え込んでしまう私の前で、淳くんがご機嫌でコーヒーの用意を始めたわ。 このご機嫌の理由は、室長が留守だから。 あ、淳くんが室長を嫌ってる訳じゃないのよ。 淳くんはすごく室長を尊敬してるし、信頼もしているようだし…。 ただね、室長ったら淳くんにはやたらと厳しいから、淳くんも室長がいるときは緊張の連続になっちゃうのよね。 私も正直言って配属されてからびっくりしたもの。 だって、私の研修中と全然違うんだもの。室長の態度。 私が研修に入ってた時は、そりゃもちろん厳しかったけど、もっと柔らかくて静かな雰囲気の人だった。 けど、淳くんを前にすると、なんだかムキになった子供みたいなのよ。室長ってば。 そう思うと室長ってすごくわかりやすい人よね。 私が研修中には何かにつけて『長岡はどうしてる?』とか『研究所ではちゃんとやってるんだろうか』とか言ってたのにね〜。 ここまであからさまに態度に出てて、それでも『室長の弱点』が読めなかったらちょっとお間抜けよね。 もちろん沢木さんも佐保さんも、室長の『様子』には気がついているみたい。 当然黙っているけれどね。でもきっと楽しんでると思うな、あの二人も。 だって、ときどき目配せして、雰囲気だけで笑ってるもの。 先週から海外出張でお留守の会長の代わりに国内を飛び回っている室長は、今日もいない。 室長であり、天下無敵の第1秘書でもある小倉和彦(おぐら・かずひこ)氏は29歳。花の独身。MAJECの事実上のナンバー2。 面構えに派手さはないものの、切れ長の知的な目に、すきっと通った鼻筋。きりっと結ばれた唇からはいつも落ち着いた深いバリトンが零れてきて…。 それに、長身でしかもすごくいいスタイル。おまけにスーツが似合うったら。 この人、生まれたときからスーツ着てるんじゃないかしら…ってくらい。 私服の姿なんて想像できないもの。 ベッドの中でもスーツだったりして…って感じ。 いつも冷静沈着(ただし淳くんが傍にいるときを除く)、完全無欠の室長はそのプライベートもほとんど謎だったんだけど、私はここへ配属されてから意外な形で彼のプライベートを知ることになったの。 秘書室の人間の住所は社内でも非公開になってるんだけど、秘書同士は知っているの。 緊急時のために…ってことね。 で、配属されてから3人の大先輩方の住所を知ることになったんだけど、びっくりしたわ。 沢木さんと佐保さんって同じマンションの隣同士の部屋なのよ。 …って、それはまあ納得できる材料があるからいいとして。 なんと室長の自宅があるマンションって、私の高校時代からの親友が住んでるところだったの。 さっそく電話して探りを入れちゃったわよ。 で、調査結果は…。 室長がそのマンション(ファミリータイプ、3LDK)に引っ越してきたのは約7年前。 その当時は5人家族だったらしいんだけど、今は2人しかいないそうなの。 残っているのは一番上のお兄ちゃんと一番下の妹さんの二人だと思う…って、友達のお母さんは言ってたそう。 一番上のお兄ちゃんって、きっと室長のことだと思うんだけど、それにしても、妹とファミリーマンションに二人暮らしって、いったいどういうことなのかしら…。 友達にはさらに詳しい調査を依頼しておいたんだけど、まだ返事はないわ。そのうち飲み会でもセッティングして呼び出しちゃおう。 「春奈さん、どうぞ」 香ばしい匂いと共に、淳くんの声がする。 「ありがとう。う〜ん、いい香り」 ねぇ淳くん、君のコーヒー豆が入ってるキャニスター。 その柄の意味、わかってる? 私が秘書室研修に入った時、室長のコーヒー豆のキャニスターって、ドラ○もん柄だったんだから。 それが、室長ってばね、ある日自分でミッ○ーマウス柄を買ってきて取り替えたのよ。 でね、私に『研修中はこれを使うといい』って、ドラ○もん柄を譲ってくれたの。 だから当然、私の研修が終わったら、そのままドラ○もん柄は淳くんに引き継がれて…。 7月1日。 私は正式に配属になって初めて足を踏み入れた秘書室の、久しぶりに開けた冷蔵庫の中を見て笑っちゃったわ。 そこには真新しいキャニスターが二つあったの。 プッと吹き出しちゃった私に、佐保さんがニコニコしながら近づいてきて…。 「これ、室長から二人へのプレゼントだって」 「キ○ィちゃん柄のが私のですね」 速攻で反応した私に、佐保さんは嬉しそうに笑い声をあげて、沢木さんは『さすがだな、春奈くん。察しがいい』って誉めてくれたわ。 そう、もう一つのキャニスターはミニ○マウス柄。 淳くん、今、君が使ってるのだよ。 でも淳くん、ミニ○マウスのキャニスター渡された時、ほんのちょっと呆然としてたよね。 で、『そっか、独身女性の春奈さんとペアってのは、いくら室長でもまずいもんな…』な〜んて、お間抜けな事呟いてたよね。 ふふ。 君が室長の弱点に気付くのって、いつのことなんだろうね。 それまで、この春奈さんがじっくり観察してあげるから。 がんばれよ〜v ん?そう言えば、キ○ィちゃんって独り者よね? やだ〜、悔しい〜!! |
END |
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