「まりちゃんのお初」〜智雪サイド

*これは、連載第3話「まりちゃんの恋人」で、
智と直が初めて結ばれたときのお話です。






「俺も…智のことが…大好きだ…って気づいた…」

 その言葉を聞いたとき、それはもう、今日本が沈没してもかまわないと思うほど、俺は幸せだった。

「いつ?」
「…今朝…ううん、昨夜…かな?」

 あまりに正直な直の告白に思わず顔が緩む。

 きっと突然降って湧いた『結婚』と言う異次元の話が、直の中で何かの変化を引き起こしたんだろう。
 そうなると、俺はその『結婚話』に感謝しなくちゃならない。

「俺は…もうずっと前…。直に初めてあった日から…だ」

 俺も、正直に答える。

 始めて足を踏み入れた中学の教室で、直を見たときから、俺はずっと直だけを見つめてきた。
 中高6年間のうち、同じクラスになれたのは中1、高1、高3の3回だけだったけど、それでも同じ部活を選んだから、俺たちはいつも一緒だった。
 直の傍に俺がいるのも当たり前。俺の傍に直がいるのも当たり前のことだった。

 そして、それはこれからも変わらないはずだった。少なくともあと4年。大学を卒業するまでは。
 その後のことは、その時考えようと思っていた。
 今はまだお子さまな直も、あと4年すれば大人になっていく。
 だから、この4年間に、直の心にもっと深く入り込んで見せようと…。

「黙っていようと思ってた。だって、ずっと一緒にいられる予定だったから」

 直は大きな瞳を少し潤ませて、俺の言葉を聞いている。

「でも…」

 その瞳に吸い寄せられるように、俺は、直の桜色の唇に近づく。
 ほんの少し、唇が触れた。

 夢にまで見た直の唇は、想像通り柔らかくて溶けてしまいそうなほど甘かった。

 直の身体が揺らぐ。俺はその身体をきつく抱きしめる。
 そうすると、小さく安堵したような吐息が聞こえた。
 抱きしめている腕の中で、緊張を解いていく直の様子に、俺は泣きたいほど嬉しくなった。

 俺は何度もキスをした。
 軽く、優しく…。そして深く、長く…。

 ぎこちない直の仕種は、軽いキスですら初めてなのだと言うことが、容易に伺いしれる。
 それを、息が上がるほど口づけて…。

「直、既成事実を作ろう」

 俺は真剣だった。誰にも直を渡さない。その事しか頭になかった。 
 そう、ぐずぐずしていたら、直は誰かにとられてしまう。

「既成事実…?」

 直は瞳をくりくりさせて聞いてくる。
 
「俺と結婚するんだ」
 そのくりくりが、驚愕に見開かれる。
「と…智…何を…」
 うろたえているのはわかった。けれど…。

「好きだよ…直」

 耳にそう吹き込んで、俺は自分の手をゆっくりと直の身体に這わせていく。

「とも…っ、智っ…!」

 もうこうなっては、俺を止めようとする直の声すら、心地いい。

「し…っ」
 俺は自分の人差し指を、そっと直の柔らかい唇に当てた。
「静かに…、な・お…」
 そのままキスを落とし、俺は直を抱いて寝室へと向かった。




 直の白い肌に、俺がつけた朱色の蹟が散らばる。

 何もかも初めての感覚に、直の息は上がりっぱなしで、時折辛そうに眉を寄せて俺を見る。
 そして、頬をほんのりと染める。

 正直言って、直がこんなに素直に俺に抱かれてくれるとは思わなかった。
 きっといつものように、女の様に扱われることに腹を立て、暴れると思っていたのに…。

 俺の腕の中で目を潤ませる直は、もう、男でも女でもなく、何か別の綺麗な生き物…そう、まるで両生体の天使のようだ。

「なお…我慢できる…?」
 そう聞いた俺に、直は不思議そうな顔をした。

「直の中に入りたい…」

 これでもかと言うくらいに、ストレートに言ったつもりだが、初めての恐怖と初めての快感を同時に受け止めている直には、すぐには理解できなかったようだ。

「とも…?」

『何を言ってるの?』  
 黒く艶やかな瞳がそう訊ねてくる。

 俺は、汗ばんだ直の額にかかる、ちょっと長めの髪をゆっくりとかき上げ、額にひとつ、キスを贈る。

 直が快感に不慣れなことは、最初の絶頂ですぐにわかった。
 今まで、一人で快感を追うことも、あまりなかったのかもしれない。
 俺が与える感覚に、怯えながら、いつしか従順に身体を開いていく。
 だから、こうして裸で抱き合っていても、この先のことにどれほどの疑いも持っていない。

 …もしかしたら直は…この先の行為についての知識がないのかもしれない…。

 そう思い至ると、急に不安になった。
 男子校に6年近くもいて、そんなことがあるだろうか…と思ったが、誰もが直の前ではそういう話題を避けてきた節もあったから…。


「と、も…?」
 俺の不安は、直にもすぐに伝わってしまったようだ。

「直…俺を信じてくれる?」
 出来るだけ優しく訊ねる。

 直は答えより先に、まず笑顔を向けてくれた。
 それは、いつものお日様のような笑顔ではなく、儚く、壊れてしまいそうな笑顔…。

 直は…完全に無垢な状態になっていた…。

 俺は酷く迷った。
 このまま続けていいのか…それとも…。
 だが、そんな俺の背中を押したのは…直だった。

「智が、離さないでいてくれるなら…信じる」
「何をしても?」

 たたみかけるように聞いてしまった俺に、直は小さく頷いた。

「智が…何をしても…」

 包み込むような、優しい声だった…。
 その声に、俺は迷いを吹っ切るより先に、理性を飛ばしそうになった。
 けれど…。

「でも…とも…」

 直が弱々しく俺の首に、白く細い両腕をまわしてきた。
 俺の身体を引き寄せ、肩口に額を当てる。

「怖いのは…ちょっと、やだ…」

 これも、日常の直ではみられない顔。
 直は普段、弱みを見せるような言動は絶対にしない。
 それは、直が持つコンプレックスの裏返しだ。

「怖いことなんかなんにもないよ」 
「ホント?」

 見上げてくる揺れる眼差し。答える代わりに、深く唇を合わせる。
 そしてそのまま、俺の右手は、直の腰から下を目指す。

 直の身体がビクッと震えた。
 声を上げようとするのを唇で吸い取る。
 くぐもった音が、直の喉を通過する。
 跳ねる身体を押さえつけ、強引に膝を割り…。
 俺の指が細心の注意を払って直の奥深くを探っていく。

 …俺の頬が濡れた…。

 慌てて塞いでいた唇を離すと、直が、静かに涙を流していた。

「なお…辛い…?」
 直は小さく首を振った。

「ちょっと…びっくり…しただけ」
 直はもう、すべてを受け入れる覚悟を決めたようだった。

「直の中に入りたい」

 俺はもう一度言ってみた。
 直の表情に、羞恥の色がサッと走る。
 どうやら理解をしてしまったようだ。


「痛いかもしれない」
「…うん」
「それでも…」
「いい…」 


 直はゆっくりと目を閉じた。
 

 それからはかなり大変だった。
 必死で耐えている直の表情に、何度も行為を中断する。
 けれど、それがかえって直を苦しめているのだと気づき、ついに俺は思い切った。

「直、ごめん」
 きつく抱きしめ、一息で直と繋がる。

「………!」

 声にならない叫びが耳を掠める。
 俺は直の苦痛を逃すために、その身体に直接の快感を送りこんだ。

 やがて、直の息に熱い物が混じり始めて…。

「と…も…」
 呼ばれた声の艶やかさに、俺は身を震わせた。

「なお…好きだよ…大好きだよ…」

 我慢しきれなくなった俺が動き始めても、直は存在を確かめるように俺を呼んだ。

「とも…と、も……」
「なお…俺はここにいるよ…」
 そういうと、直は安心したように、微笑んだ。

 そして、その、快感に上気した天使の頬は、淫らなほど美しかった。



 こうして俺はこの日、最愛の者を手に入れた喜びに酔った。
 けれど、それは、精神的に追いつめられていた直を、無理矢理手に入れてしまったのだ…という思いとなり、針の先が刺さったような痛みとなって、俺の身体に残ったままになった…。


END



2001.3月に 50000Hits&サイトオープン6ヶ月記念企画
「まりちゃんの新婚旅行」の裏ページとして掲載したものです。

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