憧れのこっち側

後編




「え? 大和にいちゃん?!」
「久しぶりだな、理。すっかり可愛くなったじゃないか」

 …なに、それ…って、それはともかく!

「どうしたのっ?いきなり」

「お前を捜してたんだ。華南に入学してこの線で通学してるって聞いたからね」

「…捜すって…」

 先を言い募ろうとした俺の袖を、ちょいちょいと引っ張ったのはもちろん清文だ。

「…なーちゃん、誰?」 

 俺にだけ聞こえるように、耳元でこそこそと。
 おまけにちょっと目つきも悪くなってたりして。

 でも、そんなひそひそ話はきっちりと大和にいちゃんには聞こえていたみたいだ。

「初めまして。 君、理の幼なじみの清文くんだろう? 僕は崎岡大和(さきおか・やまと)。理とは従兄弟同士なんだ」

 これ以上ないほど爽やかな笑顔で自己紹介をすると、大和にいちゃんは俺を挟んで清文の反対側に腰を下ろした。

 こうして左右に並ばれると、まるで俺が谷間のようになってしまう…。
 うう、大和にいちゃん、綺麗な顔してるくせに清文と同じくらい背がありそう。しかも、足長くてスレンダーだし…。


「…初めまして。有本清文です」

 相手の正体が分かったって言うのに、なんだかすっきりしない顔で、でも一応礼儀正しく清文も挨拶をした。

「大和にいちゃん、いつ帰ってきたの」

「ああ、先月だ。で、僕もこの電車で通勤してるんだけど、その話をこの前電話で叔母ちゃんにしたら、理もこの電車だっていうからさ、行き帰りに随分さがしたんだけど、なにしろほら、こっちは不規則な勤務だから」

 説明してくれる大和にいちゃんの話を黙って聞いていると、また清文が俺の袖を引っ張った。

「なに?」
「いや、別に」

 変な清文。用がないんだったら引っ張るなって。…て、あ、そうか。

「ごめんごめん。大和にいちゃんはお医者さんなんだ。だから勤務が不規則で…。暫く大阪に行ってたんだけど、先月帰ってきたって…」

「相変わらず仲いいんだね、君たち」

 俺の話に大和にいちゃんが割ってはいる。

「あ、うん。でも、相変わらずって?」

 大和にいちゃんは清文のこと、知らなかったはずだけど。

「理ってば、小学生の頃『清文、清文』って二言目には言ってたじゃないか」

 そうだっけ。まあ、確かにチビでひ弱な清文が気になって、べったりだったかも。


「それにしても、有本くんは等綾院へ行ってるのか」
「あ、はい。そうですけど」

 まあ、制服見たらわかるけど。

「あ、そう言えば大和にいちゃんも等綾院だったっけ」
「その通り。有本くんは僕の後輩ってわけだね」
「…はあ、それはどうも」

 ん〜、清文、何だかさっきから変。

 まさか従兄のにいちゃんにまで変な勘ぐりしてるんじゃないだろうな。

 それから先は、大和にいちゃんが一人で喋って、俺がたまに相づちを打つくらいで、清文に至っては黙ったきりで…。

 で、大和にいちゃんは俺が降りる駅の一つ手前が最寄りだってことで、最初に降りることになったわけだけど…。



「そうだ、理、今度一緒に遊びに行こう」

 停車のために減速し始めた電車の中、大和にいちゃんはいきなりそんなことを言った。

「え?俺と?」

 大和にいちゃん、いい年して――たしか俺より一回りくらい上だったはず――しかもこんなに綺麗な顔してて恋人いないのかな。こんな年下の従弟…しかも同性なんて誘っちゃってさ。


「ちょうど季節もいい頃だ。海までドライブなんてどう?」

 ま、いっか。ドライブなんて、清文とは出来ないし。

「うん、おもしろそう」
「だろう?」

 あ、でも…。俺はふと気になって清文をちらっと伺ってみた。

 …うわ、やばっ、怒ってるよ…。


「ああ、もしよかったら有本くんもどう?」

 え?そんな、来るわけないじゃん。こんな怖い顔してて…。

「ええ、もちろんご一緒させていただきます」

 …は?ほんとに?

「じゃあ決まりだね。二人とももう夏休みだろう? 僕の休みが取れる日が決まったら連絡するよ」

 そう言って大和にいちゃんが立ち上がったとき、ちょうど電車のドアが開いて、大和にいちゃんは『楽しみにしてるよ』と、本当に嬉しそうに笑いながら電車を降りていった。


 そうして、また俺たちを乗せた電車は走り出し…。


「…な、清文」
「なに?」

 う。やっぱ不機嫌モードだ。

「あのさ、ほんとに一緒に行くわけ?」
「なんだよ。俺が行っちゃいけない理由でもあるのか?」
「そうじゃないよ!」

 そうじゃなくて…と繰り返した言葉は自分でも情けないほど小さくて。

 思わず俯いてしまった俺の後頭部に、清文のため息が落ちた。

「…なーちゃんを一人で行かせるわけにいかないだろう」

 …はぁ?

「きっ、清文っ。ななな、なにそれ」

 俺、今とんでもないこと聞いたような気がするんだけど…。

「何って、言葉通りだよ。俺の大事ななーちゃんを、他の男と二人っきりでドライブなんかに行かせられると思うか?」

 あああ。気のせいじゃなかった〜。

「他の男ってっ。相手は従兄のにいちゃんだぞっ」

 しかも美人!…って、それはこの際関係ないか。

「関係ないね」

 あ、呆れたヤツ…。

「従兄だろうが小学校からの同級生だろうが、とにかくなーちゃんをああ言う目で見るヤツは多いんだ。だから…」

 だー!堪忍袋の緒が切れたっ!

「清文っ、いい加減にしろよっ」

「いい加減にするのは、なーちゃんの方だろう? そろそろちゃんと自覚してくれないと困る」

「何の自覚だよっ」

 聞きたくないけどっ。

「だから…」
「もういいっ」

 ちょうどいいことに、電車が着いた。俺は勢いつけて立ち上がる。

「なーちゃんっ」

「お前なんか誘ってやるもんかっ」

 もちろん大和にいちゃんとのドライブの事だ。

「なーちゃん!」

 掴まれかかった手首を振り解いて、俺は電車から飛び出した。

 後ろからもう一度、清文が俺を呼ぶ声が聞こえたけど、もちろん振り返る気なんてこれっぽっちもなくて、俺はそのまま全速力で改札へ向かった。





 それから、清文は何度も携帯に電話を掛けてきた。メールも入った。けど、もちろん電話のコールは無視、メールも開けてない。あんまり頻繁なのでむかついて電源も切った。

 そうしたら、今度は家の電話が鳴り始める。


「あら、清文くん。こんにちは」

 げ。お袋がでた。

 春の再会以来、清文は俺のうちにもよく来るようになって、当然お袋も予期しなかった再会に喜んで、今や母親同士まで『友情復活』って状態なんだ。ま、もともと気の合うご近所さんだったんだから不思議なことではないけれど。


「ええ、帰ってるわよ。…まあ、電源入れ忘れてるのかしら。ごめんなさいね、清文くんからお借りしてる携帯だっていうのに。…ええ、ちょっと待ってね、今呼んでくるから」

 嘘だろ。呼ばないでくれって。

「おさむ〜!清文くんからお電話よ!」

 階段の下から思いっきり声を張り上げてお袋が俺を呼ぶ。

 …仕方ない。寝た振りだ。


「おさむ〜!お・さ・む〜!」

 …くーくーくー。

 けれど、そのうち諦めるだろうと思ってきた俺は、本当に浅はかだった。

 ドスドスと階段を上がってくる音がする。

 げ、やばい。もしかしてお袋、コードレスの方で電話取ってたのかっ。
 普段はリビングにあるコードつき電話を取るクセにっ。

 床を踏み抜きそうな足音は、俺の部屋の前までやって来た。

 そして、ドアが壊れそうなほど乱暴に開いた。

「理っ。何回呼ばせる気っ」

 そう言って、俺がすっぽりと隠れて丸まってる掛け布団を勢いよく剥いだ。

「清文くんからお電話よっ」

 そう言って突きつけられた子機は…。

 やっぱりというか何というか、保留音も流されてなくて、こっちの会話が筒抜け状態…。
 これじゃあ居留守も使えないじゃん。

「はいっ、お待たせしたんだからちゃんと謝るのよっ」

 ってさ、それも筒抜けなんだけど…。

 俺は渋々子機を受け取った。お袋が見てるので、仕方なく耳に当てる。

 それを見て納得したのか、漸くお袋が出ていった。
 でも、俺には何にも言うことはなくて…。


『…なーちゃん?』

 俺が電話を取ったことがわかったのか、清文はいつもらしくない声で、気遣うように俺の名を呼んだ。

『なーちゃん…』

 いつまでも俺が返事をしないから、清文はまた、俺を呼んだ。かなり切なげに。

 俺は、そんな清文をどう受け止めていいかわからなくて…。

 どれほどそうしてただろう。俺は堪らなくなって、一言も話さないまま、通話を切った。

 それから、もう電話が鳴ることはなかった。






 大和にいちゃんから連絡があったのは次の日だった。

 いきなり『明日はどう?』って言われて、ちょっとびっくりしたけれど、清文とのことでむしゃくしゃしてた俺は素直に『うん』と返事をして、あっさりと海へのドライブは決まってしまった。

 ううん、ドライブじゃなくて、いつの間にか『一泊二日』の小旅行になっていたんだ。

 どうしてだか『清文くんも』って大和にいちゃんは言わなかったから、そのことにもちょっとホッとして――かなり後ろめたかったけど――俺は、この『一泊二日』をいい気分転換にしようと自分に言い聞かせたんだ。


                   ☆ .。.:*・゜


 出かける朝、大和にいちゃんはその外見に見合った、綺麗なラインのかっこいい車で迎えに来てくれた。

 お袋にさんざん『大和の言うことをちゃんと聞くのよ』だとか『理、ぼーっとしてるところがあるからくれぐれもよろしくね』だとかうるさいことを言われ、漸く出発できてホッとしていると、大和にいちゃんは国道へ出る方向と反対にハンドルを切った。


「…あれ?国道に出るんじゃなかったっけ」

 目的地の海岸へは国道へ出るのが一番早いって、確か父さんが言ってたんだけど…。

「何言ってるんだ、理。清文くんの家はこっちだろう」

 …へ?

「迎えに行くって言った時間から少し遅れてるからな。ちょっと急ぐぞ」

 何それっ。

「ちょ、ちょっと大和にいちゃん!」
「なんだ?」
「どうして清文がくるわけっ?」
「どうしてって、あの時誘ったじゃないか。清文くんも来るって言ったし」

 そ、そりゃあそうだけどっ。

「でもっ、俺、清文に今日のこと何にも連絡してないよっ」
「ああ、心配いらない。僕がちゃんと連絡したし、家の場所も詳しく聞いてるから」 

 信じらんない……なんて言ってる場合じゃないっ。

「ってさ、どうして大和にいちゃんが清文の連絡先知ってるんだよ」
「どうしてって、叔母ちゃんに聞くしかないだろう?」
「なんで俺に聞かないんだよっ」

 聞かれても困るけど。

「だって、喧嘩してる最中なんだろう? 理と清文くんは」

 赤信号で止まったのをいいことに、大和にいちゃんは俺をちらっとみてニヤッと笑った。

 美人…じゃなくて、ハンサムがそんな顔をすると……すごみがあって、コワイ…。





「やあ、お待たせ」
「…いえ」

 やたらと爽やかに微笑んだ大和にいちゃんに、清文はいつにない仏頂面で短い返事を返す。

 すると…。

「清文っ、ちゃんとご挨拶なさいっ」

 見送りに出てきたおばちゃんが、派手な音を立てて、清文の背中を一発叩いた。 

「って〜…」

 その上、顔をしかめる清文の頭を、わざわざ背伸びして掴むと強引に下げさせた。

「躾も行き届いてなくて申し訳ないですが、どうぞよろしくお願いいたします」

 深々と頭を下げるおばちゃんに、大和にいちゃんは『お任せ下さい』なんて、そりゃあもう物わかりのよさげな大人の顔で微笑む。

 その横で清文は俺をちらっと見て…。ぷいっとそっぽを向いた。

 何なんだよっ。



 こうして、朝からやたらと元気で爽やかな美人と、めっちゃぶすくれた高校生二人っていう、どうしようもない3人の小旅行が始まった。







「ほら、理。起きて」

 軽く揺すられてぼんやりと目を開けてみれば、そこはどこかのパーキングエリアみたいなところだった。

「あ、ごめん。俺、寝てた?」
「ああ、ぐっすりね」

 大和にいちゃんがクスクス笑いながら、華奢なくせに力のある腕で難なく俺を助手席から抱き起こした。

 そうだ…。大和にいちゃんと、後ろに座ってる清文がずっと等綾院高校の話をしていて、俺はわかんない話なもんだから、だんだん眠くなって、そのまま…。

「ほら、ジュース買ってきてやったから、これ持って後ろで転がってろ」

 そう言われて、寝起きの俺はぼーっとしたまま、後ろに座らされて缶ジュースを握らされた。

「零すなよ。まだローンの残ってる新車なんだからな」

 笑いながら俺の頭を撫で、今度は清文に、
「清文くん、助手席においでよ」 
 って声を掛けた。

 清文は、まだぼんやりしてる俺をちらっと見て…。

「はい」

 なんて、やたらと素直に頷いて、助手席へ移ってしまった。

 それからも大和にいちゃんと清文の会話は途切れることなく続いて、結局俺は全然会話に入れないまま、2時間ほどで目的地に着いた。





「うわー、綺麗っ」

 辿り着いた海岸は、都会から2時間ほどの距離とは思えないほど、綺麗でおまけに人が少なかった。

「すごいところですね」

 清文も素直に感心してる。

 環境も抜群だけど、大和にいちゃんが予約してくれていたところは、そりゃあ立派なところだったから。なんでも大和にいちゃんが勤めてる病院の保養施設らしい。

「ああ、うちの病院は福利厚生だけは満点だからね。そうでもなけりゃ、安月給であんなむちゃくちゃな勤務体系のところに勤めてなんかいられないよ」

「え?大和にいちゃん、安月給なの?」

 お医者さんって儲かるんだと思ってた。

「まあ、同年代の会社員よりは多いと思うけど、その分休みは絶対に少ないぞ」

 ポフポフと俺の頭を叩きながら笑う。
 清文も横で神妙な顔をして聞いてるんだけど…。

 なんだか、この3時間で大和にいちゃんと清文は一気に距離を縮めた感じだ。

 最初の刺々しい感じがすっかり消えている。

 ま、俺としてもその方がいいに決まってる。
 清文と大和にいちゃんが仲良くなれば、清文の余計な勘ぐりなんかもなくなるだろうし。

 でも、俺と清文のギクシャクした感じはなかなかとれなかった。

 それでも、大和にいちゃんがそんなことにまったく遠慮しないから、俺たち3人はそれなりに盛り上がって海を楽しんで、夜にはバーベキューまでやっちゃって、遅い時間になってやっと広い部屋に落ち着いた。



 部屋はなんと和洋室。
 8畳もある和室と、ツインベッドの洋室が一緒になった贅沢な部屋だ。

 で。落ち着いてからも大和にいちゃんと清文はよく喋った。
 時々、俺って存在を忘れてるんじゃないかと思うくらい。

 何だかなぁ…。

 大和にいちゃんってば、ちょっと清文にベタベタしすぎじゃない?

 …まあ、俺が気にすることじゃないけどさ。

 ……ふあぁぁぁ。眠くなってきちゃった…。たくさん泳いだからな…。


「ほら、理。寝るならベッド行けよ」

 そう声を掛けたのはもちろん大和にいちゃんで、俺はそのことはちゃんと覚えてるんだけど、ふわっと浮いた感じがして、柔らかいところへそっと降ろされたことはもう、夢か現かわかんなくなっていた…。



                   ☆ .。.:*・゜



「…ちょっと…大和さんっ」
「…し〜っ。静かに。理が目を覚ます」
「なっ、なにやってんですかっ」
「なにって、今さら」

 クスクスと、さも可笑しそうに笑う声。

「君だって健全な高校生だろう? しかも理っていう可愛い恋人までいるクセに」

 …恋人?

「そんなに固くならなくていいよ。いつも君が理にやってるのと同じことさ」

 …何やってるって?

「やってませんっ」
「え、なんだ、まだ理のこと抱いてないの? それは意外だな。君の様子からしてかなり理に執着してるみたいだったから、てっきり経験済みかと思ってたよ」

 …抱くって? …経験って?

 夢の中に頻繁に自分の名前が出てきたせいか、俺はぼんやりと目を開けて身体を起こした。

 隣のベッドは空っぽ。


「ま、それならそれで楽しめるさ。理との初めての時にもきっと役に立つよ」

 …俺との初めて?

 小さな常夜灯一つきりで、しかも慣れていない場所だから、何が何だかよくわかんないんだけど、じっと目を凝らすと真正面の和室で布団がごそごそ動いてる。

 なんだか、何かの上に何かが乗っかってるように見えるんだけど…。

「大和さんっ、俺、遊びでそんな関係になる気ありませんっ」
「おや。遊びでなかったらOK?」
「大和さんっ」
「ふふっ、冗談だって。 どっちにしても、君と理なら、どう見ても君が抱く方だろう? だったら理には黙っていればわからないさ」

 …だ、抱くってっ。い、いったい何の話をっ。

「だからそう言う問題じゃないですっ」
「可愛いねぇ。だけど、男同士でどっちも初めてなんて、大変なだけだと思うけど」

 …え? まさか…大和にいちゃんが、清文に覆い被さってる?

「せっかくのチャンスなんだから、予行演習だと思えばいいじゃないか」
「冗談じゃありませんっ。俺は、なーちゃんしかいらないっ。なーちゃん以外の人間を抱く気なんてこれっぽっちもありませんっ」


 …清文…。 


「やだなぁ、清文くん。僕だって男に抱かれる趣味なんてないよ」

「…え…?」

 は?

「言っただろう? 理との初体験に役に立つって」
「や、大和さん…?」
「一度素直に抱かれてごらん。そうしたら初めての時には理の気持ちが思いやれるだろう?」

「へ…………?」

 …………。

「大丈夫。僕は外科医だ。間違っても君の身体が傷つくようなことはしないから」

 …だだだ、誰が誰をナニするってっ?!


 余りの衝撃に、俺は固まった。あ、でもきっと清文も。


「心配いらないよ。初めての子を指導するのは慣れてるからね。君は転がってるだけでいい。僕が天国を見せてやるよ」

「……うわぁぁっ、ちょっと待ったっ、どこ触って…っ」


『なーちゃん』


 瞬間、べそをかきながら俺を見上げるチビの清文が俺の頭を掠めた。


「こらー!清文を苛めるなっ」
「うわっ、おさむっ」

 俺は、気がついたらいつの間にかベッドを飛び出して、二人が暴れている布団に飛びかかっていた。

「こらっ、理っ、暴れるなって」
「清文を離せー!」
「わ、わかったっ、わかったからっ」


 とにかく清文を助けなくちゃと闇雲に暴れてると、いきなり抱きすくめられた。

「なーちゃんっ」
「きっ、きよふみっ?」
「やっぱり俺の憧れの『なーちゃん』だ。強くて優しい…」
「ちょっ、ちょっとっ、おいっ、そんなこと言ってるばあいじゃ…」

 そのまま身動きがとれないほどしがみつかれて、俺の息が上がり始めた頃、清文の熱い息が俺の頬を掠めた。

 そして…。

「きよふ…」

 言い終わらないうちに唇が触れ、そのまま深く密着していったんだけど、なんだかやたらと気持ちよくて、俺はそのままじっと暖かい腕の中に納まっていた。





 ふと気がつくと、大和にいちゃんの姿が消えていた。

 清文も気がついたようなんだけど、お互いそのことについて何にも言わずに、暴れて乱れた布団の中に二人して潜り込んだ。


「…なあ、清文…」

 腕枕されて転がってるんだけど、ちょっと首がだるい。

「なに? なーちゃん」
「そ、その…本気で思ってる?」

 でも、清文がやたらと幸せそうだから、このままでもいいかな…とかちらっと思ったり。

「なーちゃんのこと? もちろんだよ」
「いや、それは、わかってるつもり…だけど…その…本気で俺と…」
「なーちゃんと?」

 その一言には決死の覚悟がいったけど。

「………したい…とか」

 言ってしまうと、とてもじゃないけど恥ずかしくて、俺は視線をウロウロと清文の胸元まで落とす。

 俺を抱く清文の腕に、少し力がこもった。

「思ってるよ」

 そしてそれは、茶化すようにとか、照れたようにとか、そんなリアクションを勝手に想像していた俺を大きく裏切って、恐ろしいくらいまじめな声だったから、俺は思わず顔を上げ、瞬きも忘れて清文を見つめてしまった。

 もちろん、そこにあったのは、声色に見合った真剣な顔つきで。


「でも、急がない」
「きよふみ…」
「なーちゃんの気持ちが熟すまで、俺は待てるよ」

 清文の大きな掌が俺の髪を梳くように撫でる。

「ごめんな。俺、急ぎすぎたんだな。なーちゃんをやっとこの腕に取り戻して、有頂天になって、誰にも渡したくなくて……」

 反対の手が、俺の背中をゆっくりとさすり始める。

「焦ったんだ。俺だけのなーちゃんだっていう証が欲しくて」

 言葉と一緒に、切なげなため息が漏れる。

「でも、それがなーちゃんを不安にさせてたんだな…」

 ごめん…ともう一度呟いて、清文は俺をギュッと抱きしめた。

「…確かに、不安だった」
「なーちゃん…」
「清文の思いが、どこまで行くのかわからなくて…」

 俺もギュッと清文にしがみつく。

「でも、今日のことでわかったよ。俺も…清文を誰にも渡したくない」

「…なーちゃんっ!」

 骨が折れそうなほど抱きすくめられて、その心地よさに俺は、やっぱり今口にしたことは間違ってなかったんだなって、自分自身に小さく頷いた。


                    ☆ .。.:*・゜


 結局朝になっても大和にいちゃんは戻ってこなくて。

 かなり心配したんだけど、なんのことはない。

 大和にいちゃんは何でもない顔で、朝ご飯の席で俺たちを待っていた。
 しかも、これ見よがしに『にんまり』と笑って。


「おはよう、お二人さん」
「お、おはよ」
「…おはようございます」

 席に着くと、すぐに係の人がコーヒーか紅茶かを聞いてきて、清文はコーヒー、俺はミルクティを頼んで、どうにか気まずい雰囲気をやり過ごそうとしたんだけど、どうやら気まずい思いをしているのは俺たちだけのようで。


「どう? 首尾よくいった?」

 それはあからさまに清文に向けられた質問。

「…ご期待に添えませんで」
「え〜、なんだ〜。せっかく人が席を外してあげたっていうのに〜」

 …は? もしかして、確信犯?

「大和さん、昨夜はどうされたんですか? 戻って来られないから…」

「え? なに、もしかして、僕がいつ帰るかわからないから思いとどまったわけ?」

「そうじゃなくてっ」

「冗談だって。理ってば相変わらず喧嘩っぱやいんだから」

「大和にいちゃ〜ん」

 俺が恨めしそうな声を上げると、大和にいちゃんはひょいっと肩を竦めて見せた。

「心配ないよ、最初から2部屋取ってたから」

「「え〜!?」」

「どういうことっ?」

「どういうことも何も。叔母ちゃんに『理ってば清文くんと喧嘩しちゃってるみたいなの。ちょうどいいからこの機会に仲直りさせてやって』って頼まれたからさぁ」

 大和にいちゃん…、それって…。

「なんか違う〜!」

 叫んだ俺の隣では、清文がぐったりと脱力していた…。




 で。
 結局俺は、俺の中にも『清文が欲しい』っていう気持ちがあることに気がついた。

 でも、『ゆっくり温めていこう』って言ってくれる清文の言葉に甘えて、とりあえず夏休みを楽しもうって思ってるところ。

 ただ、第1の難関は目前に迫ってる。
 8月の第2週には、清文のとこのおじさんとおばさんが旅行に行っちゃうんだ。

 その間俺は、清文のところに泊まり込む約束になってるんだけど…。


 その日が来るのが待ち遠しいような、怖いような……そんな感じの毎日だ。


END

2004.1.15 UP


96969をGETしていただきましたMAMAさまのリクエストです〜。
MAMAさまからのお題は
『なーちゃんと清文くんの温度差』そして『鬼畜な若先生登場!』てことで…。

え?ただの『若先生登場』でしたっけ?

うっそ〜。MAMAさま、絶対『鬼畜な若先生』って言ったよ〜。
え?言ってない?
言ってなくても…思ってたでしょ?(爆)
ともかく(おい)リクエストありがとうございました&遅くなってすみませんでした〜!

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