憧れの向こう側 番外編
憧れはいつまでも
〜7年後の彼ら〜
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「社長! この書類お願いします!」 「決済書類回していいですか? 社長!」 時刻は午後7時過ぎ。 基本的にフレックス制の我が社。 この時間には大概の社員は帰っている。普段なら。 ところが、ここのところ立て続けに大きい仕事が舞い込んできて、1週間ほどこんな状態――この時間になってもまだ、ほとんどの社員がなにがしか手を動かしている――が続いている。 「社長、これなんですが…」 ああ、またみんなして社長に群がるし。 知らないよ。もうすぐ『社長・命』の専務が帰って来るんだから。 そんなに寄ってたかってこき使ってたら、怒られちゃうんだからね。 僕たちの会社は社員数18名。その他に6名の学生バイトがいて、総勢24名のこぢんまりとした会社だ。 業務内容は、最先端のIT関連。 もっとも起業しやすいけれど、消えていく会社も多いのがこの業界だ。 そんな中、着々と実績を上げている僕らの会社は創業満4年。 社長と専務が大学1年の時に立ち上げたのが始まりだ。 最初はサークルのノリになっちゃうんじゃないかと思ったんだけど、全然そんなことなかった。 それには専務の『性質』と『動機』が大きく影響してるんだけどね。 というわけで、社長も専務もこの春大学を出たばかりの22歳。 ちなみに僕――僕も一応専務取締役なんだけど――も同い年の22歳。 社員はみんな、僕たちの大学時代とか高校時代の同級生・もしくは後輩、友人ばかりだから気心が知れていてこの上なく働きやすい。 あ、専務が帰ってきた。 「お帰りなさい〜」 社員が一斉に声をあげる。 そんな中、ただいま…と言いながら入ってきた専務は、オフィスの様子をみるなり眉間に皺を寄せた。 「こんな時間まで、何をみんなして社長にたかってるんだ」 ほーら見ろ。 近づいてくる専務の表情に、社長が『ええっと〜』って顔で狼狽えてる。ほんとに可愛いったら。 「そんなにしゃかりきになって働かなくてもいいだろう? 今月はとっくに目標クリアしてるんだからな。明日でいいことは明日にしたらどうだ。どうしても今日中に処理しなくちゃいけないことなら、俺のところに持ってこい」 専務の言葉は妙に説得力がある。 彼に言われると、『あ、それもそうだね』って気になっちゃうんだな、これが。 ほら、みんな『あ、そっか』って顔で書類を引っ込め始めたよ。 社長と同じく代表権をもつ専務は、そもそも『会社を大きくする』ということに執着がない。 縁あってここに集った仲間たちが、やり甲斐のある仕事ができて、将来家族を抱えても生活を楽しめる程度のものが確保できていればそれでいいと思っている。 『余分』を手に入れるために、限られた人生の大切な時間を犠牲にする気はさらさらないのだ。 何故かというと、彼がこの会社を興したのは、愛する人とずっと一緒に過ごす為…だからだ。 専務と僕は、高校の同級生だ。 長身・男前で、入学当初から何をやらせてもピカイチの存在に、僕は一目で恋をして、想いを寄せた。 けれど彼にはずっと想い続けていた恋人がすでにいて、そして、僕はそれとは知らずにその『恋人』と知り合って仲の良い友達になっていた。 一応僕も、自分自身に対するけじめとして彼に告白はしたんだけど、別に修羅場とかがあったわけじゃない。 そんなことになるはずもないんだ。 だって彼らは、他の何人も割り込めないほど、とても深く思い合っていたから。 そして、どちらも僕にとって大事な人だったから、僕は潔く諦めて、2人の『行く末』を見守ることになったのだ。 ま、『見守る』ってよりは、『観察して楽しむ』っていった方が正しいかも知れないけど。 そんなわけで、僕たちは楽しい高校生活を送っていたんだけど、高3になった春、彼らの進路を聞いて僕は密かに落ち込んだ。 2人が京都の大学を目指していると知ったからだ。 それなら…と、本当は2人を追い掛けていきたかったんだけど、京都で1人暮らしなんて絶対ダメって両親から言い渡されて、ぶーっとふて腐れてた。何もかもが一気につまんなくなった。 そんなとき、専務――有本くんから『話がある』と言われたんだ。 ☆ .。.:*・゜ 「え? 会社?」 「そう、会社だ」 2人きりで話がしたいと言われて、僕はピンと来た。 これは絶対理くん絡みだな…って。 でも、喧嘩した風でもないし…と思っていたら、話の中身は思いもよらないものだった。 「会社、作るの?」 「大学に入ったらな」 「どして? 卒業してからじゃダメなの?」 そりゃ最近は学生が起業するのもちっとも珍しいことじゃないし、有本くんならやっちゃいそうだけど。 「バイト代わりなんだよ」 「ええと、普通のバイト…じゃダメなの?」 お金を稼ぐだけなら、その方が手っ取り早いし、ある意味楽なんじゃ…と思うんだけど。 「ああ、なーちゃんにはバイトなんてさせたくないんだ」 「あー。危ないもんねえ」 理くんはほんとに可愛い。 高3になっても相変わらず…どころか、可愛らしさにますます磨きが掛かっちゃって――誰の所為かは言うまでもないけどね――群がる男の多いこと。 等綾院の同級生たちはあの噂――理くんが『歩く13日の金曜日』だって言う酷い話――をすっかり信じてるからまだ大丈夫なんだけど、有本くんの目の届かないところももちろんたくさんあるから、彼はいつも神経をぴりぴりさせてるってわけだ。 「でも、なーちゃんだけじゃなく、俺だってバイトもせずに仕送りだけで安穏と学生生活を送るわけにはいかない。うちはごく一般的なサラリーマン家庭だからな」 そっか。エライなあ。僕みたいに甘やかされ放題だとそんなこと思いつきもしない。きっと。 「ってことは、理くんと一緒にお金を稼げる方法として、『会社を作る』ってわけだね」 「そう言うことだ。そうなればずっと俺がついていられるから、なーちゃんを危ない目に会わせなくて済む」 なんだかんだ言って、相変わらず独占欲丸出しなんだから〜。 まったく『独占欲ここに極まれり』だよね。 理くんと一緒にいたいが為に会社まで作っちゃおうなんて。 ほんと、天使に取り憑いた悪魔って感じ? ま、理くんが束縛されることに関して取り立てて何にも感じてないようだし――って言うか、もしかして束縛されてることに気がついてない?って気もする。有本くん、知能犯だし、理くんはぽやっとしてるし――『破れ鍋に綴じ蓋』って気がしないでもないけど。 ま、お似合いのカップルってことだ。 「で、ここからが本題なんだが…。笹島はこっちで進学するだろう?」 「…だって、1人暮らしなんて絶対ダメって言われたもん」 ぶっと膨れた僕に、有本くんはクスッと笑って、『それはまあ仕方ないんじゃないか』なんて言う。 僕が甘やかされ放題なこと、バレバレなんだよね。 「というわけで、こっちに残る笹島に頼みたいことがある」 「僕に?」 有本くんは表情を引き締めて頷いた。 「俺たち、大学を卒業したらこっちへ帰ってくるつもりなんだ。将来は両方の親の面倒も見なくちゃいけないしな。もちろん会社は4年の間にきっちり軌道に乗せるつもりでいるから、帰ってくるとなると、会社ごと…ってことになる」 「あ。卒業してもそのままやるんだ」 「当たり前だろう? 普通に就職してみろ、同じ会社に同期で入社できたとしても、同じ部署で働けるかどうかなんてわからないじゃないか。万一どっちかが転勤にでもなったら、俺は会社を辞めるぞ」 …あっそ。呆れた。そう言う動機ね…。 「だから、笹島にはこっちで受け皿を作って置いて欲しいんだ。もちろんその布石はこの1年の間に打っておくから」 それって…。 「僕も、一緒…?」 目を丸くした僕に、有本くんは微笑んだ。 「そう。一緒に会社、やらないか?」 どうしよう。すっごく嬉しい。僕も一緒…なんだ。 「でも、僕にできるかなあ」 僕みたいなの、役に立つんだろうか。 「できるさ。並河にも声かけてみるつもりだし、笹島と並河がいてくれたら、俺にとってこれ以上安心なことはない」 並河くんってのは、僕たちの同級生で、1年の時に同じクラスだったのをきっかけに仲良くなった。 どうしてか並河くんがいつも僕の側をちょろちょろしてて、その僕が有本くんの側をちょろちょろしてるもんだから、いつのまにか3人で行動することが多くなったんだ。 並河くんは現在剣道部の主将なんだけど、成績の方もかなりいいから、多分国立トップクラス狙いだとは思う。 でも僕は、そのレベルはかなり無理…という現在状況だ。 まあ、それはともかく。 「僕…がんばってみる」 …っていうのは、会社作りのこと。 別に大学はそこそこイイトコに入っておけばいいことだし…と思ったら。 「そうだな。並河はT大狙うっていってるから、笹島も一緒にがんばれよ」 へ? や、大学の話じゃなくって。 「じゃあ、約束だぞ。一緒にやろうな」 って、僕がかつて見惚れていた類の鮮やかな笑顔で、有本くんは僕の背中をポンっと叩いた。 そんなわけで。 結局引っ込みがつかなくなった僕は、無謀にもT大に挑戦すべく、家庭教師を5人もつけてがんばった。 両親――特にお母さんは『そんな無理しなくていいのよ』なんて、涙目で何度も止めようとしたくらいに。 そして、一年後には並河くん共々、驚異の現役合格を果たしたのだった。 先生には『奇跡って本当にあるんだなあ』なんて失礼なこと言われちゃったけど。 でもさ、奇跡だろうがまぐれだろうが、入っちゃったもん勝ちだもんね。 ☆ .。.:*・゜ 大学の4年間。 長期の休みにしか理くんと有本くんに会えないのは寂しかったけれど、でもメールでは頻繁にやりとりしたし、こっちはこっちで二人が帰ってくる時に備えての準備でそれなりに忙しく充実した日々を送った。 大学に入っても剣道を続けていた並河くんは、大学の剣道部で出会って仲良くなった加賀谷くんを引っ張ってきてくれた。 並河くんの見かけがいかにも『剣道部!』って言うのと違って、加賀谷くんはどちらかというと文学青年系のハンサムなんだけど、名門進学校出身の彼はそれは優秀な人で、僕らの会社にはなくてはならない存在になった。 そして次の年にはまた新しい戦力を2人得た。 2人とも加賀谷くんの高校の後輩なんだけど、そのうちの一人、綾徳院くんはやっぱり剣道部の子で、理くんといい勝負なくらい可愛い子。 もう一人、古田くんは知的な銀縁眼鏡がトレードマークのクールな男前。一年下とは思えないほど落ち着いていて、凄いキレモノ。 この3人に僕と並河くんの5人で、4年間、東京での基盤作りをやった。 そしてこの春、卒業して京都から帰ってきた2人と、2人を慕ってついてきた男女取り混ぜ10名(10人の出身校は見事にバラバラだった)を迎えたんだ。 ただ、加賀谷くんを送り出すことになったのがちょっと寂しかった。 彼は高校の頃から警視庁を目指していたそうで、当然の如く採用試験に通って夢を叶えた。 もちろんバリバリのキャリア組で将来の幹部候補であることは間違いない。 有本くんが、『なんかやばいことあったらヨロシクたのむぞ』なんて茶化したら、加賀谷くんが『そうなったら真っ先に有本専務を逮捕してやる』なんて言い返して、大笑いになったっけ。 来年は古田くんもここを巣立つことになりそうで――彼の目標は母校の教員なんだそうだ――かなり寂しいんだけど、でも綾徳院くんは正式に就職してくれることが内定していて、ホッとしているところなんだ。 それにしても。 ひたすら隠してるけど、加賀谷くんと綾徳院くんは絶対アヤシイと思うな。 加賀谷くんが綾徳院くんを見つめる目が、有本くんが理くんを見る目と一緒なんだもん。 ちなみに理くんはそう言うことにはてんで疎いし、有本くんは理くん以外目に入ってないから、気がついてないみたいだけどね。 古田くんは見て見ぬ振りしてるみたいだし。 そうそう、その古田くんには恋人がいて、何とそれは一回りくらい年上の人…って、うっかり僕に漏らしちゃったのは綾徳院くん。 で、僕の推理としては、その恋人ってもしかしたら『先生』なんじゃないかな…って思うんだ。 どうも綾徳院くんもその人のことをよく知ってる様子だったし。 だから、彼は教員を目指してるような気がする。 それにしても一回り年上の恋人ってどんな感じなんだろ。 やっぱり凄い包容力だったりするのかなあ。 だって、古田くん自身が相当包容力ありそうだし、更にそれの上をいくとなるとねえ。 それに古田くん自身がかなり背が高いから、それより大きいとなると…。 うーん、ちょっと巨大カップル過ぎてコワイかも。 でもさ、僕って大した観察眼だよね〜。 理くんと有本くんに関わった所為なのか、やたらとそういうことに敏感になっちゃったよ。 理くんも、もうちょっと『こういうこと』に敏感になって、男心の機微…みたいなのがわかるようになると、有本くんもちょっとは楽なのかもね〜。 「あ、笹島、帰りに飯食っていかない?」 帰り支度を整えた僕に、並河くんが声を掛けてきた。 「あ〜、今日はみたいテレビがあるからパス」 「…えっと、それ、録画じゃダメ、なのか?」 「ダメダメ。サッカーはやっぱりライブじゃないとね。じゃ、また明日〜!」 あ。有本専務ってばさっさと社長――理くんを連れて帰っちゃってるじゃん。 もう、素早いんだから〜。 ☆ .。.:*・゜ 「並河くんって報われない恋をしてるよね」 首筋にキスを受けながら、社長…ではなくて、誰よりも愛しい恋人が言った。 「ああ、高1の時からずっとだからな」 キスの合間に返事をしてみる。 「貴樹くんも、もうちょっと男心の機微みたいなのがわかるといいのになあ」 その言葉、そっくり返すぞ…とか、笹島だってなーちゃんにだけは言われたくないと思うぞ…なんて言葉は、こういう場合は胸にしまっておくに限るだろう。 何といっても今からは楽しい恋人同士の甘い時間なのだから。 ここのところ不本意ながら忙しくて、自宅へ戻ったら(もちろん2人きりの新居だ)理がバタンキューといった状態で、清文は欲求不満もMAXなのだ。 ここで理のご機嫌を損ねて『今夜はダメっ』なんて言われたら、もうどうしていいかわからない。 ヘタをしたら、暴れて出社拒否なんてやっちゃうかも。 「ああ、そうだよな」 だからとりあえず、当たり障りのない相づちを打っておく。 「でもさ、並河く…」 話の続きは熱い口づけで遮られてしまった。 何度も繰り返し啄んでは深く口づけて、理がぐったりとしたところで漸く熱い繋がりを解く。 「ベッドの中で他の男の話するなよな。なーちゃん」 むくれた口調で言う清文に、理は少し弾んだ息の下で『あのなあ…』と力無く訴えてきた。 「他の男ったって、並か……あ、んっ」 敏感な部分にいきなり濃厚な愛撫を施されて、理の身体が大きく跳ねた。 「ほら、もう黙って。俺だけを感じていて…」 耳元でそんな風に熱く囁かれたら、もうどうしようもない。 理はあっけなく抵抗を手放して、そのまま清文の腕の中に堕ちていった。 |
END |
2006.3.11 同人誌予約御礼として限定配布
2013.9.21 サイトUP
7年経っても相変わらずバカップルな2人でした(笑)
またしても『君愛』のキャラがちらりと登場でしたが、
いつの日か、自称『その手の話に敏感』な貴樹くんに『古田くんのお相手』を見せてあげたいものです(笑)
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