あの星空に手を伸ばそう
静谷行利、大学生の夏…。
「おいっ、こらっ、やめろってば!」 「ど〜して〜、気持ちいいよぉ〜」 「こらっ、握りしめてんじゃねーよっ、さっさと離せっ」 俺はあいつの手から、洋酒のボトルをひったくった。 だめだ、完璧酔っぱらってやがる。 だいたいろくに飲めもしないクセに、ガパガパと…。 あのボトル、いくらしたと思ってんだ。 社会人1年生の給料なんて、たかが知れてるんだぞ。それなのに…。 「ねぇ〜、幸司もこっちおいでよぉ。気持ちいいよ〜。星に手が届きそうなんだぁ」 「ばかやろっ、そこは立入禁止だっ。危ないから早く降りてこいっ」 俺は辺りをコソコソと伺いながら、少し声を絞る。 見つかったらコトだ。 ここは都心の一流ホテル。…の、部屋ではない。 俺の友人(俺はそう思っている)、3つ年下の静谷行利はスカイラウンジで酔っぱらった挙げ句に、 『関係者以外立入禁止』のドアをくぐり、『登るな・危険』の看板を無視して、ここ、屋上の給水タンクのてっぺんにいる。 こいつってば、酔っぱらうたびにこれだ。 行っちゃいけません、ってとこに行き、しちゃいけません、ってことをやりやがる。 おかげで俺はいつも、びくびくしながら辺りを伺い、あいつがやらかしたことの後始末をしてまわる羽目になる…。 はぁぁぁ…。 |
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だいたいこいつとの出会いからして、そもそも間違ってるんだ。 俺が同僚と憂さ晴らしに行く居酒屋。 行利はそこのバイト店員だった。 やたら愛想が良くて、機敏に動き回り、気が利く。 当然、客受けもいいし、バイト仲間からも、店長からも一目置かれているようだった。 その行利が、ある日、珍しく一人で飲みに来た俺に、声をかけてきたのだ。 「珍しいですね。一人だなんて」 「まぁね。たまには一人もいいかな…なんてね」 別に理由はなかった。 特に一人になりたいわけでもなかったし。 そう、本当に、たまたま一人だっただけだ。 「…オレ、もうすぐ上がりの時間なんです。よかったら、つき合ってもらえません?」 別に異存はなかったから…。 「ん…。いいけど」 「やったっ」 行利は小さくガッツポーズをして、 「じゃ、15分後に」 と言って、鼻歌を歌いながら、そこら中の皿やコップを片づけて、厨房へ行ってしまった。 この時の、 『つき合ってもらえません?』と、 『いいけど…』 この会話がまずかったのだ。 行利の『つき合い』とは所謂『おつき合いしましょう』の『つき合い』だったのだ。 なんで俺が男とつき合わなくちゃいけないんだ。 しかも、年下の学生にナンパされるなんてっ。 「オレ、幸司が好きなんだ。初めて店に来たときからずっと気になってた」 あっけらかんとヤツは言う。 どういう神経構造をしてるんだ、と疑いたくなる。 「いつか声をかけようと思っててさ。ずっとチャンスをうかがってたんだけど、幸司、いっつもたくさんの友達と来るから…」 友達の前ではナンパしない、と言う配慮をするくらいの良識はあるわけだ。 ま、こいつといると楽しいし、なんだか学生時代に帰ったような気もするし…。 居心地が悪くないおかげで、ずるずると俺と行利の友達関係は危ういバランスで続いていった。 残業中、俺の携帯がブルブルと震え出す。 時はすでに深夜に近く、まわりには誰もいない。 「もしもし?」 『こーうーじーーーーーーーっ!オレっ、ゆっきとしくんだよぉ〜ん!』 …………酔っぱらってやがる。 「なんだよ。俺、まだ仕事中だ。用がないんなら切るぞ」 殊更冷たく言い放つと、行利は口調だけは変わらず、酔っぱらいのままで返事をしてきた。 『大切なこと言おうと思ってさ〜』 イヤな予感がした。 『オレっ、幸司のことっ、愛してるっ!!!』 …当たった…。 俺ってこの手の予感だけは、何故か当たるんだ。 しかし、そこから先は、流石の俺も、読めない展開だった。 大声で告白した行利の背後から、やんややんやの大喝采が聞こえてきたのだ。 「お、おまえ、行利っ、何処にいるんだよ」 『ゼミのコンパ中でぇ〜〜〜すっ』 はぁぁぁぁ? 『かわるねーっ、みんなオレの恋人と話がしたいって、列作って待ってんだー』 「おいっ、ばかっ」 何考えてんだ! 待て、と言おうとしたところへ、さっそくトップバッターが登場してきやがった。 『もしもしぃー、私ぃ、行利くんの後輩ですぅ。お話しできて嬉しいっ。幸司さんになら、行利取られてもいいかなっ?な〜んてぇ』 女だ…。こいつも酔っぱらってるのか? 最近の女の子は、酔っぱらってんだか、素面なんだか、話し方だけでは判断つかないヤツが多いから困りものだ。 耳元でいきなりガサゴソと不快な音がした。 くそっ、携帯の受け渡しやってやがるっ。 『もしもーし!俺、行利の同級生でっす。幸司さんって、可愛いいんですってねー』 男が男に可愛いなんて言って、楽しいかっ。 『あのっ、初めましてっ。あの、あのっ、行利ってすっごく上手いですから、大丈夫。全部任せても、へーき、へーき』 …お前ら、いったい何の話してるんだ…。しかも、アンタ、男じゃねーの? こうして次から次へと面子がかわり、最後には教授まで登場して、 『行利くんをよろしく頼むね』 とまで言われたのだった。 なんで俺が頼まれなきゃならんのだっ。 『幸司ぃ…オレ、ほんとに幸司のこと好きなんだ…』 …頼むから、涙声で言わないでくれ。 俺にどうしろっていうんだよ…。 俺、お前に何にもしてやれないよ。 学生時代なら、まだ夢だけを見て、無茶もできたかも知れない。 でもな、俺はもう、お前たちのいる夢の世界を卒業してしまったんだよ。 あるのは現実だけ。 約束していいのは、実現可能な未来だけなんだ。 |
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「幸司…も、来てくれないんなら、オレ、飛び降りちゃおっかな〜」 バカっ、嬉しそうに脅すな! もうっ。 タンクの上の酔っぱらいは、今にも立ち上がって踊り出しそうだ。 俺は、一つため息をついて、『登るな・危険』の札をくぐる。 こうして俺は、いつも振り回されてしまう。 「ほんっと、手が届きそうだ」 ここら辺りでは一番高層のホテル、その屋上の給水塔。 確かに、星には一番近い場所だ。 俺が登ってきたせいか、ヤツは上機嫌で、空に向かって鼻歌を披露している。 「…頼むから…無茶ばっかりしないでくれよ」 風がキツイ。いくらタンクのてっぺんが広いとは言え、これはかなりコワイ。 「…心配してくれんの?…それとも、ただ、呆れてるだけ…?」 行利にしては、自信なさげな声が聞こえてきた。 「幸司ってば、いっつも離れて見てるだけ…。オレばっか、はしゃいで…」 …たまんねぇ…。 風にかき消されそうになった、小さなつぶやきを、俺はどうにか聞き漏らさずにすんだ。 「行利…」 微かに震えているように見えたその肩に、そっと手を伸ばそうとしたとき、不意打ちのように、行利が振り返ってしがみついてきた。 「幸司…今だけ…今だけでいいから笑ってくれよ。オレといて、楽しいって言ってくれよ」 行利が今、どんな顔をしてるのか、俺には見えなかった。 言葉だけが耳元を行き来する。 「幸司は、オレが年下で、学生で…夢ばっか見て、なーんにも考えてないように思ってるんだろうけど、オレだって、いろいろ考えてるんだ。…どうしたら、これからもずっと幸司と一緒にいられるんだろうって…。けど…けど、今、幸司が笑っててくれないんなら、オレもうなんにも考えらんなくなる…」 「ゆ、きと…し」 抱きしめられたそのままの格好で、俺は呆然と空を見上げていた。 星が…近い。 「な、頼む。笑ってくれよ。…何かにぶつかったら、その時二人で一生懸命考えようよ…」 約束された未来に手を伸ばすんじゃない。 欲しい未来を自分で作る。 なぁ、行利、もしかして、俺もまだ夢を見ることができる…? この手で、つかみ取れるものならば…。 俺は、空に向かって手のひらを突きだした。 『もう…なくしたくないんだ…』 行利の呟きは、吐息と一緒に零れていって…。 |
END |
2001.6.15 10万記念感謝祭にてUP
恋・爛漫から約6年後くらいでしょうか? 行利くん、東京の大学に行ったようですv ちさとちゃんは何してるんだろう…? |