あの星空に手を伸ばそう


静谷行利、大学生の夏…。





「おいっ、こらっ、やめろってば!」
「ど〜して〜、気持ちいいよぉ〜」
「こらっ、握りしめてんじゃねーよっ、さっさと離せっ」

 俺はあいつの手から、洋酒のボトルをひったくった。
 だめだ、完璧酔っぱらってやがる。
 だいたいろくに飲めもしないクセに、ガパガパと…。
 あのボトル、いくらしたと思ってんだ。
 社会人1年生の給料なんて、たかが知れてるんだぞ。それなのに…。



「ねぇ〜、幸司もこっちおいでよぉ。気持ちいいよ〜。星に手が届きそうなんだぁ」
「ばかやろっ、そこは立入禁止だっ。危ないから早く降りてこいっ」

 俺は辺りをコソコソと伺いながら、少し声を絞る。
 見つかったらコトだ。
 

 ここは都心の一流ホテル。…の、部屋ではない。

 俺の友人(俺はそう思っている)、3つ年下の静谷行利はスカイラウンジで酔っぱらった挙げ句に、
『関係者以外立入禁止』のドアをくぐり、『登るな・危険』の看板を無視して、ここ、屋上の給水タンクのてっぺんにいる。

 こいつってば、酔っぱらうたびにこれだ。
 行っちゃいけません、ってとこに行き、しちゃいけません、ってことをやりやがる。

 おかげで俺はいつも、びくびくしながら辺りを伺い、あいつがやらかしたことの後始末をしてまわる羽目になる…。
 はぁぁぁ…。



☆.。.:*・゜
 


 だいたいこいつとの出会いからして、そもそも間違ってるんだ。

 俺が同僚と憂さ晴らしに行く居酒屋。
 行利はそこのバイト店員だった。

 やたら愛想が良くて、機敏に動き回り、気が利く。
 当然、客受けもいいし、バイト仲間からも、店長からも一目置かれているようだった。

 その行利が、ある日、珍しく一人で飲みに来た俺に、声をかけてきたのだ。


「珍しいですね。一人だなんて」
「まぁね。たまには一人もいいかな…なんてね」

 別に理由はなかった。
 特に一人になりたいわけでもなかったし。
 そう、本当に、たまたま一人だっただけだ。

「…オレ、もうすぐ上がりの時間なんです。よかったら、つき合ってもらえません?」

 別に異存はなかったから…。

「ん…。いいけど」
「やったっ」
 行利は小さくガッツポーズをして、
「じゃ、15分後に」
 と言って、鼻歌を歌いながら、そこら中の皿やコップを片づけて、厨房へ行ってしまった。


 この時の、
『つき合ってもらえません?』と、
『いいけど…』
 この会話がまずかったのだ。

 行利の『つき合い』とは所謂『おつき合いしましょう』の『つき合い』だったのだ。
 

 なんで俺が男とつき合わなくちゃいけないんだ。
 しかも、年下の学生にナンパされるなんてっ。


「オレ、幸司が好きなんだ。初めて店に来たときからずっと気になってた」

 あっけらかんとヤツは言う。
 どういう神経構造をしてるんだ、と疑いたくなる。

「いつか声をかけようと思っててさ。ずっとチャンスをうかがってたんだけど、幸司、いっつもたくさんの友達と来るから…」

 友達の前ではナンパしない、と言う配慮をするくらいの良識はあるわけだ。

 ま、こいつといると楽しいし、なんだか学生時代に帰ったような気もするし…。
 居心地が悪くないおかげで、ずるずると俺と行利の友達関係は危ういバランスで続いていった。




 残業中、俺の携帯がブルブルと震え出す。
 時はすでに深夜に近く、まわりには誰もいない。

「もしもし?」
『こーうーじーーーーーーーっ!オレっ、ゆっきとしくんだよぉ〜ん!』

 …………酔っぱらってやがる。

「なんだよ。俺、まだ仕事中だ。用がないんなら切るぞ」

 殊更冷たく言い放つと、行利は口調だけは変わらず、酔っぱらいのままで返事をしてきた。

『大切なこと言おうと思ってさ〜』

 イヤな予感がした。

『オレっ、幸司のことっ、愛してるっ!!!』

 …当たった…。
 俺ってこの手の予感だけは、何故か当たるんだ。

 しかし、そこから先は、流石の俺も、読めない展開だった。

 大声で告白した行利の背後から、やんややんやの大喝采が聞こえてきたのだ。

「お、おまえ、行利っ、何処にいるんだよ」
『ゼミのコンパ中でぇ〜〜〜すっ』

 はぁぁぁぁ?

『かわるねーっ、みんなオレの恋人と話がしたいって、列作って待ってんだー』

「おいっ、ばかっ」

 何考えてんだ!
 待て、と言おうとしたところへ、さっそくトップバッターが登場してきやがった。

『もしもしぃー、私ぃ、行利くんの後輩ですぅ。お話しできて嬉しいっ。幸司さんになら、行利取られてもいいかなっ?な〜んてぇ』

 女だ…。こいつも酔っぱらってるのか?
 最近の女の子は、酔っぱらってんだか、素面なんだか、話し方だけでは判断つかないヤツが多いから困りものだ。

 耳元でいきなりガサゴソと不快な音がした。
 くそっ、携帯の受け渡しやってやがるっ。

『もしもーし!俺、行利の同級生でっす。幸司さんって、可愛いいんですってねー』

 男が男に可愛いなんて言って、楽しいかっ。

『あのっ、初めましてっ。あの、あのっ、行利ってすっごく上手いですから、大丈夫。全部任せても、へーき、へーき』

 …お前ら、いったい何の話してるんだ…。しかも、アンタ、男じゃねーの?

 こうして次から次へと面子がかわり、最後には教授まで登場して、
『行利くんをよろしく頼むね』
とまで言われたのだった。

 なんで俺が頼まれなきゃならんのだっ。

『幸司ぃ…オレ、ほんとに幸司のこと好きなんだ…』

 …頼むから、涙声で言わないでくれ。
 俺にどうしろっていうんだよ…。
 俺、お前に何にもしてやれないよ。
 学生時代なら、まだ夢だけを見て、無茶もできたかも知れない。

 でもな、俺はもう、お前たちのいる夢の世界を卒業してしまったんだよ。
 あるのは現実だけ。
 約束していいのは、実現可能な未来だけなんだ。  



☆.。.:*・゜
 


「幸司…も、来てくれないんなら、オレ、飛び降りちゃおっかな〜」

 バカっ、嬉しそうに脅すな!
 もうっ。
 タンクの上の酔っぱらいは、今にも立ち上がって踊り出しそうだ。

 俺は、一つため息をついて、『登るな・危険』の札をくぐる。 
 こうして俺は、いつも振り回されてしまう。

「ほんっと、手が届きそうだ」

 ここら辺りでは一番高層のホテル、その屋上の給水塔。

 確かに、星には一番近い場所だ。
 俺が登ってきたせいか、ヤツは上機嫌で、空に向かって鼻歌を披露している。

「…頼むから…無茶ばっかりしないでくれよ」

 風がキツイ。いくらタンクのてっぺんが広いとは言え、これはかなりコワイ。

「…心配してくれんの?…それとも、ただ、呆れてるだけ…?」  

 行利にしては、自信なさげな声が聞こえてきた。

「幸司ってば、いっつも離れて見てるだけ…。オレばっか、はしゃいで…」  

 …たまんねぇ…。

 風にかき消されそうになった、小さなつぶやきを、俺はどうにか聞き漏らさずにすんだ。

「行利…」

 微かに震えているように見えたその肩に、そっと手を伸ばそうとしたとき、不意打ちのように、行利が振り返ってしがみついてきた。

「幸司…今だけ…今だけでいいから笑ってくれよ。オレといて、楽しいって言ってくれよ」

 行利が今、どんな顔をしてるのか、俺には見えなかった。
 言葉だけが耳元を行き来する。

「幸司は、オレが年下で、学生で…夢ばっか見て、なーんにも考えてないように思ってるんだろうけど、オレだって、いろいろ考えてるんだ。…どうしたら、これからもずっと幸司と一緒にいられるんだろうって…。けど…けど、今、幸司が笑っててくれないんなら、オレもうなんにも考えらんなくなる…」

「ゆ、きと…し」

 抱きしめられたそのままの格好で、俺は呆然と空を見上げていた。
 星が…近い。

「な、頼む。笑ってくれよ。…何かにぶつかったら、その時二人で一生懸命考えようよ…」

 約束された未来に手を伸ばすんじゃない。
 欲しい未来を自分で作る。

 なぁ、行利、もしかして、俺もまだ夢を見ることができる…?
  
 この手で、つかみ取れるものならば…。

 俺は、空に向かって手のひらを突きだした。


『もう…なくしたくないんだ…』
 
 行利の呟きは、吐息と一緒に零れていって…。



END


2001.6.15 10万記念感謝祭にてUP


恋・爛漫から約6年後くらいでしょうか?
行利くん、東京の大学に行ったようですv
ちさとちゃんは何してるんだろう…?

HOME短編集目次書庫入口