春日 香さまからいただきましたv

オリジナルSSの続編です。


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          愛は、憎しみの感情に似ていた

          憎しみは、愛情に変わった

          恋は、欲望と物欲にまみれて                  

          欲情という性(さが)を、みな恋と言う          

          誰一人として分らない、相手の感情を

          知っているつもりで、知りえずに

          思い込みだけの、情を交し、囁く
 
          甘いだけの言葉と、甘いだけの蜜を飲み                  

          真実の愛だと錯覚する

          しょせん、恋とはそういうものだ  

          自分を偽り、恋と思い込む
         
          憎しみに似た思いが、本当の愛で在るかのように

          自分の感情さえ、全て受け入れることが出来もせず

          相手の思いを受け取ろうとして、押し付けている

          しょせん、愛とはそういうものだ
    
          身勝手で、とても浅はかな、醜いものだ



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 【秋吉 啓(あきよし・ひらく)】


幼い、恋だった。

ただ無闇に傷つけ合うだけの…稚拙な、恋だった。

けれど二度とは出来ない命がけの恋だった。

それが真実であったと、君は思っている―――今でも?

「あっ」

その日気分転換に滅多に出ることの無い家を空けて久しぶりの買い物に来ていた。

「っ…そっ」

見知っていると思われる男を見つけて咄嗟に傍にあった柱の陰に隠れた。心臓がもの凄い速さで動いている。

そっと柱の影から顔を覗かせて見れば、間違えようが無い、憶えていた。ずっと…ずっと、あの男の事を


「おねーさん、この花ちょうだい」

「うふふ」

「はい?」

「あ、ごめんなさい、悪気があった訳じゃないのよ、この花束を貰う人は幸せ者だなって思って」

「あぁ」

「知ってですか? ますます羨ましいわ」

花屋の店員が男に渡され作っている花束は、バランスも何も無い歪でいて花が持つ華やかさを引き立てるような組み合わせでは決してなく

「パンジー、アイリス、スターチス(ピンク)、ハハコグサ、ブーケンビリア(白)、アンセリウム(赤)、カラー(白)、アナナス、スミレ(紫)」

次々と読み上げられる花の名前


―――花言葉は

『愛、愛、永久不滅、情熱、情熱、いつも想う、愛情、あなたは完全、ささやかな幸せ』

男は誰を想いこの花を選んだのか…選んだ花の花言葉に反して男の目は切ない色を見せていた。

ドキドキと鳴る心臓の音が頭に響く、締め付けられるような痛みを伴いその場に今にも倒れそうな程、青白い顔をして蹲る。

青白い顔をしながら、でも花屋で花束を作ってもらっている男から決して目線を離すことが出来ない

視線を感じて振り返った男と視線が合った。

目が合ったのは一瞬、逃れるようにその場を後にしていた。

「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ」






 【宇治原 眞也】


「パンジー、アイリス、スターチス(ピンク)、ハハコグサ、ブーケンビリア(白)、アンセリウム(赤)、カラー(白)、アナナス、スミレ(紫)」

次々と並べられる花の名前、一本一本選ばれた花を店員が花束にしていく

「ひ…らく?」

この9年ですっかり習慣になってしまった花屋通い。それぞれに持つ華やかな美しさよりも、そこに秘められた花言葉で花を選ぶのも何時ものこと

「っ…」

振り向いたのは偶然だった。そこにあいつが要るなんて思いもしなかった。

ずっと、ずっと忘れられず…今でも想って、想うだけなら許されるだろうと想い続けて来た相手

傷つけて、たくさん泣かせて、ボロボロになるまで気づきもせずに、バカのひとつおぼえのように『愛してる』と囁いて


―――愛してる

この意味をよく知りもせずに


視線が合い、確かに俺を見ていた。

瞬きさえ忘れ、食い入るように昔『愛した人』を捕らえ…いや、今現在でも『愛しい人』の姿を見つけた。

互いを認識できたのは一瞬で、愛しい人は俺から顔をそむけその場から居なくなるために逃げ出しいてた。

今まはもう、人ごみに紛れ見えなくなってしまった背中を捜すかのように眇められた目は花を見つめていた時と同じ、切ない色に染まっていた。

口にする事が出来ない想いの変わりに伝えたい言葉を花に託していたのか…まるで気が狂わんとでも言うかの如く並べられる情の数々

その花束は雄弁に語る。隠した想いを





 【秋吉 啓】


男から逃げてきた。我武者羅に走り運動不足が祟り苦しくなる呼吸もお構い無しで走り続け、一番安全な場所へと逃避する。

八つ当たりするように開けた扉が大きな音を立て閉まった途端、着いた部屋の中央で腰から力が抜けて床に懐いていく。

…どれ位の時間そうしていたのか

転がっていたパレットナイフを手に握り、描き掛けだった絵を切裂いていく

「うそ、…っ。うそだ…っ…うそ、だ」

怖いほど地上に近づいた夕日が大きく綺麗な円をかき、地面いっぱいに広ろがる真っ白いツツジを毒々しいまでの橙色に染め上げて、踏み付けられた足跡が無残にも残るその絵は、自虐的にも映る。

美しく完成を待っていた絵は、今は切裂かれ跡形もなく葬られる。その絵を描いたその人の手によって

彼が描く絵からはもの悲しげな印象を受けるものが多い。


『月光の下、満開に咲き乱れ狂ったように美しく散り逝く桜』

『つもる雪の上、惹かれてその命を魂ごと落とす椿』

『コバルトブルーの海に包まれ、綺麗な縞を見せつけ泳ぐサカナは共食いをしていた』


どれもこれも全てが、儚く、潔く、強かで

だけど、どれもかれもが命に、生きる事に対する執着を感じさせられる。描かれた絵はそれなりに売れていた、画商とも取引をしている。

ひとり気ままに暮らす分には充分な稼ぎになる、好きな絵だけを描ける。画家という職業をそれなりに気に入っていた。

なぜ絵を描き始めたかなんて覚えてはいなかった。けれどあの男に褒められたから絵を描き続けて来た。

「はっぁ…っ…ふぅ…ははは、は、ははははははっ」

自覚したくもない思いを突きつけられる。

「はっ、はははははははは! ははは、はははははははっ」

今更のように思い出す、何を…幸せだったあの頃を、そう幸せだったんだ。確かにそう感じていた。ずっとずっと忘れていた感情だった。

「くっくく、くっはははは!!!! 」

狂ったようにキャンバスにナイフを付き立てた。

今度は絵の具を拾いズタズタに切裂き元の絵が分らなくなったその上に、絵の具を塗っていく。毒々しいまでな橙色の上に茶色をのせ、真っ白いツツジの上には黒を塗る。

元の色が解らなくなるほどに厚く塗りたくる。さらに混ぜた色はピンク、鮮やかで幸福の象徴のような色が黒い裏切りに塗られ痛いけに見える。

一心不乱に塗り続ける、絵の具が出てこなくなるまで、出尽くしてもなお筆を走らせる。何かに取り付かれたように…

「秋吉先生っ、なにをっ…」

「ふふふ、醜い、醜い、醜い、このまま落ちてしまえばいい、…どこまで深く、誰もいない所まで」

「先生、せんせーっ、止めてくださいっ」

「遅いよ! 遅いっ…な、んで、忘れた、ずっと忘れてたんだっ ―――忘れられるわけがないじゃないか」

最後の言葉は小さく口にする。手からポロリと落ちた筆は床に転がる。

玄関が開く音を聞いた覚えも無いが、遠くでは何時の間に来ていたのかいつも世話になっている相模さんの声が聞こえた気がした。





 【宇治原 眞也】


もらい物のカラフェ・デキャンタを花瓶代わりに、買ってきたばかりの花束を生ける。

どうやって住んでるアパートまで辿り着いたのが憶えていない

1LDKの部屋はベットと必要最低限の生活用品以外には何もない。タンスさえもない部屋では数個だけ無造作に置かれているダンボールの中に衣類が収納されていた。

寝るためだけにあるような部屋で、余りの物の無さに生活感なんてものがあるはずも無い。

何かから逃れて此処まで来たのか、また何時でも出て行けるように整えられている部屋はヒンヤリと冷たく温度を感じさせない、無機質な男のやる気の無さを現しているようだった。

「ふっ」

ライターに火をつけ煙草に移す。赤く燃え上がる先端から紫煙が立ち上がっては消えて行く。ゆっくりと吸い込み、吐き出す。数回繰り返し気分を落ち着かせる。

「染み付いちまったな」

苦笑いが漏れた。今やすっかり身に付いた煙草の匂い、それに混じって微かに香るコロン

遠い昔、懐かしい記憶の隅には無い、纏っていたのは自身からかおる体臭と石鹸の匂いだけ、簡単に誰の色にでも染まることも染める事もできた。

なんの駆け引きもなく、感情のコントロールも利かない青臭さが、真っ白な実を熟させる為に簡単にコロコロと変化する。

―――心と同じ色に

目の奥に浮かぶのは最後にあいつが見せた涙。悪あがきで出した手紙を読んで流れ落とした一粒の涙は何を意味していたのか

”ジョーカー”愛用している煙草の名前だ。切り札、最後の一枚これが無くなれば後が無い危険な賭けをしているような気分になる。後が無い感情を何時までも未練たらしく思い続ける…無くすことが怖くて。

挟んだ指に近づいてくる炎の先から灰が崩れ落ちて行く。

あの日、冒した過ちは、今でもじくじくと染み渡りあいつを苦しめ続けているのだろう、俺の顔をみて可哀想なほどだった。まるで悪魔に魅入られたような怯え方だった。

「啓」

低く名前を呼ぶ、幼かった恋人の名を、過ぎた時間の中でも変わりない響きをもっていた。知っているのは自分だけ…ずっと封印していなければならない筈だった。

溢れ出す想いが、止まらない。

「愚かだ…」

年月を重ねるたびに、増えて行く花の数、狂おしいほどの激情に流され吐き出す事のできない反流

「やっと、9年…やっと願えたんだ」




END

さらに切ないです〜。
ここで切られちゃ黙っていられませんっ!
さあ、みなさんで「続きプリーズ」の声をぜひ!
春日 香さま、ありがとうございました〜v
でも、終わっちゃ嫌よ(にっこり)

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