紅葉のその後
「うわー、おにいちゃん、見て! 今年もすっごくきれい〜」 御堂からいくつか廊下を曲がった先、中庭に立つ二本の紅葉が目に入った瞬間、成は大きな声をあげてはしゃぐ。 「ほんとだ…」 この紅葉は、俺が生まれる数年前に植えられた、まだ二十年足らずの若い木で、丈もそれほど大きくはなく、幹も枝もまだまだ細い。 けれど、毎年見事に染め上げられる。 一つは真紅に。一つは黄金に。 普通、紅葉の変化はその年の気候によって大きく左右される。 綺麗に染まらないうちに枯れて散ってしまう年もある。 けれど、この中庭の紅葉だけは毎年――他の紅葉がどれだけ駄目な年でも――見事に染め上がる。 そして、散った葉もまた綺麗なんだ。 紅と黄が鮮やかに混ざり合って、まさに『錦の絨毯』といった風情。 「ねえおにいちゃん。僕、あそこに行ってみたい」 「駄目だよ、成。この庭には降りちゃいけないって言われてるだろう?」 俺たちが紅葉を眺めているのは奥の院の廊下。 二本の紅葉の木は、十坪ほどの中庭の奥に立っている。 「…どうしてだめなの?」 去年までは『ふうん…』と言ったきり諦めていた成が、今年は初めて問い返してきた。 哀しそうに俺を見上げてくる成。 成のこんな表情に、俺は酷く弱い。 なんだって聞いてやりたくなるんだけど…。 でも、こればっかりは駄目なんだ。 「ほら、紅葉の足元を見てごらん」 成の肩をそっと抱き、紅葉の木を指さす。 「…なんか、あるね」 そう、紅葉の足元には小さな石が二つ並んでいる。 「あれはね、お墓なんだ。 だからそっとしておいてあげような」 「え? そうなの? でも、ここには檀家さんはないんだよ」 成の言うとおり、ここ紫雲院には檀家はなく、本山も末寺もない。 だって、本来『寺院』ではなかったのだから。 「あそこに眠るのはね、ここに最初に住んだ人と、そのお兄さんなんだ」 「兄弟…なの?」 「そう。とっても仲のいい兄弟だったんだ。 だからああやって、お墓も仲良く並んでいるんだ」 「まるで手を繋いでいるみたいだもんね」 「成にはそう見える?」 「うん。ずうっと一緒にいようね…って言ってるみたいに見えるよ」 「そうか」 いいながら、ギュッと俺にしがみついてくる成を、俺も抱きしめ返す。 誰よりも愛おしい、弟。 いつからだろう、成をそんな風に思うようになったのは。 成が生まれた瞬間……いや、もしかしたら、母さんのお腹にいるときからかもしれない。 当時九つだった俺は、一日中母さんに『まだ生まれないの? いつ会えるの?』とまとわりついていた。 それほど、成の誕生が待ち遠しかった。 俺と成の間には、妹もいる。 もちろん俺たちは三人とも仲がよくて、妹も成のことをすごく可愛がっている。 けれど、俺はどうしてだか、成にだけ特別な感情を抱くようになった。 血を分けた兄弟だというのに。 誰にも渡したくない、誰にも触れさせたくない。 成は俺だけのもの。 「きっと、僕とおにいちゃんみたいに仲がよかったんだね」 成が、小さな墓石をじっと見つめて言う。 「そうだな」 今はまだ幼い成の気持ちなど、推し量る術もないけれど、それでも俺は、『成も俺と同じ気持ちでいてくれますように』と願わずにはいられない。 「ね、おにいちゃん」 「ん? どうした?」 「僕たちもずっと一緒にいようね」 「…成…っ」 何ものにも代え難い幸せな言葉を受けて、俺はまた、成をきつく抱きしめる。 「ずっと、ずっと一緒にいような、成」 これからも、そのあとも、生まれ変わっても、ずっと。 「健吾ー! 成ー!」 「あ、お父さんが呼んでる」 「行こうか、成」 「うん! …あ、待って。僕、もう一回ご本尊をお参りしてくる」 「成はご本尊が好きだなあ」 「だって、おにいちゃんにそっくりなんだもん!」 そう言って、ぴょんと飛びついてきた成を、俺はしっかりと抱きとめ、そしてその柔らかい頬に唇でそっと触れる。 「えへへ、くすぐったいよ〜」 身を捩りながらも俺の首にしっかりと掴まって、成は小さな声で言った。 「おにいちゃん、大好き」 離さない、成。 永遠に。 |
END |
ま、こんな感じで本当にハッピーエンドです(笑)
本編からどれくらい後かということは、紅葉の樹齢でご判断下さい(^^ゞ
え? 二人のパパは誰かって?
さて、「どっち」でしょう( ̄ー ̄)
そのお話は、またいつか書けましたら…。
「水鏡〜紅葉の記憶」にご感想をお寄せ下さいまして、本当にありがとうございました。
今後とも桃の国をどうぞよろしくお願い申し上げます。
2005.1.26 高遠もも
2006.11.21 サイトUPに際しての追記。
あれから一年と十ヶ月が過ぎました。
未だに『パパがどっちなのか』判明してなくてすみませんです〜。
や、いずれ『恋・爛漫』か『君愛』あたりでなんとか…(しどろもどろ)
しかし。
私は自分のことを『腹違いの兄弟萌え』だと思ってたんですが、
今度はマジで『本物の兄弟モノ』ですよっ。
どーしよ〜(笑)
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