姫様、旅の空

〜2015.9.15 サイト開設15年記念〜




 田舎だけど、それでもそこそこ賑わっている温泉町で、毎日を平和にのほほんと生きてきた俺の前に、突然あいつが現れたのは、あと少しもすれば夏休み…って頃の、妙に蒸し暑い日だった。

 町に一つしかない中学は、かろうじて3学年それぞれ1クラスずつあって、中3の俺のクラスは、男子4人に女子10人って言う、圧倒的な力関係が簡単に想像出来る状態だったんだけど、そこへ突然の転校生がやってきた。

 それがあいつだった。

 こんな時期に転校生だなんて、季節外れもいいところだし、そもそもこの狭い町の中で、引っ越してきた家族でもあろうもんなら、あっという間にそこら中の知るところになるはずなのに、俺たちの誰も、そんな話を聞いたことはなかった。

 男にしてはかなり線が細くて、なんだか目鼻立ちのはっきりしたあいつは、体に似合わないよく通る声で名前だけを自己紹介し、担任が用意した、俺の隣の席に着いたんだけど、それっきり何も言わない。

 あんまり静かで気詰まりで、かといって気の利いた話題なんか振れない俺だけど、取りあえず『どこから来たのか』って聞いてみたら、随分遠い県の、聞いたことのない町の名を言った。

 で、当然会話が盛り上がろうはずもなく。


 転校初日、ほとんど何も話さないままに、あいつは授業の終わりと同時にいなくなった。

 それでも、ちゃんと――妙に大人びた言い回しだったけど――『お先に』…とは言った。



 その晩、あいつがどこに引っ越してきたのか、俺は父ちゃんから聞く事になった。

 温泉街のちょっと外れ。

 昔、ストリップ小屋ってのがあって、それがなんなのかまだわかんないガキの頃には、『あの辺に言っちゃダメよ』と母ちゃんに何度も念を押されてたわけだけど、その正体を知ってから、親友と二人でこっそり覗きに行って、あれなら、風呂上がりのうちの母ちゃんの方がマシだな…ってことがわかってからは、二度と近寄ってない。

 ちなみに、見つかって散々叱られたけど。


 そんな小屋からストリップと言うものが消えた後は、時々『歌謡ショー』だとか『マジックショー』なんてのをやってたみたいだけど、ジモはそんなとこ行かないし、特に俺たち子供にとっちゃ、概ね『謎の場所』だった。

 そこへ、期間限定であるものがやってきたらしい。

 それは、大衆演劇…とか言う、地方廻りの劇団で、今日、俺の隣に座った『物言わぬヤツ』は、どうやらその劇団の子らしい。

 この町は、夏には海水浴客がやってくるから、それを当て込んでの『興行』とやらのようだ。

 一座は家族・親族中心で成り立っていて、ヤツは『看板子役』なんだそうだ。

 あんな場所で演劇なんか出来るのかなあって言った俺に、父ちゃんは『ああ見えてあそこの舞台の造りはしっかりしてたからな』…と、見てきたようなことを口走って、横で聞いてた母ちゃんに、『あんたたち、あの辺ウロウロしてたのっ?』…なんてドヤされたけど。


 次の朝、俺が登校したときには、ヤツはすでに席についていて、熱心に何やらやっている。

 後ろから覗きこんでみれば、それは昨日の宿題だった。

「お前、今頃やってんの?」

 昨日の宿題なんてチョロいもんで、俺なんか10分ですませた。ま、数学苦手なヤツはそうは行かねえだろうけど。

 俺は一応、学年1位だからな。14人しか居ねえけど。

 後ろからいきなり声を掛けた所為か、ヤツは小さく『わあっ』…と声を上げて、振り向くなり『脅かすなよ』と凄んだ。

 仔にゃんこの威嚇程度の凄みだけどさ。

「わりぃ」

 一応謝って、驚かせた詫びのつもりで『宿題見せてやろうか』って言ったけど、ヤツは『ううん』と首を振った。

「それすると、父ちゃんにどつかれるから」

 意外に真面目な答えが返ってきて、俺は少しばかり驚いて、またヤツの宿題を覗き込む。

 かなりの速さで解いている。
 割と頭良いのかもしれない。


「お前、劇やってんだって?」

 宿題の終わりを見届けて聞いてみた。

「うん」
「芝居すんの?」
「そうだよ。あと、踊ったりとか」

 机の上を片付けながら、こっちを見るでもなく、でも無愛想でもなく、ヤツが答える。

「踊りもやんのか?」
「うん」

「どんなの踊ってんだ? ヒップホップとか?」
「まさか。日舞みたいなもんだよ」

 やっとこっちを見たコイツは目を丸くした。

 初めて真っ直ぐじっくり見たコイツの顔は、化粧をしているわけでもないのに、妙に色白で唇は紅くて…。

「日舞って…。着物着て踊んのか?」
「そうだよ」
「俺、そう言うの見たことねえ」

 や、テレビでちらっと見たことはあるかもだけど、つまんないからスルーってことで。

「まあ、あんまり中学生が見るものじゃないよね」

 何でもなさげに言って、会話が途切れる。

 日舞か…。興味はこれっぽっちもないけれど、コイツがやってるところは見てみたいなと思った。

「見てみてーな」

 つい、脳内の思いが言葉になってこぼれ落ちたら、またしても何でもなさげにコイツは言う。

「いいよ、見においで」
「や、でもさ、金いるだろ?」

 商売でやってんだしさ。中学生の俺にはそんな金ねえし。

「大丈夫、父さんか兄ちゃんに言えば、裏から入れてくれるよ。楽屋から入って、袖から見てればわかんない」

「え、マジで?」
「うん」

 やっぱり何でもなさげにヤツが頷いたところでチャイムが鳴った。



 社交辞令ってやつかなって気もしなくはなかったんだけど、好奇心にあっさり負けた俺は、そこには気づかないフリで、早速ヤツの言葉に乗っからせてもらうことにした。

 まだ陽も高い夏の夕方。

 ちょっと外れにあるそこは、今まで俺が見慣れていた寂れた光景ではなく、派手な幟がいくつも賑やかに立っていて、人間もそれなりにいた。

 海水浴客と言うよりは、ちょっと派手目のオバチャンと呼べる年代が圧倒的多数で、もちろん見知らぬ顔がほとんどで、一体どこからこんなに人がわいてきたんだってほどで。

 小屋の正面はそんなオバチャンたちがいっぱいで、俺はもちろんそれを突破するわけではなく、ヤツの言う『裏口』を探した。

 小さな小屋だ。裏はすぐに見つかった。

 風を通すためか、ドアは開け放されていて、幟によく似た派手な色目の暖簾がはためいている。

 ちょっと中を覗いて見たら、時代劇の格好でカツラだけ被ってない人と目があった。
 かなりのイケメンだ。ま、化粧の所為もあるだろうけど。

「はい? どちら様?」
「あ、ども。あの…俺、中学で…」

 と、ここまで言ったものの、ハタと気がついた。
 ヤツの名前をハッキリ覚えてないことに。

 これはヤバいなと背中に冷や汗が流れたけど、布巻き頭の時代劇のお兄さんは、『ああ!』…と、何故か嬉しそうに手を打って、『薫のお隣さんだね』と愛想良く笑ってくれた。

 そっか、アイツ、薫ってんだ。

「どうぞ、あの暖簾の奥に、薫いるから」

 そして、あっさりと通された先にいたのは、俺が今まで見たことのないくらい可憐なお姫様。 

 その、我が町の『ミス温泉町』も裸足で逃げ出すくらいの時代劇の可愛い姫が、俺を見るなり言った。

「あ、いらっしゃい」

 …おい、その声は。もしかして。

「…お前…」

 唖然とする俺の後ろから、案内してくれたオニーさんの満足そうな声がした。

「ね、可愛いでしょう〜。なんてったって、うちの看板息子だからね」

 芝居って…。日舞って…。

 ああ、そういえば歌舞伎もそうだな。男が女の役やるじゃん。アレと似たようなもんか。 

 何てったっけ? そう、女形だ。おやま。


「今日は『人情喜劇』と『舞踊劇』の二本立てなんだ。せっかくだし、ゆっくり楽しんでってよ」

 そう言って立ち上がったヤツは、制服――っても、ただの白シャツと黒ズボンだけどさ――の時と全く違う、しなやかな動きで長い裾を優雅に捌いてにこっと見上げてくる。

「お、おう、ありがとな」

 そして、俺はまたしても誘われるままに、舞台袖から二本立てをきっちり楽しんでしまったのだった。
 お茶と茶菓子まで出してもらって。



 それから俺は、連日小屋に通いつめた。

 母ちゃんも、小屋でやってるものが怪しいものじゃないとわかっていて、隣の席の転校生の家族だってのも知ってるから、『仲良くしてあげるのよ』と、機嫌良く送り出してくれた。

 ほどなく夏休みに入ってからは、『一緒にやるんだ』…と、宿題を持って通う俺に、スイカやおやつを持たせてくれて、俺とヤツは急速に近しくなっていった。

 そして、毎日のようにヤツの舞台と、その舞台に立つために毎日きっちり厳しい稽古を積んでいる姿を見て、同い年なのにもう『お金をいただくため』って言う職業意識をちゃんと持ってるヤツに、俺はいつしか尊敬の念すら抱いていた。

 稼ぎも凄い。

 何しろ踊りの合間に、オバチャンたちがヤツの着物の胸に、万札突っ込むんだぜ? 

 でも、小遣いは月1500円だって言ってたけど。


 それに、話していても面白いんだ。 

 全国を巡る一座に生まれ育ったヤツは、全国津々浦々、色んな場所を経験していて、生まれてこの方この町から出たことのない俺とは比べ物にならないほどのたくさんのことを知っていて、俺にいろんな事を教えてくれた。

 ヤツ――薫との楽しい夏休みはあっと言う間に過ぎていった。 
 薫にとっちゃ、学校がないってだけで、毎日『お仕事』だけどな。


                    ☆ .。.:*・゜


「な、お前、あっちこっち移動してるじゃん」
「うん」

 出会った頃のような『何でもなさげ』な様子ではなく、薫は俺の顔を見て、にこっと笑って返事をしてくれる。

 それは、姫の姿でなくとも、とんでもなく可愛い。

「じゃあさ、あっちこっちに友達いるわけか?」

 きっと、俺みたいにべったりになっちまうヤツ、多いんだろうなと思ったんだけど…。

「ううん」
「え、いねえの?」
「うん、いないよ」

 あっさりと薫は言った。

「なんで」
「なんでって、だいたい一ヶ月もいればいいところなんだから、友達作ってる暇もないし、必要もないし」

 必要…ないか? そんな、もんか?

「ここも明後日には出るんだ」
「え? いっちまうのか?」

 それは突然の宣告だった。

「うん。次は……どこだったっけ。聞いたけど忘れちゃった」

 少し視線を落として、久しぶりに『何でもなさげ』な風で薫が言う。

「なあ、今度いつ来るの?」
「さあ、いつだろね」

 広げていた宿題を片付けながら言う薫は、俺の顔を見ない。
 だから、つい咎めるような口調で聞いてしまった。

「わかんないのかよ」
「わかるわけないよ、決めるのは父さんだもん。それに…」

 薫が視線を上げる。

 いつもは綺麗に上がっている口角が少し下がって、心なしか唇が尖っている。

「また来るかも知れないし、もう来ないかも知れないし」

 その言葉は俺を突き落とした。

 だってそうだろ? もう会えなくなるかも知れないってことだろ?

「なあ、ケータイ、教えろよ」
「持ってないんだ」
「はあ? 今時ケータイも持ってないのかよ」

 信じらんねえ。

「うん、要らないもん」
「じゃあ、俺はどうやってお前に連絡取ればいいんだよ」
「…連絡?」

 薫は目を丸くした。

「何で、連絡?」

 真顔で聞かれて、俺はいっぱいあったはずの『言いたいこと』を全部飲み込んだ。


                    ☆ .。.:*・゜


 ケータイ教えろって言われて、持ってないと嘘をついた。

 それはいつものこと。

 持ってないはずがない。
 根無し草の僕たちには、これが唯一の連絡手段なんだから。

 でも、今までで教えて良かった…って思ったことは一度もない。

 みんな、一回か二回は連絡くれる。でも、それっきりだ。

 ワクワクドキドキしながら、来もしない三回目の返事を待つのはもう嫌なんだ。

 だから僕は、連絡先を教えないことにした。
 それは今回も同じ。

 …ううん、同じ…じゃないか。

 今回は、教えてしまって後悔するのが耐えられなさそう…だったから…。

 それならこれっきりがいい。

『そう言えば、あの温泉町にかっこいいヤツいたな』…って、時々思い出すくらいで、ちょうどいいんだ。


 見送りに来る…って言う彼に、僕はまた嘘をついて、教えた時間の3時間も前に、僕たち一座は小さな温泉町を後にした。



                    ☆ .。.:*・゜



 久しぶりにやってきた大阪。
 やっぱり暑い。

 この春中学を卒業して、晴れて義務教育から解放された僕は、もちろん高校へは行かずに家業である『地方廻りの大衆演劇』に従事している。

 一度だけ、父さんから『高校へ行きたくないか』って聞かれたけど、僕は行きたくないっていった。

 それは、半分嘘で、半分本心。

 高校へ行って勉強したいって気持ちもなくはないんだけど、それはつまり、僕一人家族から離れて、どこか決まった場所に住むってことになるわけで、それはどうしても嫌で…。

 そうしてどっぷりと家業に専念し始めた僕が、同年代が夏休みを謳歌している時期にやってきたのが大阪。

 活気があって、僕たちのような仕事の人間には、とても居心地の良い場所だ。

 気前の良いおばちゃんたちもたくさんいて、ステージ毎に僕の着物の胸元がパンパンになるくらい、ご祝儀はずんでくれるし。


 開演一時間前。
 いつも早めに支度を整えて、いつでも舞台へ出られる状態にしてから、少しぼんやりしてリラックスするのが僕の毎日。

 大阪の小屋は、設備も整ってて快適だ。

「薫姫、お客さんだよ〜」

 兄ちゃんの声がした。

 お客? 僕に? 誰?

 追っかけの人は、どんなに常連さんでも一切楽屋には通さないことになってるし、学校にも通わなくなったから、ある意味僕の世界は一段と狭くなっていて、こんな所に訪ねてくるほどの知り合いはひとりもいないはずなんだけど。

「通ってもらうぞ」

 暖簾の間から顔を覗かせてそう言った兄ちゃんは、何だかニヤニヤと嬉しそうだ。

「…え?」

 う、そ。

「よ、相変わらず綺麗だな」

 兄ちゃんの後ろから現れたのは、一年ほど前に訪れた小さな温泉町の…彼。

 夏休み前のほんの一時、クラスで席を並べ、夏休みになってからは毎日のように一緒に過ごしていた、あの優しくて頭が良くてかっこいい彼だった。

 しかも、たった一年で、ぐっと背が伸びて、大人びて。

「なんでここが…」
「なんでってさ、最近はインターネット使えばなんでもわかるんだぜ?」

 そんなこと知ってるけど、うちの劇団はHPも持ってないし、一時兄ちゃんがケータイでブログやってたけど、面倒になってやめちゃったのも随分前だし…。

「HPもないのに…とか思ってるだろ」
「う、ん」 

 思ったことをズバッと言い当てられて、思わず言葉に詰まった。

「あのな、お前の追っかけやってるオバサンとか、ブログで色々書いてんだよ。それ追っかけてりゃ、次はどこ行くとか、すぐわかるっての」

 …あ、そういうわけ。でも…。

「なんで、来たの?」
「ああ、仕返し…だな」

 ……え、ええっ? な、何の仕返しっ?

「お前さ、去年の夏、俺に嘘ついていっちまっただろうが」

「……あ」

「俺、ちゃんと見送りに行ったのにさ、とっくにいっちまったって言うじゃん。どんだけむかついたと思ってんだよ」

「…あの…ごめんなさい…」

 確かに嘘ついたのは悪かったから、僕は小さな声で謝るしかない。

「ま、それについては、お前の兄さんから、訳聞いたけどな。別れが辛いからって」

 いつの間にそんな話…。

 僕が、見送られるのが大嫌いなのは、兄ちゃんはよく知っている。

 携帯の番号を誰にも教えなくなった理由も、言ってないうちから解られてしまっていた。それは、兄ちゃんも同じ思いをして来たから…だ。

「ま、突然現れて驚かせるくらい、仕返しにもなりゃしないけどな」

 あははと笑うけれど、ううん、十分仕返しになってるよ。
 だって、僕の胸はほら、まだドキドキしてる。

 チビの頃から毎日舞台に立っていて、ドキドキなんて、とっくの昔に卒業してたはずなのに。


「けど、一年経ってんのに、お前ちっとも変わんないな。可愛いまんまじゃん」

「そりゃ、こんなカッコしてるからだよ。脱いだらちゃんと、普通の15歳だし」

 …って、ちょっとウソ。

 ま、出来るだけ綺麗な見た目を保てるように努力もしてるけど。何てったって『看板息子』だから。


「で、どうやってここまできたの? お母さん達と一緒?」

 彼のお母さんは、やっぱり優しい人で、そんなに何度も会った訳じゃないけど、いつも果物やおやつを差し入れしてもらってたんだ。

「や、ひとりで来た。今住んでるとこ、そんなに遠くないんだ。地下鉄で20分くらいかな」

 え、あの町にはもういないんだ?

「引っ越したの?」

「俺だけな。あの町には高校がないんだ。だから、大阪の叔父貴の家で世話になりながら、バイトに励みつつ高校行ってる。で、このまま大学行くつもりだけど、休みの間は、お前の追っかけしようと思ってるから、覚悟しとけ」

「えっ?!」

「何だよ。迷惑そうな顔するなよ」

「や、迷惑…ってわけじゃ…」

 どうしよう…。ちょっと嬉しいような気が…。

「あ、そうだ。今度こそケータイ教えてもらうからな。持ってるって、知ってんだぞ」

 ジロリと見下ろして来る彼――邦広に、僕は肩を竦めるしかない。

 そんな僕の肩にそっと手をかけて、邦広は僕をやんわり抱き寄せた。
 すでに、衣装も鬘も付けているから、フワッとしか手を回して貰えないのが少しもどかしい。

「俺を他のヤツらと一緒にすんなよな。俺はそんな薄情な男じゃねえぞ。薫にウザがられても電話したりメールしたりするからな」


 その言葉――薄情じゃないと言う言葉を、普段の僕ならあっさり信じたりしないけれど、一年も経ってなお、忘れずにいてくれたことは、僕の気持ちを大きく揺さぶった。

「おっと、もう始まるな」

 開演10分前。客席のざわめきが大きくなっている。

「舞台がはねたら飯食いに行こ?」
「あ、うん」

 って、思わず返事しちゃったけど。

「明日は休演日だろ? お父さんの許可もらってるし」

 …手回し良すぎない?

「薫姫〜! 板付きだぞ〜!」
「あっ、はい!」

 返事をして一歩踏みだした僕の頬を、彼――邦広はそっと撫でて、『頑張ってこい』って微笑んだ。



「薫姫、今日はまた一段と艶っぽいね」
「カレシでも出来た?」

 七色のステージライトの下、舞台に駆け寄って来たおばさま方に、胸元にお札をねじ込みながら言われて一瞬固まってしまった僕は、まだまだ役者としての修行が足りないな…と、思った。 


END

長きに渡り、桃の国を可愛がって下さいまして本当にありがとうございます。
これからもどうぞよろしくお願い申し上げます。 

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