Wind Shear

後編




 
 目覚めた雪哉を連れて、信隆の車でマンションへ戻ると、雪哉は『我が家』に帰りついてホッとした様子で漸く表情を緩めた。

 少し話をしようか…と、敬一郎は雪哉を横抱きにしてリビングのソファに腰を下ろす。

 向かい側には、『香平の真実』を伝えるために、信隆が座る。


「雪哉が苦しくなったのは、香平の所為…だと思っていいね」

 信隆が口を開いた。

 雪哉は少し押し黙り、やがて観念したように話し始めた。

「…中学の時、苛められてて…冷たいプールに突き落とされて……」

 だが、漸くここまで言って、そこで言葉が出なくなった。
 敬一郎がすかさず抱きしめる。

 信隆が得た『その続き』は、『雪哉は溺れてしまい、数日間意識不明の状態だったが、幸いなことにやがて回復に向かった。 だがその後、不登校になり、2年への進級を機に、香平たちのグループとクラスが離されて、例の恩師が担任としてついた』というものだった。


 雪哉はどうしても言えなかった。
 苛められて不登校になっていたという事実を、愛する人に。

「それが、中原香平だった…って訳だね」

 静かに問われて、雪哉は躊躇った様子だったが、やがて僅かに頷いた。

「実はね、雪哉の大好きな先生にも確認を取ったんだけど、あの時雪哉を落としたのは、別の2人だったと言うことなんだ」

「…え?」

 別の2人と言われても、どんなヤツだったかすでに記憶に薄い。
 いや、意識的な閉じ込めに成功して、希薄にしてしまえたのだろうけれど。

「香平は止めたけれど間に合わなくて、慌てて先生を呼びに行ったんだそうだ」

 雪哉は黙り込んだ。

 確かに、突き落とした手が誰のものだったかと問われれば、はっきり見たわけではない。

 ただ、香平だと思い込んでいたのは恐らく、落とされた水の中から見た光景の中に、香平の顔が在ったからだ。

 が…。

 あの時、伸ばされたあの手は、もしかしたら自分に差し向けられていたのかも知れない…と、ふと思った。


「ただ、あの時雪哉に何かとちょっかいを掛けていたのは、香平の周りに集まっていたグループだったというのは確かなことだそうだけれどね」

 そう、何かとからかわれていた。
 肉体的な暴力はなかったけれど、言わせておけば本当に言いたい放題で、その所為で他の学年の見ず知らずの生徒からも『捨て子』と言われた。
 
 だから雪哉は、『誰か』や『何か』の陰にひっそりと隠れていたのだ。
 いつも。


「辛かったな…雪哉」

 だが、抱きしめて静かに言う敬一郎に、雪哉は首を振るばかりだ。

 敬一郎の前では、出来のいい優秀な自分でいたい。

 今日のように、疲れて帰ってくる敬一郎の重荷になるようなことにはなりたくなかったのに。

 自分が情けなくて、雪哉は身も心も小さく閉じこもっていく。

 その様子を見て取り、敬一郎は穏やかに問うた。

「雪哉、俺たちはなんのために一緒にいる?」
「敬一郎さん…」

 尋ねられて、雪哉は顔を上げた。

「俺は、重い荷物を一緒に持つためだと思ってる。そして、嬉しい時に一緒に笑うためだと思っている」

 雪哉は薄い唇をきゅっと噛む。

「だから、もっと安心して寄りかかって欲しいな。雪哉のことは何でも受け止められるから」

 そうは言われても、もう十分に寄りかかっていると、自覚している。

「俺も、雪哉に寄りかかっているから」
「え…?」

 そんなはずはないと、敬一郎の目を見れば、少し照れたように笑った。

「雪哉がここにいてくれる。飛んでいても、降りればここへ帰ってくる。それだけで、どれだけ俺が癒されていると思う? 俺はもう、雪哉無しでは生きていけないよ」

 一言の嘘偽りもない、全てが敬一郎の本音だ。

 そして、その言葉は確かに、雪哉の縮んだ心を優しく包んだ。

 敬一郎は、もう一度、言う。

「辛かったな、雪哉」 

 今度こそ、雪哉は大粒の涙をボロボロと落とし、漸く胸の内を零し始めた。

「僕は…小学校の時にも学校に行けなくなって…5年生の時に転校させてもらったのに、また中学でも学校に行けなくなって…」

 施設の職員からも『お前は頭がいいから、きちんと学校へいってちゃんと勉強すれば、立派な大人になれる』と言われていたから、雪哉は学校へだけは行きたかったのだ。

 それしか当時の雪哉には『生きていく意味』がなかったから。


「小学校の時にもいじめられた?」

 雪哉は、そうではないと緩く頭を振った。
 だが、その口から出た言葉は想像を絶するものだった。

「友達のお母さんに、どこの子かわかんない子と遊んじゃダメ…って、言われて…」

 雪哉を抱く敬一郎の腕に力がこもり、思わず信隆を見ると、彼もまた、唇を噛んでいた。

 小さな雪哉にそんな言葉を投げる大人がいるとは、敬一郎や信隆の『常識』では有り得ない。

 子供の苛めも許されるものではないが、大人のそれはもっとたちが悪い。

 いや、そんな大人がいるから、子供たちが道を誤る。


「僕は…学校に行きたかったのに…行きたかったのに…怖くて…」

 泣きじゃくる雪哉を強く抱き締める。
 その心に、大丈夫だよと、届くように。

 やがて、泣き疲れ、泣き腫らした目を伏せて、その存在をまるごと預けるかのように敬一郎の腕の中に力無く納まった雪哉の小ぶりな頭に優しくキスを落とし、敬一郎は言う。

「俺が初めての夜に雪哉と約束したこと、覚えてるか?」

「……」

 忘れた事など一度もない。

 けれど、後から考えても、なんて身勝手なお願いをしたんだろうと、恥ずかしくなる。

 忘れてもらえないかなと思っていたのだけれど、しっかり覚えられていて、返す言葉がない。

「俺は雪哉に、先に逝かないと約束した。だから雪哉も俺に約束して欲しい」

「……はい」

 あの、欲張り過ぎたお願いの代わりになるものなら、何でも受け入れたいと、雪哉は真摯な思いで頷いた。

「雪哉は全部、俺のものだと約束してくれ」

 意外な言葉に雪哉が泣き腫らした目できょとんとしてみせる。

 言われなくてもそのつもりだ。雪哉としては。

 だが敬一郎の言葉は続いた。

「怒っている雪哉も、泣いている雪哉も、弱っている雪哉も、傷ついている雪哉も、全部俺のものだ。誰にも渡さない」

 言葉は強く、最早約束ではなく宣言だ。

 しかも、雪哉が見せたくない姿ばかり。

「…みっともない、僕、でも…」
「俺だけのものだ」

 雪哉が隠していたいと思う姿もひっくるめて全て、自分のものだ。

「ただし」

 敬一郎はいつもの穏やかさで笑んだ。

「都築に頼ることだけは、許すよ」

 向かい側で当てられっぱなしだった信隆が吹き出した。

「じゃ、私はカッコ良く美味しいとこだけ、いただいちゃえるわけですね」

「仕方ないだろ。メロメロな分だけ俺の方がお前よりみっともないんだから」

「お言葉ですけど、私だって雪哉にはメロメロですよ。ついでにいうと、オペセンに出入りする人間はみんなメロメロですから」

 ふふ…と笑いを漏らし、信隆は雪哉にバラした。

「ねえ、雪哉。雪哉に片想いしている最中の来栖先輩はね、そりゃあもうみっともなかったんだよ。誰からも愛されている雪哉が、一回り上のバツイチなんかに振り向いてくれる訳ないって、ブーたれて強がって、そのくせ我慢できないなんて言いだしたり、もう男前台無し。 雪哉のチョコ好きだって、誰にも教えなかったんだよ。 自分だけが雪哉にチョコを差し入れする優しい上司になろうと思ってたんだ、この人は。 ほんと、ずるいったらありゃしない」

 思いもしない言葉がずらずらと並び、雪哉がこれでもかと言うくらいに見開いた薄茶色の瞳で見つめてくる。

 瞼が真っ赤に腫れているのがなんとも可哀想だが、その瞳はまさしく『嘘。マジで?』と物語っている。


「残念ながら、雪哉が思っているほど格好いい大人じゃないんだよ、俺は」

 かなり気恥ずかしかったのだろう、敬一郎の首がほんのり赤くなっている。

 けれど、そう言って、自分で認められるところがやっぱり大人なんだと雪哉は思う。

 自分は、みっともないない自分から目をそらし続けてきたから…と。

 その傷が深さからすると、比べるべくもないのだが。


「…でも、僕にはやっぱり…敬一郎さんが……最高にかっこいい…から」
「俺には雪哉が最高に可愛いよ」

 信隆の前でもお構いなしに盛大に告白しあって、温かい腕の中で、雪哉は深く息をする。

 体中に、新しい空気と優しい温もりが染みわたって、細胞が生き返って行くような気がした。

 身体も心も預けてしまうと、敬一郎の腕の中はまるでゆりかごのようで、雪哉を深い癒やしの眠りに誘う。

 瞼が塞がってきた。
 冷えていた手足が温かくなり始めて、頭の芯がじんわりと痺れてくる。

 次に目覚めた時には、血を流していた傷口は、もしかしたらうっすらと塞がっているかもしれない。

 そして少しずつ、痛みも薄れていくのかもしれない。

 この腕の中なら大丈夫。
 だから何もかも預けて、眠ってしまえと本能が命じる。


 眠りに落ちる前に、雪哉はふと、思い出した。

 あの時、水の中で息が出来なくなって、このまま死ぬのかもしれないと意識のどこかで思った時、見たことの無い女の人が、自分の手を引っ張り上げた。

 まだ少女のようで、薄茶色の巻き毛が可愛い、人形のような人…。

 けれど、後から聞いても、駆けつけたのは男性教師ばかりだったと言う。


 何日かして意識を回復した時、ベッドからぼんやりと眺めた病院の天井に、その時の光景が蘇った時、雪哉は思った。

 もしかしたら自分は、棄てられたのではなくて、あの世へ連れて行ってもらえずにこの世へ置いていかれたのかも知れないと。

 ただ、何の確証も無いことにいつまでも囚われる気はなくて、もう忘れかけていたけれど、もしそうだったのだとしたら、置いていかれたことに感謝しよう…と。

 敬一郎と結ばれた夜に思ったあの時の気持ちをもう一度心の中で温めて、その心はすでに、空を飛ぶことに思いを馳せていた。




 泣き疲れて眠ってしまった雪哉をベッドに移し、敬一郎と信隆は、夕食をすっ飛ばしていた事を漸く思い出した。

 目覚めた時に食べられるように雪哉の分も用意して、久しぶりに2人で食事をした。

 敬一郎は一人暮らしが長く、料理も一通りはこなしていたが、雪哉と暮らすようになってからのその腕前は、ノンノンから『料理本出すとか、どうですか?』と言われるほどだ。

 現役機長の料理本なんて、絶対ウケると思うけどなあ…と言われて、『この程度の中身でそんな事をしたら、世間の奥さんたちから笑われるよ』とかわしたのだが、この時のノンノンの呟きがすでに『広報の地獄耳』にキャッチされていたことを、もちろん敬一郎は知らない。

 ともあれ、遅い夕食を信隆と摂りながら、2人は静かに話を続けた。


「本当に、色々と世話になった。礼を言うよ」
「いえ、私にとっても大切な雪哉のことですから」

 大切な雪哉のためだから、何でもできる。
 それは敬一郎だけの特権ではないのだ。

「雪哉は、子供の頃に押さえ込んでいた感情が、先輩と一緒に暮らすようになってから少しずつ出せるようになってきてるんじゃないかと思います」

 ひとりで生きて行くのだと、血を流すその心を鎧で覆って、誰にも見せないようにして大人になってしまった雪哉が、本当の意味で自由に羽ばたく準備を始められるのかも知れない。


「時々子供に返りながら、空いたままだった隙間を埋めて、雪哉はもっと優しい大人になっていくんだろうな」

 それを助け、護って行ける喜びを敬一郎は改めて噛みしめる。

「本当に、子育てですね」 

「そうだな。でも、俺も雪哉に育ててもらっているからな」

「ですね。恋愛オンチの朴念仁が、今やすっかり、恋愛の達人なんじゃないですか?」

 茶化されて、敬一郎は小さく笑ったが、『ただひとり限定なんだから、達人じゃないさ』と、これでもかというくらい幸せそうに言われてしまえばもう、信隆ともあろう者が『ごちそうさま』としか返せない。


「俺は、雪哉に振り向いてもらえて、本当に幸せ者なんだと改めて思ったよ」

 あまりに幸せそうに微笑まれてしまい、頼むからこれ以上惚気ないで下さいと、信隆は天を仰いだ。

 このカップルの側にいると、殊更『独り』が身に沁みるような気がして仕方がないな…と、ため息も一緒に。




 翌々日に、雪哉は身体的な精密検査とPTSDのチェックを受けた。

 身体的な問題は当然無くて、問題があるとすれば心因性のもの…が懸念されたのだが、専門医によってそれは否定された。ありがたいことに。

 診断の決め手として、『卒業後ずっと思い出さなかった』『夢にも出てこない』という事実を軸に、枝葉として、『未だに顔は浸けられないがプールに入ることはできる』ということなども挙げられた。

 なにより、これほどの集中力と記憶力は珍しいと、別の意味で研究対象にしたいくらいだと言われる始末で。


『君のデータは、君がすでに乗り越えていることを示しています。安心していいよ』

 医師からそう言われて、雪哉は笑顔で『はい』とはっきり答えた。

 ただ、『なんでお医者さんまで頭撫で撫でなわけ?』と、首をひねっていたけれど。


                   ☆ .。.:*・゜


 診断書を提出し、2週間の乗務停止のうち、1週間は休養、次の1週間は訓練所での地上勤務に当てられた。

 シミュレーター訓練に臨む訓練生たちの補助をする業務だったが、訓練生に接する機会を久しぶりに持ち、これはこれでいい経験になったなと前向きにとらえられるほどに雪哉は回復し、乗務に戻ることになった。

 仲間の笑顔と涙に迎えられて。

 メールボックスにはいっぱいの『お帰りなさい』のメッセージ。

 それまでも、敬一郎がメールボックスをチェックして持ち帰ってくれていて、その都度『お見舞いメッセージ』が大量に入っていて、どれだけ元気づけられたかしれないほどで。

 そして、2週間ぶりにショウアップしたこの日は、ロッカールームで昌晴が雪哉を待っていてくれた。
 自分のショウアップにはまだ2時間もあるというのに。

 休んでいる間にも、乗務の合間をみて2度も訪ねてくれていた昌晴だったが、雪哉の制服姿を見て心底嬉しそうに笑ってくれたことが、雪哉をまた一段と元気にする。


「自分が休んでる間に、どれだけの人にスケチェンさせちゃったかと思うと、ほんとに心苦しくて…」

 そう言った雪哉の肩を笑いながら叩いて、昌晴はとんでもないことを教えてくれた。

「まあ、スケチェンなんてみんな慣れてるからどうってことないさ。それより、77課のコックピットはお前のことで持ちきりでさ、浦沢機長なんて、『万一雪哉が地上勤務になるようなことがあったら、俺も降りる』なんて言いだして、大変だったんだぞ?」

「ええっ?!」

 復帰の挨拶に行った時、いつもと同じムスッとした顔のまま、涙ぐまれてしまって狼狽えたのだが、そこまで心配をかけていたとは思わなくて、雪哉は次に一緒になった時にどんな顔をすれば良いんだろうと頭を抱えた。

 そんな雪哉の頭を、いつものように笑いながら、昌晴が撫でる。

 昌晴は『あの時』サンフランシスコにいて、ノンノンから『雪哉くんがコックピットで倒れたってっ!』と連絡を受けて、どうしようもなく気を揉んだのだ。

 結局連絡がついたのは羽田へ戻ってからで、速攻で雪哉の自宅へ押しかけたのは言うまでもない。

 先にノンノンが上がり込んでいて、『あ、おかえりなさい』と言われて驚いたが。


 

 乗務に復帰して最初の出社スタンバイのある日、雪哉は同じく出社スタンバイの香平と、第2ターミナルの展望デッキの隅っこに並んで座っていた。

 誘ったのは雪哉だ。

 もちろん、いつ呼び出されても良いように、2人ともスマホを握りしめていて、パーカーを羽織ってそれぞれの制服を隠している。

 季節は夏の盛りを漸く過ぎたところだ。


「やっぱ暑いな、ここ」

 雪哉がぽそっと呟いた。

「中、入る?」
「…ううん、ここでいい」

 訓練生の頃から、雪哉は時間があればここへ来て、離発着する旅客機を眺めていた。

 今日もやっぱり、放っておけばいつまでも眺めてしまいそうなのだが。


「…よく考えたら、中原って、僕のこと『捨て子』って苛めたことなかったよね」

 なんの脈略もなく、いきなり話し出した雪哉だが、香平は動じなかった。

「…別に、そんなことはどうでもいいことだったから…」
「他のヤツらは当たり前みたいに『捨て子』って言ってたけど」

 深刻そうな色は無く、雪哉はまるで他人事のように話すのだが、それはもう、雪哉にとっても『どうでもいいこと』になりつつあるからだ。

 それほどまでに敬一郎は日々、雪哉を深い愛情で包んでいてくれる。

 そんな雪哉に、香平は少し笑って見せる。

「あいつらはみんな、雪哉にコンプレックス持ってたから」
「僕に? コンプレックス?」

 チビの親無し子の自分のどこにコンプレックスが感じられたんだと、雪哉は真剣に首をひねった。

「そう。コンプレックス。雪哉は優しくて可愛くて、頭が良かっただろ。それに多分、僕たちよりずっと精神的に大人だったと思うんだ。それがあいつらガキんちょには眩しく見えたんだ。 自分たちよりずっと小さくて弱いのに、実はずっと上の手の届かないところにいるって、本能的に気づいてたから」

「……そんなの、僕は自覚してない」

 口を尖らせる雪哉だが、香平はその可愛い様をちらっと見て微笑む。

「まあね。そんなとこがまた可愛かったんだ。雪哉は」

 会話が途切れる。

 けれどまた唐突に話し始めるのは雪哉だ。

「佐藤大河って、覚えてる?」
「…うん、雪哉と同じ施設にいた、背の高いヤツだろ?」

 雪哉がその背中にしょっちゅう隠れていたのを覚えている。

「うん。大河がね、言ったんだ。『雪哉は親がいなくてラッキーだ』って」
「え?」

 どういうことだと眉根を寄せる。

「大河は、別れた両親がそれぞれ何回も引き取りに来てたんだけど、その度に傷だらけになってまた返って来るんだ。ついていっても痛い目に会うだけなのに、でも迎えが来ると、今度こそ大丈夫かもしれないって、またついて行ってしまって、でもやっぱり止めとけば良かった…の繰り返しでさ。だから僕に、親が無くて良かったな…って。雪哉はひとりで好きなように生きていけるんだから、ラッキーだぞって。僕のこと、そんな風に言ってくれるのは大河だけで、僕には大河だけが友達だった」

 そう、誰がどう思おうとも、傷の舐め合いに過ぎない言われようとも、あの時雪哉と痛みを分かち合えるのは彼しかいなかった。

「佐藤って、今、何してるの?」

「私鉄の運転士してる。去年から特急も運転してるんだ。雪哉が空飛ぶなら、俺は線路を走るって言ってさ。チビの頃からよく喧嘩してたんだ。電車と飛行機と、どっちがカッコ良いかって」

 あの頃、お互いの夢を語り合って、それを支えに生きていた。もしかしたら、それはそれで、それなりに幸せだったのかも知れない。

「今は看護師の奥さんと仲良く暮らしてるよ。メールは結構してるけど、会えるのは年に1回がいいところ…かな。まだ新婚旅行に行ってないから、行く時には必ず僕の便に乗るって言ってくれてるけど」

「…そっか…」

 そしてまた、沈黙が訪れる。

「身体、もう大丈夫?」

 しばらくして香平が聞いてきた。少し遠慮がちに。

「うん。平気。復帰第1便が大雨のゴーアラで、キャプテンから『お天道様も雪哉の復帰に号泣だな』なんて言われちゃったけど」

 そんな笑い話までできるほど、雪哉は落ち着いていた。

 だから、もう、話せる。あの時のことを。


「あの時さ…、突き落とされて溺れて、それがトラウマで未だにプールは苦手だし、顔を浸けるのだって一苦労だし」

「……ごめん…」

 そんな言葉では尽くせないのだが、今はそれしか出なかった。

「でも、あの騒ぎのおかげで先生が気づいてくれたんだ。僕が苛められてるってこと。それから先生はずっと僕を気に掛けてくれて、あんな良い高校に特待生で入れたのも先生のおかげだったし」

「……雪哉…」

 思わぬ明るさの声で言う雪哉を、香平が驚いて見つめる。

「…まあ、実際突き飛ばしたのは中原じゃないってわかったから、誤解だったのは認めるけど、だからって今すぐ仲良くしようって気にもならないんだ。大人げなくて、悪いけど」

 まさかそんな言葉が聞けるとは思わなくて、誤解されたまま終わらなくて嬉しいには違いないのだけれど、でも、事実として、自分はあの時止められなかったし、方向性は全く違ったけれど、一緒になって雪哉にちょっかいを掛けていたことは変わらない。


「いや、僕があの連中の真ん中にいたのは確かだから、僕がやったのと一緒だよ…」

「でも、助けてくれたんだろ?」

「ううん、助けを呼びに行っただけ。それしか、できなかった…」

 飛び込んで助けられるものならやっていただろうけれど、当時の香平には、怖くてできなかったのだ。

 だが結果的にはそれは正解なのだろう。
 2人とも溺れてしまえば元も子もないのだから。

 香平の言葉を最後に、少し重い沈黙が辺りを覆う。


 頻繁に行き交う航空機の音だけが支配している吹きさらしのスカイデッキで、2人は少しの距離を開けたまま、ドア横の壁にもたれて座り込んでいる。


「僕、辞表出した」

 ポツッと香平が言った。

「え?」

 雪哉が思わず見つめた横顔には、意外にも清々しさが漂っていた。

「雪哉が頑張ってここまで来て、『天才パイロット』なんて言われてるキャリアをまた僕の所為で傷つけたら、僕、もう生きていけないし…」

 遠くを見つめたまま言う香平に、雪哉は重いため息を落とした。

「それって受理されたわけ?」
「ううん。まだ都築教官預かりになってる」

 そうだろうな…と雪哉は思う。

「辞めるって簡単に言うけどさ、それは違うんじゃない?」

 香平は遠くに投げていた視線を落として、黙ったままだ。

「能力認められて引き抜かれてきてさ、上の人たちも都築さんも期待してるんだから、ここで頑張ればいいじゃん。この仕事、好きでやってんだろ。人の所為にすんなよ」

 まさに『痛いところ』を真正面から突かれて、香平はさらに押し黙った。

 返す言葉がないからだ。


「僕も、一緒になったからって、もうあんなことにはならないし、友達になるには時間が掛かるかも知れないけど、同僚だったら、まあいいか…だし」

「雪哉…」

 目を見開いて、香平は雪哉に顔を向ける。

 少し横目でちらっとこっちを見ていた雪哉と視線が合う。

 もしかしたら、再会してから初めてまともに視線が合ったかも知れない。
 いつも雪哉が逸らしてきたから。


「…ま、でも多少の復讐は覚悟しといて。あ、心配しなくても乗務中にはやんないし」

 半ば冗談で口にしたのだが、香平はまともに受け止めた。

「ううん、雪哉の気が済むように何でもやって。僕は雪哉がやることならなんでも受け入れる。僕は…」

 言葉を切って、息を大きく吸って、香平はついに言った。

「僕は雪哉が好きなんだ」

 12の歳に自覚して、以来ずっと伝えられずにいた言葉を。

「え、なにそれ」

「チビの頃から雪哉が好きで、でもどう伝えればいいのかわからなくて、大人になってからやっと、どうやって伝えればいいのかわかったから、雪哉に会って、好きだって伝えようと思ったんだ…」

「中原……」

 驚きすぎて、大きな瞳が転がり落ちそうになった雪哉は、とんでもなく可愛い表情をしていて、香平は思わず目を逸らす。

 眩しすぎて見ていられないから。

「ごめん。こんな時に告白するなんて、卑怯だと思うけど、でももし本当にここでまだ僕が頑張れる余地があるのなら、全部を伝えてリセットして、僕はまたちゃんと最初から、雪哉の友達になりたい。なってもらえるように努力したい」

 一気に告げて、ついでに言う。

「そもそも僕が飛行機に乗って働きたいと思ったのも、雪哉が飛行機が大好きだったからなんだ」

「……ええっと…」

「でも、僕にはパイロットって考えはなくて、たくさんの人と出会える仕事がしたいと思ってたから、客室乗務員を目指した」

 言葉の力強さから、雪哉は自分が強い気持ちでパイロットを目指したのと同じように、香平もまた、強い気持ちでこの仕事で頑張っているのだと知る。

「んじゃ、辞めてる場合じゃないじゃん。頑張って都築さんの跡継ぐくらいの気概持てってば」

 もう、なんの話をするためにここに呼び出したのか、すっかり忘れてしまうくらい、話が妙な方向へ転がってしまった。

 もう一度思い返すに、どうも告白されたような気がするけれど、どうしたものか、いやどうしようもないか…と雪哉が思案した時、突然、香平の手の中でチャイム音が鳴った。

「はい、中原です。お疲れさまです。……10分後、64番ゲートですね。了解しました」

 通話を終えて香平が立ち上がる。

「ごめん、起用だ」

 スタンバイから起用になったと告げる。

「どこ行き?」
「伊丹だって」
「あれ? ドメ?」

 国際線クルーだと聞いていたけれど。

「うん。僕まだインターはOJT中だから、スタンバイ起用はないよ」
「あ、そうか」
「新人の子がプリブリ中に貧血起こしたらしい」

 パイロットがディスパッチブリーフィングを行っている頃、キャビンクルーたちはプリ・ブリーフィングと言うものを行っているが、その段階で離脱となると、搭乗直前なので自宅スタンバイを呼んでいては間に合わない。

 だから出社スタンバイが起用になる。


「うわ、誰だろ。大丈夫かな…」

 機材が違えば知らないクルーかも知れないが、伊丹行きなら知った顔の可能性もある。

 心配する雪哉を、変わらず優しいな…と愛おしげに見つめてから、香平は空に向かって大きく伸びをした。

「僕、伊丹初めてだ。OJTでも飛んでないし」
「…ああ、成田ベースだったんだっけ」

 外資の成田ベースなら、伊丹には縁が無かったのも頷ける。

「雪哉、成田は?」

「あるよ、2回。1回目は成田ベースのコ・パイにインフルエンザが流行っちゃったとき。スタンバイ起用で『成田に行って』って言われてびっくりしたけど。2回目は羽田に降りられなくてダイバートだった」

「え? 羽田でも降りられないってことあるんだ」

 4本も滑走路がある空港で『降りられない』というのは、『空港閉鎖』しか考えにくい。

 1日に800便近い旅客機が発着する空港が閉鎖となると、とんでもないことになりそうだ。

「うん。ロンドンから帰って来たとき。雪の予報は出てたんだけど着陸に影響はないって話だったのに、飛んでる間に状況変わってまさかの大雪になっちゃってて、除雪が間に合わないって閉鎖になったんだ。それにタッチの差で間に合わなくてさ。成田はまだ間に合うってことでダイバートしたんだけど、強烈な横風が吹き始めててさ。参ったよ」

「そうなんだよ、あそこをベースにしてると、風の影響でのゴーアラには慣れちゃうよ。結局降りられずにダイバートってのも多いと思う」

 いつの間にか仕事のあれこれを自然に語り合えていることにお互い気づき、急に気まずくなる。

「僕、行くよ」

 香平が手を振った。

「気をつけて」

 思わぬ優しい口調の気遣いに、香平が驚き、そして笑顔になる。

 女性キャビンクルーたちが、『香平くん、可愛い〜』と騒いでいる、花が咲いたような優しい笑顔。

「…ありがと」

 嬉しくて目が熱くなってきた。

「あ、中原」
「なに?」

「僕、もう結婚してるから」

 躊躇い無くはっきりと事実を告げると、涙目のまま、香平は晴れやかに答えた。

「…うん、わかってた」

 そう言って、駆けて行った。 




「おめでとう。これで正式に国際線チームの仲間入りだ。これからもよろしく」

「ありがとうございます。ご期待に添えるよう頑張りますので、これからもご指導よろしくお願いいたします」

 香平が国際線OJTをチェックアウトして、国際線クルーになった。

「で、さっそくだけれど、すぐにアシスタントパーサーの訓練に入るからね」

「望むところです」

 そう、香平が求められているのは、いずれ早い段階でチーフとしてチームを率いること…だ。

 アシスタントパーサーは、単なるステップでしかない。


「雪哉とのことも、一応クリアみたいだし、これで安心して乗務に専念できるな」

「はい。ご心配おかけして申し訳ありませんでした。すべては私の不徳の致すところです」

 その言葉に、信隆は軽く首を振って否定を示したが、出た言葉は少し、剣を帯びていた。

「…まあ、残念ながらよくある話だ。苛められた方はずっとその傷と闘ってるのに、苛めた方は忘れてる…なんてね。私はそう言う話、嫌いだけれどね」

 香平が唇をかみ締めた。

「…っと…悪い。香平に当たるつもりはなかったんだ。ただ、雪哉のことを思うと、どうにも押さえが利かなくてね。すまなかった」

 失言だったと素直に謝ったが、今度は香平が、首を振った。

「いえ、子供の頃の事とは言え、己の未熟さが、悔やまれてならない…ですから」

 屡叩かせた目から、涙が落ちた。

「香平…」

 雪哉と話し合った時にも涙を見せなかった香平が、堪えきれないように嗚咽を漏らした。

「…すみま…せん」

 本人が言うように、己の未熟さへの悔いと、そして恐らく今し方の信隆の言葉が堪えたのであろうことは想像に難くなく、信隆もまた、不用意に口にしてしまった言葉を悔やんだ。

 だが、今静かに自分を責めている香平に、これ以上謝罪するのは逆効果だろう。

「ほらほら、どうした。もう大丈夫だって」

 だが、仕事に関することならともかく、極めてプライベートな内容故に――しかも泣かせたのは自分だし――どう慰めていいかわからずに、信隆はともかく香平を引き寄せて抱きしめた。

 8cmほど違う身長だけれど、体格はそれ以上に差があって、抱きしめてみるとかなり細くて驚いた。

 力を込めると、香平もまたしがみついてきて、ついには本格的に泣き出してしまう。

 これはもう、思う存分、気の済むまで泣かせてやるしかないか…と、抱きしめる腕に力を入れる。

 言葉も掛けずにただ気の済むまで抱きしめてやる…と言った慰め方は、そう言えばしたことが無いような気がする。

 言葉がすらすらと出てくるタイプだと言うこともあるけれど、多分、職場のほとんどが女性だから…だ。

 訓練センターや現場で――もちろん乗客の前ではあり得ないが――泣かせてしまうことは数多あるが、それは、甘えが許されない現場なのだと言うことを骨身にしみてもらわなくてはならないからで、もちろん一切の私情を挟んではいない。

 だが『大丈夫だよ』と慰めてやりたい時でも、女性を抱きしめる訳にはいかないから。

 実際は、抱きしめて欲しいと思う女性はたくさんいるのだけれど。

 そして、そんな女性ばかりの職場も、今後、3割程度を男性にしたいと思ってはいるが、そこへ至るにはまだ少しばかり時間がかかる。


 散々泣いて、少し息も苦しくなってきたのか、香平の涙が少し、収まってきた。

 が、何故か離す気にならない。

 もうちょっと抱きしめていてもいいかなと思う自分が妙に不思議だ。


 ――何だろ、俺、もしかして寂しいのかな。

 なんだか久しぶりに心が本音を吐いたような気がした。

 常に、『教官チーフパーサー・都築信隆』を演じている自分に、少し疲れているのかもしれないと、何故かこの時、唐突に自覚をしてしまった。

 だからといって、やめる気は毛頭無い。
 その姿も、間違いなく自分の一部であるのだから。

 ただ、それが全てでは勿論ないが。

 そして、『庇護欲を掻き立てられる』というのは、雪哉のように『小さいから』と言う理由だけでもないものなんだな…と、今のところ冷静に、信隆は自分を分析していた。

 そう、自分の側に落ちている『出会い』には、人は案外気づかないものなのだ。




 桜の便りがちらほらと聞かれるようになった頃。

 雪哉はホノルル便に乗っていた。

 機長は杉野。
 離婚が成立して暫くが経つが、要望通り子供には自由に会えるので、今はひとりでせいせいしていると、仕事に燃えている。

 ちなみに『雪哉のような子が現れたら、再婚も考えるがな』と言って、雪哉を慌てさせたが。


 オートパイロットに入り、巡航高度を順調に飛び始めて暫くした頃、キャビンから連絡が入り、コックピットのドアが、合図の回数ノックされた。

 ハイジャック防止のため、ノックの回数はフライトごとにキャビン・ブリーフィングで決められている。

 杉野が頷くのを確認し、雪哉がドアのロックを操作する。


「お疲れさまです。夕食いかがなさいますか?」

 やって来たのはアシスタントパーサーの香平。

 あの後、香平はたったひと月でアシスタントパーサーになり、半年が経とうとしている今、チーフパーサー試験中の身だ。

 筆記と面接にはすでに合格していて、このフライトと次のフライトの2度のチェックを通れば『中原チーフパーサー』の誕生だ。

 雪哉と国際線に乗るのはこれが2回目。

 あれから2人は少しずつ距離を縮めていて、同級生らしい距離感を作りつつある。

 オペレーションセンターで会えば、普通に世間話をし、仕事上の情報交換もする。


「雪哉、先に選べよ」

「あ、僕は好き嫌いの無い良い子ですから、キャプテンお先にどうぞ」

「俺だって嫌いなものはブロッコリとにんじんしかないぞ」

「それだけあったら十分ですよ。ってか、それってオコサマの嫌いなものじゃないですか」

「あの…」

 杉野と雪哉の不毛な譲り合いに、香平が口を挟んだ。

「なに?」

「藤木CPが、『今日はチャイルドミールがありますよ』って仰ってますが」

 雪哉が固まった。

 そう、今日のチームのチーフパーサーは、藤木典子――旧姓野崎・愛称ノンノン――だ。

 その、ノンノンからの『爆弾プレゼント』に、案の定杉野が反応して、やっぱり転げ回らんばかりに笑い倒している。

「ついに『笑撃』の現場を目撃しちまった〜!」

「キャプテン、衝撃の現場ってなんですか…」

 雪哉に凄まれても杉野はどこ吹く風。

「これが噂の『ゆっきーチャイルドミール事件』だ〜」

「笑いながら喋ると呼吸困難になりますよ。ってか、事件ってなんですか、事件って」

「で、どうされます? 今日はイルカパンとさくらんぼのゼリーです。ちなみにチョコムースもついてますけど」

「えっ! チョコムース?!」

 イルカパンとさくらんぼのゼリーで輝いた目が、チョコムースで歓喜に見開かれた。

「中原〜」

 まだまだ笑いの収まらない杉野が香平を呼ぶ。

「はい」

「雪哉は当然チャイルドミールな」

「了解しました。キャプテンはいかがなさいますか?」

「あ、俺は何でも良いから、ブロッコリとにんじん抜いといて」

 もちろん冗談だが、その無茶振りに、雪哉が速攻で反応した。

「チャイルドミールのブロッコリとにんじんをキャプテンのに移しといて」

「雪哉〜!」

「ちゃんと食べなきゃダメですよ」

「それはお前がベテランキャプテンたちに言われてることだろうが〜」

 2人のやりとりを、香平が笑いながら制した。

「了解です。キャプテンにはブロッコリとにんじん増量でお届けします」

「おいっ、どういうことだっ」

 目を尖らせる杉野に、香平はまたも笑って答えた。

「私にとって来栖副操縦士の命令は絶対なんですよ」

「お前な〜、機内で1番エラいのは誰だかわかってるか〜?」

「そんなキャプテンの暴走を止めるのがコ・パイの役目です」

 しれっと答える雪哉に、杉野が白旗を挙げた。

「わかったっ、わかったから、中原、増量は無しで頼むっ」

「キャプテン、ご心配なさらなくても、今日のメニューにはブロッコリもにんじんも入ってませんから」

「おい〜!」

 笑い出す雪哉と香平に、杉野は『はあ…』とため息を漏らす。

「…中原、お前、都築に似てきたぞ」

 恨めしそうに言う杉野に、香平は満開の笑顔で答えた。

「光栄です」

 雪哉が吹き出した。

 今日も、フライトは順調だ。


END


番外編:パパ・キャプテンの食育クッキングへ


おまけSS

『女王さまと下僕』



「スクープ! ゆっきーと香平くん、中学の同級生なんだって!」

「えっ、マジ? 初耳だよ、それ」

「情報源は?」

「ゆっきー本人。香平くんのこと、『中原』って呼び捨てにしたのを聞いちゃってさ、珍しいなと思ったわけよ」

「ですよね。ゆっきー、年下のクルーも必ず『くん』付けですもん」

「そう。でね、何でって聞いたら『中学一緒だったんですよ』って。

「うわー、どんな中学生だったんだろ〜」

「どっちも可愛かったんじゃないかなあ」

「だよね」

「でさ、卒業以来だったらしいんだけど、ここで再会してもしばらくは交流してなかったらしい」

「え、何で?」

「誰にも言えない秘密があったんだって…」

「え…なに、それ」

「ゆっきー曰く、『愛憎のもつれ』…って…」

「えええええっ」

「そして香平くん曰く、『僕は雪哉の下僕ですから』って」

「…なに、その妖しい関係は」

「ゆっきーが呼び捨てで、香平くんが下僕…」

「もしかして、女王さまゆっきー誕生ですか?」

「ただでさえ、ハーレムの王子さまなのに〜」

「ちなみにハーレムの王さまは…」

「来栖キャプテンですよ、そりゃ」

「いやいや、都築チーパーだろ」

「都築チーパーだと、ドSな王様になりそうだな〜」

「でさ、下僕の香平くんはゆっきーとどんな会話を交わしてるわけ?」

「いや、会話ってよりも、香平くんが貢ぎ物してるらしい」

「もしかして、チョコ?」

「当たり! 香平くん、前のエアラインに入社して4年間はパリベースだったらしくてね、ガイドブックとかに載ってない路地奥のショコラティエとか知っててさ、それを貢いでるらしい」

「うわ、それ、ゆっきーのハート鷲掴みだな」

「で、ゆっきーは貢がれて、どうなの?」

「……お返しの品がちゃんとあってね。香平くんのメールボックスに入ってるんだけど、みる? 写メ」

「見る見る」

「当然」

「…これなんだけど…」

「なに、これ」

「……骨?」


骨の謎は、続編『Rainbow Wing』で!


☆ .。.:*・゜

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