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「ゆっきー!」 国際線ターミナルへ向かうべく、ディスパッチルームを出たところで、女性クルーの明るい声が響いた。 「あ、お帰りなさ〜い。226便ですか?」 「うん」 「お疲れさまでした」 いつもの様にハイタッチで労う。 他のクルー同士はやらないのだが、何故か皆、雪哉とはやりたがる。 それこそ、キャプテンもコ・パイもキャビンクルーも。 『どうにかして触ろうとしてるんじゃないか』…と、今や『社内一』とまで言われている親バカなパパ・キャプテンは訝しんでいるのだが、当の雪哉が楽しんでいる様子なので、仕方なく黙認している状況だ。 「ゆっきーはこれから?」 「はい。751便です」 「フランクフルトね」 そう言った先輩女性クルーは、チラッと雪哉の背後を見た。 そこには、相変わらずムスッとした表情の浦沢機長と話している、見たことのないキャプテン――4本線の制服だから間違いない――の姿が。 そしてその視線に気づいたキャプテンはパチンとひとつ、派手なウィンクをクルーに送り、慌てたクルーから上目遣いの会釈を受けると軽く手を振り、浦沢機長の後を、雪哉の肩を抱いて歩き出す。 「行ってきまーす」 元気な雪哉の声に、先輩女性クルーは、夢から覚めたようにまばたきをして、慌てて雪哉に『行ってらっしゃい』と手を振った。 ☆ .。.:*・゜ 「あ、香平、お帰り」 降機してゲートを出たところで雪哉に会えた。 雪哉はいつしか香平をファーストネームで呼んでくれるようになった。 理由は、『中原だけ苗字で呼び捨てにしてたら、『特別感がありすぎてジェラシー』ってみんなに言われたから』…ということらしい。 2人の間柄には『女王様と下僕』という構図がいつしか定着してしまったのだが、実際はそんなことは全くないのだけれど、格好のネタを提供してしまったわけだ。 時々香平のメールボックスから顔を出す『アジの干物』や『ダイオウグソクムシ』などの仕掛け人が雪哉だとバレているのも一因かもしれない。 ともかく、香平は雪哉の『特別扱い』と言う位置付けになっているのだ。 雪哉的には不本意だろうけれど。 そもそも、ファーストネームの呼び捨ての方がもっと特別感がありそうな気がするのだが、周囲が言うには、『ゆっきーは、苗字の呼び捨てしちゃダメなの』…だそうだ。 女子の考えることはよくわかんないな…と思ったのだが、圧倒的女子優位の職場では、『どうでもいいこと』は言うことを聞いておくに限る。 それが処世術というものだ。 譲れないところだけ、譲らなければ良いことで。 「ただいま。雪哉はこれからフランクフルトだろ?」 「うん」 香平は、未だに雪哉のスケジュールは完璧に覚えている。 発表になっている分は、すべて。 今日も、帰着と出発が近いから、ゲートが近いと会えるかな…と思っていた所だから、ばっちり会えて嬉しい限りだ。 ちなみに雪哉は香平のスケジュールなんてこれっぽっちも覚えていなくて、今日も直前に、これから一緒にフライトする機長から聞いたばかりだ。 『そろそろ香平が帰ってくる時間なんだ』…と。 その、『本日のダブル・キャプテンの片割れ』は、雪哉が見上げて『首が痛くなるな』と思うほど大きくて、年齢は敬一郎より2歳下。 『77課:Aチーム』に配属されてまだ10日の、雪哉自身、今日初めて一緒に飛ぶキャプテンだ。 こんなにデカイキャプテンだと、コックピットが一層狭く暑苦しく感じるだろうなあ…なんて失礼なことをチラッと考えているが、ついさっき、ディスパッチルームで初めて会ったときにはもっと失礼なことを言われたので、お互い様だ。 「やあ、香平、久しぶり」 スッと雪哉の隣に現れたのは、その、4本線の制服の、本日のキャプテン。 身長188cm、金髪の甘系イケメンだ。 スタイルまで完璧に備えたその『見てくれ』に対抗できるのは、『来栖キャプテンしかいない』と言うのは、まだ数少ない『金髪キャプテンのシップに乗務したクルーたち』の統一見解だ。 「…キャプテン、何してるんですか、こんなところで。ここ、羽田ですよ。成田じゃないですよ」 目を丸くする香平に、金髪の機長は大げさに肩を竦めてみせる。 「そりゃわかってるって。僕は愛しい香平に会いに来たんじゃないか」 だが、香平は聞いちゃあいない。 「ってか、これもしかして…」 キャビンクルーと違い、パイロットの制服は素人目には万国共通に見える。 色合いや襟の形に少しずつ違いはあるのだが、特に上着を着ない時期のパイロットシャツだけだと、ほぼ同じだ。 胸ポケットの形と襟の大きさは違えども、着ている当のパイロットたちでさえ、恐らくあまり区別はついていない。 ただ胸についているパイロット胸章のデザインは確実に違うから、それだけで区別をしている状況だ。 そして、香平もそのパイロット胸章に目を付けた。 「うちのエアラインのキャプテンの制服じゃないですか。どこからくすねて来たんですか、全くもう〜」 パイロットの制服をくすねるのはほぼ不可能だ。 セキュリティーの観点から厳重に管理されているから。 「くすねた…って、どういう意味だ? 雪哉」 発音もほぼネイティブと遜色ないのだが、少し捻った言葉――『くすねる』はある意味スラングかも知れない――だと、途端に日本語は難しくなるな…と、金髪のイケメンは思う。 「あ、ええとですね。どこからちょろまかして来たかってことです」 一層わからなくなった。 「ちょろまか…?」 ちょろまかす…はもう完全にスラングだろう。外国人的には。 「って、何で雪哉が一緒にいるわけ?」 見下ろすと、可愛いくて大きな目が見上げてきて、ちょっと首を傾げてからその目は金髪のイケメンに移った。 「キャプテン、香平に話してないんですか?」 「ああ、驚かせようと思ってね」 「なんの話?」 どうやら、本来は話が聞けているはずだったのだと認識し、香平は割って入ったのだが。 「これからオーリック機長と僕、一緒のフライトなんだよ」 「へ?」 意外なことを聞かされて、香平が呆けた。 「ほら、雪哉とお揃いのIDカードだ」 雪哉の首にぶら下がるIDカードを勝手に引っ張り、自分の首からぶら下がっているそれと2枚並べて見せたそこには確かに『ジャパン・スカイウェイズ』という社名と職位と姓名が表記されていて、写真も間違いなく本人のものだ。 相変わらず写真映りまでイケている。 ちなみに裏は英文だ。 それにしても雪哉のIDカードの写真がまた可愛いのだが、そんなことを言っている場合ではなかった。 「どういうことですか、キャプテン」 詰め寄る香平に、金髪イケメンはこれ見よがしに腕時計に目をやり、声を上げた。 「おっと、早く行かないと。浦沢機長をお待たせしちゃ大変だ。じゃあな、香平。帰ってきたらゆっくり話そう。帰着したら連絡するよ」 ウィンクまで決まっていて、それがまた嫌みでないのが憎らしい。 「さ、行こうか、雪哉」 「あ、はい」 肩を抱き寄せられた雪哉は香平を振り返り、『どうなってんの?』と首を傾げてみせる。 そんな2人を香平は見送って、雪哉同様、『どうなってんの?』…と、首を傾げて、少し離れたところで待ってくれていたクルーに合流した。 「ね、羽田ベースに外国人キャプテンっていないよね?」 念のため、同い年のアシスタントパーサーに聞いてみた。 「あー、そう言えば、1週間くらい前に告知板に出てた気がするかも。でも、他の機材も一斉に異動とか発表になってたから、あんまり気にしてなかったよ」 どうやら移籍は本物のようだ。 いや、偽物がシップに乗れるはずはないのだが。 「あのー、今のキャプテン、うちのキャプテン…なんですよね」 2年目のクルーが4年目のクルーに聞いた。 「うん、だって、雪哉さんと一緒だったし」 「ってことは、77課ですよね?」 今度は3年目のクルーが聞いてくる。 「だよ、うん…って、中原CP、お知り合いじゃないんですか?」 随分親しそうだったけど…と、言われて、香平は仕方なく頷いた。 「うん、前にいたエアラインの機長なんだけどね、まさか移籍してくるとは思わなかったよ…」 「もしかして、中原CPを追っかけて?」 「そんなはずないじゃん〜」 あははと笑って見せたのだが、周りはみんな、『いや、絶対追っかけて来たんだって〜』『愛だよ、愛!』なんて盛り上がってしまい、香平は乗務の疲れが一気に押し寄せて、ぐったりと肩を落としたのだった。 香平を追って、こちらに移ってくる顧客は確かに増えている。 顔見知り程度の人もいれば、会えば必ず言葉を交わす間柄だった人、それに前島のようなVIPの顧客…と。 そして、ついにキャプテンまで追いかけてきた。 ニコラ・オーリック(Nicolas Auric)38歳。 国籍はフランス。生まれも育ちも生粋のパリっ子だ。 母国語並みに日本語を操るのは、そもそも日本文化――所謂サブカルも含む――に興味があり、親しくなったのをきっかけに香平から教えてもらった結果だ。 香平が豊富な語彙で綺麗な発音を教えてくれたから、日本人から『日本人より綺麗だ』と言われるほどだ。 ちなみに当然英語は完璧だ。国際線乗務には絶対必要だから。 現在、ジャパン・スカイウェイズには外国人機長は10人ほどしかいない。全員が成田ベースで、国際線だけを飛んでいる。 そんな中、ニコラは羽田ベースを希望してきた。 日本語が堪能だったからこそ認められたのだが、そもそもここでは外国人機長の採用にはそう積極的ではない。 何よりも、『スムーズな意思の疎通』を大切にしているからだ。 その点では、日本語が堪能…というのは、重要な条件の1つをクリアしたのだと言えるだろう。 ただ、羽田ベースの『777』のパイロットで、国内線しか飛ばないパイロットはいても、国際線しか飛ばないパイロットはひとりもいない。 同じ『77課』でも国内線のみのパイロットはD・E・F・Gチーム、両方飛ぶパイロットはA・B・Cチームに分けられている。 つまり、どのチームに入っても国内線は飛ばなくてはいけないのだが、ニコラは成田ベースの国際線パイロットで、当然成田以外の日本国内の空港は未経験だったから、日本国内の各空港資格を取ることを条件に羽田へやって来た。 それもこれも、香平が羽田ベースだからだ。 ただ、キャビンクルーは国内線と国際線の住み分けがされているので、香平が国内線に乗るのは、それこそ『出社スタンバイ中』に国内線に欠員が出来て、他に人員がいない時…くらいしかない。 つまりそれは、非常に珍しいと言うわけだ。 それでもニコラは羽田を望んだ。 もちろん、羽田にいないと、香平に会えないからだ。 そして、香平との再会から遡ること10日ほど前。 当然と言えば当然のことながら、移籍して来た機長は、キャビンクルーのトップ、都築クラウンチーフパーサーと会っていた。 |
オペレーションセンターのミーティングルームで初めて顔を合わせた2人は、型どおりの挨拶を交わした後、情報交換を兼ねた雑談をしていたのだが、快活で人懐こい性格をしているニコラとコミュニケーション能力に長けた信隆は話が弾み、年齢もひとつ違いということもあって、初対面ながらかなり打ち解けた雰囲気になった。 「そうそう、ひとつ提案…なんだけど」 「なに?」 「つづき…って発音し難いんだ。信隆って呼んでいいかな?」 「もちろん。確かに海外では『呼び難い』と言われる事が多いな。『づ』が厳しいんだろうな」 「そう、それ。舌噛みそうになるんだ」 …ペロっと舌を出し、ハンサム台無しなおどけた顔をしてみせる。 それをストレートに『ハンサム台無しだな』と評し、信隆も言う。 「じゃあ、私もニコラと呼ばせてもらおうかな」 「ぜひ。キャプテンたちも『オーリック』より『ニコラ』の方が文字数が少なくて呼びやすいって言われてるし」 「文字数とは、うちのキャプテンたちらしいな」 メンツや外面、外聞にとらわれず、その時々の状況に応じた柔軟な対応をするのは、パイロットばかりではなく、社全体のカラーのようなものだ。 「ここのキャプテンたちは、みんな気さくでユニークだね」 働きやすそうだ…と言うニコラに、信隆は『そうだろう?』と微笑んでみせる。 「日本では珍しくかなり以前からチーム制を取っていて、コ・パイも含めてコミュニケーションが活発で、ものが言いやすい環境だからね。そういう環境で育ったパイロットたちの集合体だから、来て良かったと言ってもらえると思うよ」 信隆の説明に、ニコラは表情を引き締めて頷いた。 「このエアラインの事故率が低い理由を見つけた気がするよ。ヒューマンエラーの多くはコミュニケーション不足だ。以前の職場は1日でも*セニョリティが上の人間にはなかなかものが言えなくてね。ヒヤッとしたことは1度じゃない」 固い声に、信隆も真摯に頷く。 「コックピットだけじゃない。キャビンクルーも、シップは乗員全員で守る…というチーム精神を叩き込まれているからね。安心して任せてもらって良いよ」 「信隆がそう言うなら、間違いないな。僕はこう見えて、人を見る目はあるんだ」 「それは嬉しいな。私も機長としての君に期待しているよ。何しろ、あの浦沢キャプテンが『良いのが来た』と仰ったそうだから」 昨年から敬一郎たちのチームの主席機長を務める浦沢機長が、ニコラを採用する際の審査教官だったのだが、シミュレーター審査1回で『あいつは採っとけ』と運航本部に言い、『路線訓練の設定は…』と尋ねられて、『そんなもん、あいつには要らんだろうが、まあ、ルールはルールだからな。俺が面倒見るから、俺の乗務に適当に設定しといてくれ。最低限でいいぞ』と言い放ったと聞いている。 「あのキャプテンは良いね。ああいう、『サムライ』のようなキャプテンに憧れてたんだ。あのタイプはヨーロッパには少ないからね。彼のチームに入れて嬉しいよ。それに…」 ニコラは茶目っ気たっぷりに片目を閉じた。 「機長としてだけでなく、友人としても色々と期待してもらって良いと思うよ」 「何を期待して良いのか、今のところ不明だけれど、楽しみにしているよ」 何にしろ、新しい仲間が増えるのは嬉しいことに違いない。 「さて、乗務初便は関空往復と聞いているんだが」 少しだけ、仕事の話もしておくかな…と、信隆が話を振る。 「そうなんだ。路線訓練の時にはワクワクしたね。ここしばらくは長距離国際線が主だったから、久しぶりの短距離で『操縦してる』って実感できたな。それに日本の空港はどこもよく整備されているし、管制官も優秀だし、飛びやすいよ。どことは言わないけど、日本海の向こうにある共産主義の大国の管制は酷いからね」 「確かに、どことは言ってないな」 その手の話はパイロットたちから良く聞いているから、信隆もつられて笑う。 「だが、もうその心配も余り要らないんじゃないか? うちは、そっち方面で『77』が飛ぶのは去年から香港と台北だけになっていて、他は機材が違うからな。香港や台北方面の管制は少しマシだって聞いてるけど」 香港と聞いて、ニコラが眉を寄せた。 「…でも、その香港便って、『地獄の日帰り便』ってのがあるって噂なんだけど…」 「ああ、キツいから若いキャプテンには頻繁に回ってくるな。覚悟しといた方がいいぞ」 「え〜」 敬一郎ですら、『あれはちょっとキツい』という便で、元気な雪哉も現地でのインターバルタイムは休憩室のソファーで爆睡らしく、誰が膝枕をするかで揉めたとか揉めないとか、杉野機長が自分の上着を眠る雪哉に掛けて愛おしそうに頭を撫でて密かに騒ぎになったとか、そう言った類の話は色々と聞いている。 信隆自身は元々欧米路線が主だったので、今でも中国アジア路線は、そちら方面の言語が堪能な教官チーフパーサーたちに任せている状態だから、『地獄の香港便』の実態は知らないで済んでいる。幸いなことに。 過酷なフライトは無いに限るのだが、前日は自宅スタンバイで、翌日からは2日の公休がつくことで、今のところ乗員たちの理解を得られている状況だ。 「でさ、コ・パイたちってどんな感じ? まだ誰にも会ってないんだけど」 機長の身としては、同じ機長よりも、一緒に乗務するコ・パイの方が気になるのはもっともなことだ。 「うちのコ・パイは当然みんな優秀だよ。あのキャプテンたちに育てられていることでも予想はつくと思うけど」 言いつつ、ニコラの向こうひと月のスケジュールにざっと目を通し、コ・パイの面子を確認する。 「国内路線と空港に馴染むまでは、機長昇格訓練前くらいの経験豊富なコ・パイをつけてくれる…って話だったけど」 「ああ、確かに乗務歴9年程度の面子だな。ひとりを除いて」 「あれ? 例外あり?」 「国際線初便のコ・パイが、まだ4年目の子だ。楽しみにしてるといいよ。驚くと思うから」 「何かあるわけ?」 驚くと言われ、何に驚くのかと目を見開く。 「警報装置より先に異変に気づくような子だ」 「え、なにそれ」 嘘だろ…と呟いたニコラに、信隆は少しばかり『してやったり』の気分だ。 恋に破れてからも、雪哉の事はずっと保護者の気持ちで見守っているから。 敬一郎とはまた違ったアプローチで。 「や、待てよ。だいたい、パイロットは若くてもそこそこの年齢だろう? 『子』ってのは可笑しいよ」 「確かに、次の誕生日で30だな」 なのにこの前もデッドヘッドで高校生と間違われて乗客の女子大生から逆ナンされてしまい、本人はかなり真剣に凹んでいたが。 「ニコラは『百聞は一見に如かず』ってことわざを知ってる?」 「ひゃくぶんはいっけんに…? いや、初めてだ。日本語のことわざは数が多くて覚え切れないよ」 ちなみに一番最初に覚えたことわざは『棚からぼた餅』だったが。 「『百聞は一見に如かず』ってのは、Seeing is believing…ってことだよ」 表現的には日本語の方が奥行きも深みもあるけれど。 「ああ、なるほど、それはつまり、見てのお楽しみってことだな」 「OK、完璧な解釈だ」 言って笑い合う。 そしてこのまま何事もなければ、お互いに、良い友人になれそうだな…とは思ったのだが。 信隆には、どうしてもこのままにしておけないことがある。 「ひとつ、聞いていいかな。もしかしてプライベートに踏み込んでしまうようなら答えてもらわなくても、もちろんいいが」 「構わないよ。隠さなくてはいけないことは何もないから」 おどけた様子でホールドアップして見せてニコラは信隆の言葉を待つ。 信隆は、それならばと遠回しはやめて、端的に切り込んだ。 「どうしてわざわざここへ?」 いくら職場環境が良いとは言え、欧州の人間から見れば所詮極東のエアラインで、事実上の最大手とも言われているフルサービスキャリアとは言え、フラッグキャリアでもない。 口にしなかった事も、恐らく伝わったのだろう。 ニコラは柔らかく、どこか懐かしむような視線で言った。 「どうしても、諦められないことがあったんだ」 「諦められないこと?」 「そう、ここで諦めたら一生後悔すると思ったんだ。だから、ここへ来た」 言って目を伏せ、少しばかり思い詰めた表情になったニコラに、信隆は聞きたかった一言を投げかけた。 「もしかしなくても、誰かを追って?」 「ふふっ、信隆はさすがに若くして『トップ・オブ・クルー』になるだけのことはあるね。脱帽だ。確かに僕は『彼』を追ってきた」 はっきりと香平だとは言わないが、それ以外は有り得ないだろう。この状況では。 懸念していた通りの香平に対する執着を感じ、手放しで『Welcome』という状況ではなくなった。 「…そうか」 珍しく、続く言葉を無くした信隆に、ニコラはまた明るい声で言う。 「心配しなくても迷惑は掛けないよ。僕は職務に対しては忠実で誠実な人間だし、彼を追って来たということを抜きにしても、ここはとても気に入っている。最後のフライトをここで迎えたいと思っているくらいにね」 それは偽らざる本心だった。 子供の頃から憧れていた、この優しく美しい国の空をずっと飛んで、もしかしたらもう、自分は母国へ戻ることはないかも知れないと思うほどに。 「そう言ってもらえるとありがたいし、歓迎するよ。私だけではなく、クルー全員がね」 きっとすぐにクルーたちとも打ち解けて、人気者の機長になりそうだと嬉しくなるが、嬉しくないことが重くのしかかっていることを忘れるわけにはいかない。 「しかしなんだね。以前は香平と内緒話をするには日本語はうってつけだったんだ。他に日本語の出来るクルーはほとんどいなかったからね。でもここはみんな多言語に通じているから、内緒話に苦労しそうだ」 初めてその口から『香平』という言葉が出て、信隆は、ポーカーフェイスのまま密かに動揺した。 けれど、『動揺した精神』と『頭の回転』を完璧に切り離して別行動させられるのはもはや職業病に近い。 パイロットとはまた別の次元で、優秀なキャビンクルーは瞬時に回路を切り替えることが出来る。 だから、信隆の口から出たのは、自分の心とは裏腹の、まるで『エールを送る』かのような言葉だった。 「心配しなくても、フランス語のできるクルーは少ないよ」 「え、じゃあ、僕は母国語で香平と内緒話すればいいんだ」 目を輝かせるニコラだが、もちろん『オチ』は用意してある。 「ただし、私は解るけど」 笑いながら言うと、ニコラは途端に机に突っ伏した。 「えーっ、なんだ〜。それダメじゃん〜」 そして、やはり『押されっぱなし』は性に合わないのだ、信隆は。 「とは言っても、フランス語は片言の付け焼き刃だよ。香平をヘッドハントするために、そちらのエアラインの色々を調べる必要もあったし、実際香平の乗務を偵察に行くためにも、言葉はわかった方が良かったからね」 その言葉で、ニコラは香平を引き抜いた張本人が信隆だと知った。 もちろん、信隆はわからせるために話した。 引っ張ったのは自分で、『香平はこちらを選んだのだ』と。 「…信隆も香平って呼んでるんだ」 平静を装った声に、信隆は美しく笑って見せた。 「香平だけじゃないよ。年下のクルーはほとんどファーストネームだ。特に、教官になってから関わったクルーはみんな、我が子のようなものだからね」 香平を含め、キャビンを統括しているのは自分だと言外に滲ませれば、当然それをニコラも理解した様子で、眉がピクリと反応した。 信隆がこれほど攻撃的な気分になるのは、離陸前にどうしても電子機器の電源を切らないとゴネる乗客を航空法に基づいて放り出す時くらいだ。 そう言うときには、クルーが本気で怒っていることを他の乗客にも知ってもらう必要があると感じている。 心ある乗客はみな、ルールを守らない輩を不快に感じていて、クルーが本気で対処しているところを見て、『これで無事に飛べるな』と、心を落ち着けることが出来るからだ。 そう、『このシップのクルーは頼りになる』と思ってもらわないといけないのだ。 そうすれば、万一の時にでも、客室内の統制はクルーによって守ることができるから。 2人の間に、ほんの少し静けさが訪れた。 ただし、青白い火花が見えるようで。 けれど、どうやら香平の事以外では、やはりかなりウマが合うのは事実で、信隆はそれを素直に認めつつも、譲れない点は譲らないと心に決めていた。 それは、いつものことだけれど。 そしてニコラは、信隆本人以上に、正しく信隆の感情を理解していた。 恋する男は敏感なのだ。ライバルの心情にも。 仕方ないね…とばかりに肩を竦め、こういう手は使いたくなかったんだけどな…と内心で弁解しつつも、躊躇うことなく言った。 「僕たちは恋人同士だったんだよ」 瞬間、息を止めてしまったのは、少しニコラに感づかれてしまったかも知れない。 「……そう」 「日本語は香平に習ったよ。語学の習得にはピロートークが1番だからね」 日本人にはなかなか及ばない――信隆レベルだと話は別だが――壮絶な色気を滲ませて、ニコラが微笑んだ。 そしてもちろん、ピロートークの意味を信隆が知らないはずがなく、真偽のほどが定かでないことを承知しつつも、気分は最悪だった。 香平がかつて、この腕に抱かれていたのだとしたら…。 見えないところで、思わず自分の腕に、爪を立てていた。 そして、ニコラの乗務は始まり、雪哉と初めて会った時には案の定、『ジュニアハイの生徒がディスパッチルームに紛れ込んでいるのかと思った』と口走り、『せめて高校生にして下さい』と、天才コ・パイのご機嫌をいたく損ねてしまい、慌てて『キュートなベイビー』のご機嫌を取ったのだった。 |
こんなに気が滅入ったことは、今までにはなかった。多分。 あれ以来、信隆の頭の中は、『仕事』と『香平』の2つしかない。 しばし悶々と考えたが、結局、本人に聞くのが1番早い…と、信隆らしく、直接話をしようと決めたのだが、こういう時に限ってスケジュールはすれ違いばかりで、香平に会えない日が続き、会えないまま、公休日が重なる日の約束を何としても取り付けようと、信隆はメッセージをメールボックスに入れて、飛び立った。 そして、帰着した香平は、メールボックスに信隆のメッセージが入っているのを見つけた。 『お疲れさま。疲れているところを申し訳ないけれど、少し話があるので、もし時間がもらえるのなら、明日、どこかで会えないかな。帰着次第、メールするから』 明日という指定で、帰着次第ということは、今恐らく飛んでいる最中だろうと思い、タブレットで信隆のスケジュールを確認すると、やはり、現在太平洋上で、帰着は4時間ほど後…だ。 普段、香平は必要に迫られない限り、信隆のスケジュールを見ないようにしている。 忙しすぎるのが気になって仕方なくなってしまうからだ。 けれど、新米CPの分際で『トップ・オブ・キャビンクルー』のスケジュールに進言できるはずもないから、それならいっそ、見ないでおこう…と言う、極めて消極的な発想だ。 香平は『お疲れさまです。了解しました。明日は終日空いています。ご連絡お待ちしています』…と、社用便箋に書き、信隆のメールボックスに入れた。 相変わらず満タンだ。 ただでさえ忙しい人が、公休日にわざわざ時間を取ってまで聞きたいこととは何だろう…と、香平は首を捻ったのだが、わかろうはずもなく、取りあえず帰途についた。 ☆ .。.:*・゜ 帰宅して、多忙で帰りの遅い両親のために夕食の下準備をして、ついソファーでウトウトしていた香平の携帯がメールの着信を告げた。 画面には、『都築CCP』の文字。 開いてみると、予告通り、明日の約束についてだったのだが、香平にとってはかなり意外なことに、『車で迎えにいくから』という内容だった。 てっきり、オペレーションセンターへ出向くのだとばかり思っていたのに。 ☆ .。.:*・゜ そして翌日。信隆はオンタイムで現れた。 それはわかっていたので、香平も門の前で待っていて、2人を乗せた車はそのまま何処へともなく走り出す。 「悪いね。公休日なのに」 「いえ、特になにも用はなかったので、それはまったく問題無いんですが…」 語尾を濁した香平に、信隆は『ん?』と先を促す。 「教官こそ、せっかくの公休なのに…。何か、ありましたか?」 一応、昨夜一晩かなり考えたのだが、ここしばらくの乗務で問題は起こっていないし、160人いる『藤木チーム』もしっかり結束していて、何もかもスムーズに運んでいる。 だから、わざわざ時間を作って話をすること…に心当たりがまったくなくて、若干不安だったのだ。 自分の知らないところで何か問題が発生したのだろうかと。 だが、信隆の返答は、妙に煮え切らない言葉だった。 「…そうだな。私にとっては大問題だけれど、香平にとってそうなのかどうかは、わからないな」 普段の信隆はこんな遠回しな物言いはしない。 するとすれば、からかっているか、何かを悟らせようと水を向ける時くらいだ。 今は、どうみてもからかっている様子でも、流れでもない。 香平は、知らず、肩に力が入る。 自分は気付くべき『何か』に気付けていないのだろうかと。 暫く無言のまま走って、車は眺めの良い高台に出た。 かなり遠くに東京湾が見えているが、天気が良すぎて霞んでいる。 サイドブレーキを引き、シートベルトを外したから、降りるのかと思えばそうでなく、信隆はハンドルに両腕を預けた。 そして、フロントガラスの向こうに視線を遣ったまま、言った。 「ニコラに会った?」 タイミング的には、すれ違い…かも知れないなと思っていたのだが。 「…どうして、キャプテンのことを?」 事前に2人が会っていたことを、香平はもちろん知らない。 だいたい、ニコラがこちらへ来たことも昨日ばったり会って知ったばかりだ。 そして、ニコラを名前で呼ばなかった香平の真意を、信隆は測りかねる。 「一応、現役キャビンクルーのてっぺんなんでね。配属されてきたキャプテンとのコミュニケーションは欠かせないだろう?」 「…そう、ですね」 その通りだと、素直に香平は頷き、そして、正直に話した。 「昨日、帰着した時に、ゲートの前で偶然会いました。雪哉と一緒でびっくりしました。まさかこっちに来てるなんて夢にも思わなかったので」 その言葉に、信隆がぴくりと反応した。 「夢にも?」 「はい。2年前からベースは違ったんですが、それでも同じシップに乗ることが結構多くて、ずっと仲良くしていました。以前、パリベースだった頃に、日本文化にとても興味があるからと、日本語を教えて欲しいと声を掛けられたのが親しくなったきっかけで、僕は彼に日本語を教える事になったんですが、結果はあの通りです。彼はとても優秀でした。こちらへ移ることもちゃんと知らせましたし、僕のアドレスも彼は知っていて連絡が取れないわけでもないですし、どうして何の知らせも無しにいきなり移ってくるような真似を…って、不思議に思ってたところです」 淡々と語る香平に、ニコラが言っていたような関係を匂わせるものは何もない。 「まさか、追いかけてくるとは思わなかった?」 「…あの」 「ん?」 「キャプテン、本当に僕を追いかけてきたんですか?」 まさか…と言わんばかりの香平に、信隆は努めてポーカーフェイスで答えた。 「ニコラはそう言ってたな。香平を追いかけてきたんだって」 「え〜。なにそれ、冗談じゃなかったんだ…」 香平の言葉は独り言だった。 その様子に信隆は、どうやらニコラは香平に、『追いかけてきた』と言ったのだろうと判断した。 そして、香平はそのことを本気にしていない様子で。 実際はニコラにそう言われたのではなく、クルーたちに囃し立てられただけなのだが。 そして、信隆の性分としては、遠回しに聞くのもそろそろ限界だった。 かつてどうだったかは知らないが、香平の方に、『思いが残っている』様子が微塵も見えないことが、信隆を勇気づけてもいた。 「ニコラは言ってたよ。自分と香平は恋人同士だったって」 「………は?」 よく知っている『キリッと引き締まった美人』でもなく、『花が綻んだような笑み』でもなく、見たことが無いような呆けた顔で――それはそれでまた可愛いらしいのだが――香平は口をポカンと開けたままだ。 その表情が何よりの答えだろう。 そう、香平は意外と顔に出やすいのだ。プライベートなことは。 それは、あの雪哉との一件で、信隆には良くわかっていた。 「違うんだ?」 信隆はもう、笑い出したい気分になっていた。 ここ数日の鬱屈が嘘のようだ。 「違いますっ! だいたい告白されたことすらありませんっ。それに…っ」 ひとつ大きく息をついて、香平は一気に言った。 「僕は、恋人を置き去りにして、引き抜きに応じるほど薄情な人間じゃありませんっ」 そう、『恋』には真摯な思いで向き合ってきたのだ。 破れてしまうまでの、16年もの間。 「だいたい、ファーストネームでも呼んだことはありませんし、向こうでの彼と僕の関係は、あくまでも『キャプテンとアシスタントパーサー』で、それ以上でもそれ以下でもありませんっ」 あらぬ誤解を掛けられて、香平は必死だった。 ニコラへの怒りよりも、何とかして信じてもらう方が先で。 「そうか。それなら良いよ。私は香平を信じるから」 いつもの見惚れるような笑みで、信隆は香平の目を見てハッキリと言った。 「…そう言っていただけて安心しました…」 一気に疲れが出た。何かと気構えていたら、こんなにくだらない話で。 『はぁ…』と、ため息をついて、革張りのシートに沈み込む香平の様子に、これはもう、『ピロートーク云々』は言わない方がいいだろうと、信隆は判断した。 言えば、ニコラと香平の『次の機会』は修羅場になりそうだ。 ニコラは恐らく、信隆とのことを勘ぐって先手を打ったつもりだったのだろうから、それならば、嘘がばれたらもうなんの効果もないことだし、香平にこれ以上嫌な思いはさせたくない。 そう、呼び出してまで聞き出して…。 と、かなり本能の赴くままに行動してしまったと改めて自覚して、ちら…と香平を見れば、香平もまた、信隆の真意を測りかねた様子で少しこちらに目線を向け、そして逸らす。 そう。聞き出して、ホッとしたはいいけれど、その後のフォローをまったく考えていなくて、少しばかり信隆は慌てていた。 そして香平が、小さく言って沈黙を破る。 「…あの」 「なに?」 「お話って、これ…ですか?」 「…ああ、まあね」 らしくなく、声色に『誤魔化し』が滲む。 「そう、ですか…」 明らかに『気』を落とした様子の香平に、思わず手を伸ばしてその頭を撫でたのだが、香平はビクリと肩を竦めて、小さな拒絶を示した。 そう、ここに至ってやっと、信隆は、もう少し手立てがあったんじゃないかと思い至った。 ここまでコントロールを失ったことは今までにない。 「…いや、悪かった。謝るよ」 拒絶された手を所在なげにギュッと握り、静かに謝罪を口にする。 「どうして、ですか?」 「休みの日に、時間を取らせてすまなかった」 聞きたいのはそんな言葉ではなかった。 時間なんてどうでもいい。 問題は、どうしてそんなことを聞かれたのか…だ。 けれど、信隆はそれ以上何を言うでもなく、来た道をまた戻り、香平は自宅へと送り届けられた。 別れ際にもう一度、『時間を取って悪かった』…と、信隆は言ったが、『何故』なのかは結局一言も言わなかった。 そして、香平もまた、聞く事が出来なかった。 送り届けられる車の中で、すでに思考は悪い方へと向かっていたからだ。 プライベートなことを、呼び出されてまで尋ねられて、しかもそれについての明確な説明を貰えないままだったことに、雪哉の一件以来、やはり人としての信用を失ってるんだろうなあと、酷く落ち込んだ。 けれど、二度と辞表を出す気はない。 雪哉にもあの後約束したのだ。 ここで頑張ると。 だから、頑張るしかない。チーフパーサーとして。 人として…は、もう、どうでもいいと思ってしまった。 空でさえ完璧ならば、きっとそこは正当に評価してもらえるだろうから。 その点、ちゃんとオンとオフを切り替えてくれる…はずの上司で良かったと思うしかない。 それでも、ゆっくり休めるはずだった2日間の公休はこれっぽっちもリラックスできず、公休明けの出社スタンバイ中に、ロンドンからニコラが帰着した。 |
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*セニョリティ…先任順位。年功序列。
エアラインでは、入社順や昇格順での順位付けが厳格にされている。
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おまけ小咄
『鯉のぼりフライト!』
「ついに我がジャスカでも『鯉のぼりフライト』決行だって!」 「鯉のぼりフライトってなんですか?」 「あのね、クルー全員を男子で揃えて5月5日のこどもの日にフライトしちゃうってわけよ」 「うわあ、オール男子のフライトですか?」 「そう。コックピットは万年『オトコの世界』だけどさ、キャビンは今まで『ほぼオンナの世界』だったからねえ」 「今までもね、A320だったら何とか人数揃えられてたんだけど、都築チーパー曰く『こういうのはやっぱり若い子が中心でないと』って難色示しててね、『若手だけで出来るようになったらやりましょう』って上の人と約束してたんですって」 「で、ついにその日が来たってわけですね」 「そういうこと。キャビンクルーは、中原くんに三浦くんに岡田くんに…って、もうイケてる面子を上から順番にご指名って感じよ?」 「うわあ、乗客として乗りたいかも〜」 「だよねえ、お客目線で楽しんでみたいよねえ」 「そうそう、機材は320じゃなくて、77だって」 「路線の関係ですか?」 「ううん、路線の関係じゃなくて、これには重要な理由があってね」 「え、なになに?」 「どうしても機材が77でないといけないわけがあるんだよ」 「どういうこと?」 「これはまだ裏情報だからオフレコなんだけど…」 「はい…(ドキドキ)」 「コ・パイはゆっきーらしいのよね」 「わあ!『こどもの日フライト』で、これ以上の人選ないですよねっ」 「あのね、一応『こどもの日フライト』じゃなくて、『鯉のぼりフライト』だから」 「いやいや、よくわかるよ〜、どうしてもゆっきー載せたいから77ってわけか〜」 「もう、めっちゃ納得ですよね」 「ちなみに機長は、杉野キャプテンになるみたい」 「あれ? パパじゃないんだ?」 「うん、パイロット参加のイベントもあるからさ、セットで出したくないんでしょ」 「未だに来栖親子の追っかけって、いるもんねえ」 「…それにしても杉野キャプテンって、バツイチになってからやたらとゆっきーに構ってない?」 「あ、私もそれ気づいてました」 「だって、杉野キャプテン、公言してるじゃん」 「何を?」 「ゆっきーみたいな子が現れたら再婚するって」 「なんだそりゃ」 「そりゃ可能性ゼロだろ。ゆっきーみたいなの、千年に一度の奇跡だから」 「それ、激しく同意しちゃうわ…」 そして後日。 「鯉のぼりフライト、ニュースでもやってたね〜」 「めっちゃ好評で、来年もやるみたいですよ」 「羽田に帰着してから、ゲート前で『パイロットとお話しよう』って企画があってさ、小学生の男の子が、ゆっきーに『フライトシミュレーターゲームで上手く離着陸出来ないんですけど、コツってありますか?』って聞いたんだって」 「うんうん」 「そしたらゆっきーってば、『離陸で大切なのは『気合い』で、着陸に必要なのは『根性』です』って答えて、バカ受けになっちゃったらしいよ」 「ゆっきー、何てことを…」 「隣で杉野キャプテンがお腹抱えて笑ってたらしいけど」 「でもさ、ニュース映像見た人からかなりの問い合わせがあったって…知ってる?」 「…何かあったんですか?(ドキドキ)」 「鯉のぼりフライトなのに、どうしてコ・パイが女の子なんだって…」 「……それ、ゆっきーは…」 「………来年は絶対乗らないって、むくれてるらしい…」 「あちゃー」 「ってさ、『ひなまつりフライト』はまだまだ難しいのかなあ」 「女性コ・パイは5人くらいいるらしいけど、女性キャプテンがまだひとりもいないからねえ」 「それさ……」 「うん?」 「…もし、ゆっきーがキャプテンになったら、ひなまつりも…」 「……あー、私もそれ、チラッと…」 「…右に同じ…」 |
おしまい。 |
まつさま、素敵なネタ提供、ありがとうございました! |
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