前島は、毎回違う所へ連れて行ってくれる。
 そのどれもが洗練された高級店であることには違いないが。

 信隆にも見咎められてしまったし、自分でもこのままずるずると流されるのは良くないと思い、今回は誘われても断ろうと思っていたのだが、アクシデントから救ってもらうという思わぬ事態に陥って、断るわけには行かず、今日もまたこうしてついて来てしまった。


「昨日は、本当にありがとうございました。言葉だけではとても尽くせないのですが…」

 そう言って改めて頭を下げる香平に前島は、『じゃあ、ご褒美に君をもらおうかな』…と言ったらこの子はどんな顔をするんだろうな…と、少し苛めてみたい気分にはなったが、それをしないのは、彼の生来の質だ。
 
 弱みにつけ込んで手に入れた愛など、意味が無い。

 そして、そんな思いを微塵も見せず、熟れた大人は余裕の笑みを返す。

「いや、女性が無事で何よりだったが、ともかく中原くんの役に立てて嬉しいよ」

 大切な君のシップだからね…と、付け加えると、香平は少し視線を落として、小さな声で『ありがとうございます』とだけ答える。

 初めて誘った時のように打ち解けてはくれない香平の様子に、前島の気持ちも少し揺れるが、最後通牒を突きつけられるまでは粘る気でいる。

 そう、何事も最後まで諦めなかったからこそ、今の成功を自分は掴んでいるのだから。


「少し聞いてもいいかな? 旅客機のことは門外漢なのでね」

 口調を軽いものに変えると、香平は顔を上げた。
 少し警戒心を解いたように。

「あ、はい。私でわかることでしたら」

 香平も、キャビンのことはわかるが、コックピットのことはわからない。
 だが…。

「副操縦士って、2人乗ってるの?」

 これくらいならわかる。基本中の基本だ。
 交代で休憩を取るマルチ編成では絶対に機長が2人いないといけない。
 必ずレフト・シートには機長有資格者が座っていないといけないと航空法で決まっているからだ。

「いえ、遠距離路線でパイロット3人の場合は、機長は2人乗っていますが、副操縦士はひとりです。機長が2人でないといけないのは、航空法で定められていますので」

 香平の言葉に前島は、『厳格に決まってるんだね』と感心した様子で応え、そして言った。

「と言うことは、昨日の副操縦士はあの可愛い坊や…だけ? 随分若そうだったけど」

 やっぱり誰が見ても『可愛い坊や』なんだと、雪哉が聞いたら大暴れだろうな…と、香平は可笑しくなる。

「そうです。昨日の便の副操縦士は彼ひとりですが、ああ見えても彼は私と同い年で、来年の2月には30になるんですよ」

 雪哉の話になると、表情が緩んでしまうのはいつものことだ。
 たとえ気持ちに整理がついても、雪哉は大事な大事な人だから。

 そして、前島はさりげなく年齢を聞き出して、香平と同級生であることを確認した。

「じゃあ、経験年数は結構あると言うことかな? 君のキャリアは確かもう、8年近いだろう?」

「はい。私は8年目ですが、パイロットは訓練期間が非常に長く、年単位ですので、副操縦士になれるのは普通ですと早くても26歳を過ぎてからです。彼は異例の早さで26になる前に昇格したそうですが、それでもまだ、4年目の若いパイロットですね」

「それは、とても優秀だと言うこと? パイロットになるというのは、高い能力と大変な努力がいると聞いた事があるんだが」

「はい、彼はとても努力家で、今でも乗務の合間にはずっと勉強しています。ジャスカのクルーに彼の名前を言えば、必ず『天才パイロット』って返ってきます」

 人より優れた適性を、人より多くの努力で雪哉は支えていて、それが彼の評価に繋がっているのだと香平は思っている。

「…ということはもしかして、彼が君の想い人…かな?」

 指摘されて、香平はこれでもかというくらい言葉に詰まり、恥ずかしげに目を伏せた。

 答えはないが、これが答えだろうと確信できた。

 香平はと言えば、『そう言えば、前に色々と喋ってしまってたっけ…』と、今さらながらに気づく始末で。


「でも、まだ想いが通じているようには見えなかったから、私は諦めないでいようと思うんだが」

 優しい声で宥めるように言われ、やっぱり香平は言葉を返せない。

 そう、例え雪哉のことが無かったとしても、この気持ちは受け取れないと思ったのだ。ニコラ同様に。

 好意を向けられるのはもちろん嬉しい。
 けれど、同じだけの熱量を返すとなると、そうはいかない。

 少なくとも、今は前島にもニコラにも、同じだけの気持ちを返せるとは到底思えなくて、香平は自分の心の中で喘いだ。

 自分は何をすべきなのか。
 どうすれば、この苦しさから抜け出せるのか。

 そう思い、苦しさから、ふと縋りつきたくなった時、思い浮かべてしまったのは、『あの人』の…手。

 そして、その手が自分を優しく抱いてくれる温もり。


 自覚は唐突にやって来た。

 よりによって、一番想いを寄せてはならない人。

 実る可能性の有る無しではない。
 それ以前に、自分はあの人の信用を得ていない人間だ。

 その上、こんな邪な感情を持ってしまったことを気づかれたら、もう、破滅だ。

 自分の奥底に流れ始めた想いに気がついてしまい、それはさらに香平を追い詰めることになった。


                   ☆ .。.:*・゜


 その後、前島との夕食はどこかぎくしゃくしてしまい、香平の戸惑いを感じた前島は、『追い詰めるような真似をして悪かった』と気遣いまでしてくれて、やはりリムジンでホテルまで送ってくれた。

 今までは、香平が去って行くリムジンを見送ったが、今日は『ありがとうございました』と頭を下げて踵を返した香平の後ろ姿を前島がジッと見送る。

 その時。

「香平」

 小さいけれど甘やかな声がして、呼ばれた香平が立ち止まり、視線を巡らせる。

 次の瞬間、華奢な身体が香平の背後からしがみついた。
 年の頃はティーンエイジャー…もしかしたら、ジュニアハイ程度。

 身長はそれなりにあるけれど細身の香平の身体に、小さな手がしがみつく。



「僕を置いて何処に行ってたの?」
「…ゆ、雪哉…」

 雪哉がこんな甘えた声を出すのは、もちろん聞いたことがない。

 私服の雪哉はヘタをすれば高校生を下回って中学生レベルだ。
 特に欧米人に混じるとそれは顕著だ。
 本人も恐らく四分の一は欧州人のはずなのだが。


「今夜は一緒にいようと思って探してたのに」

 薄茶色の大きな瞳を潤ませて、雪哉が見上げると、香平は耳まで真っ赤になった。

「え…と」

 絶句する香平の腰に手を回したまま、雪哉は少しばかり強引にエレベーターホールへ香平を引きずっていく。

 ともかく、この衆人環視のロビーに長く留まるつもりはない。
 なんと言ってもここは、クルーの定宿なのだから。

 一般客たちは、アジア系のハイティーンとローティーンがじゃれ合ってるとしか思ってはいないけれど。


 そして、そんな2人の様子を、前島が見つめている。

 よく目をこらしてみれば、可愛い坊やはあの副操縦士だ。
 
 制服姿でも高校生のようだったが、私服だと一層お子様だ。
 本当に、あの巨大な旅客機を操縦しているのかと思うくらいに。

 前島は、真っ赤になって慌てる香平を見て、ため息をついてその場を離れる。

 まだ想いは通じていないと思っていたのだが、もしかしたらそうでもなかったのかも知れない。

 オーリック機長やあのクラウンチーフパーサーのような美丈夫を勝手に想像していたが、まさかあんなに可愛らしい坊やが相手だとは思っていなかった。

 毒気を抜かれる…とはこのことかな…と、自嘲の笑みが漏れる。

 ただ、あの『宗教画から抜け出てきた天使』のようなアレが『天才パイロット』には、やっぱりとても見えなかったが。


 未練だなと思いつつ振り返ったが、もう彼らの姿はなかった。

 可愛い副操縦士に会うことはもうないかも知れないが、やはり、香平とはこれきりになりたくはなかった。 

 手には入らなかったが、それでも彼に世話をされるのは本当に気分がいい。

 せっかくかなりの株まで手に入れたことだから、これからもこのエアラインを贔屓にしてやるか…と、物わかりの良い紳士は、待たせていたリムジンに乗り込んだ。


                   ☆ .。.:*・゜


 しがみついていた雪哉は、エレベーターの扉が閉まるなり香平に軽い肘鉄を食らわせた。

「うう…っ」

 下僕は痛いわけでもないのに大袈裟に腹を押さえ『女王様、酷い』…と呻く。

「で? がっつりと口説かれてきたわけ?」
「えっ? どうして…」
「そんなの、一目瞭然じゃん」

 よりによって雪哉に見抜かれてしまったことに、香平は思わず頭を抱えてしまう。

「それに、ずっと見てたよ。香平の後ろ姿」

 誰とは言わないが、昨日、あれだけ顔を合わせているのだから、見間違えようはないはずで。

「あ…だから、雪哉…」

 今頃やっと気がついたらしき香平に、雪哉はこれ見よがしにため息をつく。

「当たり前じゃん。理由もないのに、なんで僕が香平にしがみつかなきゃなんないんだよ」 

「だよね…」

 と言いつつも嬉しかったし、その理由自体も嬉しいには違いがない。

「でも、助けてくれたんだ…」

 感激しきりの香平に、まあね、と気のない風の返事をして、雪哉は見上げてくる。

「だから、ぼんやり口説かれてんじゃないって」
「別に、ぼんやり口説かれてたわけじゃ…」

 少し口を尖らせて、香平は反論しようとしたのだが、よく考えてみれば、やっぱり『ぼんやり口説かれて』いたのかも知れないと思い至る。

 目的の階に到着して、エレベーターの扉が開いた。
 ホールへ出ても、幸い人影はない。

 この階は、クルーが大勢泊まっている。

 ここ、フランクフルトへは1日3便飛んでいて、概ね2日間のステイだから、かなりの人数がいるということになる。

 実際、同じ便でないクルーにもしょっちゅう出会うし、一緒に出かけたりもする。

 けれど今は誰もウロウロしていないようで、雪哉は安心して話を続けた。


「そりゃ、あんだけ世話になって申し訳ないって気は、僕だって良くわかるけど。でも、それとこれとは話が別だろ? その気もないのに引き延ばす方が残酷だと思わない?」

 確かにそうだと思った。
 実際、前島にそう言う意味で気持ちが動いたことは一度も無い。
 それなら、うやむやな状態のままでいていいはずはないのだ。


「ま、あの程度で諦めてくれたかどうかはわかんないけど…」
「や、かなり有効だと思う。だって…」 

 続きを言い淀んで、ばつが悪そうに雪哉をちらっと見た香平に、雪哉がジト目を返す。

「あ、やっぱり僕をダシにしてたな」
「…はい、すみません。女王様…」

 素直に謝る香平に、雪哉は『はあっ』と、大げさにため息をついた。

「仕方ないな。こうなったら当分ダシになってやるから、ちゃんとしろって」
「そうだね。ありがと、雪哉」

 しおらしく言う香平を見て、雪哉は改めて、信隆とはお似合いなんじゃないかと考えた。

 それは、見てくれだけではなく、香平なら、信隆を優しく癒してくれそうな気がしたから。


「でさ。今さら『僕』って言ったらぶっ飛ばすけど、香平、今、好きな人いないの?」

 あらかじめ『雪哉』と言うとぶっ飛ばすと釘を刺され、今までなら、『そんなこと言われても』と思うところだが、ついさっき、自覚してしまったところだ。

 自分の想いが、あの人に向いていることに。

 まさか自分が男性に恋をする日が来るなんて思ってもみなかった…といったら、多分雪哉からはボコボコのタコ殴りだと思うけれど、実際雪哉以外に心が動いた人はこれが初めてなので、戸惑うばかりだ。

 だから、つい目を泳がせてしまった。

 その様子をジッと雪哉が見つめている。

「…いるんだ。まさか、オーリック機長?」
「えっ! なんでここでオーリック機長が出てくるんだよ!」

 即答されて、雪哉はホッと胸をなで下ろす。

 少なくともこれで、雪哉が『信隆の敵だと仮定している2大邪魔者』は確実に排除対象となり、ひとりは今し方駆除に成功した。恐らく。

「ふうん。違うんだ。ま、好きな人がいるってのは良い事だし、『ダシ』になる以外で僕に出来ることがあったら手伝って上げなくもないけど」 

 言われて香平は、少し寂しそうに笑った。

「ありがと。嬉しい。でも、残念だけど、今回も失恋確定なんだ」
「…えっ。何だよ、その展開っ」

 香平の気持ちも信隆に向いていてくれれば…と、かなり希望的観測をしていた雪哉は、予想外の言葉に内心で頭を抱えた。

 失恋確定だということは、香平の想い人は信隆ではない…と、雪哉は思ったのだ。

 信隆が相手なら、失恋確定ということはない…どころか、多分両想いで万々歳のはずなのに。


「僕はまた、想ってはいけない人を想ってしまったみたいなんだ。ほんと、懲りてないね…」

 寂しいを通り越して、悲しげに微笑んだ香平に、雪哉の胸が詰まった。

「…諦め…ちゃう気?」
「…雪哉」

 雪哉が小さくため息をつく。

「香平の気持ちはわかるんだ。僕だって、好きになってはいけない人を好きになってしまったって、随分長い間、抱えたままで苦しかったし」

 それが、『来栖キャプテン』のことだと、すぐにわかった。

「でも、報われなくても想っていようって決めてたんだ。僕の気持ちは、僕のものだから」

 言葉の内側に『香平もがんばれ』というエールを感じ、漸く香平は笑った。

「そうだね。僕の想いは、僕のものだね」

 けれど、雪哉はオンでもオフでも優秀で、仕事で頼りにされ、人柄を愛されて、キャプテンを想うに値する人間だと思った。

 それに引き替え、自分はどうなんだろうと省みる。

 オフで未熟な自分を晒し、オンでも頼りにならないようではどうしようもない。

 ともかく、少なくとも仕事で一人前だと認めてもらえるようにならなくては、話にもならない。

 それこそ、想うことすら許されない気がする。


 ――僕がここへ移ってきたことは、やっぱり間違いだったのかな…。

 あのままずっとあっちにいれば、何事もなく平和だったのかもしれない。
 今さら言っても仕方のないことだけれど。

 でも、辞表は二度と書かないと決めたのだ。
 その決意まで覆してしまっては、二度と『あの人』に会わせる顔がない。

 今は、想うことすら辛いから、ここしばらくの通り、できる限り接触しないように心がけて、シップの中では精一杯務めよう…と、無理やり自分を納得させた。

 そして雪哉はと言えば、『香平が好きなヤツ』…つまり、『都築さんの第3の敵』はいったい誰なんだ! …と、内心で大暴れなのであった。




 711便のアクシデントは、前日からサンフランシスコに飛んでいて現地ステイ中だった信隆も当然把握していた。


 もちろん、報告を上げたのは客室責任者の香平で、降機の3時間後には信隆宛にメールで報告書が送られて来て、その後の処理は信隆の仕事だ。

 案の定、信隆は、香平からの報告を読んで、『どうしてまた…』と、ため息をついていた。

 乗客の女性が無事だったのは何よりだが、よりによって手助けしてくれたのが前島とは、どういう巡り合わせだと、ここのところ積もり積もった苛々と疲れが一気に倍増しそうになり、もう一度深くため息だ。

 とにかく、前島に関しては、遠くないうちに機内で会うようなら自分も何らかのアクションが要るだろうし、それよりも社としての謝意や待遇での配慮が必要になるはずだ。

 ただ、それはもっと上が決めることだから、信隆は報告を上げるだけでいいけれど。

 さらにもう一度ため息をついて、信隆は香平に返事を書いた。

 話したいことは色々あるけれど、これはあくまでも業務報告だから、できるだけ簡潔に、けれど最後には、『お疲れさま。頑張ったね』と、一頃添えることを忘れなかったが。

 いずれにしても、恐らく…いや、間違いなく今回も前島に誘われているだろうことは容易に想像出来て、しかも『こんなこと』があった後では、もしかして…と考えただけでも、嫌な方向へ意識が暴走し始める。

 24時間ほど悶々と悩んだ。

 その間も、あちらこちらから上がってくる報告書を片付けながらだが、すべてのフライトから報告書がくるわけではない。
 問題のないフライトならば、ベースに帰着した時の『報告』だけで済む。

 そして、やはりいても立ってもいられなくなり、ともかくも…と、一緒にステイしているはずの雪哉にメールをすることにした。

 信隆は復路乗務の7時間前。
 フランクフルトのクルーたちは、ステイ2日目の夜のはずだ。

 香平と同じように、『大変だったね、お疲れさま』と労い、そして『香平はどうしてる?』と、あくまでも『業務上』『チーフパーサー』を慮る風を装って。

 雪哉は、前島が香平を追ってきて、熱心に誘っていることは知らないはずだから。

 返信は、雪哉たちがいる『中央ヨーロッパ時間』の午後10時頃――サンフランシスコは午後1時――に来た。

『お疲れさまです』で、始まったそのメールには、香平が前島から誘われて出かけたこと、あからさまに『断り切れなかった顔をしていた』こと、帰ってきた香平が辛そうな顔をしていたこと…などが、かなり綿密に書かれていて、一層不安が煽られてしまった。

 そう、雪哉は書かなかったのだ。
 これまでのいきさつを詳しく知っていると言うことも、もしかしたら駆除に成功したかもしれない…と言うことも。

 もちろん、わざとだ。ここでホッとしてもらっては困るから。

 香平が好きになった人が誰かわからないけれど、でも、雪哉はできることなら信隆とくっついて欲しいと切実に願っている。

 信隆の気持ちが香平に向いていると、様子を尋ねてきたこのメールで確信していたから。

 そして、雪哉は信隆に返信したその手で敬一郎宛にメールを打っていた。

 敬一郎は現在ホノルルステイ中で、定刻ならば、敬一郎の帰着と信隆の帰着はわずか30分違い。

 翌日から2人とも公休のはずだから…。






 定刻で、敬一郎も信隆も羽田に帰着した。
 午後10時を回っている。

 待ち合わせは退社ゲートと決めてあって、落ち合った2人は信隆の運転で敬一郎のマンションへと向かった。


「もしかして、気を遣ってくれたのは雪哉ですか?」

 雪哉から返信を受け取った少し後、信隆は敬一郎からもメールを受け取っていた。
『久しぶりにゆっくり話をしないか?』…と。


「さすがだな。お見通しか」

「…雪哉はなんて?」

「ん? 都築が少し疲れているようだ…って話さ。ここのところゆっくり話す間がなかったからな」

 いつものように穏やかに、さして大したことでもなさげに言う敬一郎に、信隆は本音を零した。

「確かに少し疲れています。あ、激務というわけじゃないんですよ。ここのところ出張は落ち着いて来ましたし、男性クルー採用の件も軌道に乗ってきましたし…。あとは、この冬辺りにもしかしたら『引き抜き第2弾』を決行するかもしれない…と言うくらいです」

「けれど、その上に、審査・査察と通常乗務だろう? 十分激務だと思うがな」

 そう言いつつ、信隆の『疲れ』の原因が激務にあるわけではないと、敬一郎は承知している。
 そう、他に理由があることには気がついてる。雪哉共々。

 今夜は、その辺りの本音を吐き出させるのが目的だ。
 固有名詞が確定できれば――想像はついているが――それに越したことはないが、そうでなくてもいいと思っている。


「…な〜んて、先輩も知ってるでしょ? 私がこれくらいで音を上げるわけがないって」

「まあな」

 小さく笑い、そして尋ねる。

「で、激務でもなく疲れてるわけってのは何だ?」

 敬一郎らしく、遠回しでなくストレートに聞かれて、信隆もまた小さく笑う。

「何でしょうね…」

 その、思わぬ心細げな声に、敬一郎が視線をちらりと運転席に流す。 

 信隆ともあろう者が、無自覚に恋をしているとは思えなくて、なんとなくこれは厄介だなと感じた。

 だからもう、この際だと思った。

「恋患いか?」

 直球ど真ん中だ。
 そうなれば、返事は『イエス』か『ノー』のはずなのだが。

「…どうなんでしょうね。そうかも知れないとも自覚はしてるんですが、自分自身で今ひとつ確信が持ててないんです」

 あまりに想定外の答えが返ってきて、敬一郎は思わず目を泳がせた。

 そして、確信する。絶対恋患いだと。

 しかも重症だ。知らず知らずのうちに進行して、自覚症状が出た時には全身に回っていて手の施しようがない…と言うヤツだ。

 そう、これはもうすでに『どっぷり』だ。

 なのにこの状況ということは、事態はかなり深刻なのかも知れない。

 ただでさえ恋愛相談は苦手なのだが、これはもう、敬一郎の手に負えるレベルではないだろう。

 かといって、話を振ってしまった手前――しかも雪哉からは『くれぐれもよろしく』お願いされている――最後まで付き合うしかないと腹を括った。

「…あのな」

「はい?」

「悪いが、今のお前の状況が良くわからん。好きかも知れないけど、そうでないかも知れないということか?」

 けれど信隆はあっさりとひっくり返す。

「いえ、好きは好きですよ。大好きです。多分出会った頃からね。でも、それがどう育ってしまったのかを、自分でも見失ってる最中なんです」

「確かめればいいってことじゃないのか?」

 正論をぶつけてみれば、珍しく信隆は、一気にまくし立ててきた。

「俺だってそうしたいです。でも、確かめたいのに会えないんですよ。会って確かめたいし、何より会えば疲れも吹っ飛ぶのに…」

 そう言って急に黙り込んだ信隆に、敬一郎は、『これは久々に来たな』…と、またしても目を泳がせた。

  一人称がしっかり『俺』に変わっていることにも当然気づいてしまった。


「会いたいのに会えない…って、もしかして社外の人間か?」

 そうでないはずだとは確信しているけれど、敢えて尋ねてみる。

「いえ、社内の人間ですよ。しかも、俺の直下です。その気になって会えないはずはないのに、何処にもいないんですよ。帰着していてもいつの間にかいなくなっているし…」

 信隆の直下と言えば、羽田ベースの国際線では上級チーフパーサーとチーフパーサーだ。

 国際線の上級チーフパーサーは、チーフパーサーたちを纏めてはいるが、そのチーフパーサーは信隆とも直結していて、報告等は、信隆とチームリーダーの双方に同じものを上げなくてはいけないことになっている。

 そうしてチームリーダーは情報を共有し、信隆は情報を処理し、必要に応じてさらに『上』へと上げる仕組みだ。

 国内線では国際線の6倍に及ぶ便数を束ねている上級チーフパーサーたちの中から選抜された数人からなる『乗務マネージャー』がいて、彼女たちが信隆の直下になる。

 他のベースには、信隆と同じ立場にあたる『統括マネージャー』がいるが、ベース毎に独立しているので、連携はしているが、通常業務でのやりとりはない。

 だから、直下ということは、雪哉と敬一郎が『きっとそうだろう』と思っている人物で確定だ。
 
 少し前には、名指しで『すれ違っていて会えない』と愚痴られたことがあるのだから。

 だが、そこには敢えて突っ込まずに、敬一郎は『知らぬ振り』で話を続けた。

「直下なら、携帯とか知ってるだろ?」

 それで捕まえればいいことだと思うのは当たり前だ。
 そもそも、メールボックスという便利なものがあるというのに。

「もちろん知ってますよ。でも、少しばかり失敗してるんで、その手は厳しいんです」

「失敗?」

 信隆に『失敗』というのは珍しい。

「ええ、俺としたことがフォローも何にも考えないまま呼び出して、本能に任せて突っ走って、微妙な距離を開けてしまいました。こうなってしまったら、電話とかメールとか、真意の伝わりにくいコンタクトの取り方はさらに墓穴なんですよ」

 もう二度とミスは犯したくない。それはつまり…。

「…それはつまり、怖いということか?」

 指摘されて、信隆は言葉に詰まった。

 そして、自覚する。そうだ、怖いんだ…と。

 不用意な言葉で傷つけてしまったこと、ニコラとのことを勘ぐって詰問してしまったこと…。

 前島の時もそうだ、『何があった』と聞いた時の自分の口調はかなり厳しかったはずだ。

 自分がしでかしたことの数々が、自分をがんじがらめにして行く…。
 そう、まさにニコラに指摘された通りだ。

 そして、こんなにも香平と会えないのは何故か…。

 敬一郎に促される形で自分の気持ちの流れを漸く整理して、信隆は恐ろしい推測に突き当たった。

 香平はもしかして、自分を避けているのではないか…と。

 ハンドルを握る手に、汗が滲んできた。
 もうすぐ敬一郎のマンションだ。

 そして敬一郎は、答えに詰まったきりの、あまりにらしくない信隆の様子に、この事態を収拾するには手を借りるしかないな…と、ある人物の顔を思い浮かべていた。

 やっぱり自分は恋愛相談には向いてないな…と、再認識しながら。




 雪哉が前島の目前でしがみついてきたあの日から、1週間と少し。

 香平は、出社スタンバイでもないのに、制服の上にパーカーを羽織って展望デッキの片隅で、離発着するシップをボンヤリと眺めていた。

 帰着したはいいが、もろに信隆と鉢合わせしそうなタイミングだったので、往復ともフライトが平和だったのをいいことに、デブリをさっさと済ませて、着替える間が危ないのでそのまま展望デッキへと逃げてきたと言うわけだ。

 うっかり出会わないようにするため、公開されている信隆のスケジュールをこまめにチェックするようになってからそれなりの日が過ぎたが、ここのところ、出張が一段落して乗務がほとんどになっている。

 公休も規則通りに入っているので、香平はホッとしていた。
 本当に、身体を壊さないか心配だったから。


 急病人が出たフライトの夜、信隆に報告書を提出した。

 信隆からは、いくつかの確認と、『お疲れさま。頑張ったね』という言葉が返ってきたが、ドクターコールに応えてくれた前島のことについては一切質問がなかったので、ホッとした。

 そして、次の711便の乗務は早くても1週間は先で、これからも前島が乗ってくれるかどうかはわからない。

 乗ってこなければ、やはり申し訳ないことをしたなと思うし、乗ってくれば、今しばらくは少しぎこちなくなってしまうかも知れないから、いずれにしても少々気鬱であることには違いない。

 けれど、その他のフライトはとても順調で、チームのメンバーは、まだ若い香平を全力でサポートしてくれるし、自分でも少しずつ、チーフパーサーと言う役目に馴染んできたかなと思っている。

 それでも、『あの人』に及第点をもらえるには、まだまだだろうけれど。

 それに…。

 香平は飛び立つシップを目で追いつつ、もう一度自分の気持ちを整理してみる。

 前島にもニコラにもまったく覚えなかった感情を、信隆にだけは感じてしまった。

 肩を抱いてくれる、あの手が欲しいと、思ってしまった。

 自分の左の手のひらで、そっと自分の右肩を抱いてみる。
 全然違う温もりに、ため息がでた。

 その時。

「あ、れ? 香平、何やってんの、こんなとこで」

 聞き間違えようのない、雪哉の可愛い声がして、振り向けばやはり、そこには相変わらずの可愛いらしい姿があった。

 そう言えば出社スタンバイ中だったな…と、相変わらず雪哉のスケジュールを把握している自分が可笑しくて、香平は座っている所を譲って雪哉のために場所を空けた。

「香平も出社スタンバイだっけ?」 

 隣に腰を下ろし、香平の出で立ちを確認して、小首を傾げる。

「ううん。帰着したとこ」

「あ、そうなんだ。お疲れ。デブリは?」

「もちろん終わってるよ」

「んじゃ、なんで制服?」

 雪哉の疑問はもっともだ。長時間制服を着ていて、それなりに汗もかいているから、皆一刻も早く脱ぎたがるのに。

 だが、香平は雪哉の疑問に答えることなく、雪哉の手元を見て笑った。

「なにそれ、chocolat chaud?」

 カップからカカオの甘い香りが漂っている。

 『チョコさえあったら生きていける』というくらい雪哉はチョコが好きで、チョコが含まれていれば何でも食べる。

 敬一郎から『ご飯を全部食べないと、チョコあげない』と言われるほどで、その話を聞いた時、香平は『本当にパパと息子みたいだな』と笑ってしまったものだ。

「うわ、香平がフランス語喋ったの、初めて聞いた」
「え、そうだっけ?」

「うん。さすがに発音いいね」
「そりゃ、6年もフランス語で仕事してたからね」

「で、何て言ったの?」

 意味がわからなくてもフランス語だとはわかったんだ…と、可笑しくなる。

「ショコラショー…って言うんだ。ホットチョコレートのこと」
「へ〜、そうなんだ。舌噛みそうだけど」

「美味しかったら名前なんてどうでもいいよね」
「うん。そうだよね。これ、美味しいんだ。飲む?」

 勧めてもらったが、香平は『ううん』と、小さく首を振った。
 何だかんだ言っても、雪哉は優しい。

「雪哉は優しいね」

 ポツリと言うと、雪哉は『はあ?』と、声を上げた。

「今さら何? 優しくなきゃ、香平の窮地なんて救ってやんないって」

 憮然とした顔つきで言われ、香平は笑う。

「そうだね。あそこで雪哉に助けてもらってなかったら、この先もきっとずるずる引きずってどうしようもなくなってかも知れない…」

 そう思うと恐ろしい。
 前島との関係が切れないことについてではなく、信隆に誤解され続けることが。


「僕、ちゃんと話が出来るようになるまでは、香平ってもっと自分勝手なんだと思ってた」

 唐突に言われ、香平は雪哉を見つめた。

「今の状態ってさ、自分の気持ちはさておいちゃって、他のことばっかり優先させてるから、身動き取れなくなってんじゃないのかなって思うんだけど」

 真顔で見返され、香平はまた首を振る。

「そんなことないよ。めっちゃ自分勝手で優柔不断なだけだよ。考えてるのは自分のことばっかりで、辛いの嫌だな…って、そればっかり…」

 俯いてしまった香平に、雪哉が眉を寄せた。

 どうしたものかと考える。

 相手は香平だとほぼ確信できたものの、信隆は何故か手も足も出ない様子で、それが不思議でならない上に、香平の好きな人は、話を聞く限りでは信隆ではないようで、雪哉も敬一郎もかなりお手上げになってしまった状態だから、今日、起用なくスタンバイが終われば、ノンノンに相談するつもりでいるところだ。


「で、もう一回聞くけど、なんでまだ制服? 下僕の分際で僕の質問に答えない気?」

 わざと偉そうに言ってみると、香平は顔を上げて雪哉を見て、少し笑った。

「女王様には答えなきゃ…だな」
「そうだよ。わかってんじゃん」

 更に偉そうに言うと、香平は雪哉の頭を抱えて抱き寄せた。

 今までなら、離せと暴れていたところだけれど、今、香平は誰かに寄りかかりたい気分に違いない…と、雪哉は感じて、そのまま大人しくされるがままになる。

 触れ合いの暖かさには、親愛しか感じられなかったから。

 雪哉の頭に、自分の頬を寄せて、香平は小さな声で白状した。

「ある人とね、会いたくないんだ。でも、今ロッカールームに行くとニアミスしそうだから、ここで時間潰してる」

 それを聞いて、いきなり雪哉がスマホを取りだして起動した。

「え、雪哉、何してんの?」

「何って、オーリック機長のスケジュール見てんだよ。あの人ってば、スケジュールの閲覧、フリーにしてっから」

「わああ、オーリックキャプテンじゃないってば!」

 慌てる香平に、雪哉がその手をぴたっと止める。
 そしてちらっと香平を見て、またスマホを操作し始めた。

「えっ、今度は何っ?」

「都築さんのスケジュール。フリーだろ、あの人のも」

「ちょっ、雪哉! 見ちゃだめってば!」

 違うと言わずに止めようとする香平に、雪哉はまたその手をぴたっと止めて、香平をジッと見つめた。

 香平は、思わず顎を引いてしまい…。

「どうして都築さんと会いたくないの?」

 バレてしまった。

「ええと……」

 信隆が、香平に会えなくなったと、かなり煮詰まっていることを聞いている雪哉は、それが香平によって意図して作られた状況であったことに驚くばかりだ。

 けれどこれで本当に確定だ。
 信隆の想い人は香平だ。
 なのに、香平は信隆を避けている。これでもかというくらいに。

「都築さん、香平と会えなくなったって、凹んでるよ?」
「え? そんなはずはないよ」

 あまりにきっぱり否定されて、雪哉は『その確信はどこからくるんだ?』と首を傾げる。

「…僕はね、都築教官に信用されてないんだ」
「…はい?」

 そんなはずないだろ…と、続けたが、香平は緩く頭を振った。

「ううん。そうなんだ。オーリックキャプテンとのことも前島様とのことも、誤解されて、だめな人間だと思われてるんだ」

 雪哉を苛めていた時のことで、大泣きしてしまったことは絶対に言わないが。

「だから、せめて仕事だけは一人前にって思ってて、でも、都築教官に信用されてないってのは本当にキツくて、辛くて、会ってまたそんな話になったら、きっと僕はまたバカみたいに落ち込むし、そうなったら集中して乗務できなくなるし、それならいっそ、会わずにいようと思ったんだ」

 話を聞いて、雪哉はどうしてこんなに縺れちゃったんだ?…と、不思議に思う。

 そもそも、信隆が香平を信用していない何て言うことは絶対にない。

 いや、その真逆だ。
 信隆は香平を、仕事の上でもプライベートでも信頼し、そして恋をしているはずで。


「香平はそれで平気なんだ? 会えなくってもいいんだ?」

「ううん、平気じゃないよ。教官に会わないでいるのは寂しいし悲しいよ。でも、それよりも乗務を優先させないと。揺れて、集中力を欠いた状態で乗るなんて、許されないだろ?」

 そう言われて、雪哉は『それは確かにそうだけど…』と、消極的に肯定はしたが、でもやっぱり何かが変だ。

 どうして、ニコラや前島のことで香平が誤解されて…と、そこまで考えた時、不意に思い至った。

 これはもしかして、『嫉妬』というヤツではないのかと。

 信隆に『嫉妬』なんて言葉はどうにも似合わないけれど、あの煮詰まり具合からすると、あるんじゃないかと思えてきた。

 もしそうだとしたら、これはもう本物だ。
 常から信隆には幸せになって欲しいと思ってきたが、こうまで想いが深いのなら、どうしてもこの恋を実らせて幸せになって欲しい。

 でも、この奇妙にもつれた誤解をきれいに解くにはどうすればいいのか。

 う〜ん…と、考え込む雪哉の横で香平は、雪哉に話したことで、少し整理がついていた。

 けれど、そうして少し冷静になって思い返してみれば、肩を抱かれた時の温もりや、大泣きして抱きしめられた時の腕の力強さを思い出し、やっぱり自分は信隆が好きになってしまっているのだと再認識して、苦しさだけが募るばかりだ。

 そして考え込んでいた雪哉は、香平が『失恋確定なんだ』と言った意味を理解した。

 香平の気持ちも、ちゃんと信隆の方を向いている。
 でも諦めてしまっているのだ。今は。
 しかもどうやら『嫉妬による誤解』が原因のようで。

 両想いなら、必ず纏めてみせる!…と、雪哉は心の中でグッと拳を握りしめた。


                   ☆ .。.:*・゜


 結局香平は随分と経ってから、ロッカールームへと戻って行った。

 そして雪哉はその日、起用なくスタンバイを終えられたので、ノンノンに相談を持ちかけた。

 ノンノンもまた、ここのところの信隆の煮詰まり具合を不審に思っていて、香平絡みだと気づいていたから話は早かった。

 そして今日の信隆は、やはりノンノンに『香平、帰着してるよね?』と尋ね、『定刻ですよ』と言われて『そう…』と呟き、疲れた様子でため息を漏らしたと言う。

 そして、これはもうダメだな…と、華に相談しようと思っていたところだと教えてくれた。

 華には、敬一郎からも話が行っているはずだ。
 あの信隆を、最終的にコントロールできるのは、華しかいないと。

 すべての情報を華に集めれば、きっと何とかなる…と、ノンノンも雪哉も、2人の幸せを強く願った。


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☆ .。.:*・゜

おまけ小咄

『みんな今日も元気!(…に、妄想中!)』



『キャビンクルーは今日も元気!』


「「「太田AP〜」」」

 前島の視線の中、雪哉が香平に絡みついて、そのままエレベーターへ引きずり込んだのを確認してホッとしたのもつかの間。

 いきなり背後から聞き覚えのある複数の声に呼ばれて、遥花はギクリと肩をこわばらせ、おそるおそる振り返った。

「何やってんですか〜?」

「見ちゃいましたけど〜」

「太田APもグルですよね〜」

「な、なんのこと、かな?」

「や〜ん、はぐらかさないで下さいよ〜」

「や、だからね、アレにはわけが…」

「わかってますよ〜」

「そうですよ〜。イケメン紳士の求愛から、中原CPを救出!…でしょ?」

「なんだ、わかってるんじゃない〜」

 ホッとしたのもつかの間。

「いやいや、それにしても驚いたのなんのって」

「ですよね〜」

「私は美しすぎて目眩がしました」

「ソレも言えてる〜」

「香平くんにしがみつく雪哉くんなんて、もうどうにでもしてって感じですよね〜」

「しかもあの雪哉くんの甘えた声ってば」

「あれ、演技で出たんなら、マジ演技派だよね」

「女王様と下僕、返上?」

「いや、違うって、女王様と下僕の新たなる愛の形よ」

「なるほど〜。でも、不倫ですよ?」

「あ。ほんとだ。ゆっきー、不倫だよ不倫。キャプテンにバレたら大変〜」

「いや、不倫じゃないって。女王様と下僕だから」

「え? それどういう倫理観です?」

「女王様と下僕はね、究極の奉仕愛なんだよ」

「下僕の…ですよね?」

「ちっちっち。それは素人の浅はかさ。実は女王様が下僕に『奉仕することで喜びを感じる』という愛を与えてやってるのよ」

「なんか屈折してますね…」

「いいの、ゆっきーと香平くんだから」

「あ、なるほど〜」

 延々と繰り広げられる『女王様と下僕論』に、遥花は遠い目で呟く。

 ――私、し〜らないっと。


                   ☆ .。.:*・゜


『キャプテンたちは今日も元気!』


「おい、牛島」

「はい」

「あれは、なんだ」

「雪哉が中原にしがみついてますね」

「そんなの見りゃわかる」

「柳にちっさい蝉がくっついてるみたいですね」

「ぶっ。笑わすなっ」

「あ、大橋さん、あれ、ほら、彼が昨日、ドクターコールに応えてくれたVIPですよ」

「うお。これはまたイケメンだな」

「やっぱり中原を誘い出してたみたいですね」

「昨日、浮かない顔してたが、やっぱり行かざるを得なかったんだろうな。可哀相に…」

「お。あれはどうも、諦めたっぽい感じですよ?」

「なにっ。と言うことは、雪哉のあの『柳に蝉』は『やらせ』ってことか?」

「でしょうね。いや、目的はどうあれ、あの甘えた声と視線が『やらせ』でなかったらマズいでしょう。来栖が大暴れしますよ」

「そりゃそうだな。来栖も雪哉のことになると、色々と吹っ飛ぶからな」

「それにしても同級生の窮地を救うなんて、雪哉も男らしいですねえ」

「まったくだ。あいつは顔も中身も天使だが、芯の部分は相当男前だからな」


 友人の窮地を救うと言う行いは男らしいけれど、その方法の方向性が『男らしい』からは激しく逸脱していることに、まったく気がついていないダブル・キャプテンでありました。

おしまい。


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