『君愛』&『I have!』
コラボ企画 その2

『信隆様の小さなため息』



 静まり返った音楽ホール。
 管弦楽部長、伊藤治樹の声だけが響く。

「管楽器は以上です。続いて弦楽器」

 新年度、管弦楽部のオーディションの結果が発表されている。

 自分を含む、管楽器全員の序列を読み上げた治樹は、続いて弦楽器の序列を読み上げるのに、ほんの少し、勇気が要った。
 
 コンサートマスターが卒業して、次は誰になるのか。
 普通なら順当に繰り上がるはずの次席はまだ中等部2年生だから、その名が呼ばれるであろうことは誰も考えてはいない。

 今、その座に就ける生徒はただひとり…のはず、なのだが…。

「第一ヴァイオリン、首席・コンサートマスター、都築信隆」

 その名が告げられた瞬間、どよめきと同時に悲鳴が上がった。
 悲鳴は主に中学生のものだが。

「静かに」

 その一言で大きなどよめきは鎮まったものの、代わりにすすり泣きが漏れてくる。

 その様子に、部長の治樹は誰にも気取られないようにひっそりとため息をつく。

 この反応は予想できたのだ。

 確かにこれが最善だとは思ったが、残されるセカンドヴァイオリンのメンバーのことを考えると、手放しで賛成ですとも言い難かった。

 が、顧問は決行した。

 ちら…と、顧問に視線を流してみたが、仕掛けた張本人はどこ吹く風で、腕組みして目を閉じている。

 少し視線を転じれば、信隆の姿が目に入った。
 彼は治樹の1年後輩――高等部2年だ。

『美貌』と言われているほどに整った顔立ちは、相変わらず『動じていない』ように見えるが、治樹にはわかった。
 あれはかなり、憮然としているに違いないと。

 それそうだろう。
 この結果は信隆の望むものではまったくないからだ。

 すすり泣いているのは、『絶対的トップ』を失うことになった、セカンドヴァイオリンの面々だ。唇を噛んでいる者もいる。

 もう一度ひっそりとため息をついて、治樹は発表を続けた。


「次席、桐生昇」

 今度はこれといった反応はない。『当たり前』…だからだ。

 実力的には群を抜いているが、中2になったばかりの彼に、オーケストラを背負える統率力はまだないと誰もが思っているから。

 だが恐らく、彼は高等部へ上がるときには間違いなくコンサートマスターに就任するであろうから、これからの2年は『修行』と言うわけだ。

 そして、その『修行』の『指導』を任されたのは、今、新コンサートマスターに指名された信隆と言うことになる。

 彼は、昨年セカンドヴァイオリンの首席になり、卒業までそのポジションを守るつもりでいたのだが。

 
☆ .。.:*・゜


「先生、僕は納得できていませんが」

 夕暮れの音楽準備室で信隆が静かに、顧問に抗議をしている。

「お前が納得してようがしてまいが、オーディションの結果だからな」

「でも、僕は卒業まで責任を持ってセカンドヴァイオリンをまとめていきたいです」

「ああ、その気持ちはわからんでもないけれどな」

 漸く書類から顔を上げ、顧問は信隆に視線を合わせた。

「じゃあ聞くが、お前以外に誰が合奏を引っ張れる? そもそもお前がセカンドヴァイオリンにいたのも、お前の希望を尊重してのことだったっての、忘れたわけじゃないだろう? 去年もファーストに移れと言ったのに、どうしてもイヤだと駄々をこねたのを私は聞き入れたぞ」

 確かにそうだ。

 いや、『駄々をこねた』と言われるのは心外だが、どうしてもセカンドに居たいと言い張ったのは自分だ。
 そしてそれを、顧問は受け入れてくれた。


「都築、お前、音大に行く気ないんだろ」

 唐突に言われ、信隆が目を瞠る。

「…先生」

「親の目を誤魔化すつもりでセカンドヴァイオリンに居たんだろう?」

「…いえ。『縁の下の力持ち』の方が性に合っていると自覚してのことです」

「あはは。しれっと言い訳してんじゃないよ。お前は実力的にも性格的にもトップを張るタイプだ。上手く隠れていたつもりかもしれないが、まさか私まで誤魔化せると思ってないだろうな」

 不敵に笑いを漏らす顧問に、信隆は押し黙る。
 図星だったからだ。

 そもそも信隆の父親は彼を音楽家にしようと考えていたのだが、息子にはどうも『バリバリ弾く』様子がなく、管弦楽部でもセカンドヴァイオリンで、言わば『下支え』に徹している様子から、『これは無理かもしれないな』…と、やっと諦め始めてくれていたのに、コンサートマスターになどなってしまっては、また要らぬ期待を抱かせてしまうと信隆は危惧しているのだ。

 それらを何もかも見透かされて、信隆はどうしたものかと考えを巡らせる。

 だが、顧問は意外なこと言った。

「心配するな。音大へ行かないことに関しては親の説得を引き受けてやるから、その代わり、卒業までの2年間、管弦楽部のために『出し惜しみ』をやめてくれるとありがたいんだがな」

「先生…」

「あと2年、思う存分力を発揮して、大学ではやりたいことをやればいい」

 こうまで言われてしまえば、もう返す言葉はない。

「まあ、セカンドヴァイオリンの連中には当分恨まれそうだがな。そのうちこれが最良だってことはわかってくれるだろう」

 明日から頼んだぞ…と言われ、信隆は小さく息をついて、はい…と応えた。


☆ .。.:*・゜


「…都築先輩…」

 音楽準備室を出ると、そこにいたのは、恐らくこれから2年間、隣で弾くことになる金髪の天使だった。

「どうした、昇、こんなところで」

 いつもの彼らしくない、萎れた様子を見て取り、信隆は小さな後輩の肩を優しく抱いた。

「ごめんなさい。僕がもっとしっかりしてたら、先輩はセカンドから移らなくて済んだかもしれないのに…」

「何言ってんだ。昇のせいじゃないよ。だいたい、まだチビの昇にそんな大変な役目を背負わせるような可哀相なことしようなんて、誰も思ってないから」

 チビと言われてほんの少し唇を尖らせた昇だったが、それでもいつものようなやんちゃ振りは戻って来ない。

「それよりも、僕の方こそ頼りないコンマスだと思うけど、よろしくね」

 その言葉に、昇は慌てた様子で首を振った。

「ううんっ、先輩は誰よりも上手だし、僕もいつも先輩みたいに弾きたいなって思ってるから、僕は隣に座れて嬉しいんだけど…」

 嬉しい告白に、信隆の頬が緩む。

「それは嬉しいな。じゃあ、明日から一緒にがんばろうか」

「うん!」

「うん、じゃなくて、はい、だろ?」

「はい!」

 碧い瞳をキラキラさせて見上げてくる様子が可愛くて、信隆は覚悟を決めた。

 この子に2年後を託すために、本気でやってみるか…と。


END

2016.4.22 UP

部長の伊藤治樹くんは、『君愛1』の番外編、『楽興の時』にでています☆

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