THE・聖陵祭

〜大貴のお祭り騒ぎ覗き見メモ〜


☆「私立聖陵学院・茶道部!」を未読の方はぜひ先に『茶道部』を読んでやって下さいませv




 俺、横山大貴。高校2年。聖陵学院高等部生徒会の執行部員だ。

 とは言っても、今日から始まる聖陵祭が終わるとすぐに、高等部生徒会も役員選挙があって…。

 一応俺は副会長に推されてる。

 中等部では書記を務めたし、高等部に上がってからも、1年2年と執行部員をやって来た。

 今回も、現生徒会役員の推薦だから、まず――そうだな、悟あたりが出てこない限り――当選は間違いないだろうって言われてる。

 その、中等部で生徒会長だった悟は、今回の選挙にあたって、生徒会の先輩方のほとんどストーカーと化した執拗な出馬要請を受けた。

 寮の部屋の前、教室の前、食堂の前、音楽ホールの前…ありとあらゆるところで待ち伏せされ、挙げ句の果てには風呂の浴槽の中から現副会長の先輩が『悟、頼む〜、考え直してくれ〜』って泣きながら現れて、さすがの悟もいい加減疲れてたよな。

 でも悟はガンとして首を振らなかった。多分、管弦楽部長になるからだろう。

 他の部活なら、生徒会を優先させろ…なんて圧力も可能なんだけど、こと管弦楽部に関しては、生徒会の力も及ばない。

 何せあそこは一種の治外法権だからな。

 ってことで、今回俺は、悟の抜けた分繰り上がって、副会長に擁立…って事になった。

 けど、まだそれは少し先の話。
 俺の現在の身分は単なる執行部員。
 漢字で書くとかっこいいけど、何のことはない、使いっ走りだ。

 使いっ走りの仕事は多い。
 生徒会の雑務(掃除を含む)。資料の整理や取りまとめ。各部会との連絡。先生方との連絡。会議日程の調整……。
 あげ始めたらキリがない。

 もちろん活動の忙しさには波がある。
 特に忙しいのは卒業式と入学式。
 学期始まりももちろんそうだ。
 あとは役員の改選時期とか…。

 で、中でも一番忙しいのがそう、聖陵祭。所謂文化祭ってヤツだ。

 聖陵はちょっと変わった学校で、体育祭ってのがない。
 あるのは競技記録会(スポーツテスト)ってのと球技大会だけ。

 競技記録会は体育の成績に直結だからみんな真剣にやるけれど、球技大会の方は、まあ、お遊びの様なもんだ。

 部活で球技をやってるヤツはその種目は選べないし(たとえば、テニス部のヤツはテニス以外の競技を選ばなきゃいけないとか)、管弦楽部の連中は突き指の危険がある競技(バスケとかバレーとかだな)は禁止されているから、毎年卓球とかで妙に盛り上がるんだけど…。

 ま、一日授業が休みになる、息抜きの日…だな。


 そんなわけで、10月の第1金曜日から3日間に渡って行われる聖陵祭ってのは、体育祭を含まないわけなんだけど、生徒のほとんどが寮生活で娯楽の少ない生活を送っているせいか、例年異常な盛り上がりを見せるんだ。

 3日間のうち、1日目は一般非公開。

 内容は、中等部は3学年15クラスの自由研究発表。これは展示物になるので、2日目からはそのまま一般にも公開になる。

 高等部はガラッと変わって演劇コンクール。

 こっちは15クラス対抗じゃなくて、5クラス対抗だ。
 3学年の同じクラスが一致団結して戦うってわけだ。

 はっきり言って、水準は高い。
 芸人が多いと言ってしまえばそれまでなんだけど、舞台に立つヤツばかりじゃなくて、装置・衣装・音響・照明…どれをとっても超高校級だと俺は思う。

 ほんと、金取って見せてもいいくらい、できはいいんだ。
 劇の内容がシリアス、コメディにかかわらずな。

 でも、この演劇コンクールは一般非公開で正解だと思う。

 だって、聖陵祭の2日目・3日目って近隣の女子高生はもちろん、他県の子までやって来て大騒ぎなんだから。

 これで演劇コンクールを公開したら、押し掛けてきた女子高生で講堂がなぎ倒されちまうよ。


 2日目・3日目は本当にお祭りになる。

 クラス対抗や有志のライブステージに、各部活のデモンストレーション。
 それに、バザー。

 聖陵はPTAやOB会の活動が活発で、特にOBには企業のエライさんだの政治家だのがごろごろしてるから、バザーの出品数も半端じゃないし、その中の掘り出し物を目当てにくるお客も毎年スゴイ。

 だから、生徒会の仕事も半端じゃない。
 生徒の管理だけじゃなく、PTA、OB会との連絡役までしなくちゃいけないから、ほんと大変なんだ。

 他校の生徒会とかもやってくるし。

 女子校の生徒会だと接待するのも楽しいんだけど、男子校の生徒会だったりしたら、ちょっと、その、まあ、なんだ…。

 ま、そんなわけで、最後に管弦楽部のコンサートがあって、一般客をおいだした後はファイヤーストームがあって、3日間のお祭り騒ぎは幕を閉じる。


 実は今日はその10月の第1金曜日…聖陵祭の初日なんだ。

 本日の俺の仕事は、楽屋として使用される高3のAからEまでの5つの教室の見張り。

 講堂への移動とか、舞台袖スタンバイの指示や誘導なんかは『聖陵祭実行委員会』の委員たちがやるから、そういうのはほっといていいんだ。
 ただ、その委員たちの統括も執行部員の役目だけど…。

 ま、言ってみれば『生徒会出張窓口』みたいなもんだな。 



 さて、教室が騒がしくなってきた。

 演じる順番は毎年、前夜祭で高3のクラス委員長がくじ引きして決定する。

 今年の一番は…っと。 

 ああ、B組だ。

 守が主演する稀代の色事師『カサノヴァ』だな。噂によると、30分の上演時間でなんと相手役が25人。

 その25人の枠が『オールB組カワイコちゃん連合』の間で骨肉の取り合いになったとか言ってたな。

 中にはテニス部の森澤東吾みたいに『死んでも嫌だ』って言い張ったのに、最高責任者である3−Bの委員長命令で25人枠にいれらちまった可哀相なヤツもいるけど。


 あと15分で開演だな。
 ちょっと教室を覗いてやろっと。


 ……うわ。

「よっ、大貴」
「ま、守…っ」

 教室のドアを開けたらいきなり守の姿が目に入った。
 だって、惜しげもなく振りまかれるフェロモンで、そこだけ空気の色が変わってんだもんな。

「執行部員、ごくろーさん」
「あ、いや…その…」 

 あああ。格好良すぎて目が開けてられない…。
 特にメイクも何にもしてなさそうなのに…。

 ホストっぽい黒のスーツと、左肩にだけさらっと掛けた、これまた黒いマントの存在だけなのに…。
 なんでこんなに色っぽいんだーーーーーーーーーーー!

「なに? 大貴、見惚れてんな」 

 えーえー、見惚れてますとも。

「お前…将来チェリストとかやめてホストになれば?」

 …って、つい本音をいっちまった。
 けど、守のヤツは…。

「あん? やっぱ、そーかなー。実はな、俺もその方が向いてるような気がするんだ」

 真に受けるなー!

「でもな、ホストになったら俺、きっとあっという間にナンバーワンになれると思うんだ。 けどさ、チェリストでナンバーワンってなかなかなれないだろ? 難しいものの方が挑戦し甲斐があるよな」

 うーん、真面目なんだか不真面目なんだか…。

 俺が腕組みをしたとき、ちょうど『B組スタンバイ』の声がかかった。

「じゃ、行って来るな」
「おう、がんばれよ」

 …って、カサノヴァの後ろを我先にとついて行く美女軍団がこれまた…。

 やっぱ、取り合いになるだけあって、かなりいけてるなぁ…。
 ノーマルな俺でもついクラクラってか。

 お、森澤だ! うっわー! めちゃめちゃ美人〜!! ナンバーワンだぜ、お前!

 つい、目をハートにしてしまった俺に、森澤が投げ返してきた視線は、すべての生命が息絶える、絶対零度だった…。こわ…っ。



                    ☆ .。.:*・゜



 さて次は…。

 E組だな。ここは…そうそう、佐伯が主演の『黒蜥蜴』だ。

 乱歩の名作だけど、これを学校の舞台でやっちまおうとはなぁ。
 ま、中学生にも見せられるような程度のエログロならいいんだけどな…って、そんなのあるか?

 しかし、佐伯は明智小五郎じゃなくて『黒蜥蜴』だって?

 うーん。あんまりいただけないような気がするけどなぁ。だって、黒蜥蜴って一応『美貌の女怪盗』って設定だぜ?

 佐伯はハンサムだけど、女装は勘弁して欲しいタイプだな。俺的には。

 で。明智小五郎は、茶道部の部長、坂枝だ。

 こいつは普段飄々としてるからあんまりわかんないんだけど、中等部の時はモメにモメまっくった文化部会を取りまとめることに成功した立役者で、悟も一目置いているってヤツだ。

 だから、実体は相当なやり手だと俺は踏んでる。

 多分、次期生徒会としても、文化部会系の何らかの役への就任を頼むことになるだろうな。


 お。窓際にいる、紫にギラギラ光った魚の鱗みたいなのがいっぱい付いたドレス! アレはもしかして佐伯…か?

 げ〜!!

 綺麗とエグいの紙一重だぜ、あれは。もしかして、お笑い路線か?

 お、坂枝はなかなか堂に入ってるじゃん。かっこいいぜ。いくら男子校とはいえ、どうせやるなら、ああいう正統派の立ち役をやりたいよな。


「あれ? 横山じゃん」

 その坂枝がやって来た。
 表は明智小五郎、中身は普段の坂枝のまんま…だ。って、当たり前か。

「執行部員だったっけか。いつもご苦労さんだな」
「んにゃ、好きでやってることだし…。それにしてもお前、かっこいいな」
「そっか? まあ、これで黒蜥蜴が佐伯でなかったら言うことないんだけどな」

 わかる〜。それ、よぉ〜くわかるぞ〜、坂枝〜!

 ん? あの可愛い坊やは誰だ? 中坊じゃないよな。劇の扮装してるんだから、高校生のハズ。

 お、こっちへやってくる。

「先輩〜。ボタン止めて下さい〜」

 …ああ! このカッコは少年探偵団の小林少年役か! …まてよ? 黒蜥蜴に小林少年なんて出てたっけか? 

 …ま、いいか。佐伯が黒蜥蜴やるくらいだから、何でもありだよな。

 小林少年はどうやら左袖のボタンがとめられないようで、坂枝に縋ってきた。

 坂枝は優しい顔をして、ボタンを留めてやってる…。

 おい。なんだかいい雰囲気だぞ。

 お前ら、まさか『明智小五郎と小林少年以上の仲』だとか言わねぇだろうな…。

 俺がじっと見つめていたせいか、小林少年はポワッと俺を見上げて赤くなった。

「ああ、こいつは茶道部の後輩で綾徳院桐哉」

 坂枝が紹介してくれる。

 りょうとくいんとうや…。
 ああ! 今年の『正真正銘』で、めちゃめちゃ難しい名前のヤツ!

「えと、こんにちは〜。次期副会長候補の横山大貴先輩ですよね〜」

 こんな可愛い子だったのか。

「あ、うん。よろしくな」

 思わず頭撫でちまったぜ。

「おい。桐哉に手を出すと、加賀谷に殺されるぞ」

 坂枝がコソッと耳打ちしてきた。
 は? なんだって? 加賀谷…?

「さ、桐哉。B組が移動し終わったようだから、そろそろだぞ。いいな」
「はい! がんばります〜」
「じゃな、横山」
「お、おうっ」

 …って、おいっ、加賀谷って…加賀谷って…剣道部のエースにして、この夏、高校剣道日本一に輝いたあの加賀谷だよなっ!

 あいつ、ノーマルじゃなかったのかよ〜〜〜!!

 げ、佐伯がこっちを見た!

 掴まんないうちに退散退散…。

 あ〜、しかしとんでもないネタ仕入れちまったな。
 今夜、悟にしゃべっちまおうっと。

 さて、次行くか。



次は、D組&C組!



 さて。D組だ。ここは今年の優勝最有力だ。

 演目も日本の文芸大作『春琴抄』ってことで注目だけど、何よりもここは主演の二人がすごいんだ。

 我が聖陵学院のゴールデンコンビ。奈月葵と浅井祐介だ。

 奈月はこの夏、モデルデビューまでしちまったっていう超美人で、浅井とのコンビはまさしく『一幅の絵画』ってとこだ。

 演劇コンクールは毎年隠し撮りが横行するけれど、今年のD組は高値での取引になるだろうな。

 それを取り締まる立場としては、ワクワクしてちゃいけないんだけどな。


 それにしてもこの二人。同じ部屋で同じクラスで同じ管弦楽部で、その上部活中もフルートパートの首席次席コンビで隣同士。

 学校中が『あの二人はデキている』って思ってるようだ。

 確かにいつみても二人一緒だし、特に浅井はもう、今まで誰にも見せなかったような、あ〜んな顔やこ〜んな顔を見せまくってるしな。

 ただ、俺思うんだけど、奈月が…その…なんていうか…ちょっと違うような気がするんだよな。

 恋愛経験皆無の俺だけど、奈月が浅井に向ける笑顔は『親愛』の様な気がするんだ。

 けど、それを、同じ執行部員の真路にいうと、『そりゃあ、大貴が “悟×奈月”って組み合わせにしてしまいたいからそう見えるんじゃないの?』なんて言われちまった。

 俺、大切な親友である悟をあそこまで変えた相手は、やっぱり奈月でいて欲しいって思っちまうんだよなぁ。
 …って、ドリーム入り過ぎかなぁ。



 さてと、D組の教室を覗くと…。



「あ、横山先輩、お疲れさまです」
「あ、ああ、早坂。なんだ、こんなとこにいていいのか?」

 俺に声を掛けてきたのは、テニス部の主力選手、早坂陽司だ。

「へ? どーしてですか?」
「B組、そろそろ始まるぞ。森澤の艶姿を拝まなくていいのか?」

 早坂が森澤を追っかけ回してるのは有名な話だ。

 今年になってから特に噂になってるけど、実は早坂のヤツ、中学の時から『視線の追っかけ』はやっていたらしい。

 ったく、純情なんだかストーカーなんだか。

 パッと見には、嫌がる森澤を早坂が追いかけてるって構図なんだけど、森澤と同室の守によると、『東吾はもうとっくに堕ちている』んだそうだ。 

 で、俺は半分冗談で冷やかしたんだけど…。

 早坂はよよっと泣き崩れる真似をしたんだ。

「は、早坂っ?」
「先輩〜、聞いて下さいよ〜。森澤先輩ってば、『見に来たらぶっ殺す』なんて言うんですよ〜」

 ……はいはい、それは惚気ってヤツな……。

「いいじゃん、ぶっ殺されてくれば? あんな姿、もう二度と見られないかもよ」

 だってさ、特に森澤みたいな気性のヤツの場合、二度と女装なんて拝めない可能性大だからな。

 俺がそう言うと、早坂はガバッと顔を上げて、憑き物が落ちたような顔を見せた。

「そ、そうですよね! ここで怯んでちゃ負けですよね! 俺、ぶっ殺されてきます!」

 勝ち負けの話じゃないと思うけど…。

 言うなり、早坂は『ばびゅーん』と飛んでいっちまった。


「あ、おいっ、陽司!」

 そんな早坂を呼んだのは、バスケ部のエース、中沢だ。

 で、中沢の横には…。
 …………おい。ここはどこだ。
 …聖陵学院高等学校3年D組の教室だよなっ。

 な、なんで日本髪の美少女がいるんだっ?

 ま、まさか、奈月…か?

 目が合うとにっこり微笑んでくれる。

「横山先輩お疲れさまです〜!」

 そ、その声はやっぱり…。 

「あの、奈月、だよな?」

 そう言うと、美少女はきょとんとした顔をした。

「はい。僕、ですけど」
「ちょっといつもと感じが違うでしょう?」

 横から浅井が言う。おお、こいつもかっこいい〜。ハンサムの中でも甘いマスクの部類なのに、和服も似合うのな。

「ああ、誰かわからなかったぞ」
「日本髪にして、額が出てるからですよ」

 浅井の言葉に、俺はもう一度奈月を見る。

 確かに…。いつもはさらっと額にかかってる前髪が、今日はすっきりとあげられていて、白くて綺麗な額が惜しげもなく晒されてるってわけだ。

 うーん、幼くてアヤシイ色気が全開…って感じだ。


「横山先輩〜、前、ちょっと失礼します〜」

 中沢がでかいものを持って俺の前を通る。

「お、琴じゃん。ホンモノ?」
「もちろん、ホンモノです。これから葵が調弦するんですよ」

 春琴抄ってのは、琴の名手、春琴の話だから、小道具に琴が出てくるのは必然だけど…調弦って?

「まさか、奈月、弾くのか」
「はい、弾かせていただきますっ」

 ニッと笑った奈月が、きらり〜んと右手を翻すと、その白くて細い指の先には…琴用の爪が。

 おいおい、こいつ、琴までできるのかよ〜!!
 いったいどんな家で育ったんだ、こいつは〜!!

 …今夜悟に聞いてみるか……。

 でも…。
 そんな奈月を見つめる浅井は、これでもかってくらい、至福の表情で…。

 ああ…やっぱりこいつらできてんのかなぁ…。

 俺は奈月の奏でる琴の音に送られて、風雅な気分でD組を出た。

 BGMは琴だけど、何故か俺の頭の中では奈月ジュリエットを悟ロミオと浅井ロミオが取り合う構図が…。

 う〜ん。



                   ☆ .。.:*・゜



 さてお次は…。

 おお! うちのクラスじゃんか。

 しかも主演は俺のルームメイト、悟。
 演目はかの名作『ロミオとジュリエット』だ。

 この話って、だいたい演劇コンクールの定番中の定番で、毎年どこかのクラスがやったりする。

 たまにない年もあったりするんだそうだけど、それでも2年続けてどこもやらない…って事はないらしい。

 で、古くからこの学校にいる先生方の話によると、だいたいこれをやるクラスは『自信がある』クラスなんだそうだ。

 つまり、ロミオとジュリエットを演じる人材がいる…ってこと。

 ん? 反対か。

 こいつとこいつがいるからロミオとジュリエットにしよう…って発想だな。

 で。もちろん今回もそうだ。

 悟のロミオに麻生のジュリエット。あ、次点だった羽野のジュリエットもみてみたかったな。

 麻生だとちょっと小悪魔的な雰囲気も見え隠れする感じだけど、羽野だと純情一本やりのジュリエットになりそうだしな。

 さて、ちょっと中に入って冷やかしてやるか。



「よ、悟」
「ああ、大貴。執行部、ご苦労様」
「うん、でも今年は結構楽な役だから」 

 うーん、毎日同じ部屋にいて見慣れてるとはいえ、やっぱこいつ、綺麗だよな〜。

「いっそのこと副会長になってると、まだ楽だよな。当日は」

 悟が衣装の襟をなおしながら言う。そんな様子もかっこいい。

 そう、三役になってしまうと、当日は楽だ。生徒会室に詰めて、指示出しをしてりゃいいんだからな。よほどの問題が起こらない限り、走り回ることはない。

 ただし、当日までの準備は死にもの狂いになるけれど。

「でもさ、俺、執行部員やってるおかげでこっちに携わらなくていいし〜」

『こっち』というのはもちろん演劇コンクールのこと。

 俺は演劇とか見るのは好きだけど、携わるのはちょっと…って人なのだ。


「それを言われると、僕も執行部員でいればよかったかな…って思うな」

 悟がちょっと肩をすくめる。

「あはは、お前はダメだって。何にしてもこれからは逃れられないって。今から来年の覚悟もしておく方がいいぜ」

「やめてくれ。頭が痛くなる」

「何言ってんだよ。なんでもベッドシーンまで追加されたのに、お前、完璧にやってのけたそうじゃないか」


 3−Cの委員長が唸ってたんだ。
 今年の悟は役者として一皮剥けた…とかなんとか。

 そんなこと言われても、悟としては嬉しくもなんともないだろうけどな。


「ベッドシーンって言っても、ただ抱き上げて寝台に運んで覆い被さって…」

 へ。

「キスしながら服を脱がせ始めたら暗転…」
「わ、わかったっ、わかったから悟っ」

 頼むからそんなストイックな表情のまま、すらすらと言わないでくれ…。
 こっちが恥ずかしくなるじゃねーかっ。


「そ、それはそうと、お前、奈月と浅井、見た?」

 俺は慌てて話題を変える。

「…いや、見てないけど」
「俺、今D組覗いてきたんだけど、すごいぜ」
「なにが、どう?」
「俺が映画監督だったら、絶対あいつらで撮る」
「そんなに、すごいのか…?」
「ああ、浅井もすごいけど、奈月ってば、これでもかってくらい日本髪も着物も似合っててさ。俺、ここが学校だって事忘れちまったぜ」
「…へぇ、そうなんだ」

 ん。今一瞬目が泳いだか?

「でさ、浅井のヤツ、もうデレデレで奈月の肩とか抱いちゃってさ」

 …って言うと、悟の眉間に皺が…。

「悟?」
「…あ、ああ、なに?」

 …俺、今の一瞬の動揺。見逃さなかったぞ、悟。

 やっぱりお前の相手は…。

「悟せんぱ〜い!」

 お。麻生だ。やっぱめっちゃ可愛いぜ。

「ん? どうした、麻生」

 麻生は俺にぺこっと頭を下げて『ご苦労様です』って言うと、悟に向き直った。

「先輩、最後のシーン、この前みたいに裾踏んづけてコケちゃったらどうしましょう〜?」

 麻生、お前、裾ふんでコケたのかよ…。ま、『裾捌きには慣れてます』なんて言われる方がコワイけど…。

「ああ、かまわないよ。遠慮なく倒れておいで。ちゃんと抱き留めてあげるから」

 悟はこれでもかってくらい、優しい顔で麻生にそう言い、頭を撫でた。

「はい! じゃあ、万一の時はお願いします。僕も気をつけますから!」

 う゛。何だ、このいい雰囲気は…。

 そういえば、麻生も管弦楽部の1年だよな…。 

 でも、俺は悟の相手は『持ち上がり組』じゃなくて、絶対『正真正銘』だと思ってるんだ! これには自信がある…と、思う…。

 でもなぁ、こんな風にいい雰囲気を見せつけられると…。


「あ、そうだ、横山先輩」

 麻生が目をキラキラさせて俺に声をかける。
 な、なんだ…?

「D組って覗きに行かれました?」
「あ、うん。今行ってきたとこだけど」

 そういうと、麻生の「キラキラ」は一段と輝きを増した。

「葵、どうでしたっ?!」

 へ? 奈月?

「えっと…今、悟にも言ってたんだけどさ、めっちゃ可愛いんだ。日本髪になってて、前髪が上がってんだけど、それがまた妙にロリくさい色気でさ」

 で、なんで麻生がこんなに目をキラキラさせて奈月のことをきくんだ?

「ロ、ロリ…ですか?」

「そう『ロリ』。男だとさ、普通幼なっぽいのを『ショタ』っつーけど、奈月の場合は『ロリ』だよな、完璧に」

「横山先輩、それ、何だかすごくよくわかります〜!」

 だろ?

「ねっ! 悟先輩!」

 元気良く麻生が悟に話を振った。

 が。

 悟はブリザードを背負っていた……。 


「麻生…」
「はっ、はいっっ」

 ひ、ひえ〜! こえ〜よ〜!!

「余所の組のことはいい。今はC組のために全力を尽くそう」
「は…はいっ、すみませんっ」

 さ、悟、お前まさか、麻生が奈月の事を気にしたから嫉妬してる…とか?

 おいっ、マジで『悟×麻生』なのかよ〜!
 確かに麻生は可愛いけど、嫌だぞっ、俺はそんなのっ!

 けど、麻生の怯えっぷりも、なんだかちょっと違うんだよな…。
 今のはマジでビビってたようだし…。

 うがー! もう、わけわかんねぇっ!

「ま、CはDの次だしさ。ロリロリ奈月の艶姿も、スタンバイ中に舞台袖から見れるんじゃねーのっ」

 俺はそう言い逃げしてC組を後にした!



 は〜、怖かったぜ。

 悟のヤツ、表情が豊かになったのはいいけど、また違う意味で迫力ついちまったよな。

 でも、今逃げてもどうせ夜になったら同じ部屋に帰るんだよなぁ…。
 うえ〜、怖いぜ、悟…。


 さて、お口直しに次行くか。
 いよいよ最後だな。



ついに秘密のベールを脱ぐ?!
A組、『昇のマリーアントワネット&オスカル!』!!



 A組はなんと、あのコミックの名作『ベルサイユのバラ』だ。

 なんでも1−Aに有名なアパレルメーカーの社長令息がいるとかで、その社長ってのが、ヨーロッパの時代衣装の復元でも有名な人らしいんだ。 もちろん聖陵のOBだけど。

 で、そのOBの全面協力だとかで、昇が着るマリーアントワネットの衣装を始め、登場人物の衣装はすべて、当時のものを忠実に再現したものらしい。

 それだけでもすごい話題性なんだけど、今回はさらに上を行く話題が沸騰してる。

 なんと、昇がマリーアントワネットとオスカルの二役に挑戦するってんだ。

 ま、どっちでも似合うと思うけど、問題はたった30分の上演時間の中で、どうやって二役を入れ替わるんだろうってことだ。

 何度も入れ替わるってのは不可能だろうし。

 まさかスーパー歌○伎みたいな『早変わり』するんじゃねぇだろうなぁ…。

 おっと。頭の中で猿○助が宙乗りを始めちまったぜ。




そんな俺がA組のドアを開けると…。
 

「おいっ、関係者以外…あ、横山」

 そう、俺。

「おーい! 誰も入れるなっていってんだろ!」

 暗幕のむこうから声がする。

 いったい何が…。昇の早変わりって、そんなにスゴイ仕掛けなのか…。

「違うって! 生徒会! 執行部の横山だってば!」

 俺を通せんぼしたヤツが怒鳴り返す。

 すると、暗幕の向こうから何人かが出てきた。

「あ、悪ぃ。てっきり他の組のスパイかと思ったぜ。生徒会の査察を拒んじまったら失格だもんな」

 査察って書いて『覗き見』と読んだ方が正解かもしれないけどな。

 ま、せっかくだから、ここは職権乱用と行くか。

「見せてもらっていいか?」
「もちろん。第一、お前ずっとここに詰めてなきゃなんないんだろ?」
「ああ、そうだけど」
「じゃあ、我らが昇の驚異の二役は舞台で拝めないわけだ」

 そういうことになるな。

「なら、特別に見せてやるよ」

 なに! ほんとか?! 俺、執行部員やっててよかったよ〜!

「おーい、昇! 出てこいよ」
「え〜? 出てっていいの〜?」

 中から可愛らしい声がした。

「おう、生徒会の査察だからな」
「おっけ〜」

 声と同時に暗幕が揺れた。

 そして…。

「あ、大貴じゃん。ごくろーさん」

 ……俺は、そのあまりに衝撃的な姿に、言葉をなくした。

 そして……。


「ぎゃはっはははっははははははっはははっ」

 お、可笑しい〜、腹がよじれるぅぅぅぅ〜!


「やた!」

 昇が言う。

「おっしゃ〜!!」

 回りも雄叫びをあげる。

「ウケたぞ〜!!!」

 ひー、息ができない〜。

 こいつら、やっぱりこう言うことだったのかっ。

「こ、これ、は、発案したヤツ、だ、だれ?」

 腹筋が引きつって、まともに声が繋がらないぜ〜。

「ん〜、僕」

 昇が優雅に扇子で顔を扇ぎながらいう。

 ぎゃはははっ、やっぱりお前かっ、昇っ!

「お、お前って、どーしてこんなにギャグセンスがあるんだ〜!」

 トランクスだって、いつもとんでもない柄のヤツはいてやがるし〜。

「へへっ、どうせやるなら徹底的にってね」

 パチンとウィンクする目元は、昇がもともと持っているフランス人形のような美しさを生かした化粧が施されていて…。



「よう、横山。お役目ご苦労さん」

 お、これはマリーアントワネットの愛人・フェルゼン伯爵か?

 バカウケして、まだ腹筋を引きつらせている俺に近づいてきたこいつは、学院の中でもベスト10に入るって言われてるほどの男前で、しかも超有名人の加賀谷。

 剣道部のエースで、今年のインハイ優勝者なんだ。 

「おう、加賀谷。めっちゃサマになってるな」

 そう言うと加賀谷は肩を竦めた。

「そうかな? 結構恥ずかしいものがあるけど」
「何言ってんのさ〜。僕と違って、まともなカッコさせてもらってるだけ、ありがたいと思えってば」 

 昇が閉じた扇子で加賀谷の頬をピタピタと叩く。

「けどな、昇。俺、お前のその姿を目の当たりにして、まともにセリフが出てくるかどうか、自信ないぞ〜」

 加賀谷、それはごもっともな意見だ。

 俺はそんな加賀谷を見て『そういえば…』と、さっきE組で見聞きした衝撃の事実を思い出す。

 こいつが、あの可愛い『正真正銘』にメロメロだっていう…。

「あ、あのさ、加賀谷」
「なに?」
「お前、綾徳院桐哉って知ってる?」

 名前を聞いた途端、加賀谷の表情に、あからさまに動揺の色が走る。
 おいおい。剣士はいかなる時もポーカーフェイスじゃねえのかよ…。

「なっ、なんでお前が桐哉のこと…」
「いや、さっきな、あんまり可愛かったんで、頭撫でちまったんだ」
「なんだって!? 触ったのかっ、桐哉に!」 

 げっ、こわっ。

「ええっと…加賀谷の相手はりょうとくいんとうや……っと」

 ふと見ると、昇がメモを取る真似をしている。

「おいっ、昇っ、何やってんだっ」
「へへっ、綾徳院桐哉って茶道部の子だろ?」

 お。昇、どうした。やけに詳しいじゃん。

「あ、ああ」
「よく葵や浅井と一緒にいるとこ見かける、あの子だろ?」

 へ〜、そうなんだ。

「そうだけど…それが桐哉だって、どうして知ってるんだ?」

 加賀谷が思いっきり不審そうな顔をしてみせる。

「部活もクラスも寮の部屋も全然違うのに、どうして仲良くなったんだろうと思って、葵に聞いてみたらしいんだ」

「「誰が?」」

 おおっと、加賀谷とハモっちまったぜ。

「ん〜、とある人物が」
「おいっ、気になるじゃね〜かっ!」
「誰だよっ、それはっ!」

 …って、俺と加賀谷が昇に迫ったとき…。

「おいっ、他のクラスのやつらだっ。昇を隠せ!」

 …肝心の昇は、A組のヤツらによって、再び暗幕の向こうへ隠されてしまった…。

「なあ、加賀谷」
「ん?」
「気になんねぇ?」
「なる」
「俺、悟経由でもう一回昇に聞いてみる」
「じゃあ、俺は桐哉経由で奈月くんに聞いてみる」

 ……。

「でさ」
「なに?」
「お前の相手って、あの子なわけ?」

 俺は出来るだけ『ついで』っぽく、さりげなく聞いてみたんだけど…。

「横山…」
「お、おうっ」
「他言無用だ。いいな」
「…わっ、わかったっ」

 でも、これって加賀谷のヤツ『認めた』って事だよな…。

 ああ、でも他言無用か…。悟にしゃべっちまいたかったんだけどな…。


 …てなわけで、演劇コンクールはそれぞれの様々な思惑を孕みながら(?)進んでいった。



                    ☆ .。.:*・゜



「なあ、大貴」

 最後のA組を講堂に送り込んだ。

 あと1時間もして表彰式が終わると、また後片づけでごった返すことになるんだけど、今は静まり返った3年生の教室の片隅で、次期生徒会長最有力の真路がニッと笑って俺を呼ぶ。


「なんだ? 真路」
「俺たちもさ、高等部生徒会として何かを残していきたいよな」
「何かって?」
「後輩たちに受け継がれていく何か…だよ」
「何か考えがありそうだな」
「…実はな…」


 立ち聞きするヤツは誰もいないけれど、真路はコソッと俺の耳にその野望を囁いた。


『来年から、A組からE組までのクラス対抗に加えて、『教職員チーム』にも参加してもらう』


 …それっておもしろそうじゃん。
 うちの先生方って、かなりいけてる人、多いからな。

 でも、院長とか保健室の静先生あたりは喜びそうだけど、光安先生なんかは嫌な顔しそうだよなぁ。
 
 そう言うと真路は、『それがおもしろいんじゃん』と、不敵に笑った。
 


                    ☆ .。.:*・゜



 こうして聖陵祭の初日は無事終わり、演劇コンクールの総合優勝は奈月たちのD組がさらっていった。

 主演女優賞も主演男優賞もD組。

 ただ、作品賞は昇のA組がとった。

 だってさ〜、昇の二役って、身体の右半分がマリーアントワネットで、左半分がオスカルってヤツだったんだぜ。

 講堂中、最初から最後まで爆笑の嵐。

 隠し撮りビデオの値段は、もしかしたらA組の方が高いかもしれない。



 それにしても俺、あっちこっちで睨まれたり凄まれたりして、今日一日で寿命縮んだかも…。

 そうそう、俺と加賀谷の共通の疑問は、いまだに解けないままだったりする…。



END

199999GETのjajaさまからいただいたリクエストですv
お題はズバリ『聖陵祭』v

本当は2日目や3日目の様子も書いてみたかったのですが、
それをしますと本当にいつUPできるかわかりませんので、今回はこれでご勘弁下さいませ(^^ゞ

jajaさま、リクエストありがとうございましたvv


って。ここで終わったと思ったら大間違い!
舞台上の彼らもちょっと覗き見(笑)
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