2002年バレンタイン企画

君の愛を奏でて
「優しい気持ちのスタートライン」

前編





「葵は当然エントリーだよな」

「そりゃそうだろう。もしかしたらいい線行くかも知れないぜ」

「でもさ、葵ってカワイコちゃん系じゃんか。葵にやるよりも、葵からもらいたいヤツの方が多いんじゃねーの?」

「…ってことは…葵…誰かに渡すのかな…」

「………ごくっ……」


 昼休み。聖陵学院高等学校1年D組…そう、僕の教室。
 
「何の話?」

「わーーーーーーー!!」

 珍しく昼休みが終わるよりずいぶん早く教室に戻った僕は、賑やかな一団の話題の中に、自分の名前を聞きつけて、首を突っ込んだ。
 
「何だよ〜、急に大声出して〜。あ〜、びっくりした〜」

 きっと僕が側にいると思わなかったんだろう。
 クラスメイトたちは、僕がかけた声に「絶叫」で答えてくれたんだ。

「ねえ、僕からもらいたいって、なんのこと?」

 クラスメイトたちは顔を見合わせた。 

「エントリーとかなんとか…」

 ほとんどのクラスメイトが中学からの持ち上がり組っていう中で、僕のような高校編入生には――入学から11ヶ月も経っているにも関わらず――知らないこともまだまだあるようだ。

 でも、クラスメイトたちは、どう説明したものかと視線で押し付け合いをしているようなんだ。

 
「あっ、祐介、ちょうどいいところへっ」

 教室に入ってきた祐介の姿を見つけて、輪の中の一人が大きな声をかける。

「何?」
「葵にバレンタインの説明してやってくれっ」

 え? バレンタインの話なわけ?

 でも、クラスメイトの言葉に、祐介はイヤ〜な顔を見せた。

 僕はその表情のわけがわかんなくて、首をかしげてしまう。

「僕、バレンタインの意味くらい知ってるよ」


 そう、去年も2月14日には空の紙袋を3つも持って学校へ行ったんだ。
 ご近所さんたちも僕からのおすそ分けを毎年楽しみにしてたりするし。

 でも、僕自身、今年のバレンタインはいつもと違うと感じている。

 今年は、初めて『受け取って欲しい人』ができたのだから。







「ねぇねぇ、教えてよ〜」

 僕は何度も祐介のブレザーの裾を引っ張る。

 音楽ホールから寮への坂道。
 そして、4階までの階段。
 ずっとそう言い続けているのだけど、祐介はなかなか口を割ろうとはしない。
 普段は優しい祐介だけど、こうなるとなかなか頑固でやっかいなんだ。

 やがて僕たちは412号室へ帰り着いた。
 


「「おかえり〜」」

 先に帰っていた涼太と陽司が迎えてくれる。

「ただいま…」
「ただいまっ、ねぇ、涼太、陽司!」

 僕は祐介を押しのけて、二人に走り寄った。

「どうした? 葵」
「バレンタインの事教えてよ」
「バレンタイン?」

 意気込んで僕がいうと、涼太と陽司は顔を見合わせた。
 そして、祐介へと視線を移し…。

「はは〜、祐介、お前心中穏やかじゃないってわけか」
「ば、バカ言うなって」

 慌てた祐介をそのままに、陽司はニヤッと笑って僕の頭を撫でた。

「あのな、葵。聖陵学院のバレンタインはな…『バトル』なんだよ」
「バトル?」

 目を丸くしてしまった僕に、今度は涼太が説明を始めた。

「そう、毎年『誰が一番チョコをたくさんもらうか』…で投票するんだ」
「投票〜?」

 また出た…。
 このガッコ、どうしてこう、賭け事が好きなんだ…。

「でも、そんなのわかりきってるじゃない。きっと光安先生か、守…先輩か…」

 そこで僕は言葉を切った。
 きっと悟もその中にはいるだろう…。そう思って。

 けれど、陽司はニヤッと笑うと、チッチッチ…と指を振って見せた。

「ふふ。ただ1位を当てるだけ…何て、単純な話じゃないんだ。この勝負の面白いところはだな、エントリーした10人の順位をすべて当てて、初めて勝負あった…になるところなんだ」

 どっちにしたって賭け事じゃないかぁ…。

「でもさ、エントリーって、誰がするの? 自分で?」
「まさか。生徒会が仕切るさ、そんなこと」

 僕は開いた口が塞がらない。
 今までもそうだったけど、またまた生徒会主催なのか…。

「バレンタインまであと少し。そろそろ用紙が出回る頃だな」

 僕は呆れてものが言えない。
 用紙まで用意して…。
 生徒会って他に仕事ないんだろうか?
 そう言えば、副会長の横山先輩は悟の同室だったっけ。
 今度聞いておいてもらおうかな。

 けど、そんな僕をものともせず、陽司が脳天気に言う。

「今年は波乱がありそうだよな」
「ああ、俺もそう思う」 

 涼太もやたらとノリよく答えてる。

「祐介の機嫌の悪さはそのあたりにあるんだろうが」 

 ニヤッと笑われて、祐介は『べ〜』っと舌を出した。

「関係ないよっ」

 へ〜、祐介がこんな風になるって珍しいよね。
 なんだか不思議。

 って、そんなこといってる場合じゃないや。

「僕全然わかんないよ〜」

 僕はまだ話に寄れなくて、思わず口を尖らせてしまう。

 陽司が言う『波乱』も、涼太が指摘する『祐介の機嫌の悪さ』もサッパリわからない。

「あのな、葵」
 
 陽司がどうしてだか僕の肩をしっかりと掴む。

「う、うん」

 思わず大きく頷いてしまう僕の頭を「よしよし」と撫で、もったいぶって陽司が言うには…。

「悟先輩が波乱のタネだ」
「え…?」

 いきなり登場の悟の名前に、僕はまたしても目を大きく見開いた。

「あのさ、悟先輩って感じ変わったって言われてるじゃないか」

 今度は涼太がいうんだけど、『じゃないか』…っていわれても、以前の悟を知らないのだから、僕には何とも言えない。

 ただ、みんながみんなそう言うし、昇も守も、悟自身もそう言うのだから、きっとそうなのだろう。

「もちろん今までも悟先輩はすごく人気あったけど、それはあくまでも日陰の恋だったわけだ」
「日陰の恋ぃぃ?」

 なんだそれ…。

 僕は思いっきり不審な顔を向けたんだけど、涼太も陽司もお構いなしに話を続ける。 


「色恋沙汰には興味ありません…ってオーラを体中に纏っている悟先輩にアタックするような奴はいなかったってことさ」

「そうそう、みんな物陰から見守るだけ…」 

「チョコを握りしめて、ため息をつき…」

「直接渡す勇気がなくて…」

「もちろん名乗る勇気もなくて…」

「チョコはそのまま自分の腹の中へ…ってわけだ」



「……ふうん」 

 僕はどう答えていいかわからずに、曖昧に相づちだけを打つ。

「けどな、葵。今年は悟先輩にもチョコが殺到しそうだってもっぱらの評判なわけだ」

「ストイックの仮面の下が、あんなに艶っぽいとは誰も思わなかったからなぁ」

 心底感心した様子で陽司がいうのを聞いて、僕は思わず祐介を振り返った。

 視線で『そうなの?』って聞いてみたんだけれど、祐介は『さあね』とばかりに首を竦めて見せるだけ。

「こら、葵、まだ話は終わってないぞ」

 振り返っていた僕の頭を、陽司が強引に引き戻す。

「しかも、今年はスーパーアイドル葵がいる。お前だって、波乱のタネなんだからな、葵」

「どうして僕?」

「葵の場合、エントリーは当然としても、数が読めないんだよなぁ」

 涼太が椅子の背もたれに身体を預け、大きく伸びをしながらいう。

「そんなの読まなくっていいよ」

 またしても口を尖らせる僕を『まぁまぁ』と、涼太が宥める。

「けどさ、みんな、葵がいくつもらうかよりも、葵が誰かに渡すかどうかに注目してそうだよな」

「俺もそう思うな」


 僕が誰にあげるか…。


 僕はその言葉を何度も頭の中で反芻する。

 あげたい人はだだ一人。

 それは決まっているとしても、問題は、この衆人環視の寮生活の中、いつどこでチョコをGETするかが問題だよね。
 

「今年も光安先生が逃げ切るかな?」

「いや、どうかな? 守先輩がかなり追ってくると思うけどな」

「だよな。学年が上がるに連れて、先輩ますますかっこよくなってるもんなぁ」 

「おい、祐介。お前もどうせエントリーだろうから、がんばれよ」


 ついでのように言われたのが気に障ったのか、祐介までが口を尖らせた。

「義理チョコなんか、嬉しくないよ」

 あ、そう言うこと。

 でも、言ってから、余計なことを言ってしまったと思ったのか、祐介は「しまった」って顔をした。

「お、言うねぇ、祐介クン」
「いいじゃん。どうせ全校注目のチョコはお前のもんだろうが」


『全校注目のチョコ』…それってもしかして僕のチョコのことだろうか。

 祐介は盛大なため息を一つ、ついた。
 そんなため息ついちゃ、幸せが全部零れていっちゃうよ、祐介。

 でも、そんな祐介に不審も抱かず、涼太はのんきに言ってのける。

「ま、お前はホワイトデーの心配してればいいわけだ」
「おや? それは涼太も一緒じゃんか。秋園はきっと一生懸命に選んで来るぞ」

 そうやって涼太を茶化す陽司には、祐介から痛恨の一撃が繰り出される。

「陽司は……無理だろうな…きっと」
「うっ…」 

 思いっきり痛いところを突かれたらしく、陽司が呻く。

「先輩が俺にチョコくれたら………地球が逆立ちするだろうな…」

 ふふ、森澤先輩はきっと……無理だと思うよ。
 陽司からあげた方がいんじゃないかな?

 よよっと泣き崩れる真似をしながら、それでもどこか嬉しそうな陽司。
 冬休み以降、やたらと幸せそうな涼太。
 そして祐介は……。

 ちらっと僕の方を見たものの、すぐに視線を外して着替えを始めてしまった。


後編へ続く