2002年バレンタイン企画
君の愛を奏でて
「優しい気持ちのスタートライン」
後編
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ここ、聖陵学院の地元のことを未だにほとんど知らない僕は、結局『悪いな』と思いつつも祐介と一緒に買い物に出掛けた。 もちろん『チョコ』を買いに…だ。 当然私服に着替えてきたんだけど…。 「ね、ホントに恥ずかしくない?」 これで何回目だろう。 とりあえず、僕は恥ずかしくて、何度も祐介に聞いてしまうんだ。 「大丈夫だって。行ってみれば納得するってば」 祐介はなんだか余裕の表情だ。 でもさ、やっぱり仮にも男子高校生が『バレンタイン用のチョコ』を買うってのはねぇ。 こんなとき自宅通学なら、材料を買い込んでうちで作るって事もできるんだけどな。 グルグル考えているうちに僕たちがやって来たのは、学校から徒歩15分、駅前のショッピングモールの中にある、お菓子ばかりを扱ってるコーナーだ。 案の定、バレンタインのディスプレイで華やかに飾られている。 当然のことだけれど、女性客は多い。 でも、なんだか…女性でない人類も、多いような気が…。 あれ? なんか、どこかで見た顔が…。 あ、あっちも…。 え? こっちも…? そう、誰一人として制服なんて着てないけれど…。 「祐介…」 僕が呼ぶと、祐介はちょっと肩を竦めた。 「な? だから言ったろ? 大丈夫だって」 「た、確かに…」 現場は、何故か聖陵の生徒でいっぱいだったんだ…。 しかもみんな、やたらとのびのびと買い物してるし…。 「あれ? 僕、久しぶり〜、去年の彼はどうなった〜?」 店員のお姉さんが、すぐ目の前でチョコを物色していたヤツ――あれは確か同級生――に明るい声をかけた。 「それが〜。ホワイトデーまでに別れちゃって…」 「え? マジ? 何がいけなかったの?」 「えっと〜…」 おいおい…恋愛相談までやってるよ…。 やっぱりオープンすぎるぞ、聖陵って…。 「おい、奈月が来てる…」 近くで声がした。 その途端に、周りがざわついて、僕に視線が集まる。 う〜、どうしよう。 縋るように祐介を見れば、祐介はまたしても肩をちょっとすくめて言うんだ。 「ん〜、まあ、他人の好奇の視線に晒されながらチョコを買うか、身内の温かい視線に晒されながらチョコを買うか…究極の選択ってことかな?」 うー、そうくるか…。 「浅井せんぱ〜い、奈月せんぱ〜い!」 ざわつく異様な雰囲気の中、脳天気な声をかけてきたのは管弦楽部の中2の子だった。 「あれ? 君も買い物?」 そういうと、後輩はニッコリ笑って紙袋の中を示した。 「えとですね、これが守先輩の分で、チョコでできた玉子を割ると、これまたチョコでできた恐竜がでてきます。でもって、これが昇先輩の分。チェリーブランデーのボンボンです。で、これが悟先輩の分。悩んだんですけど、今年は受け取ってくれそうな気がするんです。あとね、光安先生と…」 「あのなぁ…」 楽しそうに話す、その言葉を遮るように祐介が口を挟んだ。 「お前、義理チョコばらまいてどうすんだよ。男ならビシッと本チョコ1個で決めろって」 おお、祐介、男前っ! ……って、男が本チョコ勝負ってのもなんだか違うような気が…。 「え〜、浅井先輩酷いです〜。僕、義理チョコなんて1個もないです〜」 「はぁ?」 後輩の言葉に、僕と祐介はダブルで間抜けな声を返した。 「全部本チョコです〜! 特に悟先輩のはめちゃめちゃ気合い入ってますからね〜」 あっ…そう…。 「あ、もちろん、浅井先輩と奈月先輩のチョコもありますからねっ」 …それは、どうも。 「そういえば、去年もくれたっけ?」 「もちろんです〜! なのに浅井先輩ってば、ホワイトデーくれなかったんだから〜」 よよっと泣きまねをした元気な後輩に、祐介は楽しそうに声をあげて笑った。 「あっはは、残念でした。僕は本命にしかホワイトデーは返さない主義なんだ」 え? そうだったんだ。さすが、祐介。 「いいですよ〜だ。光安先生からもらうもん」 「先生、絶対お返しくれるんだろ?」 「そーです」 じゃれてる祐介と後輩が面白くて、僕は何となく見てたんだけど、ふと視界の端に藤原君の姿が映った。どうやらさっきから近くにいたようだ。 手には小さな四角い箱、一つだけを手にしてる。 彼も、きっと本チョコ主義なんだな。 目があって、僕が笑うと藤原君もニコッと笑う。 「あれ? 藤原?」 ん? じゃれあいは終わったのかな。 祐介も藤原君を視界に捉えたようだ。 見るとさっきの後輩の姿はない。 祐介が声をかけると、藤原君は急に俯き、そのままぺこっと頭を下げるとパタパタと走っていってしまった。 ふ〜ん。最近パート練習中もなんだか様子が変だと思ってたんだけど…もしかして、そう言うこと?。 「あれ? どうしたんだ、あいつ」 「さあ」 気付かない? 祐介。 「どうせ、葵用のチョコを選んでたんだろうな」 「そっかな?」 僕がさりげなく否定すると、祐介は不思議そうな顔をして僕を見る。 「だって…あいつ、葵にぞっこんじゃないか」 その言葉に僕は返事を返さなかった。ただ、ちょっと笑っただけで。 祐介はますます不思議そうな表情になったけど。 それから僕たちは、遠巻きなギャラリーを引き連れながら、チョコを見て歩いた。 「あ、これ可愛い」 僕の目に留まったのは、箱の中にちんまりと座ったクマ。 3Dで、置物のように精巧な感じにできてるんだ。 「葵、これ買えよ」 いきなり祐介がいう。 「え? どして?」 「僕がダミーになってやるから」 間髪入れずに答えが返る。ただし、急に声を潜めて、僕の耳元で…。 どうやらギャラリーに聞かれちゃいけない話らしい。 「どーゆーこと?」 僕の問いに、祐介のひそひそ話は続く。 「だって、みんな葵が誰に渡すのか興味津々じゃないか。 HRとか、目立つところで僕に渡せば、みんなそれだけで満足するだろ? そうすれば、その後の葵はノーマークになる。だから安心して悟先輩に渡せるじゃないか」 え、でも…。 僕が悟とのことを誰にも知られないようにしていることを、祐介はよくわかってくれている。 でも… 「でもそんなの悪いよ」 「いいって」 祐介のヒソヒソ声が急に元に戻る。 僕は、僕を見るその笑顔の裏に隠された置き火のような祐介の気持ちをかいま見て、ほんの一瞬、言葉をなくす。 でも…。 「…じゃあ、甘えちゃおうかな…」 小さな声でそう言うと、祐介は『そうそう』と頷いて僕の肩を抱いてきた。 途端にギャラリーのざわめきが大きくなる。 「あのね、祐介」 「ん? なに」 耳元で囁くな…っての。 「悪のりしすぎ」 ペチッと肩に乗った手の甲を叩いたんだけど、祐介は平然と知らん顔を決め込んだ。 そして問題の14日がやって来た。 案の定、朝から学校全体が『気もそぞろ』って言う感じだ。 これ見よがしに小さな紙袋をぶら下げてる僕の行動も、なんだかいつもに増して視線を集めていて、なんだかこそばゆい。 祐介が書いたシナリオによると『HRであまりにも堂々と渡すのはかえって疑われるから、4時間目の終了直後に決行しよう』ってことになってる。 今日の4時間目は『生物』。 特別教室へ移動してるからちょうどいいって言うんだ。 そして、チャイムが午前の授業の終了を告げた。 先生が教室を後にし、クラスメイトたちも教科書なんかを抱えて立ち上がる。 でも、僕は座ったまま。 「あれ? 葵、戻らないのか」 隣の席の涼太が聞いてきた。 うーん、何てタイミングがいいんだ。 あ、もちろん涼太は共犯じゃないんだけどね。 「うん、ちょっと用事が…」 僕は言葉の後半を濁し、曖昧に微笑んだ。 すると、いつもならチャイムの余韻が残っている頃にすでに食堂へダッシュしているはずの連中が、何故か足を止めてこっちを見ている。 「みんな、どうしたの?」 訊ねると、一様に『ぎくっ』とした顔をする。 まるでマンガの一コマみたい。ちょっと面白いかも。 「え。」 「あ。」 「いや。」 そんなぎこちない言葉を残して、お互いをつつきながらクラスメイトたちはのろのろと教室を出ていった。 でも…。 「祐介…」 教室には僕と祐介の二人きり。 呼ぶと、祐介はニコッと笑って僕のところまで来てくれた。 「なに? 葵」 祐介の『読み』によると、今、廊下ではクラスメイトたちが息を潜めているはずで…。 「これ…」 僕は紙袋をそっとさし出す。 それを見て、祐介はまた優しく微笑んで『ありがとう、葵』って言う。 そして…。 そう言った唇が僕の…僕の……ええっ?!! ☆ .。.:*・゜ 放課後には、僕が祐介にチョコを渡したことが全校中に知れ渡っていた。 『受け取った浅井が、奈月にキスをしたらしい』って尾ひれ――いや、一応本当のコトなんだけど――までしっかり付いて…。 こうして僕らの作戦は一応の成功を見たわけだけれど、僕は大事なことを忘れていた。 この話…悟の耳にも入るんだって事…。 |
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放課後の音楽ホール。 受け取ったかなりの数のチョコを、準備室の自分のロッカーにとりあえず押し込んで、祐介は楽器と楽譜だけを抱えて練習室の並ぶ廊下を歩いていた。 受け取ったチョコの数は多いとはいえ、去年までに比べるとかなり少ない。 特に、4時間目の終わりに葵からのチョコを受け取ったという『事実』は、予想していたよりもかなり早く全校中に知れ渡り、それ以降、『こ、これっ、受け取って下さいっ』と叫んでチョコを押しつけていくヤツは誰も現れなかったのだ。 これも『葵効果』だな……と祐介は虚しい気持ちに陥ってしまう。 事のついでに『ちょっと美味しい思い』もさせてもらったわけだが、時間が経つとそれもなんだかやっぱり虚しい。 祐介がそんな気分を追い払うようにギュッとフルートケースを抱きしめたとき…。 「あ、あのっ、浅井先輩っ」 背後から小さく掛かった覚えのある声に振り向いてみれば、ただでさえ小さな彰久が、更に小さくなって佇んでいた。 「あれ? 今日はパート練習ないぞ」 そう言うと、彰久は小さく首を振った。 よく見ると、彰久は楽器を持っていない。 祐介は『ああ、そういうことか』と一人で合点して、いくつか先のドアをその目線で示した。 「葵ならあっち。第3練習室だ」 「え、えと…。そうじゃなくて…」 彰久は手を後ろ手にしたまま、なんだかモジモジを繰り返している。 「どうした? 一人で恥ずかしいんならついてってやろうか?」 祐介としては真面目に言ったつもりだったのだが…。 「そ、そんなのっ。そんな大切なことくらい…ぼ、ぼくっ、一人でできますっ」 思わぬ可愛い反撃にあい、祐介はちょっと肩を竦めた。 「そっか。それは悪かった」 そうして踵を返そうとしたのだが…。 「あ、あのっ…! 浅井先輩…っ!!!」 もう一度、今度は掠れた声で呼ばれ、祐介は慌てて視線を…遙か下…彰久に戻す。 「どうした?」 尋常でない一年坊主の様子に、できるだけ優しく聞いてみたつもりだったのだが、彰久は真っ赤になって口をぱくぱくさせるばかり。 「こっ、こっ、こっ…」 「こっ、こっ、こっ?」 ニワトリの泣きまねじゃあるまいし、と、祐介が繰り返すと、見る間に彰久は泣きそうな表情になった。 「藤原…?」 「や、やっぱりいいですっ」 クルッと振り返り、駆け出そうとしたその手には…小さな四角い箱…。 「おいっ、待てよっ」 2,3歩追いかけただけで、リーチの長い祐介はなんなく彰久を捉えた。 「もしかして、これ」 彰久は俯いたままだ。 「僕…に?」 自分でも驚くほどの優しい声かけ。 今まではこんな優しい声はかけられなかった。 チョコを渡されても『ありがと』の一言で終わらせてきたのだ。 なのに、どうしてか、今は無性に気持ちが温い。 漸く彰久が頷いた。 そして、小さく答える。 『はい…』と。 その声に、祐介の気持ちは更に和らいだ。 ささくれていた部分が凪いでいくのがわかる。 「…さんきゅ…。すっごく嬉しい」 それは、本音だった。 「3月14日、楽しみにしてろよな」 それも、本音だった。 ありったけの勇気でぶつかってきたこの小さな後輩に、とりあえず、精一杯の『誠意』を返してやりたいと、真剣に思える。 「せ、せんぱい…」 彰久はやっとのことで顔をあげ、そして盛大に泣き出した。 それはまるっきり子供の泣き方だったのだが、それすらも祐介には酷く愛しく感じられ……。 St.Valentine's Day------------ それは、優しい気持ちの出発点。 |
END
さて、バレンタイントトカルチョの結果は? |
陽司:おい、大番狂わせだったよなぁ 涼太:当てたヤツ、皆無だぞ。 陽司:まさか葵がダントツ1位とはなぁ。 涼太:食堂のおばちゃんたちのチョコが全部葵に流れたのが大きかったみたいだぜ。 |
恐るべし、小悪魔・葵(笑) |