2002年ホワイトデー企画
君の愛を奏でて
「切ない気持ちのスタートライン」
後編
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バレンタイン翌日の放課後。 僕たち412号室の4人は、部屋の真ん中で店開きをしていた。 もらったチョコのお披露目会だ。 結局、生徒会主催の『バレンタイントトカルチョ』は正解者ナシと言う前代未聞の結果に終わり(僕のせいなんだそうだ)、こうして僕らの部屋はチョコに埋まっている。 「すごいな、葵」 そう言う陽司もかなりもらってる。 「冗談抜きで山積みってヤツだな」 目を丸くする涼太も相当もらってる。 「葵のすごいところは、お高いチョコが多いってとこかな?」 そう言う祐介のチョコにも外国ブランドはちらほら混ざってる。 僕はハートピー○ツチョコ(おっきい方)の方が好きなんだけどね。 「けどさぁ、たかが高校生の小遣いでゴ○ィバの箱入りとはなぁ。恐れ入るぜ」 生徒だと確かにね。けど…。 「これ、生徒じゃないんだ」 「「「え?」」」 僕の言葉に3人がハモった。 「警備員の佐藤さん」 「「はぁ?」」 涼太と陽司は間抜けな声を出し、祐介は「あっ」と声をあげる。 「あの人だろ? 毎晩ホールの練習室の巡回してる」 「そうそう」 「くっそ〜、なんてオヤジだ。どうも葵のとこばっかりウロウロすると思ったら…」 あはは。祐介、そんなにマジにならなくっても…。 「心配だねぇぇ、祐介くぅぅん」 こら、陽司、煽るなって。 「で、陽司はどうだったの?」 「は?」 僕が聞くと、陽司は『何の話だ?』って顔になる。 その様子だと…。 「もらえなかった?」 この言葉で、陽司は最初の質問の意味を悟ったようだ。 目の前のチョコの山が吹き飛びそうなため息をつく。 「…俺が、あげたんだよぉ」 「ええええええ?」 それは意外。意地でも先輩がくれるのを待つと思ってたのに。 「お前…ぞっこんだな…」 ちょっと呆れたように涼太が言う。 「悪いか」 いや、悪くはないけど…。 「で、森澤先輩、何て?」 聞いた祐介の顔をチラッとみて、陽司はもう一つため息をついた。 「『お。さんきゅ』…だって」 「それだけ?」 「それだけ」 陽司はガクンとうなだれる。 「先輩さぁ、たくさんもらっててさぁ、これ見よがしに俺の前に並べるんだ。で、『お前は?』って…」 やるなぁ、森澤先輩。 「来年こそは絶対もらうんだっ」 拳を握りしめて来年を誓う陽司を祐介と涼太が囃し立てる。 そんな光景を見ながらふと目を巡らせてみると、涼太の机の上には綺麗にラッピングされた箱が一つだけおいてあるのが見えた。 大切そうに避けてあるあの箱は、きっと秋園くんからのチョコだろう。 そして、祐介の机の上には…。 僕があげた『クマチョコ』がちょこんとおいてあって、その隣に小さな四角い箱が並んでいた。 あれは…。 そうだ、あの日、藤原くんが持っていた箱。 無事目的地にたどり着いたわけだ。 僕はなんだか嬉しくなる。 祐介が『自分に向けられる目』に意外と鈍い…とわかったのは、実は随分と前のこと。 そして、祐介自身の目が、未だに僕に向けられていることも僕は知っている。 チラッと祐介を見ると、視線がぶつかった。 「何? 葵」 僕を呼ぶ祐介の声には、いつも優しさが滲み出る。 「おいっ、部屋の中でいちゃつくな」 「誰がいちゃついてるんだよっ」 からかう陽司も楽しそうだから、この場は放っておくとして…。 僕は、自分でもずるいと思うけれど、祐介の「思い」に甘えてる。 その「思い」を心地よいと感じている。 僕はもう一度、あの小さな箱に視線を移す。 『クマチョコ』に並んで『特別扱い』になっているその箱に、いわれのない焦燥感と安堵感という二つの相反する感情をごちゃ混ぜに覚え、僕は可愛い後輩の屈託のない笑顔を思い浮かべる。 ね、藤原くん…。 いずれ僕と祐介がお互いの内に、それこそ『恋人』にも許すことのない、ある意味『聖域』とも言える部分を共有できたとき…。 その時、祐介の情熱が向かう先は、君であって欲しい…と、僕は心から願ってる……。 |
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3月14日。 卒業式を明日に控え、学校の中はなんだかソワソワしている。 もちろん、ソワソワの原因のほとんどは、今日という特別な日のせいなんだけど。 ボクはもう、どこかへ隠れてしまいたい…。 ボクが『あの話』を聞いたのはバレンタインの夜。先輩にチョコを受け取ってもらえて、有頂天になっていたときだ。 ルームメイトから聞かれたんだ。 『奈月先輩と浅井先輩って、練習中でもいい雰囲気なんだって?』…って。 確かに先輩たちはいつもいい雰囲気だけど、どうして今頃そんなこと聞くんだろう? そう思った時、ボクはその日の昼の出来事を聞いてしまったんだ。 奈月先輩が浅井先輩にチョコをあげて、二人が生物実験室でキスしてた…ってこと…。 わかってたはずなんだけど…。 浅井先輩は、奈月先輩が好きなんだって。 でも…でも…、奈月先輩もそうだなんて、今まで気がつかなかった…。 ボクはずっと、浅井先輩の『好き』と奈月先輩の『好き』は種類が違うと思いこんでいたから…。 ボクはHRの自分の机をすっかり片づけて、掃除の済んだ教室をグルッと見渡す。 明日は卒業式。そして明後日は終業式。 ボクの聖陵での1年目が終わる。 今日はホワイトデー。 『先輩が受け取るたくさんの中に、ボクのチョコもあればいい』 そう思っていたけれど、奈月先輩のチョコの前には、どんなチョコも『そこにある意味』を持たないと思う。 1ヶ月前のあの日。 昼休みに奈月先輩のチョコを受け取った後、浅井先輩は誰のチョコも受け取らなかったって聞いた。 きっとボクの行動は、そんな先輩を困らせたに違いない。 おまけにみっともなくも泣いちゃって…。 ごめんなさい…先輩…。 2年生になってここへ戻ってくるときには、ボクはもう、先輩を困らせるような後輩じゃないから…。 ごめんなさい…先輩…。 もう、こんなこと、しないから…。 ごめんなさい…先輩…。 受け取ってくれて、本当に、ありがとう…。 「あきひさー! 行くぞー!」 クラスメイトの声に、ボクは考えるのをやめて立ち上がる。 「ごめん、おまたせ」 返事をしたけれど、廊下に出ていた仲良したちは同じ方向を見て固まっていた。 「どしたの?」 ボクはみんなの視線の方に目を移す。 向こうから来る背の高い人は…。 「あ、浅井先輩だ…」 「うわ、すっげぇかっこいい」 「俺、近くで見るの初めてだ…」 「迫力ある…」 「でも、どーして中学の校舎に…」 先輩…どうして、ここに…? 先輩はこっちを見るとニコッと笑った。 「いたいた」 え? ボク? クラスメイトの視線がボクに集中する。 「探したんだぞ。 はい、これ」 あっと言う間に僕の前に来て、先輩は青いリボンのかかった結構背の高い箱を差し出した。 「せ、せんぱい…」 言葉が喉に引っ掛かってでてこない。 「この前はありがとな。これ、可愛がってやってくれ」 先輩はボクの手を取るとその箱を乗せた。 見た目より軽いその箱はボクの片手にはあまるほどの大きさで…。 「じゃ、また明日な」 先輩はボクの頭をグリグリっと撫でて、また綺麗な笑顔を見せると、やって来た廊下を帰っていった…。 何か言わなくちゃ…! そう思ったのに、ボクは最後まで何も言えなかった…。 その後は、クラスメイトたちにもみくちゃにされて…覚えてない……。 |
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「うわ〜、可愛い〜! ありがと、祐介!」 僕は涼太と陽司がまだ戻らない412号室で、祐介から大きな包みを渡された。 綺麗にラッピングされたそれは、当然ホワイトデーの贈り物で…。 手触りがよくて綺麗な焦げ茶色のそれは、首にチェックのリボンを巻いた、クマ。 そう、去年さやかさんが祐介の誕生日に贈ったものの一回り小さいものだ。 高校生にもなってぬいぐるみってどうだ…って思わないでもないけれど、実際僕のベッドにはペンギン・ひよこ・犬・猫・クマの○ーさん・ミッ○ーマ○スが同居しているから、そんなこと言っても説得力はない。 「ふふ〜、手触りいいや、これ」 僕がクマにすりすりするのを、祐介は嬉しそうに眺めている。 「ね、藤原くんには何をあげた?」 唐突に僕が聞くと、祐介は目を丸くした。 僕はこの1ヶ月の間、ずっと藤原くんが俯いていたのが気になっていたんだ。 きっと、原因は……僕。 「んと………」 白状した祐介に、僕は少し安心する。 きっと明日、藤原くんは元気な顔を見せてくれるだろうから…。 |
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寮の屋上。 誰もいないのを確かめてから、ボクは隅っこに座り込む。 そして、ゆっくりとリボンを解き、丁寧に包装を剥がす。 部屋ではとってもじゃないけど開けられなかったんだ。 だって、みんなが見に来るから……。 その夜。 ボクは眠れなかったこの一ヶ月が嘘のように、ぐっすりと寝たんだ。 腕の中に、密かに名前を付けたこいつを抱いて…。 ボクは先輩が好き。 たとえ、先輩の一番が奈月先輩でも、ボクの一番はずっとずっと浅井先輩……。 White day------------- 告げられた想いに答えを出す日。 それは、切ない思いの出発点。 |
END |
可愛いクマちゃん by TONTOさまv