2002年ホワイトデー企画

君の愛を奏でて
「切ない気持ちのスタートライン」

☆生徒会サイド☆





「あー、疲れた。 な、肩揉んでくれ」

 生徒会室に足を踏み入れるなり、ここ、聖陵学院高等学校の生徒会長、浦河真路(うらかわ・まさみち)は、俺…横山大貴…にそう言った。

「何をじじ臭いこと言ってんだよ」
「だって〜、俺、ここ2〜3日ろくに寝てないんだぞ〜」

 真路は首をグルグル回してから机に突っ伏す。

 確かにここしばらくの生徒会の忙しさは尋常ではなかった。

 中学時代に悟の下で副会長を勤め上げた真路も、さすがに会長として…しかも高等部の長としての忙しさがこれほどまでとは思わなかったようだ。
 
 何しろ明日、15日は卒業式。
 講堂の設営はもちろん、生徒会として用意しなくてはならないことは山ほどある。
 真路には『送辞』を読むって大仕事もあるしな。

 式後すぐに行われる全校の送別会も生徒会の主催だ。
 
 その後各部活なんかの送別会もあるんだけど、例年開放感からか、やたらとハメをはずす先輩もいるので、こちらの見回りも俺たちの『お仕事』って事になってる。
 
 そして16日午前には退寮する3年の寮生を見送り、その午後には俺たち高校2年生は修学旅行に出発なんだ。

 ホントに休むヒマなんかないわけだ。

 まあ、毎年大騒ぎになる中学1年から高校1年生までの退寮に関わらなくていいって事だけが唯一の救いかな…?

 ともかく俺たちは先生方より忙しいんじゃないかという毎日を送ってるってわけだ。
 
 もちろん、学年末を控えて学院内全体もなんだかソワソワと落ち着きがない。

 だから…かな?
 毎年、ホワイトデーには、1ヶ月前ほどのお祭り騒ぎは見られないんだ。

 けど、今年は違った。
 ちょっとした騒ぎが、あろう事か中等部から聞こえてきたんだ。

 騒ぎの中心は高1の浅井祐介。
 こいつは中1の時から生徒会執行部にいたから、俺もよく知ってるんだけど…。


「なあ、大貴。お前、浅井が中等部の校舎へ行った話、聞いたか?」

 真路が眠そうに目を擦りながら言う。 
 
 お。忙しい中でも、しっかり情報はキャッチしてるじゃないか。

「ああ、聞いてる。なんでも1年坊主のところにホワイトデーのプレゼントを持ってったらしいじゃないか」

 正直、かなりびっくりしたんだけど。

 俺が、そんなニュアンスを含ませながら答えると、真路はもったいぶったように頷いた。

 そして、引き出しから紙を取り出すと、それをピンっと弾いた。
 何やら数字が書き込んである。

「今年、浅井が獲得したチョコは43。すべて、午前中――奈月とのチョコ&キス事件の前――に受け取った分だ。 例年、あいつは70は固かったんだが、今年は奈月事件のあとに誰も渡すことができなくなって、ガクッと数字を落としたってわけなんだが…」

 真路は言葉を切ると、顔の前で手を組み、そこに顎を乗せて『う〜ん』と一発唸った。

「いずれにしても、今まで浅井から『お返し』を受け取ったヤツは一人もいないんだ」

「え?」

 そうなのか?
 声に出さずに、俺は目だけで真路に聞く。

 真路は小さく頷いた。

「どうやら、本命主義のようなんだけどなぁ…」

「待てよ、じゃあ、奈月はどうなる?」

 あれだけ人目についた、二人の「チョコ&キス事件」。
 学院内はあれからしばらくその話題で持ちきりだった。

 それなのに、浅井は中坊にホワイトデーってか?
 そりゃあない…。
 ん? 待てよ…?

「おい、真路。当然浅井は奈月にも『お返し』してるんだろ?」

 バレンタインであれだけ目立ったんだ。
 ホワイトデーだって…。
 けれど…。
 
「多分な」 
 
 真路の返事は意外なものだった。

「多分って…」
「誰も見てないんだ、その現場をな」

 …なんだって…?
 誰も見てない?

「大方、寮の部屋ででもやってるんじゃないか? 仲良くさ〜」

 寮の部屋…?

 …そうだ、あいつら同室じゃないか!
 いくら4人部屋だって、2人になるチャンスはいくらでもある。

 この学院内、たとえ生徒会長の部屋番号とその同室者をしらなくったって(いや、生徒会長の同室は超有名人だから知られてないはずはないんだけど)、浅井と奈月が412号室の同室者だってのは、それこそ裏山の猫まで知ってるんじゃないかっていうぐらいの事実だ。

 なのに、わざわざ、昼間の校舎で…。
 しかも、キスまで…。

 もしかして…?

「大貴? どうしたんだよ」
 
 真路が覗き込んできた。
 完全に寝不足の目だ。

「な、お前、今夜も点呼免除か?」

 生徒会役員は、行事の前は準備のために遅くまで校舎に残るから、消灯点呼が免除されることがある。
 
「うにゃ。俺、今夜はちゃんと寝る。でないと明日、送辞読みながら居眠りしちゃいそうだからな」

「じゃ、俺だけ『点呼免除願い』出しといてくれ!」
 
 俺はそう言い捨てて生徒会室を後にする。

「おい! 大貴?!」
 
 真路の声が追いかけてきたけれど、そんなものに構ってる場合じゃない!!
  


 


 消灯15分前…。
 
 俺は寮へ上がる坂道の途中…その植え込みに潜んでいる。
 
 悟が夕飯のあとからずっと音楽ホールに行ってるのはわかってる。
 ちなみに奈月もいるってことも、ホールの使用状況が書き込まれたホワイトボードで裏が取れている。 
 
 だから。
 絶対二人は一緒に帰ってくるはずだ。

 そう。
 俺は思い至ったんだ。
 浅井と奈月のあの一件。
 あれは、カモフラージュだって事に。

 悟がどうして隠すのかはまだわからないけれど、奈月との関係について、浅井が深く関わってるに違いないんだ。

 一人でグルグル考えを回していると、外灯に揺れる二つの影が近づいてきた。
 
 悟の声だ…!
 
 俺は、少し身を乗り出す。
 横にいるヤツは…。
 
 やっぱり奈月だ!!
 しかも、一抱えほどあるクマのぬいぐるみを持って!!

 ふふふふふふ。

 あれはきっとホワイトデーのプレゼントだな…。
 悟のヤツ、いつの間にあんなもの買いに行ってやがったんだ。
 侮れないヤツめ。
 おおっ、なんだ、ヤニ下がったツラしやがって…。

 俺は掴んだ証拠を忘れないようにと、その「クマ」の風体をじっくりと観察した。

 薄暗い中でもわかるくらい艶のある綺麗な焦げ茶で、首にはチェックのリボンを巻いた…クマ…だな。
 

 何にも知らずに、二人は楽しそうに話をしながら俺の前を通り過ぎていった。
 
 



 消灯点呼を過ぎてから、俺はコソコソと部屋に帰った。

 もちろん消灯時間をすぎているんだから、部屋の電気は消えていて、灯っているのは悟のベッドの読書灯と、俺の机のライトだけ。
 
 そして、24時間OKのシャワーからは微かな水音がしている。
 

 ふふふふふふふふふ。

 俺はパジャマに着替えてそそくさとベッドに入った。
 シャワーなんて明日の朝でいい。
 とりあえず、悟がシャワーから出てきたら問いつめて、ゲロ吐かせてやるんだ。

 ずっと抱えてきた疑問の解決を目前にして、俺は一人でめっちゃ盛り上がりつつ、枕に頭を乗せた。

 そして…次の瞬間、夢の国へと旅立ってしまったのだった…。



 


 俺も生徒会の集合時間が早いから、相当早起きしたんだけど、悟の姿はもうなかった。

 くそ。昨夜寝ちまったのは不覚だったな。

 けど、今日聞けなくても明日がある。
 なんてったって、明日の午後からは修学旅行だ。
 飛行機の中でも宿泊先でも、腐るほど時間はあるからな。
 
 俺は、相変わらずワクワク気分で生徒会室へ向かう。
 そこには、昨夜よく眠れたのかすっきりした顔の真路がいて…。

「おい、大貴! 浅井が奈月に贈ったプレゼント、わかったぞ」

 え?
 何で今頃。
 ま、俺にとっては謎は解けたも同然だから、今さら浅井が奈月に何贈ったって驚かねーけどな。

「クマだ」

 はぃぃぃぃ〜?

「首にチェックのリボンを巻いた、綺麗な焦げ茶のぬいぐるみだそうだ。大きさは一抱えほど」

 ちょっと待てよ、そのクマって…。

 …昨日、奈月が抱えてたヤツじゃねぇか!!!

 どう言うことだ…?
 
「真路…それ、なんでわかったんだ?」

 俺が訊ねると真路はちょこんと首をかしげた。

「4階じゃあ有名らしいぞ。昨日、寮へ帰ってからすぐに浅井からプレゼントされて、奈月のヤツ、しばらく抱えて歩いてたらしいからな」

 普通のヤツがそんなコトしてたら気持ち悪ぃけど、奈月なら似合うだろうな〜…なんて、真路は呟いていたけれど、俺の耳にはその呟きの後半はもう届かなかった。

 なんてことだ…。
 昨夜のあれ、奈月は悟に、浅井からもらったクマを自慢してたってことなのか? 


 こうして俺の疑問はまた、霧の中となった…。


 悟ぅぅぅ、お前の相手は誰なんだよぉぉぉ。 


 それにしても、悟相手に恋人からのプレゼント自慢とは…。
 
 たいしたタマだぜ、奈月…。


END

哀れな大貴くんに愛の手を(笑)

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