2003年バレンタインSS

『Papa、I Love you』…?





 っとに、むかついちゃう。
 なにこれ。
 この山。
 この、チョコの山っ。






 放課後、いつものように僕がやってきたのは音楽室の隣にある直人の部屋。

 そのまた隣にある私室は、それこそ僕にしか入ることが出来ない場所なんだけど、ここは一応『音楽準備室』であるから、試験期間中でもない限り生徒の出入りは自由だ。

 でも、だからといって、これはないんじゃない?
 だって、直人の机の上ってば、チョコだらけなんだもん。

 去年の夏まで直人の『本心』を全然知らなかった僕は、バレンタインなんて言っても参加なんてしてなかった。それこそもらうばっかりで。

 だって、僕の大切なチョコが、この山の中の一つになるだなんて、耐えられなかったから。


 でも、今年は違う………はずなんだけどっ。
 相変わらず机の上はチョコの山っ。 



 僕はそのチョコの山から一個つまみ上げてみた。

 なにこれ。不○家のハートピーナ○チョコじゃん。
 大人の男性相手にこれはないんじゃない?
 そういえば、これ、葵が好きなんだよね。
 うん、あげちゃおう。

 僕は直人の机の引き出しから勝手に封筒を取り出して(楽譜を仕分けるのに、B4の封筒が常備されているんだ)、表に『葵へ』と書き込んでさっきのチョコを放り込む。


 次は…と。

 ああ、ゴ○ィバか。今さら…って感じがしないでもないよね。
 確かに美味しいけど定番すぎ。
 そういえば、大貴のヤツ、『ゴディ○なんて高級品、食べたことない』って言ってたよな。
 よし、あげちゃおう。


 ええと…次は…。
 何々? 『日本酒ボンボン』?
 残念でした〜。直人は日本酒よりワインの方が好きなんだよ〜だ。
 珍しいから僕がもらっちゃおう。
 …ま、日本酒も好きなんだけどね、直人…。


 で…次は…?
 うわ、デカイ箱がある。開けちゃえ。

 リボンをするするっと解くと、箱の中からは立派なチョコレートケーキが現れた。あ〜、これって『ザッハトルテ』とか言うヤツだよ。

 ほら、ウィーンの銘菓でチョコとスポンジの間にアプリコットジャムが塗ってあるめちゃめちゃ甘いケーキ。

 美味しいんだけど、一切れで満腹…だよね。
 こんなの直人ひとりでは食べられないよ。

 …ってわけで、守にあげちゃおう。
 守だったら一人で食べちゃうかもしれないし。

 ん〜と…悟にあげられる物は…ないか。

 悟は甘い物が苦手で、自分がもらう分だけでも持て余してるから、この上直人の分なんて回したら、嫌がらせ以外の何ものでもないよね。

 仕方ない、悟の分は諦め…。
 あれ?
 なんだこれ。やたらと軽いこの包み。
 ガサガサと盛大に音をたてて包みを開いてみれば、そこには…。
 
 み〜。
 サイアク〜。
 よりによって『ピンク地に黒いハート』だって。
 どういう趣味してんだよ。
 第一、直人はトランクスじゃないて〜のっ。残念でしたっ。
 そうだ、これ、悟にあげちゃお。

 ……やっぱ嫌がらせになっちゃうかな?





 僕は机の上のチョコや「その他諸々」をせっせと仕わけして、封筒に放り込んだ。

 さて、やっと机の上が綺麗になった…と、思った途端、部屋のノブが回った。

 直人が帰ってきたのかな?



「でも〜、先生の机の上、きっとチョコの山ですよ〜」

 …この声は、中1のセカンドヴァイオリンの子だ。

「そうでもないと思うぞ。今年は悟と葵に人気が集まっているらしいからな」

 確かに帰ってきたのは直人。
 それにしても…。随分浮かれた声だねぇぇ。


「あっ、昇先輩!」
「先輩も先生にチョコ持ってこられたんですか?」

 直人ってば、両腕に中1のチビたちを5人もぶら下げて、目をまん丸にしてさ。
 なに? そんなに僕がここにいることが驚き? 
 そんなはずないよね、合い鍵くれてるくらいだもん。


「ん、まあね」

 にこっと笑ってやると、チビたちもみんなニコニコと嬉しそうに……だから、直人にベタベタ触るなっての。


「あれ? 先生の机の上、なんにもない〜」

 そりゃそうさ。僕がぜ〜んぶ綺麗に片づけてあげたからね。

 ん? 直人、笑顔が引きつってるよ?
 どうしたのかなぁぁ。


「…ええと、昇はどうした? 何か用か?」

 ふぅん、用がなきゃ来ちゃ行けないんだ〜。

 な〜んてセリフは、言わなくても直人には伝わるはず。


「僕も一応コンサートマスターとして、いつもお世話になっている先生に『感謝のチョコレート』をもってきたんですけど」

 に〜っこり笑うと、チビたちはポ〜っとした顔で僕を見上げ、直人はますます引きつっていく。


「…えっと、じゃあこれ」

 思い出したようにおチビの一人が直人にチョコを手渡した。すると、他の4人も負けじと参戦して…。

「あ、ああ、ありがとう」

 やだなぁ、直人ってば。
 もっと嬉しそうな顔で受け取ってあげなきゃ悪いじゃん。
 何を気にしてるんだかしらないけど…。ふふっ。


 ひとしきり騒いだあと、チビたちは僕に『お先に失礼します』と礼儀正しく頭を下げてでていった。

 もちろん僕はそれをいつもの笑顔で見送って…。



 さて。

「センセとしては、今年も大もてだね」

「……そう言うお前だって、たくさんもらったんだろう?」

「センセには敵いませんよ」

「…のぼる〜…」


 ダメダメ、そんな弱った顔して見せたって。

 僕は何でもなさげな顔をして、さっきのチビたちが持ってきたチョコをつまみ上げる。

 お。生意気にもメッセージ付きだ。

「へ〜、直人〜、このチョコ『愛のメッセージ付き』だよ。読んであげようか?」

「いいって」

「まあまあ、遠慮なさらずに」


 だいたい中学のチビの書きそうなことって想像つくけどね。

『光安先生って、お兄さんみたいで大好き〜』な〜んて。 

 僕はとっても寛容だから、憧れの域を出ない気持ちなら、暖かく見守ってあげないでもないけどね。


「『光安先生へ。先生って…』」

 僕はカードを読むのをそこでやめた。

 だって、だって……。

「きゃははははははっ!」

 やだー! お腹がよじれる〜!!

 突然笑い出した僕の手から、直人は何事が書いてあるのかと慌ててカードを取り上げる。 

 ひ〜、おかしい〜。直人…目が点になってる〜。

 そりゃそうかもね。
 うちの父さんが直人の歳の頃には、僕たち兄弟はもう中学に入っていたくらいだから。



 その後、直人の落ち込みはそりゃあ深くって、浮上するのに一週間はかかったかな?

 ただ、僕としては『春休みの旅行で若さの証明をしてやるからなっ。覚悟しておけよっ』って宣言されて、ちょっと怖いんだけど…。


 あ、ちなみにカードにはこんな事が書いてあったんだ。



『光安先生って、お父さんみたいで大好きです』






 来年の春、僕が卒業したら、
直人は僕だけの『お父さん』になってくれるんだよね?
 
 その時は、こう言ってあげる。

 『Papa、I Love you』

 ふふっ、嫌がるだろうな、直人。

END

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え? もしかしてそこのお嬢さんってば、『春休みの旅行〜若さの証明編』を探してます ? 
やだなぁ、好きなんだから〜(笑)
ヒントは「若さの証明」!

*兄弟たちの『アフターバレンタイン』もあったりしてv*