第3幕「Audition!」
【1】
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すでに散り始めた桜の中、去年同様、入寮した翌日に入学式と始業式が行われ、聖陵学院の一年が始まった。 僕にとっては2年目の、悟にとっては6年目――最後の1年、だ。 入学式では司が堂々と総代を務め、男子校では人目を引くであろう、その容姿のせいもあるのか、早速学校内の注目を集め、早くも『お取り巻き』なるものまでが現れている。 まあ、司の性格ならそれもありかな。 小さい頃からまったく物怖じってものをしない子で、我が儘ってわけではないんだけれど、結構女王さまタイプで、いつも自然と人の中心にいるような子だから。 ともかく僕としては、司もこの学校で、クラスで、管弦楽部で、いい仲間に出会って――まあ、この環境でわざわざ『恋をして』っていうのは勧めはしないけれど――忘れられない3年間を送ってくれればいいなと願うばかり。 さて、今年の僕のクラスは2−A。 担任は数学の松山先生。29才。花の独身。 1年の時も教科担当だったからよく知ってる先生なんだ。 教え方は丁寧だし、面白い冗談もたくさん言うから(時々底冷えするけど)生徒たちの人気も高い。 そうそう、この学校の先生はみんな、院長先生の『キビシイ』面接を受けて入ってくるだけあって、中身はもちろん、外見も一定以上の水準……っていうのは、この学校の生徒なら誰でも知っている、けれどあくまでも『噂』。 まあ、確かにご他聞に漏れず、松山先生もなかなかのハンサム。光安先生には及ばないけどね。 先生は僕の顔を見て『学年1位がいるクラスを持つのは初めてなんだ』って浮かれてたけど、もう特待生じゃない僕はそんなに勉強を頑張るつもりはないし、ご期待に添えなかったらごめんなさいって感じだ。 でも、1年の学年末で1点差の2位だった祐介も同じクラスだし、どういうわけなんだか3位もこのクラスにいる。 だから、僕が落っこちてもこのクラスから学年1位が出ることには変わりないか。 よかったね、センセ。 新しいクラスのオリエンテーションでは、さすがに『見たことのない顔』…ってのはほとんどいないけれど、持ち上がり組と違って僕ら2年目の生徒にとっては、まだまだ顔と名前は一致しないから、一応簡単に自己紹介をして、そして席を決めることになった。 けど、それがまた…。 「…で、どうして僕だけが決まってるわけ?」 なぜか僕の席だけがすでに決まっている。 一番前のど真ん中。 こんな席、やだよ。内職できないじゃないか。 僕は授業中に眠ったりはしないんだけど、時々内職はやってる。 何をやってるかというと、ほとんどが管弦楽部の用事だ。 合奏用の楽譜はきちんとしたものが配布されるけれど、パート内の練習用の曲とかは自分で作ったりしてるんだ。それも首席のお仕事…ってことで。 だから、放課後は部活と練習、夜は秘密のデートに睡眠…とスケジュールみっちりの僕としては、この授業中の内職時間はかなり貴重なものだったりするんだ。 なのに…。 「2−A全員の精神衛生状態を考えるとこれがベストなんだ」 新委員長が知的で切れ長な目をスッと眇めてやたらと厳かにいう。 ちなみに委員長選挙はやっぱり祐介が最有力だったけど、今年も『管弦楽部で忙しいから』を理由に逃げ切った。 それにしても…。 「なにそれ?」 誰の精神衛生状態がどうしたって? ちなみに新委員長は僕同様、去年の『正真正銘』で、外部入試順位では僕の次――つまり学年順位で行くと、祐介の次の成績だった古田篤人くん。 いかにも賢そうな細い銀縁眼鏡にスラッとした長身の彼は、まったくの新入りにも関わらず、去年からすでに高等部生徒会の執行部員で、次期役員当確って言われてるらしい。 もちろん僕も、彼の顔は知っていたけれど、クラスが違ったから一度も口をきいたことはなかった。 あまりにも隙のない身のこなしだから、声のかけにくいタイプだし、冗談とか言いそうもないし…。 な〜んて『会話はボケと突っ込みで成り立っている』関西人の僕としては、身近には感じられなさそうな委員長様なんだけど…。 「だから、奈月がここに座ってくれると、クラス全員がその姿をいつも拝めるわけだ」 なんですと〜? まじめな顔して何を言い出すかと思えば。 「せっかく学院一のアイドルと同じクラスになったんだからな。この恩恵をフルに活かすクラス運営を心がけるのは委員長として当然のことだろう?」 眼鏡の縁をキラリと光らせて彼は言う。 「は…はぁ…」 …って、説得されてどうするんだよ! 「ちょ、ちょっと待ったっ。どうしてクラス全員が僕の姿を拝まないといけないわけ?」 僕だって授業中の内職がかかってるんだ。あっさりと引っ込むわけにはいかない。 けれど彼はそんな僕の焦りにはまったくお構いなしに、ニヤッと不敵に笑って見せた。 「奈月にはこんな経験はないか? 『あの子がいるから学校が楽しい』っての」 へ? 「そりゃまあ、学校へ行く一番の楽しみは友達に会えること…だけど」 と言ったところで、僕らはほとんどが寮生だし、学校も私生活も一緒くたじゃないか。 それに、今一番の楽しみは『部活』だけどね。 「だろう? 気になる子がいるから学校が楽しいとか、『好きな人に会えるから部活が楽しい』とか」 う。いきなりツボを突かれた気分。 そんな僕の顔を見て『ふふっ』っと笑った彼に、含みがあるのないのか、もちろん僕には判断がつかないのだけれど…。 「というわけで、奈月にはここに座ってもらう」 嘘だろ…。 「でもっ、僕はいいとして」 …て言うのはもちろん本心じゃないけれど。 「委員長は良くてもみんなはイヤだろ? 僕だけ席が決まってるなんて」 一縷の望みをかけてクラスを見渡すと…。 た、頼むから真顔で首を横に振るのやめて…。 しかも『ぜ〜んぜん』って何? おまけに『いいぞっ、委員長!』なんて声までかかって、僕は唖然とするばかり。 「ってわけで、あとの席決めは抽選だ!」 「「「おー!」」」 信じらんない。 「ちょっと祐介も何とか言ってよ」 縋るように祐介をみれば、祐介はひょいっと肩をすくめて、あろうことか『仕方ないよ』と呟いた。 「僕としても、葵より前の席になって、振り向かないと葵の姿が見えない…なんてことになるくらいなら、いくらかこの提案の方がましなような気がするし」 え〜! このっ、裏切り者っ! そのあとの大抽選会の大騒ぎはもう一言では語れない。 途中で『くじ』――どうやら学食の割り箸をくすねてきて作ったらしい――の本数が一つ足りないと騒ぎになり、よくよく見れば、担任の松山先生までくじを引いてたことがわかって、さらに大騒ぎになった。 もう、情けないったらありゃしない。 こうして大騒ぎの新クラスのオリエンテーションは終わったんだけど、解散してみんながそれぞれの部活のオリエンテーションや、寮に向けて移動し始めたとき、僕はまた委員長から声をかけられた。 「奈月」 「なに?」 「俺、お前と同じクラスになれて嬉しいよ。ともかく今年1年よろしくな」 そう言って差し出された大きな手を、僕もギュッと握り返す。 「うん。こちらこそよろしく。頼りにしてるよ、委員長」 ほんと、席決めの提案は非常にいただけない内容だったけど、見かけと違ってかなり面白そうなヤツだってわかった。 僕としてもこの1年が楽しみになったところだ。 「任せておけ。お前にとっても俺たち2−Aの全員にとっても忘れられない1年にしてやるよ」 彼はそういってまた不敵な笑みを浮かべると『まずは3−Aの委員長のところへ挨拶に行ってくるよ』と言った。 3−A――悟のクラスだ。もちろん悟が委員長を引き受けているはずはないんだけれど。 でも、どうして3−A? 目がそう尋ねたのを察したのか、委員長はまたまた更に不敵な笑み――トレードマークになりそうな――を浮かべた。 「桐生悟先輩に奈月葵、浅井祐介。今年のA組は聖陵学院史上最高のゴールデントリオ誕生だからな。おまけに1−Aにも有望株がいることだし」 …え? …ちょっと待った…。 それってもしかして…『聖陵祭』のメインイベント、あの忌まわしい演劇コンクールのこと言ってる? こ、これはまずい。非常にまずい。 ええいっ、こうなったら甘えモードでお願いだっ。 「ね、委員長を見込んでお願いがあるんだけど」 僕は上目遣いで『うるうるお目目』演出してみる。 で、委員長を見上げてみたんだけれど…。 「ん? なんだ」 硬質な眼鏡の縁がキラリと光る。 ん〜、動じてないぞ。こりゃ。 仕方ない、作戦変更。 「僕に何をさせようと思ってるか知らないけど、僕、絶対女装はヤダからね」 今度は言わせてもらいます! …とばかりにキッパリ言い切ると、委員長はまたしてもニヤリと笑った。 「了解。3−Aの委員長に伝えておくよ」 あれ? やけにあっさりと承諾した委員長に、肩すかしを食らった感じ。 けれど、そんな僕の様子に全然左右される風でもなく、彼は『じゃ、また明日』と手を振るポーズもさらりと決めて廊下を去っていった。 あまりにもあっさりと納得されて、僕は一抹どころではない不安を覚えたんだけど、まあ半年も先のことだからね。なんとかなるだろう。 だいたい登場人物に必ずしも女性が必要ってわけもないしね。 全員男性でOKって話もあるだろうし、それに僕以外のヤツが女装するのは全然かまわないから。 …ってさ。何を考えてるんだか。僕もどっぷり聖陵の色に染まっちゃったかな。 こうしてつつがなく(?)新しいクラスでのオリエンテーションは終わり、僕の2年目はスタートを切った。 そして、午後はもちろん、管弦楽部のオリエンテーションだ。 新入生の紹介と、新しい1年の序列を決める『オーディション』の課題が発表になる。 一つでも上の席を目指す部員たちにとっては、今夜から、死にものぐるいの1週間が始まるってことだ。 もちろん僕もがんばるつもり。 それにしても、早く新しい仲間に会いたいな。 中1のフルートの子ってどんな子だろう。 中学は、高校と違って『推薦制度』はないんだけれど、管弦楽部への入部を希望する場合は願書提出の時点で申請して、入試の前にその生徒の可能性が判断されるんだそうだ。 中には『管弦楽部に入れないなら聖陵にはいかない』っていう志願者もあるらしくて、それに対する配慮らしい。他の私立の入試との兼ね合いもあるし、無駄に受験料を使わせちゃう事にもなるしね。 でも、実際の所――これは祐介情報なんだけど――数の限られる管楽器奏者は、事前に光安先生のスカウトがかかってるらしい。 そういえば、藤原くんもそんなことを言ってたっけ。 フルートの先生に『聖陵受けてみない?』って言われて、『ボクには無理です』って答えたら、『大丈夫、顧問の先生が“演奏の方はOKだから、あとは入試で合格ラインに達すればいいだけです”…っておっしゃったわよ』…なんて言われたんだそうだ。 先生がどこで藤原くんの演奏を聴いたのか…ってとこまでは、まだ聞いてないんだけど。 「葵、行くぞ」 「あ、うん!」 昼食を終えた僕らは同級生とじゃれ合いつつ、新しい仲間と明日からの部活に、たくさんの期待と、ほんのちょっぴりの緊張を抱えて音楽ホールへと向かった。 |
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