第2幕「Audition!」

【6】





 オーディションが終わった。

 準備期間の1週間はあっという間だった。でも、これ以上長くてもしんどいだけだけどね。

 100人以上いる管弦楽部員全員(悟と佐伯先輩は対象外だけど)のオーディションは、管・打楽器を1日で、弦楽器を2日にわけて、3日間で行われる。

 その3日目に当たる今日、僕たち管楽器と打楽器のオーディションが放課後3時間かけて行われ、もう、食堂では夕食が始まっている時間だけれど、僕らフルートパートは例によってたまり場である『練習室15』にいる。


 昨日まで毎日、遅くまで合同練習をして、晩ご飯のあとも、みんなそれぞれ練習室に戻って個人練習に励んだ。

 結果の発表は明日だけど、正直言って不安はあまりない。それは、自分のポジションがどうとか…ってことじゃなくて、パート全体として全力を尽くせた…ってことだ。


 みんな本当に頑張ったと思う。

 結果はどうしても当日のコンディションだとか、緊張の具合とかにもよってしまうけれど、でも、光安先生も悟も、外部講師の先生たちも、僕たちフルートパートがどれだけ頑張ったのかはきっと拾ってくれるはず。




「結果はどうあれ…」

 事実上のパートリーダーになってしまった祐介が、全員を見渡して言う。

「みんなそれぞれに悔いのない演奏が出来たと思う」

 言われたみんなの顔には、まだ緊張感が残っている。

 それは多分、舞台での高揚をそのまま、まだ、身体に抱きしめているから。

 でも、その緊張感の中には確かに充足感と達成感が存在しているはず。


「明日から、新しい序列でまた1年が始まるけれど、とにかく全員で頑張っていこうな」

 祐介の言葉に、後輩たちは口々に、力に溢れた頼もしい返事を返してくれる。


「葵、なんかあるか?」

 …って、いきなり話を振られても。

「うーんと。」

 みんなが僕の言葉を待って緊張を高める。

「別にない」

 そう言った瞬間の、みんなの顔ったら。


「あ〜お〜い〜」
「「せんぱい〜」」

「とにかく」

 僕が言うと、またまたみんなが顔を引き締める。

「お腹減ったから早く寮に帰ろう」




 ……なんでコケるかな〜。

「…ったくもう」

 祐介がぶつぶつ言ってる。

「いいじゃん、祐介が締めてくれるんだから」
「けどな、葵。パートの長は、首席なんだぞ」
「あのね、結果は明日だよ」
「ふん。葵が首席じゃなかったら、向こう1年間毎日チョコパ奢ってやるよ」


「…えっ?!」

 毎日チョコパっ?


「あ〜、でも祐介ずるい。オーディションはもう終わっちゃってるんだから、今さらどうしようもないじゃん」
「葵〜、お前、首席の地位とチョコパを引き替えにする気か〜?」
「うーん」
「マジに考えるなっ」


 帰り支度をしながらそんなアホな会話を交わしてると、後輩たちがクスクスと笑う。

「ほんっとに、先輩たち見てると漫才みたいですね」
「そうそう、テレビでお笑い見てるより、断然おもしろいデス〜」

 はい〜?

「…祐介、漫才みたいだってさ」
「…葵が悪い」
「なんでやっ」

 またもアホなやりとりが始まると、今度はついに、初瀬くんまで小さく笑った。


 …初瀬くんが笑ったのって初めてかも。

 そんな初瀬くんを、藤原くんも……ちらっとだけど、不思議そうに見上げていて…。

 ま、それもこれも、いい傾向ということで。





 重い防音ドアを開けて、僕たちは廊下へでる。

 さすがにオーディションがすべて終わった直後とあって、昨日までの賑わいが嘘のように、練習室は静まり返っている。

 ふと振り返ると、初瀬くんが重い防音ドアをその広い背中に受け、藤原くんをそのドアからかばうような形で先に通そうとしていた。

 気がついたらしい。藤原くんが顔をあげた。

「あ、あの、ありが…と」
「……いいえ」


 恐る恐る、でもしっかりと顔を見てお礼を言った藤原くんに、初瀬くんは一瞬だけ視線を合わせ、すぐにまた伏し目がちに視線を外してそう答える。

 そんな2人のやりとりに、祐介がチラッと視線を投げた。

 その、なんとなく不機嫌な様子に、僕は内心でほくそ笑むんだけれど、でも、どこか隅っこの方で、ちょっと痛みが残っているのもまた事実。
 



 この1週間、放課後はべったりと一緒にいた、僕らフルートパート。

 その間、僕はそれとなく新しい仲間である初瀬くんの様子を見てきた。

 年齢にそぐわない堂々とした体格と受け答え。

 それが、必要以上に彼を強面で無愛想に見せているけれど、実はその仏頂面のままさりげない気遣いを見せる真面目な子だと言うことに気がついた。

 それは、祐介も同じ意見。

 見た目の通りに態度も素っ気なかったりすると、ちょっと考えなきゃいけないこともあったかもしれないけれど、でも、この様子なら大丈夫。

 中身が暖かいのなら、外面はある程度かまわないと思うんだ。

 その点は、紺野くんや谷川くんもわかっているようで、フルートの話を通して、少しずつ距離を縮めているようだし。



                    ☆ .。.:*・゜



 そして、次の日。ついに僕らの『今年1年』が決まった。

 首席次席は変わらず。そして、佐伯先輩の思惑通り、3番目には藤原くんがつけた。あとは学年の順。

 初瀬くんはやっぱり緊張していたんだろう。オーディションでの演奏は、普段に比べるとかなり固かった。
 でも、この1年で場数を踏んで、経験を積んでいけば、来年は…って感じだ。



 そして、久々の大波乱はなんとヴァイオリンパート。

 もちろん昇のコンマスはまったく揺るがなかったけれど、なんと、司がいきなり2番手に躍り出たんだ。

 弦楽器の2番手と言えば、『トップサイド』(*)と言われ、首席を補佐する重要な役どころだ。

 僕もオーディションを聞いていたんだけれど、正直言って驚いた。

 僕の知っている『司の演奏』は、真っ直ぐで何の衒いもない――よくない言い換え方をしてしまうならば、『ただ綺麗なだけの演奏』という印象があった。

 それが、一昨日――数年ぶりに聞いた司の演奏は、まったく違った印象を持って、僕の前に現れた。

 真っ直ぐで従順…それは変わりはしないのだけど、その内包には、ただの『従順』ではない、『したたかさ』のようなものが見えたんだ。

 もちろん、それは『演奏するもの』としては決して悪い要素ではないのだけれど。

 けれど、司のその『したたかさ』はなぜかとても痛々しくて、『幼なじみの司の姿』とはかなり相容れない違和感を覚えて、僕は戸惑った。

 司はいったい、何を抱え込んでいるんだろう…。





 そして、もう一つの大波乱は、隆也だった。

 今までは『ぎりぎりメインメンバー』だったんだけれど、なんとセカンドヴァイオリンの首席になっちゃったんだ。

 ほんと、これこそ『努力の賜物』って感じだよね。

 僕は早速隆也に『おめでとう!』っていったんだけど、隆也ってば『これで首席会議でも葵と一緒もいられる〜』なんて言うんだ。…ったく、何考えてんだか。


 トランペットは、高3の先輩を押さえて羽野くんが首席になった。クラリネットも同じく先輩を押さえて茅野くんが首席に。

 僕らの学年は『管楽器の大豊作』って言われてるらしいんだけど、実際気心の知れた人間とのアンサンブルはやりやすいから、今年も楽しんで演奏が出来そうな気がする。



 オーボエは言うまでもなくアニーが首席。
 これに関しては審査の必要すらナシ…って雰囲気だったとか。
 外部講師の先生方も『あのアーネスト・ハースを生で聞けるなんて…』な〜んて、審査をすっかり忘れて聞き惚れちゃって、ミニコンサート気分だったらしい。

 そして、ホルンはこれまたダントツの実力を見せつけて、宮階珠生くんが文句ナシの首席になった。

 でも、僕はこの結果に少し疑問を感じてる。

 宮階くんは確かに上手い。異常に上手い、破格に上手い。

 はっきり言って技術レベルは超高校級。多分、現役の音大生でもここまで吹ける人は少ないんじゃないかと思うんだ。

 けれど、僕はある危惧を抱いてしまった。

 もしかしてこの演奏は、ソロでしか通用しないのではないだろうか。

 つまり、『オーケストラ』という、全員で一つの音楽を作る…と言う現場には向かないんじゃないだろうかと思ったんだ。

 オケの中でのホルンの役割は多彩だ。

 ある時は朗々とソロを吹いて、その場の雰囲気をさらっていく。
 かと思えば、和音楽器として重厚な――まるでパイプオルガンのように――合奏全体をしっかりと支えてくれたりもする。

 そうやって多彩な活躍が出来る反面、求められることも限りなく多くなるって事だ。

 弦楽器の流れに寄り添ったり、管楽器の中に溶け込んだり…。

 それこそ、時と場合によっては『コウモリ』のように主張を変えていかないといけないんだ。

 それはつまり、自分の音程や流れ、音色が正しいからといってそれを貫けるものではないということ。

 例え自分のやっていることが正しくても、その時メロディーを吹いてる楽器が違う表現をとれば、ホルンはそれに従わなくてはならない。

 もちろん、どの楽器にもそれは必要なことなのだけれど、特にホルンはそれが強く要求される場面が多いんだ。


 だから……。

 でも、そんなことに光安先生や悟が気付かないはずがない。
 技量だけで序列を決めるような事は絶対ないはずだ。

 だとしたら、先生たちには何か考えがあるんだろうか?

 悟に聞いてみたい…。

 でも、いいかな? そんなこと聞いても…。



第3幕「Audition!」 END

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役に立つのか立たないのか。オーケストラ豆知識のコーナーです(^^ゞ

『トップサイド』

オケの弦楽器は、二人一組で並んで座り、一つの譜面台(一つの楽譜)を一緒に使用します。
2番手奏者は、首席(トップ)奏者の隣に座るので『トップサイド』と言われます。

弦楽器の数え方はちょっと特殊です。一人二人…とは数えません。

譜面台を「プルト」といいますので、
首席・次席が座る最前列が「1プルト(1stプルト)」ということになり、
以下、3番・4番奏者が組む「2プルト」、5番・6番奏者が組む「3プルト」となっていきます。

例えば『今度の曲、チェロの数はどれくらい?』と、聞かれたら、
『4プルトかな?』という風に答えます。つまり、奏者は8人です。


プルトの中では席次の高い方が外側…つまり客席に近い方に座り、これを「OUT」と言います。
内側は「IN」ということになります。

聖陵のファーストヴァイオリンの場合、
首席の昇が「1プルトのアウト」、次席の司が「1プルトのイン」ということになります。

ちなみに楽譜をめくるのは「イン」のお仕事と決まっています。
アウトの奏者は楽譜をめくるときでも切れ間なく弾いていなければいけませんvv

以上、雑学オーケストラ豆知識でしたv
ご質問などありましたら、お気軽にBBSやメールでどうぞ(*^_^*)