『センセと昇の婚前旅行』





 毎日学校の仕事に追われていて、いったい何処にそんな時間があるんだろうと思われるのに、直人センセは毎度、これでもかというくらいシチュエーションばっちりの温泉宿を探してくる。

 しかも、今回はただの露天風呂付きではなく、『離れ』だ。

 しかもしかも、この部屋だけ吊り橋を渡らなくてはいけないという、まさに『隔絶』された『離れ』なのだ。

 ただ、吊り橋と言っても、水面から高さ1m程度のところにかかっているもので、しかも水面は足首程度の流れなのだが。

 到着した2人を満面の笑みで迎えてくれた女将に案内されて、その可愛らしくも風情のある吊り橋を渡り、静かな離れに足を踏み入れてみれば、そこはもう、まさに二人きりの空間で…。

 けれど。

 昇はちょっとばかり気になっていた。

 そう。二人を見る女将の笑顔が妙に…嬉しそうな気がしたのだ。

 確かに30代の男前と金髪の美少年が二人して『露天風呂付き離れ』に2泊3日で籠もるだなんて、ネタを提供しているとしか思えないのだが、それにしては、彼女の微笑みは『好奇』と言うよりは『喜色』と言った感じで、確かに『熱烈大歓迎』という雰囲気ではあるのだが。

 だが、そのちょっとした「引っかかり」をちらりと口にしてみれば、意外や意外、直人はあっさりと頷いた。

「ああ、心配いらないって。ここの女将は知ってるから」

 ――はい?

「知ってるって、何を?」

 キョトンと見上げてみれば、そんな昇を直人もまた、言わずとしれたことだろうとでも言いたげに見下ろしてきた。

「何をって、この話の流れだと、昇と私の関係以外の何がある」

 ………。

「ええええ〜! 何でっ、何でここの女将がそんなこと知ってるんだよっ」

 あまりに想定外の事実を突きつけられて、昇が伸び上がって詰め寄るのだが、それも直人はさらりと笑顔で交わした。

「高校の同級生なんだ」

「へ?」

 それはまた。マジですか、先生。

「陸上部のマネージャーだったんで、同級の女子の中では一番中が良かったな」

 高校時代、陸上部のエースだったと言う話は聞いていたけれど、しかし、それならそれで気になることがあるではないか! 

「…もしかして、……つき合ってた、とか?」

 思わず「ジト目」になってしまうのは致し方ないだろう。

 確かにこの男前が今まで何にもなかったなんて、これっぽっちも思ってはいないけれど――何しろ2人は17歳も離れていることだし――それにしても、もしかして過去の2人に何かあったのなら、ここへ連れてくるのは微妙に反則ではなかろうか。

 だが、そんな昇の疑問を直人は一蹴した。

「まさか。お互い異性を意識した事はないぞ。どっちかというと、戦友だったな。あいつとは」

 そうは言われても、俄には信じがたい。

 まして彼女は…。

「…あんなに綺麗な人なのに?」

 ちょっと不安げに首を傾げてみると、今度こそ直人は声を出して笑った。

「確かに今は和服美人だが、高校時代は真っ黒に日焼けして、白目の白さが眩しいくらいだったんだぞ。男子と一緒になって遅くまでグラウンドで走り回っていて、色気のかけらもなかったな」 

 ちょっと懐かしげに目を細める直人は、確かに嘘をついている風ではこれっぽっちもないが。

「おまけに勉強もやたらとできるヤツでな。いつも学年3位以内にいて、その点でも男子顔負けだったな。大学は国立の法学部へ進学して、検事を目指すなんて言ってたんだが、ゼミで知り合ってプロポーズされた相手がここの若旦那だったんだ」

「…そうなんだ…」

「ああ。で、あいつにしちゃ珍しく悩んでな。彼の事は好きだけれど、果たして自分に老舗旅館の女将なんかがつとまるんだろうかって」

 何しろ女らしいことは皆目ダメだったからな…と、おかしそうに笑う直人に、昇はやっと、少し、緊張を解いた。

「それで、アドバイスとかしたわけ?」

「ちょっとな。やってみてダメだったら、帰ってくればいいじゃないか…って言った」

 あのー、先生。

「それ、アドバイスになる?」

「十分だろう?」

 笑いながら言うけれど、そう、直人はいつも生徒たちにもそう言う。

『とにかくやってみろ』と。

 やらないで結論を出すのは論外。
 やってみて上手くいけばオーライ。
 ダメでもそこまでの努力は必ず糧になる…と。

「しかしなあ、自分がちょっと幸せだからって、『直人はいつまで1人でいる気だ』とか『老後に1人は寂しいぞ』とか、そんなことばっかりいいやがるし、挙げ句に『教え子にいい子はいないのか』なんて言い出してな。『うちは男子校だ』って言い返したら、なんて返ってきたと思う?」

「え…なんだろ」

「『それがどうした』…だと」

 それはまた、肝の据わったというか何というか…。


「だから、『いい子を掴まえたから連れていく。ただし、驚くな』って言っておいた」

「え〜!」

『そんな無茶な…』と昇は脱力するのだが、直人はどこ吹く風…だ。

「しかし、さすがにこの道10年だな。これっぽっちも顔に出さなかったぞ」

 いや、センセ、出てましたって。
 女将の顔はこれでもかっていうくらい、にやけてましたから。

 なんて突っ込みも、浮かれている直人センセには通用しないようでありまして…。



 不意にあたりがシンと静まり返った。

「やっと卒業だな…」

 はあ…と、深いため息をついた直人にきつく抱きしめられ、やはり、直人もこの日が待ち遠しかったのだと、その声の色から察せられて、昇の表情も弛む。

 そして、ふわっと抱き返してみれば…。

「…わっ?」

 いきなり押し倒すとはっ。

 広く贅沢な造りの離れは、和室の居間の他にベッドルームもあるというのに、直人はわざわざ(?)昇を畳の上に転がして、覆い被さってきた。

「あ、あのさっ、直人っ」

「なに?」

「なにって、いきなり…」

「いきなりってことはないだろう? だいたいどれだけこの日を待ったと思ってるんだ? 昇が卒業して、諸々片づけて、やっと二人きりになれて…」

 そう言う直人と至近距離でばっちり視線がかち合えば、それは何故だか妙に物騒な光を宿していて、昇は小さく身を震わせた。

「…寒い?」

 そんな昇を、直人はまた抱きしめる。

「…ううん…そうじゃなくて…」

 なんだかちょっと怖くて、でも嬉しくて、もうどうにでもして…とでも言いたくなるような、そんな気分の自分がちょっと恥ずかしくて。

「でも、ここじゃ背中が痛いよ?」

 小さな声で訴えてみれば、優しいキスが降ってきて、細い身体はそのまま掬われて、ベッドルームへと運ばれた。



                   ☆ .。.:*・゜



 その夜。

 ふかふかのベッドの中でふと目を覚ましてみれば、自分を抱き込んでいたはず直人の姿がない。

 到着してすぐにベッドへ運ばれたものの、いちゃいちゃしてるうちに夕食時間になってしまい、結局のところ、これと言った抜き差しならない事態には発展しなかった。

 ただ、これまでのこと、これからのこと、色々なことをたくさん話して、たくさん笑って。
 
 そうこうしているうちに、直人の腕の中で眠ってしまったのだ。



 ところがその温もりは随分前に抜け出ていたらしく、すでにそこは冷えている。

 慌てて起き出して辺りを見回せば、居間の方からなにやら小さな声が聞こえてきて…。
 
 ――…誰?

 そろっと起きあがり、襖の側まで行くと、昇は耳を澄ませた。

「で、マジで教え子なの?」

 あの美人女将の声だ。

「ああ、中高6年間寮生だった子だ」

「いつから?」

「中学に入る前…かな」

「………ええええええええええええっ!」

「あ、こらっ、昇が起きるじゃないか」

 慌てて潜められる声に、昇も何故か身を縮める。

 盗み聞きなんてお行儀の悪い真似はしたくはないのだが、聞いてしまった以上、二人の会話が気になるのは、もう致し方ないだろう。


「ちょ、ちょっと待ってよ。学校で知り合ったわけじゃないの?」

「ああ、元々うちの姉貴の親友の子なんだ。で、わけがあって中学入学前に半年ほどうちで預かってたんだ」

「…ああ、なんだそういうこと。びっくりした〜」

「なんでびっくりなんだ」

「だって〜、入学前からっていうから、また入試の時に引っかけたりしたのかと…」

「おい。引っかけるってなあ。それじゃ犯罪だろうが」

 いや、結局卒業まで待てなかったのだから、どっちにしろ発覚したら大変なことには違いないのだが、それはこの際、棚に上げて。


「それにしても、まさか直人がショタコンだとは思わなかったわねえ」

 だから高校時代も妙にクールだったわけだ…なんて、随分ないわれようだが、この年齢差では、端から見ればそう見えるのは仕方のないことかもしれない。

 だが。

「いや、そうじゃないと思う」

「っていうと?」

「強いて言えば、昇コンプレックスだな。中学入学直前には、もうあいつしか見えてなかったからな」

 さらりとでた言葉は、だがずしりと身体に落ちてきて、昇は瞬時に茹で上がった。

 ――そんなこと、聞いたことなかった…。

 恥ずかしくて照れくさくて嬉しくて。

 自分がずっと好きだったから、だから直人の気持ちも徐々に育ってきたのだと思っていた。

 いつも、自分の後から。


「…うわあ。直人からそんな熱烈な言葉を聞く日が来るとは思わなかったわね〜。高校時代もあれだけ告白されまくってたのに、真面目に恋愛しようって気すら見えなかったしぃ」

「あの頃は、誰もそんなに本気じゃなかっただろう?」

 好きだとかつき合って欲しいとか。
 そんなものは、一過性の感情…ただの「子供の麻疹」のようにしか思えなかったのだ。
 当時の直人には。

「よく言うわ。あんたに振られた子、何人いたと思うのよ。ま、覚えてないでしょうけどね。その度に私は泣きつかれて大迷惑だったんだから」

 はあ…と一つため息をつき、美人女将は座り直して、ずいっと直人に近寄った。

「にしても、何が驚いたって…」

「驚いたのか?」

 そうは見えなかったが。

「そりゃ驚いたわよ。…ああ、言っておくけど、性別に驚いたわけじゃないからね」

 普通はそこに驚くだろうけれど。

「じゃあ、なんだ」

「だってー。まさかあんなに綺麗な子だとは思わなかったわよ〜。しかも金髪碧眼! まるでお人形さんだわ〜」

「黙ってりゃな」

 その一言に、襖の陰で昇がぶすっとふくれるが、まあ、それも今まで散々言われ続けてきたことだから、今さらといえば今さらだ。

 ただ、初対面の人――しかもあんな楚々とした美人――にまでばらさなくてもいいのに…なんて思ってしまうわけで。

「ってことは、本性はやんちゃ坊主なんだ。やだ〜可愛い〜」

 ほら、やんちゃ坊主だとか可愛いとか言われるハメになったじゃないか…と、昇が唇を尖らせてるなんてことは、襖の向こうの二人はこれっぽっちも知らなくて、親密な話声は更に続く。


「…ね。もしかして、去年の秋に週刊誌に載った子の…?」

「なんだ。見たのか」

「最初は知らなかったのよ。そしたら実家の母がね、『これ、光安くんが勤めてる学校のことじゃないかしら』って、送ってきたのよ。で、読んでみたら、どうも管弦楽部の子の話みたいだったし…だったら直人の教え子かなあ…って思ってたわけ」

 大変だったんじゃない?…と労る声は温かく柔らかくて、彼女の優しさが垣間見える。

「いや、大変だったのは俺じゃなく、彼ら…だな」
 
 だが、兄弟たちは自分たちの力で乗り切った。
 これまでも、お互いを思いやり合いながら数々の難問に立ち向かってきた彼らの成長は、教師としても、そして、昇の伴侶としても嬉しいもので。


「じゃあ、やっぱりあの子の?」

「そう、昇はあの兄弟の次男坊だ」

「じゃあ、将来は音楽家に?」

「ああ。音大のヴァイオリン科へ進学するんだ」

「や〜ん! かっこいい〜!」

「こら、昇が起きるって」

「あ、ごめ〜ん」

 慌てて口を押さえるのはこれで何度目だろう。
 だが彼女にとっては、それほどに、驚くやら嬉しいやら…のてんこ盛りなのだ。


「それにしても、いいなあ。うちの子も聖陵に入れたかったな〜」

「って、お前んとこは女の子2人だろう?」

 毎年晴れ着姿の年賀状が送られてくるが、なかなかどうして、姉妹ともにチビのクセに随分と美人で、老舗旅館も跡取りに事欠かなさそうなのだ。

「そうよ。もう、残念〜。こうなったら3人目がんばっちゃおうかしら」

「そりゃ結構だが、聖陵の偏差値は高いぞ」

 ついでに学費も高いが。

「わかってるわよ、そんなこと」

「あ〜、まあお前と旦那の子だったら、偏差値には不安はないか」

 なにしろどちらもストレートで難関国立の法学部に入った頭の持ち主だ。
 
「ところで、旦那は元気か?」

「おかげさまで。昨日から大阪の旅行代理店に、夏のプランの売り込みに行ってるのよ。明日には帰ってくるわ。直人が来るなら絶対挨拶しなきゃって、一日繰り上げてくるみたい」

「おいおい、わざわざそんなことしてもらわなくても…」

「何言ってんの。うちの旦那にしてみたら、直人は恩人なのよ。いつまでもプロポーズに応えられなくて、煮え切らなかった私の背中を押してくれたのは直人だもん。自分たちが結婚できたのは光安くんのおかげだ…って、そりゃあもう、写真を神棚に奉りそうな勢い」

「なんだそりゃ」

 声を殺して笑い合う2人に、昇はホッと息をついて、膝を抱えて壁にもたれかかる。

 やっぱりちょっと不安だったのだ。

 自分の知らない、ずっと昔の、今の自分と同じくらいの直人。

 陸上部のエースで、成績優秀で、もてまくって…。

 何もないと言われても、脳天気に「はいそうですか」とは思えなくて、心のどこかに少し刺さったままだったのだけれど、今、すっきりと抜けた。

 自分には、女の子の親友というのはいないけれど、でもきっとできない話ではないのだ。

「…でも、直人がいい子を見つけて、幸せになって、本当によかった…」
 
 襖の向こう。 優しい声が子守歌のように耳をくすぐる。

 なんだかとっても気分が良くて、膝を抱えたまま、 昇は小さくあくびをして、ふわりと目を閉じた。



                   ☆ .。.:*・゜



 何だか身体が暖かくて、フワフワとしている。

 ぼんやりと目を開けてみれば、目の前には笑いをかみ殺して自分を見つめる直人。

 そしてその腕は自分を抱いていて、2人はふんわりと暖かい湯気に包まれていて…。

「直人…?」

 ちょっと、蒼い瞳をくるりとさせて見渡してみれば、自分たちは部屋付きの露天風呂にのんびりと浸かっている最中ではないか。

「…なん、で?」

 そういえば、自分は直人たちの話をこっそり盗み聞きしていて、その後何だか安心してしまって、膝を抱えたまま寝てしまったのだ。多分。

「なんでってなあ」

 クスクス笑う直人は昇をそっと抱きしめ直す。

「あんなところで寝てしまって、身体が冷え切ってたんだぞ?」

 結局あれからまた小一時間ほど話し込んでしまい、その後奥の間へ戻ってみれば、襖を開けたその横…壁に持たれて膝を抱えた昇が小さな寝息を立てていたのだ。

 ――これは聞かれたかな…。

 かなり恥ずかしい告白をしてしまったような気がするが、全部本当のことだから仕方がない。

「…あ、えっと、あの…ごめん…」

「ん? 何がだ?」

「…声…掛けようかな…って思った…んだけど…」

 暗に『聞いてしまった』のだと告げられて。
 けれど直人はふわりと笑って昇の頭をそっと撫でた。

「いや、こっちこそ。話し声で起きてしまったんだろう? 

「…う、ううん。話し声で起きちゃったわけじゃないんだ。ただ…」

「ただ?」

「…側に直人がいなかったから…目が覚めちゃった…」

「昇…」

 小さな声でそう告げて、胸に顔を埋めてきた昇に、どうしようもない愛おしさが募る。

 この宝物を、永遠にこの腕の中に閉じこめておきたい。

 そう、この先何があろうとも、解放してはやれない。
 心も、身体も、何もかも。
 すべて、自分のもの。
 そして、自分のすべても昇に捧げ出す。
 何も惜しくはない。 昇のためならば。


「お前、この前『僕のどこが好き』って聞いただろ?」

 それは、生母のシャロンから、思わぬことを告げられて動揺しまくっていた時のこと。

「あの時は色々言ったが、その他に身体の相性もばっちりだと思うんだがな」

 ニッと笑って大きな手のひらでスッと胸の辺りを撫でると、思わず…なのだろう、昇が小さく喘いだ。

「…な、直人っ、えっちくさいっ」

 しかし、息の上がった昇の抗議に、直人は微笑みながらもちょっとばかり獰猛な視線で見つめ返す。

「この程度でそんなことを言っていて、この先大丈夫か?」

「…え?」

「もう、遠慮しないでいいんだからな」

 6年間二人を縛っていた『教師と生徒』と言う関係から晴れて卒業できた。
 
 もう、誰にも何にも、邪魔はさせない。

「えっと、あの…遠慮してた…わけ?」

 あれで…?
 というのは飲み込んで。

「そりゃ当然だろう? 遠慮しまくりだった」

 子供が思うほど、大人は脳天気ではいられないのだ。
 まして、『教師』なのだから。

 鼻先がそっと触れ、唇を合わせると、その甘さに陶然となる。
 お互いに。

 けれど、もう溺れていいのだ。
 
 教師でも生徒でもなく、ここにいるのはただ、幸せな一組の恋人たち…なのだから。

「…昇…」

 耳元で熱く囁いた唇をそのまま滑らせて、胸先に落とす。

 ビクリと揺らぐ身体を抱きしめて、口に含んだ小さな粒を吸い上げると細い身体がしなる。

「食べてしまいたいな…何もかも」

 どこもかしこも甘くて、柔らかい。

「食べちゃった…ら…なくなっ……ちゃう…よ」

 胸だけでなく、器用な手が昇の中心を捉えて弄び始めたから、応える言葉も途切れてしまう。

「じゃあ、食べた跡だけつけておこうか」

 言葉の終わりに、白い肌がキュッと吸われて紅い跡が残される。

「…あ」

 その刺激に思わず身を竦ませると、更に唇が移動して、その隣にまた跡を付ける。
 遠慮も容赦もまったくなく。

 そして、昇はと言えば、自分の身体に散らされていく花びらのような跡を呆然と見つめるばかりで。

 やはり、今までは遠慮してくれていたのだろう…と、やっと思い至る。

 直人は気を付けていてくれたのだ。
 誰にもばれないように。

「…昇…」

 また、名が呼ばれた。
 けれど、それにはもう、意味はないのだろう。
 ただ、呼んでいたい。
 それだけで。
 
「なおと……」

 昇も小さく呼び返す。
 自分を覆い尽くす存在を、愛おしげに。


 溶けるほどに愛されて、焼き切れそうなほど感じて、世界がひっくり返りそうなほど揺さぶられて。


 切れ切れになる意識の底で、昇はぼんやりと考えた。


 ――確かに相性ばっちりかも知れないけど、相性よすぎて、壊れそう…。


お幸せに♪

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