2004年クリスマス企画
君の愛を奏でて
「イブのため息」
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12月ってのは、俺たちにとって「かきいれ時」だ。 一年のうちで一番バイトの口がある時期と言ってもいいだろう。 ま、年末ってのはもともといろんなバイトがある時期だけどな。 俺は私立音大の2年生。器楽科ヴィオラ専攻だ。 ヴィオラってのは他の弦楽器に比べて演奏人口の少ない楽器なんだけど、でも基本的な弦楽合奏には欠かせない楽器だから、余計にバイトの口は多い。ラッキーだよな。 この時期、パーティやイベントなんかがたくさんあって、生演奏は需要が多い。時給も他のバイトに比べて高いから、この1ヶ月フル稼働で働いて、一年分の小遣いを貯めちまうヤツだっているくらいだ。 もちろん俺もそのクチ。 だって、音大生って年中忙しいんだ。 特に俺が在籍する『ソリストコース』は将来独り立ちできる音楽家を目指してるやつらばかりだから競争も激しくて、並みの練習量じゃすぐに落ちこぼれちまうんだ。 だから、日々、練習練習また練習。バイトしてる暇なんてありゃしない。 でもバイトはしなくちゃいけないんだ。 だって、音大の授業料って高いんだぜ? まあ、国公立に入りゃよかったんだけど、俺はここの校風が好きで、尊敬する音楽家もこの大学の出身だったりするもんだから、親にムリ頼んで入れてもらった。 だから、せめて小遣いくらい自力で稼がなきゃ…って思うわけだ。 で、今日はそんな中でも一番の忙しさになるクリスマスイブとクリスマス当日のバイトの要項が、ここ学生課に張り出される日で…。 あれ? あいつの姿をここで見かけるなんて珍しいじゃん。 「おう、祐介、何やってんだよ」 「ああ。久しぶり」 こいつは同級生。フルート専攻で俺と同じソリストコースのやつ。 ハンサムな上に背が高くてしかも優しいときてる。だから、女どもの憧れの的だ。 ちなみに親父さんは某有名企業の社長で、バリバリ金持ちの家の子だから、バイトの必要なんてないはずなんだけどさ。 でも、祐介の手には24日の仕事の詳細が…。って、これ、俺も一緒にやる仕事じゃん。 「これ、やるんだ?」 「ああ、もともと葵が受けてた話なんだけどな」 「そっか、葵って急遽ウィーンに飛んだんだっけ?」 そういえば剛が言ってたな。 『奈月が開けた穴は浅井に埋めてもらう!』ってさ。 あ、剛ってのは今回の仕事を一緒にやる予定のクラリネット専攻の同級生だ。 ちなみに葵ってのはこれまたフルート科の同級生で、学年総合首席の天才だ。ついでに言うと『超美少女』。 あ、残念ながら男だけどな。 「そ。おかげでそのとばっちりがこっちへ来たってわけ」 やっぱり。 「はあ…。よりによって24日だもんな…」 心底憂鬱そうにため息をつく祐介。 ん? ひょっとして…。 「なあ、もしかして、何か約束あったとか?」 実はこいつ、これだけモテてるクセに恋人はいない…ってことになっている。 でも、ちらっと漏れ聞いた噂によると、どうやら学外にいるらしいんだな、これが。 「…まあな」 お。なにやら思わせぶりな言葉じゃん。 だいたいこいつに恋人がいないってのがおかしな話なんだよな。 どんなカワイコちゃんの誘いにもなびかないんだぜ、こいつ。 で、振られまくった女の子たちがでっち上げた噂がこれ。 『実は浅井くんと奈月くんってデキてるんじゃないかしら?』 確かに祐介と葵は同じ専攻ってこともあるから、年中くっついてる。学内で見かけるときはほぼ100%二人セットだ。 おまけに『高校3年間、寮のルームメイト』なんて格好のネタまである。しかも男子校だ。 そこへ持ってきて、葵も全然女の子たちの誘いにひっかからないもんだからさ、余計うわさ話に花が咲くってわけだ。 ったく、女ってのは想像の逞しい生き物だよな。 そりゃ確かに絵にはなってるぜ。 へたに香水臭い女が寄り添うよりずっといい感じだ。祐介も、葵も。 でもあの二人は親友同士だ。 同じ男の目から見て、これは断言できるぜ。 だから俺としてはやっぱり気になるんだ。祐介になんで恋人がいないのか…ってさ。 葵にも恋人いないんだけど、本人は「フルートが恋人」って公言してるし、その上超ブラコンときてるからなぁ。 「なに? やっぱデートの約束? イブだもんな〜」 ってさ、俺、半分冷やかしのつもりで言ったんだけど…。 祐介のヤツってば、目を泳がせやがったんだぜ。 「…はいはい、ビンゴってやつね」 アホくさ〜。やっぱりモテるやつにはしっかりいるんだ、彼女が。 けれど祐介は神妙な顔つきで言った。 「…ナイショな?」 なんでだよ。 「どうしてさ〜。恋人がいるって公言すればうるさい誘いもかかんなくなるんじゃねえの?」 「それはそうなんだけど、でもばれるとあれこれ詮索されるだろ?」 あ〜。 「まあな。確かに女の子たちって詮索好きだよな」 それにこの祐介の彼女とあっちゃあ、回りも放っておかないだろうし。 そういや、『祐介には学外に彼女がいる』って噂が初めて流れたとき、ピアノ科の女の子が『私より美人じゃなかったら絶対許さない! 別れさせてやる〜!』とか叫いてたもんな。 そっとしておいて欲しいっていうお前の気持ち、わかる。うん。 「よっしゃ、ナイショにしておいてやる。けどその代わりさあ…」 「なに?」 「いつかちゃんと紹介してくれよな?」 「…OK。ただし…」 祐介がニヤッと笑った。 「惚れるなよ?」 おーおー、言ってくれるね〜。 ますます楽しみになっちまった。 どんな子なんだろ。祐介の彼女って…。 ![]() 24日。 この日の仕事はホテルのパーティ会場の生演奏。 パーティの主催は経済団体で、お客も所謂『名士』って言われる人たちとその家族が集まってるから、演奏の方も半端なわけにはいかない。 結構耳が肥えてる人いるからな、こう言うところには。 で、無事に2回の演奏を終えて、俺たちは控え室に戻って着替えて…。 あれ? 祐介がいない。 「おい、剛。祐介どこいった?」 「え? さっきそこに…。あれ、いないなあ」 衣装バッグとコートはあるんだけど、本人がいない。 「ああ。もしかしたら会場じゃねえの? 親父さんがパーティに来てたみたいだからさ」 「へ、そうなんだ」 さすが、いいとこのぼっちゃん。 「でもさ、祐介って長男だろ? 親父さんの跡継がなくていいのかなあ」 普通、男で音大へ行くってのは相当の覚悟がいるわけだ。 そう、「何が何でもこの道で食ってやる」って気概がさ。 でも、これで食っていける人間はほんの一握り。 あ、でもいいとこのぼっちゃんだったら、卒業までは好きに過ごさせて、その後社会へでて勉強…なんてパターンもあるか。 そう思って自分でも納得したんだけど。 「いや、そもそも親父さんの会社は同族経営じゃねえしさ。それに浅井の場合、親父さんが一番熱心なんだぜ? あいつを音楽家にするのってさ」 あれま。そうなんだ。 「ふーん。羨ましいなあ、それ。うちなんて、俺が音大に進学したいっていったら、親父に『頼むからカタギの道を歩いてくれ。考え直してくれ』って3日間つきまとわれたぜ」 「あははっ、カタギかあ。確かにそうだよな。うちも反対こそされなかったけど、『本当にいいのか?』って何回も聞かれたからな」 「だろーなー。普通はそういう反応だよな」 俺と剛の会話を聞きつけてきた周囲も、「そうそう」なんていって、話が盛り上がったんだけど…。 「それにしても祐介、帰ってこねえなあ」 「俺、ちょっと見てくる」 こういうバイトの場合、最後に全員揃って主催者に挨拶にいかねえとなんねえんだ。ま、面倒っちゃ面倒なんだけど、こんなパーティの場合は正規のバイト料の他に『ご祝儀』みたいなのが出ることあるからな。 俺は剛に楽器を預けて、控え室から廊下へ出た。 人気のない通路を暫く行くと…。 大きな観葉植物の陰に、祐介の姿が見えた。 あんな隅っこで何を…。 って、ケータイかよ。 ん? もしかして相手は…。 当然俺は好奇心に駆られて、抜き足差し足で祐介の背後からそっと近づいた。 「もしもし?」 …あう〜。祐介のやつ、なんて甘い声出してやがんだ…。 やっぱ電話の向こうは恋人だな。 「ああ、終わったよ? そっちは? 無事に?」 あれ? 相手も何かあったんだ? 「そっか。よかった。…ごめんな、聴きに行ってあげられなくて」 お、もしかしてご同業? 余所の音大生かな。 「で、明日は大丈夫? お母さんは? OKでたか?」 デートの約束だな。 「…そうか。うん」 お。この顔この声。母上のOKが出たな。 「駅まで迎えに行くから。いつもの所で待っててくれる?」 ひゃ〜、「いつもの所」と来たぜっ。 「ん。あきも風邪ひくなよ。暖かくして寝るんだぞ。お前いつも薄着だからな」 …ふふっ、相手の子は「あきちゃん」って名前だな。 しかも薄着だってさ〜。 …や、薄着だからって別に俺が喜ぶ話じゃねえけどさ。 「そうだ、新しい歯ブラシ買っておいたから」 …おい…っ、お泊まりかいっ!!! 「クマ柄のお子さま用だけどな」 そう言って「あはは」と笑う祐介の顔を見て、俺はちょっと感動した。 だって、こいつのこんなにリラックスした楽しそうな顔、初めてみたかも知れないから。 きっと、良いつき合いしてんだな。うん。 それから。 それはそれは名残惜しげに電話を終えた祐介を捕まえて、一旦控え室に戻り、主催者に挨拶してから解散した俺たちは、そこで『また明日』ってことなんだけど…。 「な、祐介。どうせ今夜これから暇なんだろ?」 だって、あきちゃんとの約束は明日だしさー。 「あ、うん」 「じゃあさ、暇な者同士、飲みに行っちゃおうぜ〜」 って、俺は半ば強引に祐介を引っ張って、大学近くの馴染みの店に行った。 ここのマスターは俺たちの先輩で、愚痴を聞いてくれたりいろんなアドバイスをしてくれるから器楽科の学生のたまり場なんだ。 料理も美味いし、学生にも親切価格だからいつも賑わってるんだけど、今夜はイブだから、結構カップルがいたりして。 そうそう、ここの名物に『マスターと飲み比べ対決』ってのがあるんだ。 マスターに勝つと、なんと永久にタダになるっていう美味しい対決なんだけど…。 ただ、マスターは『身体の細胞がアルコールで出来ている』って言われてるくらいザルの人で、対決用の酒はなんと度数96%というとんでもなく強烈なウォッカ。 マスター曰く、これくらい度数が高いとすぐに勝負がつくからいいんだそうだ。量を過ごして急性アル中になられても困るからって。 もちろん、俺も入学したての頃に挑戦したけどあえなく敗退。祐介もダメだった。 ま、仕方ねえよな。この「対決」をはじめて12年くらいになるそうで、挑戦者はとてつもない数になるらしいんだけど、なんとその中でマスターに勝ったのはたった一人しかいないってんだからさ。 で、その「たった一人」と一緒に飲みに来ると飲み代が助かるんだよな。 だってさ、その「たった一人」は自分の分はタダなのに、俺たちの分と割り勘してくれるんだもんな。 ほんと、いいヤツ。 顔と頭だけじゃなくて、中身もいいヤツなんだよな、葵って。 ま、一つ問題があるとしたら、葵は3月生れだから、まだ未成年…ってとこだけど…。 おっと、話がそれた。 あきちゃんだ、あきちゃん。祐介の彼女! 「なあなあ、あきちゃんってどんな子? 可愛い?」 お疲れ〜…と生ビールのジョッキをガツンと合わせてから、俺は一口飲むなり祐介を問いただす。 「もちろん。めっちゃ可愛い」 へへっ、素直でよろしい。 「いくつ?」 「年が明けたら17になる」 はあっ? 「まじっ? 高校生っ?」 「ああ、高校2年生だよ」 そそそ…それでお泊まりってかっ? 「あ、あのさ、祐介」 「なに?」 「…もしかして、明日お泊まり、だよな?」 「なんだ、そこまで聞いてたんだ」 呆れたように言う祐介。でも否定はしない。 「俺、てっきり同い年くらいかと思ってた」 「どうして?」 「うーん、なんとなく」 祐介には大人っぽい彼女も似合うと思ったんだ。 それから俺は祐介に散々飲ませて――って、祐介も結構強いから、飲んでどうこうってことはないんだけどな――いろんな事を聞き出した。 あきちゃんは、祐介と同じフルート奏者だってことや、お互い忙しくてなかなか会えないこと。 学校の友達や家族は『あーちゃん』って呼ぶんだけれど、自分だけの呼び方が欲しくて『あき』って呼んでること。 知り合ったのは祐介が高1の時で、ちゃんとつきあい始めたのは高校を卒業する直前だったってこと。 ちゃんと…ってのが気になったんだけど、そのあたりは何だか複雑らしくて聞きそびれた。 なんだか、その前から『すったもんだ』があったみたいな感じなんだけど。 修羅場ってヤツか? もしかして、「あきちゃん」には他にオトコがいたとか? ついでに『初めて』がいつだったのかも聞き出してやったんだけど、これはナイショ。 ともかく。 俺は入学してすぐに祐介と知り合って、結構つるんでて。 でも、あんまりプライベートの話ってしてなかったんだ。音楽の話ばっかしててさ。 けど。 「ほんとは今夜、会える予定だったんだけどなぁ…」 はあ…っとため息をつく祐介がなんだかすごく新鮮で、いい感じで。 普通だったら、「なんだよー、明日になったら会えるんだからいいじゃん」…なんて思うんだけどさ、なんだかいじらしいっていうか、可愛いっていうか。 祐介が恋人のことを思ってつくため息の暖かさにあてられて、俺も来年は彼女作るぞ!…なんて、心の中で一人拳を握りしめた。 で。俺がこの「あきちゃん」の正体を知るのは、この時から約1年と数ヶ月後。 俺たちが4年に進級して、「あきちゃん」が器楽科の新入生としてやってきた時のことになるワケだけど…。 祐介の申告通り、めちゃめちゃ可愛い子だった。 おまけに素直で優しくてさ。 はっきり言って……基本的な部分でオドロイタけどな。 |
END |
毎年思うんですが…。
本編がここまで辿り着くのはいったいいつのことやら…(笑)
…と、2007年までは書いていたのですが、
今年、2008年にやっとまとまった苺組。
やっと本編が追いついて、これで思い残すことは……(笑)
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