君の愛を奏でて

『花のワルツ〜三竦み編』
あーちゃん、花のワルツを吹く…の巻

君愛1の番外『花のワルツ』の続編ですv




「え? ぼく…ですか?」

「そう、お前だ、藤原」


 ある日の放課後、終礼が終わったときに先生――担任でもあり顧問でもある――から、部活の始まる前に準備室へ来なさい…と言われていたぼくは、そこでとんでもないことを言い渡された。


「でも、ぼくよりも、奈月先輩とか…」

「ああ、もちろん首席とも相談した。その結果、今回は浅井と藤原のデュオで行こうということになったんだ」


 ぼくが言い渡されたのは、なんと、学外ミニコンサートへの出演だった。

 ぼくが在籍する聖陵学院管弦楽部は、年に2回、地元自治体の要請を受けて学外ミニコンサートをやってる。

 難しいことはよくわからないけど、色々と便宜を図ってもらってる見返り…みたいな意味もあるらしい。
 聖陵が行事の日には周辺道路が渋滞しちゃったり…とかも、よくあるし。


 学校から車で15分ほどのところにある文化会館は、客席数600ほどで、室内楽をやるには打ってつけらしく、いつもそこが会場になってる。

 そして、出演者は先生と先輩方――部長や副部長、そして首席――が相談して決めてるんだってことは、聞いてはいたんだけれど。


 まさかぼくにそんなのが回ってくるとは思ってなかった。
 しかも…しかもっ、浅井先輩とデュオだなんてっ!


「最初はお前と奈月のペアでもいいかと思ったんだ。 だがそう言ったら、奈月が浅井を強く押してな。 理由を聞いたら、『二人はいつか一緒に「花のワルツ」をやろうと約束してる』っていうじゃないか」

 …え、ええと、そんな…。

「あ、あのっ、約束したってわけじゃ…」

「だが、浅井に楽譜を買ってもらったんだろう? 誕生日に」

 そう言われて、びっくりして思わず光安先生の顔を見つめてしまったぼくに、先生はニッと笑って、

「そう言うわけだから、浅井とよく相談して、練習日程を組みなさい」

 と、有無を言わさない口調で言った。

 そして…。

「ああ、伴奏は悟がやってくれるそうだから」

 へ……………?

「え〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!?」

 さささ、悟先輩っ?!


「なんだ、そんなに驚くことはないだろう?」

 先生はクスクス笑いながら、ぼくの頭をポンポンと撫でた。

「管弦楽部でピアノ伴奏といったらまず悟だろう? あいつは伴奏のツボを心得ているからな、楽だぞ」

 ええと、そういう問題じゃなくて〜。

「ともかく、決定事項だからな。がんばれよ」

「…は、はい…」



                    ☆ .。.:*・゜



「よっ、暗い顔してどうしたんだよ」

 先生の部屋から音楽ホールへ向かう途中。
 大変なことになっちゃった…と萎れながら歩いてるぼくの背中を、バスケ部のユニフォームに着替えたクラスメートたちがバチンと叩きながら声を掛けてきた。


「あ、うん、えっとね…」

 心配してくれるクラスメートたちに、今ぼくが言い渡されてきたことをかいつまんで話すと、
「よかったじゃん、それがなんでそんな暗い顔になるわけ?」
 なんて言われちゃって。

「だって、悟先輩の伴奏だなんて…」

 ぼくら中学生にとっては雲の上の人と言ってもいい超有名人である悟先輩。

 そんな先輩の伴奏だなんて、ぼく、絶対緊張してしまうに決まってる。

 そんな気持ちを正直に言うと、ぼくを囲んでいたクラスメートたちは笑い出した。


「お前、それちょっと変だぞ」

「どうして?」

「だってさ、俺たちから見れば、お前が仲良くしてる奈月先輩だって浅井先輩だって超有名人で雲の上の人だぜ?」

「そうそう。そんな人たちと仲良くしてるんだからさ、今さら悟先輩でびびることないじゃん」

 うう…っ、そんな無茶なぁ…。

 だいたい、浅井先輩や奈月先輩とは、『仲良くしてる』のではなくて『お世話になってる』の方が正しいんだから。


「とにかく、せっかくのチャンスじゃん。思いっきりやれよ、な」

 みんなの暖かい励ましに、ぼくも
「うん、ありがと」
 と、返事はしたんだけれど、でもやっぱりこの緊張感はどうしようもない。

 でも、悟先輩だけじゃなくて、ほんとは浅井先輩とデュオをやるのだって緊張なんだ。

 こっちは、悟先輩とはまた別の意味の緊張なんだけど…。



                    ☆ .。.:*・゜



「がんばろうね」

『よろしくお願いします』と、浅井先輩と二人で頭を下げると、悟先輩はそう言ってニコッと笑ってくれた。

 で、その綺麗な笑顔にすら緊張してしまうぼく…。

 浅井先輩はさすがにそんな感じは全然ない。

 先輩たちは、言葉遣い以外には上下を感じさせないくらい、うち解けた雰囲気なんだ。

 奈月先輩も言ってたっけ。

『悟先輩と祐介はね、ああ見えても結構仲良しなんだよ』って。

『ああ見えても』っていうのは、浅井先輩と悟先輩は学年こそ違うけれど、お互いに校内唯一のライバルだと――本人たちじゃなくて――周りがそう認識してるってところからきている言葉なんだけどね。



 そして、ほぼ2週間みっちりと浅井先輩と二人だけで練習して――奈月先輩もよく練習を見に来てくれたけど――今日は初めての伴奏合わせ。


 悟先輩のお城…と言われている「練習室1」に初めて入ったぼくは、グランドピアノと悟先輩を前にして、楽器を構える前から手が震えちゃったりして…。



「藤原、ほら、深呼吸して」

 いつの間にか息を詰めちゃってるぼくに気がついて、浅井先輩が背中を撫でてくれた。

 うう…っ、こういうのも緊張の素なんだけどっ。

「す、すみませんっ」

 ぼくが言うと、悟先輩が声を立てて笑った。

 あ…初めて聞いたかも。先輩の笑い声って。

 悟先輩はいつも優しい笑顔の人なんだけど、こんな風に声に出して笑うとこって今まで一度も知らないかも。

 そして、笑顔のまま、

「そんなに緊張しなくても大丈夫だよ。誰も取って喰ったりしないから、リラックスしていつものように吹けばいい。浅井が側にいてくれるんだから…ね」

 そう言って、ぼくの頭を撫でてくれた。

「は、はいっ」

 その優しい仕草に、ぼくの緊張もほんのちょっとだけほぐれて、そして、伴奏合わせが始まった……んだけど。






「藤原」

「はいっ」

「そこ、もう少し自分なりに整理してごらん。中途半端なritardando(リタルダンド/テンポをだんだんと緩めること)なら、しない方がいい」

「は、はいっ」



 最初に2度通した後、大まかなフレーズ毎に細かい見直しを始めたときに悟先輩に指摘されたのは奈月先輩に言われたのと同じことだった。

 奈月先輩に繰り返し注意されていたのに、ぼくがまだ吹き方を決めあぐねていて悩んでいる箇所で…。


「浅井はどう思う?」

「そうですね、そこであまりritardandoしすぎると、次のフレーズが生きてこないように思います」

「そうだね、僕もそう思う」

 そう言って悟先輩はぼくを見た。

「一度何も意識しないで吹いてごらん。目標は次のフレーズの終結部。そこまでは音楽の流れを止めないように」

「はいっ」


 そうして、また流れ出す悟先輩のピアノに、ぼくはまるで優しく手を引かれるように最初のフレーズを吹き、そして、続いて現れる浅井先輩のセカンドフルートにそっと背中を押されるように次のフレーズを吹き…。


 ああ…なんだか、すごく気持ちいい…。







「随分よくなったと思うけど?」

 1時間強の練習が終わったとき、悟先輩はそう言って優しく笑ってくれた。

「浅井もいい指導をしてるじゃないか」

 ピアノ椅子から立ち上がった悟先輩と浅井先輩は、ほぼ互角の身長。
 どっちにしても、ぼくからは見上げなくちゃいけない高さなんだけど。

 誉め言葉と一緒にポンッと肩を叩かれて、浅井先輩はニッコリと笑って、
「葵がいつも付いていてくれますから」
 と、答えた。

「…そう」

 悟先輩もニッコリ笑ったんだけど…。

 ええと、何だかあたりの温度が急に冷えたような気がしたのは、ぼくの気のせい…?

「よかったな、藤原。フルートパートはいい先輩ばかりで」

 悟先輩はそう言って僕の肩を抱き寄せた。

「あ、はい!」

 さらにギュッと肩を抱かれて、どうしたんだろうと、ぼくが悟先輩を見上げた瞬間、今度は浅井先輩に腕を掴まれた。


「悟先輩っ、ありがとうございましたっ」

 強く引っ張られてびっくりしたんだけど、浅井先輩の言葉に、ぼくも慌てて悟先輩にお礼を言った。

「あ、あのっ、ありがとうございました」

「どういたしまして」

 そして、惚れ惚れするくらい綺麗な笑顔で微笑んだ悟先輩をじっくり鑑賞する間もなく…。

「行くぞっ、藤原っ」

 ぼくはさっきの悟先輩よりもっと強い力で浅井先輩に肩を抱かれて、練習室を後にした。

 浅井先輩…どうしちゃったの…?



                   ☆ .。.:*・゜



「で、どうだった? 伴奏合わせは」

 その伴奏合わせから数時間後の「練習室1」。

 今夜も悟の膝の上に横抱きされた僕が興味津々で尋ねると、悟は僕をしっかりと抱えたまま肩を竦めた。

「思いっきり睨まれたよ、浅井に」

「え? どうして?」

 久しぶりかも。
 祐介がそんな風に、悟に対して感情をむき出しにするなんて。


「藤原の肩を抱いたんだ。そしたら…ね」

 その時のことを思い出したのか、悟がクスクスと笑いを漏らす。

「あ〜。悟ってば、もしかしてわざとでしょ?」

 悟は知ってるんだ。

 藤原くんが祐介の事を熱い瞳で見つめてること。
 そして、祐介もきっと、そんな藤原くんに対して『特別な何か』を感じてるってことを。


「仕方ないだろ? 浅井が先に挑発してきたんだからさ」

「え? 祐介が? なになになに?!」

 祐介ってば、そんなコトしてる場合じゃないのにね。

「なんでもいいの」

「え、でも…っ」

 続けようとした言葉は、悟の熱い唇に簡単に塞がれて、僕はそれっきり言葉らしい言葉を出せなくなった。




 祐介、藤原くん。コンサート上手くいくといいね。

 二人が一生懸命練習している姿を見ていると、これからずっと先の未来も、二人がこうして寄り添って演奏してる姿が簡単に想像できるんだ。

 でも、僕はかなり確信してる。
 この想像が、きっと現実のものになることを。


END

桃の国日記で限定公開させていただいていたものの再UPですv
ありがたいことに、君愛の目次に残して欲しい…と言うお声をたくさんいただきました。
これからも祐介のこと、よろしくお願いいたします(笑)

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