君の愛を奏でて2
番外編
『Life is sweet』
前編
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「じゃあ、明日の1時。うち合わせ通りに…ね」 悟は辺りを見回してから、誰もいないことを確認すると、僕にこっそりそう耳打ちをした。 明日は日曜日。 もちろん授業は休みで、部活は朝の2時間だけ。 そんなわけで、ここのところゆっくり会えていなかった僕と悟は、一緒にでかけようと約束をしたんだ。 校外でデートなんて、実は初めてだったりして。 もちろん長期休暇中にはよく一緒に出かけるんだ。 買い物に行ったり、ご飯食べに行ったり、映画を見に行ったこともあるし、テニスを教えてもらったこともある。 ただ、二人っきりってことは少ないけどね。 昇や守や、それに香奈子先生。誰かが一緒ってことが多いから。 ってことで、学校にいる期間に一緒に校外へ出かけて遊ぶなんて初めてで――しかも二人だけ――僕はもう、浮かれまくっていたりして。 でも、周囲にこの関係をナイショにしている以上、僕たちはここから一緒に出かける訳にいかず――普通の先輩後輩ならそこまで気を遣わなくてもいいところなんだけど、やっぱり後ろめたさがあるから――僕たちは学校から離れた所で待ち合わせることにしたんだ。 『明日の1時』 楽しみだな。 ☆ .。.:*・゜ 「…悟。眠れないのか? 珍しいな」 「あ、邪魔してごめん」 「いや、邪魔なんかじゃないって。ただお前が何回も寝返り打つなんて珍しいなと思ってさ」 消灯点呼から2時間後。 机に向かっていた俺が振り返ると、悟はベッドの中でくるりと返って腹這いになった。そして枕を抱えてこっちを見る。 「大貴こそ遅くまで大変だな。それ、生徒会の資料だろう?」 「ああ、そうなんだ。明日中に2校ほど訪ねなきゃいけないとこあってさ〜」 完成していたはずの資料に不備が見つかったのは本日の午後9時。 念のため…と、真路が確認したところ、大穴が開いていたことがわかった。 資料作成を高2の執行部員に任せたままにしていた俺の責任は明白で、こうして夜なべのやり直し作業に従事してるというわけだ。 同じ2年でも古田に任せりゃよかったな……って、それじゃあ『訓練』になんないんだけどさ。 「中等部の時にはなかった作業だな。他校との折衝は」 「ほんと、面倒ったらないぜ」 悟の言葉に、思わず愚痴ってしまう俺だけど、こんな時に『悟が居てくれたらなあ』…なんて思っちまうのは、俺たちの甘えだよな。 「手伝おうか?」 「あ、いや、もうすぐ終わるから大丈夫」 俺がそう言うと、悟は『無理するなよ』と呟いて、また仰向けになった。 ついでのように吐かれたため息がなんだか妙に悩ましい。 ほんと、なんか変だな、悟のヤツ。 こいつが『眠れない』だなんて、何か悩み事でもあるんだろうか? まさか、遠足前夜の小学生じゃあるまいし、『明日が楽しみで眠れない』なんてこと、こいつに限ってあり得ねえしさ。 そうなるとやっぱ考えられるのは『悩み』だよなあ。 うーん。どうしたもんだ…。 ☆ .。.:*・゜ 「葵〜、どこ行くの〜?」 …わ。やばっ。 「あ、ちょっと、外出」 校舎の横を抜けて、正門に向かおうとしていた僕は、同じクラスの飯田くんに呼び止められた。 「え? もしかして一人?」 あんまり一人で行動することのない僕が、一人でいることが目に付いたらしく、飯田くんはあたりをキョロキョロと伺う。 「どこまで行くの? 俺も出かけるとこなんだけどさ」 「ええと……」 どうしよう…。目的地が違う方向ならいいんだけど…。 とりあえず、彼の行き先がどこなのか、先に聞いてみようと思って僕が口を開きかけたとき…。 「悪い、お待たせ!」 現れたのは、なんと祐介。 「あ、なんだ〜、デートか〜」 冷やかされて、僕の背中には冷や汗が。 「なんだかさ、葵が言いにくそうにしてるから、変だなあと思ったんだ〜」 「ナンパしてんじゃないよ、飯田」 そんな軽口を叩いて、祐介が飯田くんに笑いかける。 「えへへ。いいなあ、いつも仲良くて」 「おかげさまでな」 「で、本日のデートコースは?」 「気の向くまま。な、葵」 「あ、うん。そうそう」 とりあえず、ここは祐介の友情に縋って、必死で相づちを打つ僕。 「そっか〜。じゃあ、楽しんで来いよ〜」 「さんきゅ。お前もな」 「ありがと。でも俺はデートじゃないけどな」 二人して『あはは』と盛り上がってる横で、僕は相変わらず冷や汗かいたりしてて。 「じゃ、行こうか、葵」 「あ、うん」 そうして、にこやかに手を振って見送ってくれる飯田くんに、祐介は演技派の笑顔で、僕はひきつった笑顔で応えて、二人で肩を並べて正門を出た。 「ね、どうして?」 ゆっくりと、駅へ向かう並木道を歩きながらの質問の意味は、もちろん、『あそこに祐介が現れたわけ』。 もちろん僕は、昨日のうちに祐介にはちゃんと話していた。 明日は悟と出かけるんだ…って。 祐介も『珍しいな。せっかくだからゆっくりしておいで』って言ってくれてたんだ。 「ん〜? こうなることが予想されたから…さ」 「え?」 「だってさ、悟先輩と一緒に学校を出るはずがないと思ったし、葵が一人でうろうろしてるとなればこういう事態だって容易に想像がつくわけだ」 「うー」 「まだまだ詰めが甘いな、葵」 ポンポンと頭を叩かれても反論のしようがない僕。 でも、ほんとに助かっちゃった。 それから二人で他愛もない話をしているうちに駅に着いた。 「じゃあ、気をつけてな」 「うん。ほんとにありがと、祐介」 「どういたしまして」 改札で、僕たちは手を振って別れた。 ☆ .。.:*・゜ 「さて、どうしたもんか」 無事、葵を見送ったのはいいものの、これからどうするべきか、祐介は腕組みをして唸る。 クラスメイトにデートと言った手前すぐ帰るわけにもいかず、かといってこれと言った用もないのに一人で歩き回る気にもなれない。 けれど仕方ない。ちょっと面倒くさいけれど、買わなきゃならない楽譜もあることだし、このまま出かけてみるか…なんて思ったその時。 目の端を小さな生き物がよぎった。 「あれ? 藤原じゃないか」 「あ、浅井先輩〜、こんにちは〜」 呼び止められて、小さな生き物――藤原彰久は大きな目を更に見開いて祐介を見つめ返す。 「どうしたんだ? 買い物?」 「はい、五線紙がなくなっちゃったので」 「え? 五線紙なら購買にあるじゃないか」 そう、校外へ出かけなくても済むよう、聖陵の購買部には何でも揃っている。 何といっても全校生徒の9割が寮生という学校なのだ。洗濯洗剤まであって、その品揃えはコンビニ並みだ。 そしてそこで扱っている文具類はすべて立派な校章入りで、ほぼすべての生徒がそれを愛用している。 ただし、強制ではないので他に「お気に入り」があればその限りではないのだが…。 「あ、ええと…」 問われて目を泳がせた彰久の様子に、祐介は『そう言えば』と思いつく。 「そっか。お前って12段の五線紙じゃ細かくて書きにくいんだったよな」 購買で売られている五線紙は1ページ12段。 普通のノートタイプとしてはもっとも細かい段数になるのだが、五線紙というのはあまり幅が広くても書きにくいもので、中学生以上になると12段のものを使うのが一般的になってくる。 が、以前から祐介は気がついていた。 彰久は、この細かい五線紙が苦手らしく、1ページ8段の『かなりお子さま用』をご愛用なのだ。 「う〜」 あからさまに『笑いを堪えた』様子で指摘され、顔を赤くする彰久の頭を、「可愛い可愛い」と茶化しながらポンポンと撫で、祐介は思いついた。 ちょうどいい。 「お前、これからヒマ?」 「あ、はい。予定はなんにもないです」 「じゃあ、僕と出かけよう」 「……えっ?!」 「なに? ダメ?」 「ととと、とんでもないですっ」 「楽譜買いに行きたいんだ、つきあってよ」 「は、はいっ」 笑顔満開。 彰久は元気良く返事をして、祐介の後ろに従った。 ☆ .。.:*・゜ そして。 ――まずいな。急がないと遅刻だ。 誕生日に葵から贈られた腕時計を確認して、悟はその足を早める。 『悟〜、どこ行くんだ〜? ちょっと聞きたい事があるんだけどさ〜』 『あれ? 悟、外出? 珍しいじゃん』 『おい悟、一人か? 俺も行く!』 などなどなど。 寮を出たところから正門を出るまで、いったい何人に声を掛けられたのか、数える気にもならない。 それらの一つ一つにきちんと――悟らしく――対応しているうちに、予定の時間を10分もオーバーしてしまった。 葵を見かけたという昇の情報から考えると、葵は20分前には電車に乗っているのではないだろうかと思われる。 約束の時間に遅れれば、きっと葵は不安がるだろう。 せっかくの二人きりの休日。 葵の笑顔を曇らせたくない。 正門を出たところで、悟は駅へ向かって駆けだした。 |
後編へ続く |
*桃の国的雑学の泉*
一般の五線紙の段数が12段なわけ。
これは、12という数字が「2」でも「3」でも「4」でも割り切れる数だからです。
ピアノ譜だと、五線は2段一緒に使います。
これに、歌や器楽のソロが付くと、楽譜は3段を一度に使用します。
「デュエット+ピアノ伴奏」や「弦楽四重奏」だと、4段必要です。
なので、12段というのは非常に便利な段数という訳です。
え? 「五重奏だと2段余るじゃないか」って?
真ん中に余白があると見やすくなりますので、空けてご使用下さい〜(言い逃げっ)