君の愛を奏でて2
「ストロベリータイム2」
【2】
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高校2年生になって、僕と祐介の管弦楽部での立場はかなり変わった。 祐介はフルートパートの、そして僕は管楽器の、リーダーになった。 普通なら、どちらも3年生がやるべきものなんだけど。 でも、だからといって僕たちフルートパートの日常は、去年と変わりはない。 そう、佐伯先輩が副部長として悟の補佐に専念することになった…ってこと以外は。 新年度のスタートからしばらくは、パートだけで基礎練習や夏のコンサート用の譜読みをする…ってことが主になるんだけど、今年も去年と同じように…。 ええっと…。 やっぱり何だか妙な感じ。 さっきまで結構和気藹々と、いちごを食べて盛り上がっていたのに。 あ、紺野くんと谷川くん…それと僕…は別にいつもと変わんない。 なんだかギクシャクしちゃってるのはあとの3人。 祐介と藤原くんと…そして、今年の新人クンである、初瀬英彦くん…だ。 本当なら、初瀬くんをこの「ギクシャクトライアングル」に入れちゃうのは可哀相なんだけど――だって、入学したてなんだもん。ぎこちなくって当たり前だし――、でも僕としてはこのギクシャクの重要なカギを握っているように思えて、ついつい、そんな目で見てしまう。 そもそも、あれだけ祐介に懐いていた藤原くんが、新学年になってあんまり祐介の側に寄らなくなったのは、最初はアニーのせいだと思っていたんだ、僕は。 一応、この聖陵学院内では「祐介と僕」ってカップリングが定着してるらしいんだけど、アニーは周囲からそれを聞かされてもなお、祐介にくっついて、人目を憚らず親密な愛情表現を繰り広げている。 もちろんアニーの愛情表現は欧米人仕様だから、日本人の一般ピープルにはかなり刺激的だ。ましてや藤原くんみたいな『超純情中学生』に与える影響は言わずもがな…ってとこなんだけど…。 だから、最初はそれが原因だと思っていたんだ。 藤原くんは、いつも祐介の側にいるアニーに気圧されて、側に寄れなくなってしまったんじゃないかって。 でも、どうやらちょっと違うようなんだ。 そりゃあ、アニーの存在もいくらかは関わってるんだろうけど、僕が思うに、主な理由は『祐介の不機嫌』なんじゃないかな。 もちろんその『祐介の不機嫌』はアニーにまとわりつかれているからじゃない。 口では『やめろよ』…な〜んて言ってるけど、もともと夏期留学中に意気投合して仲良くなった二人だから、そこはそれ、祐介としても『ちょっとばかり過剰なスキンシップ』っていう程度に捉えているようだし。 じゃあなぜ祐介が不機嫌なのかって言うと…。 ここで初瀬くんの登場…ってことになるんだ。 最初、藤原くんと初瀬くんの間には、今の祐介と藤原くんの間以上に気まずい雰囲気が漂っていた。 藤原くんは、それは怯えた様子で、いつも初瀬くんの視線から身を隠すように僕の後ろや祐介の後ろに隠れていたんだ。 けれど、いつの頃からか――つい最近だと思うんだけど――藤原くんは初瀬くんの目を見て話すようになり、初瀬くんもまた、藤原くんを怖いくらい真面目な瞳で見つめ返していて…。 それぞれのタイミングって言うのは、後から考えて『ああ、そう言えばあの時…』って感じでしか捉えようがないんだけれど、それにしても、3人の間は本当に妙な雰囲気だ。 いっそのこと、はっきりと『三角関係』って言ってもいいくらい。 あ、そんなこと言ったらアニーが文句言ってくるだろうな。 『ぼくも まぜてよ』なんてね。 ともかく、そんな感じで… 『アニーに気後れして祐介の側に寄れなくなった藤原くん→そんな藤原くんを見つめる初瀬くん→藤原くんは寄ってこないし、初瀬くんは見つめてるし…で、何だか不機嫌な祐介→初瀬くんの視線に気づかず、祐介の不機嫌だけを感じて怯える藤原くん→その様子をまた真剣に捉えてあれやこれやと密かに世話を焼く初瀬くん→さらに不機嫌を募らせる祐介→ますます怯えて初瀬くんに懐く藤原くん』 …と、現在は無限の悪循環状態ってわけだ。 それにしても、初瀬くんのあの真剣な眼差しはいったいなんだろうな。 一目惚れ…って言ってしまえば簡単な事なんだろうけれど、単純にその一言で片づけるにはあまりにも無理があるような気はする。 そりゃあ藤原くんはすごく素直で可愛くて、上級生の間でも密かに『藤原彰久を見守る会』なんてのがあったりするくらいだから――本人に知れると怯えてしまうので、あくまでもナイショの集いらしい――初瀬くんが惹かれたとしても理解はできるけどね。 でも、いくら初瀬くんの見た目が大人っぽいからっていっても、当人はあくまでもまだ12歳の子供だし――って、16歳の僕が言うのもなんだけど――あそこまで真剣に、怖いくらい真面目な眼差しで藤原くんを見つめている状況にはちょっと笑えないものがある。 ま、それこそが『祐介の不機嫌』の根本なんだから、まずは初瀬くんの気持ちをはっきり知ることが肝心なのかな。 あくまでも、本人に自覚があるとして…の話だけど。 いずれにしても、祐介がまだ藤原くんへの気持ちに関してかなり無自覚状態なのが一番いけないんだろうな。 でも、こればっかりは本人に『自覚しろよ』とは言えないしなあ。言ったところで素直に認めそうにもないし。 『藤原は可愛い大切な後輩だから気になるんだ』っていうのが簡単に想像できちゃうよ。 でも、祐介のアレはかなりキてる証拠だと思う。 そうそう、今年の冬休みの終わり頃だっけ、祐介の携帯に電話をかけたら一緒にいたのが何と藤原くんで…。 買い物途中で偶然に会ったんだとは言っていたけど、電話口の声がなんだかとても弾んでいて、僕としても嬉しくなってしまった覚えがある。 その後、バレンタインやホワイトデーがあって、このまま行くと、わりと順調にどうにかなるんじゃないだろうかって踏んでたんだけどな。 まあ、多少の障害があった方が燃え上がりやすい…なんて守も言ってたから、ここは見守るしかないか。 初瀬くんには悪いと思うけど、藤原くんの気持ちが祐介に向いている限りは、僕は祐介の後押しをするだろう。 藤原くんの気持ちが変われば別…だけどね。 そんな風に、練習の合間にあれやこれやと思いめぐらしていたある日、僕はふとした弾みで初瀬くんが藤原くんを真剣に見つめてしまうわけ――初瀬くんの『秘密』――を知ってしまうことになったんだ。 ☆ .。.:*・゜ 「悪いんだけど、中1の管楽器の子全員に確認取って欲しいんだ」 管弦楽部の用事で、僕が初瀬くんのそう声をかけると、彼はいつもに増して真面目な表情で『わかりました』と返事をした。 「ちょっと項目が多いから、何かに書いた方がいいかな」 そう言いながらメモになるものを探していた僕に、初瀬くんは『あの、これでよければ』とブレザーの内ポケットから生徒手帳を出した。 「あ、ごめん。使っていいの?」 「もちろんです。まだ何にも書いてなくて真っ白ですから、どこでもどうぞ」 初瀬くんの大きな手が僕に生徒手帳を差し出して…。 ほんのはずみだった。 受け渡しの時、ちょっと手元が狂って、手帳が落ちそうになって…。 「わっ」 慌てた僕らの間から――正確には手帳の中から――、一枚の写真が落ちた。 印画紙の中からこっちに向かって優しく微笑んでいるのは、藤原くん……。 ……じゃない。 とても似てるけれど、違う。 藤原くんよりもちょっと長い髪の毛。透けてしまいそうなほど白い肌。 …そして、その微笑みは、藤原くんよりほんの少し大人っぽい。 「…これ…」 聞いていいものかどうか、一瞬判断の迷った僕だったんだけど、迷っているうちに不用意にその言葉を口にしてしまっていた。 けれど、見てしまったものを、見ない振りをするのもとても不自然なことで…。 ましてやそれは――どこの誰だかは知らないけれど――見知らぬ顔ではなかったのだから。 初瀬くんは一瞬僕と視線を合わせてから、その広い肩を少し落として力無く微笑んだ。 「…これは…、兄…です」 「お兄さん…?」 …それはまた…。疑いたくなるほど似てない兄弟だな。 「全然似てないでしょう?」 う。見透かされたか。 「…そうだね。何だか藤原くんによく似てる」 僕は思いきってそう言ってみた。 すると意外なことに、初瀬くんは、今度は優しく微笑んだ。 「はい。初めて藤原先輩に会ったとき、ほんとに驚きました」 そして、初瀬くんが続けていった言葉に、僕は返す言葉を失った。 「…兄が帰ってきてくれたのかと思って」 お兄さんが帰ってくる…。それっていったい…。 僕はきっと、ジッと初瀬くんを見上げてしまっていたんだろう。 やがて初瀬くんは、その切れ長の瞳から一筋、涙を落とした。 驚かなかった…と言えば嘘になる。 けれど、そんな感情よりも先に、僕の手は勝手に伸びて、その涙を拭っていた。 「…せんぱい…」 それにはむしろ、僕よりも初瀬くんの方が驚いたようで。 「…す、すみませんっ」 恥ずかしそうに俯いてしまった彼に、僕は漸く声をかける。 「あのさ…差し支えなかったら、話してみない?」 入学二日目。初めて彼に会ったときから僕のどこかに引っかかっていたもの――何かを抱え込んでいるような彼の様子――を、吐き出させてしまうチャンスだと思った。 彼のために、そして藤原くんと祐介のために。 そして、ポツリ、ポツリと語りだした彼の話は、この16年の間にかなりディープな経験をしてきた僕をもってしても、相当に堪える話だった。 彼のお兄さんの名は、初瀬弓彦。 写真の当時は、ちょうど今の藤原くんと同じ中学2年生で、今から2年前の写真になるんだそうだ。 と言うことは、弓彦くんが生きていれば、僕よりも一つ下――今年、高校1年生になってるはずということで。 そう、弓彦くんは、この写真を撮った日から僅か一月後にこの世を去った。 難しい病気だったんだそうだ。 |
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