15万記念夏祭り

〜お化け屋敷〜千年の都の不思議な夏祭り



 8月の京都は異常に暑い。

「大丈夫? 悟、暑いでしょ?」

 隣にいる葵は、涼しそうな顔をして聞いてくる。

「葵は? まさか…涼しい…ってこと…ないよな?」
「まさかぁ」

 そういって葵はケラケラっと笑った。

「すっごく暑いよ。干からびそう」

 そう言って、また涼しそうな顔を見せて団扇をとりだした。
 団扇は背中……帯の結び目に差してある。

 紺地に白いうさぎ柄の浴衣をすっきりと着こなした葵は、パタパタと扇ぐ仕種もなんだか優雅だ。

「でも…」

 葵が目をぱちくりさせながら見上げてくる。

「悟、ホントに初めてなの? 浴衣も…縁日も…」
「ホントさ」

 僕は今日初めて浴衣を着た。
 東京を発つ前にそう言う話になったものだから、葵が由紀さんに連絡を入れて、僕の分まで用意してくれたらしい。
 着付けてくれたのは葵だ。


『子供の頃から、週に4日は着物でお稽古に通ってたからね』


 そう言って、それは手馴れた様子だったけど、横から由紀さんが『そう言うたら、中学になる直前まで私と着物の交換して喜んでたなぁ、葵』って言った途端に、『わー! 言うなぁっ!』って慌てたのが可愛かったっけ。


「普通、初めて浴衣着た日なんて、そんなにさっさと歩けないよ」
「え? そうなんだ」
「でも…」
「でも?」
「かっこいい。すごくよく似合うよ、悟」

 嬉しそうにそう言う葵の白い肌が、縁日の紅い提灯の火にほんのりと染まる。

「葵の着付けがよかったからな」

 染まった頬をツンとつつくと、『もうっ』と言いながらプクッとふくれるのも可愛い。

「ねぇ、縁日も初めてなんだったら、綿菓子食べたことない?」
「いや、それはある」
「じゃあ、リンゴ飴は?」
「ない。……って、それ何? リンゴ味の飴ならわかるけど」

 葵はキョロキョロと辺りを見回して、『あった!』と声をあげた。

「ほら! あれ!」

 葵が示した屋台には、、毒々しい赤に染まった球体がずらりと…。

「まさか、リンゴ丸ごと…?」
「そう、リンゴ丸ごとを飴にくるんであるだよ」
「…美味しいの?」
「僕はいまいち。それよりもイチゴ飴の方が好き。最近はブドウ飴もあるんだよ」

 葵はカタカタと下駄を鳴らしてリンゴ飴の屋台へ走っていく。
 ゆっくりと後を追う僕を、葵が振り返って呼ぶ。

「ねぇ、悟はどっちがいい?」
「じゃあ、葵のおすすめで」

 そう言うと葵は店のおじさんに何やら話しかけ、かなり親しげに話をした後、イチゴ飴を二つ手にして振り返った。 

「はい」
「ありがと」

 差し出された一つを受け取る。確かにこれも毒々しい赤だけど、やっぱり黄昏時の提灯のせいか、なんだか艶やかで綺麗だ。

 それに、リンゴより小さい分、可愛らしいし。
 そうだな、食べるものって言うよりは、縁日の想い出に飾っておきたくなるような…。



「そうだ、悟ってお化けは大丈夫?」

 いきなりな展開に僕は面食らう。

「お化け?」

 どうして京都の神社の縁日に来て『お化け』なんだ?

「そう。 お化け屋敷とか、OK?」
「全然平気だけど」

 それは本当のこと。
 昇と守は結構そういう感が強いらしく、『お化け屋敷みたいなところとか、楽屋とかって場所にはよく集まって来るんだぞ』て言うし、守に至っては聖陵の雑木林でさえ、何かが見えるらしいけど、僕はその2人から『悟って絶対霊感ゼロ』ってお墨付きをもらうくらい、そう言う方面には疎い…というか、鈍いというか…。


「じゃ、お願い。一緒に入って」

 え?

「どこへ?」
「お化け屋敷だよ」
「遊園地にでも行くの?」

 そう言うと、葵はニヤッと笑った。

「ここにあるんだ…」
「お化け屋敷が…?」

 葵はなぜか神妙な面もちで頷いた。
 なんでも、神社仏閣の町・京都でも、縁日で『お化け屋敷』が出るのはここだけらしい。

「僕、小さい頃から一度入ってみたかったんだけど、由紀は暗いところヤダっていうし、豊や司は『あんなの子供だましだ』って取り合ってくれないし…」

『子供のくせにね』とつけたして、葵はちょっと肩を竦めた。    

「じゃあ…行ってみる?」

 そう言うと、葵はぴょんと跳ねて『やったー!』って大はしゃぎした。



ささ、皆様もご一緒に、もっと奥へ……
(↓の祭り団扇が入口です……)