〜お化け屋敷〜


 …で。

「葵…お化け屋敷ってこれ?」
「そう」

 葵の案内で境内の奥へ行ってみると、何ともこれ見よがしな電飾と、手描き丸出し(しかもあんまり上手くない)の幽霊の絵なんかに飾られた怪しい小屋が現れた。

 物陰のラジカセからはお決まりの『ひゅ〜どろどろどろ…』っていう効果音が流れ(テープが伸びて音が歪んでるし)、ご丁寧なことに石炭のようなものに火をつけた『火の玉』らしき物体までぶら下がっている。


「ディープっていうか、レアっていうか…」

 あまりの光景に思わず感嘆してしまった僕の、浴衣の袖を葵がギュッと握った。

 まさか葵…、怖い…とか…?



「…入ってみる?」

 そう言うと、葵は正面を見据えたまま、意を決したように頷いた。

「なんだか、今日入っておかなくちゃいけないような気がするんだ」


 そんな大層なものじゃあるまいし…と、思ったけれど、そこは言葉にせずに『じゃ、行こう』と言って葵の手を取ると、突然稲光が走り、大粒の雨が落ちてきた。


「わっ!」

 突然の夕立はよくあることだから、僕らは特に何を考える間もなく、雨を避けるように、小屋に入った…。






 中へはいると、もちろん暗かった。
 僕ら以外の人の気配はない。いつの間にか雨音も消えている。

 僕は当然のように葵の肩を抱いた。 二人きりになると、どこかに触れてしまうのは、もうほととんど『条件反射』だ。


 目の慣れていない僕たちは身体を必要以上に密着させて慎重に前へ進む。 (いや、必要以上ってことはないな。いつでも必要だからな)
 そうしないと、床にだって何が落ちているかわからないし。



 お化け屋敷の仕掛けはそれは単純なもので、一定の間隔で井戸の中から幽霊が飛び出してきたり、破れた障子から手がニョキっとでてきたり、ボロ切れを纏った妖怪のようなものがうずくまって『おいでおいで』をしている…っていうようなものばかりで、そのチープさがかえって愛しいくらいだ。

 そして漸く目が慣れてきたなと思った頃、葵が小さく言った。



「ね、悟…。結構長いね、このお化け屋敷…」

 そう言われてみれば…。
 外観は小さな小屋だったのに、もう結構歩いてるような気がする。

「そうだな…。葵、怖くないか?」 

 怖いはずはないだろうけど、ここで『怖いっ』とかいわれて飛びつかれるのも楽しいかも…なんて思ってしまうあたり、かなりヤバイかも知れない。
 でも、飛びついてもらえるような劇的な演出はなさそうで…。

 と思ったその時。



『バリバリバリッ』



 突然降ってきた落雷の音と共に、ほんのりでも灯っていた灯りが全部消えた。


「わ!」

 驚いた葵の声に、飛びついてくる!…と、思ったんだけど…。


「葵っ? あおいっ!!」

 真っ暗でなんにも見えない。そこら中を手で探ってみても、葵の姿に当たらない。
 さっきまで、あんなに傍にいたのに。

 僕は焦った。怖いとか何か出るとか、そんなんじゃなくて、葵に何かあったらと思うと…。






 どれくらい時間が経ったのか、闇雲に動き回っていると、微かに人の声がした。


「…でも…ね」


 え…? 葵の、声?

 微かに聞こえる声だけを頼りに、僕はあちこちにぶつかりながら闇の中を進んだ。


 すると、ポツッと蝋燭のような灯りが見えて…。
 ボロボロの布を纏った人が、背を丸めてうずくまっているようで…。

 でも、聞こえてくるのは葵の声。


「言ってみなきゃわからへんって。言わずに後悔するより、言って後悔する方がマシやんか? 僕かって、ウジウジ悩まずに早う言うといたらよかったって経験、あるもん」


 何の話だ?

 葵がネイティブの京都弁で話していると言うことは、知り合い…?

 けれど、うずくまるボロ布の人物は、時折身体が揺れるものの、言葉を発している様子はない。


「そんなことないって。大丈夫やって」

 葵…何に返事をしてるんだ…?


「ん? アカンかったら? その時は…しょうがないやん。だって、その人の気持ちは、その人だけのものやんか。 ムリヤリ手に入れたかって、辛いだけやん」

 葵が誰と会話しているのかわからなくて、僕の不安は一気に溢れ出した。

 何か、おかしい……。

 そう思ったとき、フワッとぬるい風が通った。

 唯一の灯りだった蝋燭が大きく揺れて、一瞬消えた。


「葵っ!」

 僕はたまらずに声を出した。
 すると、消えたはずの蝋燭の火がまた、ゆらっと起きあがり、あたりをほんの少しだけ照らした。

「悟…?」

 ああ、葵の声だ…!

 目を凝らすと、浴衣姿の葵が蝋燭の向こうに立っていた。


「葵! 大丈夫かっ?」  

 駆け寄って抱きしめると、葵は目を大きく開けたまま、僕を見上げてきた。


「今の…人は?」
「え…?」
「今、僕と話していた人は、どこ…?」


 その言葉に、僕は漸く『もう一人いた』ことを思い出し、ボロ布の人物がうずくまっていた場所を振り返った。

 けれど、そこには僅かに水が溜まっているだけで…。

「いな…い?」






 僕たちが、後ろも見ずにその場を走り去ったことは言うまでもない。

 帰ってから、少し落ち着いた葵が語ったところによると、停電の後、僕を呼んだけど返事がなくて、代わりに誰かが葵の浴衣の袖を引っ張ったんだそうだ。
 そして、話を聞いてくれと言うので、しばらく相談に乗っていたらしい。


 相談の内容は『片思い』。
 それは、なくしてしまうことが怖くて、相手に思いが告げられない…という話で…。 





 夜遅く、葵はお座敷から帰ってきた由紀さんのお母さん(竜千代さんっていう現役の芸妓さんで、ヘタをするとまだ20代に見える)にその話をした。 
 すると、彼女は顔色を変えた。


『葵ちゃん…あんたえらいもんに遭うてしもたなぁ…。あそこはなぁ、昔、片恋に悩んだ学生さんが首をくくった場所なんえ…』
 

 葵はその日のうちに、『もう二度とお化け屋敷には入らない』って宣言した。




 それにしても、幽霊に相談を持ちかけられる人間ってのも珍しい。

 そういえば、去年の夏も軽井沢で、人助けならぬ『霊助け』をしてしまったし…。

 おかげで、今まで『そっち』には縁のなかった僕まで巻き込まれて…。

 ま、僕たちの熱い夜を邪魔しないでくれればそれでいいんだけどね。



おしまい





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おや?