THE・聖陵祭!2

【前編】






「え〜?! 源氏物語?」

「そ。あろうことか、A組の演目は『源氏物語』だってさ」

「やっぱ、奈月がいると和物になるのかねえ〜」

「去年が去年だったしなあ」

「けどさ、キャスティングで激しくもめてるらしいぞ」

「それってもしかして、光源氏と頭中将、どっちが悟先輩でどっちが浅井か…ってことか?」

「そりゃあ揉めることないんじゃないのか?」

「だよな。ここはやっぱり、卒業していく最高学年の悟先輩に敬意を表して、悟先輩の光源氏に浅井の頭中将だろう」

「だろうな、きっと光源氏と頭中将は確定してるんだと思う」

「じゃあ、なんの役で揉めてるんだ?」

「小耳に挟んだ噂では藤壺の女御と紫の上だってさ」

「それって、光源氏の永遠の恋人と、そのそっくりさんで、源氏がガキの頃から自分好みに育てたって言う生涯の伴侶だよな」

「そうそう」

「やっぱ、どっちかは奈月だよな?」

「はは〜、なるほど。奈月が永遠の恋人をやるのか生涯の伴侶をやるのか、それで揉めてるんだな」

「それならさぁ、去年の昇先輩みたいに二役やりゃあいいじゃん」

「あっはっは、あれ、傑作だったよな〜」

「でも、二番煎じは3−A委員長のプライドが許さないと思うぜ」

「だよな。それにアレ、男装と女装の二役だったもんな。それに比べると女装の二役じゃあインパクト薄いよな」

「そうそう」

「あ、でも1−Aには佐倉がいるじゃん」

「おお、司ちゃんか。あいつも美人だからな」

「そうか、奈月と佐倉で揉めてるんじゃねえか」

「なるほど〜。でもあの二人って幼なじみの仲良しだろ?揉めてるっていうよりは、譲り合いなんじゃねぇかな」

「かもな。それに、奈月ってすっごく女装を嫌がってるらしいから、どっちがどっちをやるって事で揉めてるんじゃなくて、奈月が女役をやること自体で揉めてるのかも知れないぜ」

「あ〜、それはありうるな。でも、奈月がやらなくて誰がやるんだよ」

「だよな。だから今頃、3人のA組委員長と悟先輩や浅井が必死で説得でもしてるんじゃねぇかな?」

「でもさ、奈月だったら紫の上だよな〜」

「そうそう、幼い頃から源氏の好みの姫に育て上げられるんだからな〜」

「美味しいよな〜」

「今までずっと『浅井×奈月』のコンビをみてきたけどさ、悟先輩と奈月も絶対イケてるだろうな〜」

「ニューカップル誕生ってか」

「あ〜、いいよなっ、それ! だいたい悟先輩も管弦楽部で奈月のことめっちゃ可愛がってるって噂だしさ」

「浅井のヤツ、心中穏やかじゃねえな」

「あっはっは、ほんとだ〜」

「奈月がついふらふらと悟先輩に傾いたり?」

「うっわ〜。すげえな、それ。役にのめり込んでるうちに?」

「おお〜、スキャンダルだぜ〜!」

「略奪愛〜!」



 ――ったく、言いたい放題だな。ま、それこそこっちの『思うつぼ』だが。

 無責任なうわさ話を廊下の隅で小耳に挟み、渦中の2−A委員長・古田篤人はその端正な顔に小さく笑みを浮かべた。

 そして、そんな篤人のところへ、学院一のアイドルがトコトコとやって来た。

「あ、古田くん」

「奈月、説得の具合はどうだ?」

「ん〜、キビシイ。悟先輩も祐介も、ゴネまくっちゃってさ」

「そうか…」

「っとにも〜、せっかく僕…」

「奈月…っ」

 葵の背後に人の気配を感じて、篤人は咄嗟に葵にだけ見える角度で人差し指を自分の口に立てて見せる。

「え?」

 一瞬目を丸くしては見せたものの、学院一のアイドルは万年学年TOPの秀才だ。篤人のその仕草だけで言わん事を察したようだ。

「…ほんと、僕のせいで悟先輩にも祐介にも気を遣わせちゃって…」

 さっきの勢いはどこへやら。

 しおらしくも相手役を気遣うセリフを自分の背後によく聞こえるように吐きながら、目だけは悪戯っぽく篤人を見上げてくる葵は、さしずめ天使の顔をした小悪魔というところか。


 去年、クラスが違ってまったく接点がなかった頃には、篤人にとって『奈月葵』というアイドルは、ただ成績がいいだけ(つまり、テストの点を取るのが上手い)のタイプだろうという認識だったのだが、こうして同じクラスで近しく接するようになって、彼はその考えを改めた。

 奈月葵はとんでもなく頭がいい。天才型である…と。

 けれどその中身には天才型故の無邪気さと、意外にも年齢とその外見に似合わぬ大人っぽさを合わせ持っていて、そのアンバランスがなんとも魅力的なヤツだと気がついた。

 ――こんな奈月を擁して、俺たちのA組が負けるわけがない。翼には申し訳ないけどな。

 篤人はまた、心の中で不敵な笑みを漏らした。



                    ☆ .。.:*・゜



「おい。この前ちょっと小耳に挟んだんだけどさ。A組って未だにキャスティングで揉めてるらしいぜ」

「え?奈月、まだ諦めてねぇの?」

「いや、それが揉めてるのは悟先輩と浅井なんだって」

「ええ〜? なんでだよ」

「先輩も浅井も今まで文句なんて言わなかったよな」

「うん、どっちかって言うと『好きにすれば?』みたいな超然としたとこあったよな」

「そうそう」

「それがな、どうやら譲り合ってるみたいなんだって」

「譲り合い?」

「そう、悟先輩と浅井でお互いにどうぞって譲り合ってるらしくてさ」

「どうしてだよ?」

「原因はどうやら奈月らしいんだ」

「奈月?」

「そう。奈月ってほら、浅井とデキてるじゃん。でさ、悟先輩が、自分が源氏をやって奈月とラブシーンになるのは浅井に申し訳ないからって」

「はは〜ん、なるほど。でも浅井にしてみれば、先輩を立てるのは当然ってわけで、ここはイヤでも譲らなくちゃ…なんて葛藤してるわけか」

「そうか、そう思うと分かり易い構図だよな」

「でもさ、その情報源は?」

「奈月と古田が喋ってるのを立ち聞きしたヤツがいるんだ」

「マジ?」

「おう。奈月がさ、『自分のせいで悟先輩にも祐介にも気を遣わせてる』って萎れてたらしいんだ」

「うーん、モテ過ぎも辛いねえ」



 ――勝ったな。

 長身にも関わらず、その姿をスッと扉の影に隠し、銀縁眼鏡をキラリと光らせるのはもちろん、篤人だ。

 ――俺たちのA組は情報戦をモノにした。あとはこのまま本番まで突っ走るのみ。



                    ☆ .。.:*・゜



 10月の第1金曜日。
 ついにこの日がやってきた。

 高等部の各クラスが、持てる力と知恵、溢れる妄想、そして使えるコネを総動員して挑む演劇コンクールの本番だ。

 俺は2−Aの委員長だから、もちろんA組の勝利のために1年・3年の委員長と4月から極秘裏に準備を進めてきたわけだが、今日ばかりはA組だけに構ってはいられない。

『高等部生徒会執行部員』

 こんな肩書きを持ってる俺は、もちろん『聖陵祭』のすべてに関わっていて、今日の役目は楽屋となっている3年のクラスの巡回だ。

 コンクールに関わるタイムキーパーや、誘導は実行委員会のメンバーがやってくれるから、俺は本当に巡回をしていればいいと言うだけの、極めて楽な役目だが。

 …おっと。今年からは3年の教室だけじゃないな。

 一つ上の階にある、2年の教室も一つだけ楽屋にあてられている。

 そう、今年から『教職員組』が参加することになったからだ。

『参加することになった』と、一言で言ってはみたが、ここまでの道のりはなかなか大変だった。

 そもそもこれを考えついたのは、現生徒会長の浦河先輩。

 去年の聖陵祭の時に思いついたんだそうだが、まず肝心の先生方の説得に時間がかかった。

 要は『協力してやりたいんだが、如何せん時間がなあ』…という、体のいい『逃げ』を打たれたというわけだ。

 確かに先生方のスケジュールがハードなのはわかっている。

 どの先生方も、部活や生徒指導に力を入れているし、担当している学年や教科によっては、大学受験の補講も受け持っている。

 けれど、せっかくの私立学校の良さを活かさない手はないと思うんだ。 

 私立だから『転任』がない。だから先生同士の交流は活発で、たいがいみんな仲がいい。

 その上、OBも多いと来てるんだ。いざやらせてみたら『ノリが悪い』なんてこと、絶対ないはずだ。

 そんな先生方の説得のために動き出した浦河先輩が俺を伴ってまず訪れた先は、やっぱりというかなんというか、『院長室』だった。

 そして、やっぱりというかなんというか、浦河先輩の説明を聞いて、院長はあっさりと『任せなさい』と言ってくれたんだ。

 さすが、『実はこの学校で一番のノリのいい教師』という裏評判だけのことはある。

 しかも院長の付けてきた『条件』ってのが傑作だった。


『教職員チームの「作・演出」は私に任せてくれるね?』


 院長はそう言ってニッコリ微笑んだ。

 ただ、『多忙な教師の代わりに、準備は出来るだけ生徒会が応援すること』っていう条件もついていたけれど。

 ま、これは当たり前と言えば当たり前だが。

 さて、教職員組は最後に回るとして、3年の教室を巡回してこよう。



【中編】へ続く

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