THE・聖陵祭!2

【中編】






 例年、コンクールで演じる順番は、前夜祭の抽選で決まる。

 ただ、今回は教職員チームから『何が何でも一番にやらせろ』と言われ、『まあそれくらいは譲歩してやってもいいな。初回だからな』という浦河先輩の判断で、教職員チームは抽選なしの『一番』になった。

 とっとと終わらせたいっていう、主演コンビの思惑が見え見えだけどな。


 というわけで、『2番手』になるのはE組だ。

 ここの演目は『オペラ座の怪人』。
 何故か今年はミュージカル花盛りだ。A組以外は。


「あれ? 篤人。どうしたの?」

 一声掛けてE組の教室に入った俺を最初に迎えたのは、可憐なドレス姿の同級生、茶道部&剣道部の綾徳院桐哉だ。

「ああ、桐哉じゃないか。…そうか、お前ヒロインだったな」

「うん、なんでかそんなことになっちゃったんだけど…。あ、ひょっとして生徒会の査察?」

「そういうこと」

「お疲れさま」


『オペラ座の怪人』のヒロインは「クリスティーヌ」。
 役どころとしては、「怪人に狙われるオペラ座の歌手」ってところだ。

 そして、そのクリスティーヌをやるっていうのが俺と同じ高校からの入学組――所謂『正真正銘』――の桐哉ってわけだ。


「お前、女装も似合うんだな」

 可愛い系なのはわかっていたけどな。

「やだなあ。こんなの似合ったって嬉しくないよ〜」

 俺と桐哉は入試の時、席が隣同士だった。で、周囲からはまったく正反対のタイプだと思われるんだが妙に意気投合してしまったんだ。

 しかも入学してみたら同じクラスになっていて、以来、気の置けない大切な友人の一人になった。親友…と言ってもいい。


「おや、古田じゃないか」

「あ、加賀谷先輩。いつも桐哉がお世話になっています」

 俺が頭を下げたのは、3年の加賀谷賢先輩。剣道部の主将で、なんと桐哉の恋人だ。

 そのことを桐哉からうち明けられたのは去年の終わり。


『どうしても篤人には知っておいて欲しかったんだ』


 いつになく真剣な瞳をして俺を見上げてきた、あの時の桐哉の顔を俺は一生忘れないだろう。

 ――こいつ、本気なんだな…。

 そう感じた俺は、『そうか、よかったな』といって、あいつの頭を撫でた。
 すると桐哉は嬉しそうにこういったんだ。

『篤人もがんばって』

 …まさか桐哉にばれているとは思っていなかったので、少なからず――もちろん内心だけで――焦ったけれど。


「桐哉、綺麗だろ」

 加賀谷先輩が、桐哉の肩をグッと引き寄せた。

 この二人、周囲にはつき合ってることを伏せているので、その反動か俺の前ではやたらと大胆になるのだ。特に加賀谷先輩が。

 で、その加賀谷先輩の役どころは桐哉演じるクリスティーヌの恋人、ラウルだ。

 まあ、この人も学院内でベスト10に入ると言われるほどの男前だからな。

 はっきり言って様になる。


「桐哉も綺麗ですけど、先輩もかっこいいですよ」

 そう言うと、横で桐哉がうんうんと頷いている。

「そうか? 古田ほどの男前に言われると嬉しいな」

「またまた。上手ですね、先輩も」

 こんな風に軽口を叩けるのを、先輩も俺も結構気に入っていて、最近では桐哉を挟まなくても色々な話をしている。目指す大学が同じなのも、俺たちの距離を縮めている一因だ。


「桐哉〜!」

「あ、佐伯先輩が呼んでる」

 ちょっと行ってくるね…と言い残して駆けて行った桐哉を見送り、俺は加賀谷先輩に、

「いいんですか? 一人で佐伯先輩のところに行かせて」

 と、尋ねる。

 佐伯先輩が桐哉にちょっかいをかけるのを、加賀谷先輩は必死で牽制していたからな。

「ああ、佐伯ね。最近ちょっと大人しいんだ」

「え? 本当ですか?」

「どうやら誰か一人に捕まったっぽいんだけどな」

「…それはまた…」

 絶対卒業まで『遊び人ナンバー1』の座は譲らないと思っていたのに。

「ま、あと半年足らずとは言え、桐哉の周囲が平和になるなら大歓迎だけどな」

 肩を竦め、加賀谷先輩は『じゃあな』と手を振って、マントを翻して桐哉の後をゆっくり追っていった。

 で、肝心の佐伯先輩と言えば…。

 …ふうん。さすがだな。

 本物の舞台の『怪人』を忠実に再現してる。仮面なんて、本物と変わりない出来映えだ。

 遠目に佐伯先輩の姿を確認して、俺はE組の教室を出……。


「あれ? 古田先輩〜」

 出たところにちっこいヤツがちょろちょろしていた。

「ああ、宮階か」

 こいつは宮階珠生。管弦楽部のホルン吹きで、1−Cの副委員長だ。

 高等部代表委員会の中でも飛び抜けてチビで、初めてみたときは中学生が部屋を間違えたのかと思ったくらいだ。


「なんだ、お前C組じゃないか。こんなところうろついてたらスパイだと思われるぞ」

 しかもなんだか怪しい格好だし。

 …そうか、お前もキャストなんだな……って、この扮装は人間の役じゃないな。かわいそうに。でも妙に似合ってるというか…。

 だが、そんな俺の忠告もお構いなしに、宮階は俺の身体越しにひょいとE組の教室を覗き込んだ。

「あ、あれって佐伯先輩ですよね? かっこい〜」

 …かっこいいって、お前…先輩は怪人のマスクしてるから顔なんてわからないじゃないか。かっこいいもへったくれもないだろう…。

 どうもこいつの感覚ってわからん。

「ほらほら。早く戻らないとスパイ容疑で拉致されるぞ」

「はあい」


 宮階をC組に追い立てて、俺はD組に向かった。


 ここの演目は『美女と野獣』。これまたミュージカルの大作だ。
 主演は2年生の同室コンビ。

 漏れ聞いた噂によると、美女=ベル役が決まった瞬間に、茅野が『野獣は俺がやるっ、誰にも渡さないっ』と叫んで敢然と立ち上がったらしい。

 その夜、310号室では一悶着あったらしいが、それは俺の関知するところではない。

 それにしても、羽野も不思議なヤツだよな。

 確かに見た目は可愛いけれど、中身はどっちかっていうとやんちゃな方だと思うんだ。ところが、茅野の前だとどうもその「やんちゃ」の感じが違う。

 まあ、去年同じクラスだったから、茅野が羽野に熱を上げてるのはわかってたんだが、羽野は確かに逃げ回っていた。

 それが、何だか今年、二人部屋になってからどうも…。
 羽野の様子、あれは『逃げてる』というよりは『照れてる』としか俺には取れないんだが…。

 ま、いいか。俺の知ったことじゃない。


「おっ、古田っ、聞いてくれよっ」

 D組のドアを開けた途端、人外の生き物が声を掛けてきた。

 誰だこいつ。…ああ、野獣ってことは、茅野か。

 凄い特殊メイクだな。確かこのクラスには、父親がハリウッドのメイクアーティストってのがいたとは思うが…。

「どうした茅野。やけに嬉しそうだな」

 野獣メイクの下でもわかるくらい、にやけてるぞ、お前。

「へへっ。演出の先輩懐柔してさ、キスシーンの追加に成功したぜ!」

 …それはまた。

「おめでとう」

「おうっ、見てろよ〜。これでもう誰にも文句言わせないぜっ」

 まあ、確かに羽野は競争率高いけどな。
 しかし、『見てろよ』っていうことは、もしかして…。

「茅野、お前…」

「乞うご期待だ、古田。ただし羽野にはナイショな」

 茅野は野獣の分際で器用にウィンクすると、これまた野獣の分際で足取りも軽く――スキップなんぞしながら――教室の奥へと戻っていった。

 それにしても羽野の姿がないな。

 …あいつのことだ。絶対本番まで嫌がって出てこないに決まってるか。

 本番も素直に演じるかどうか疑問だがな、羽野の場合は。


 さて、出来上がりつつあるカップルは置いておいて、C組へ行くか。



 C組はこれまたミュージカルになった名作『オズの魔法使い』。

 主役のドロシーは『聖陵学院の金色の天使』こと昇先輩だ。

 あの人が絡んだからには、多分『まとも』なオズでは済まなさそうな気がするんだが…。

 まあ、今回は一人二役はなさそうだ。
 何といってもドロシーのお供になる「ブリキ」「かかし」「ライオン」のキャストがちゃんと別にいるからな。

 ちなみに「ライオン」はさっき佐伯を覗き見にきていた1年生の宮階珠生だ。ライオンと言うよりは、どう見てもチャトラの子猫だったがな。


「おおっ、古田じゃねーか。待ってたぜ!」

 どうして待たれていたのか知らないが、俺に声を掛けてきたのは同じ2年の早坂陽司。次期テニス部長最有力と言われてるヤツで、憎めないお調子モノだ。


「なあなあ、お前、B組覗いてきたか?」

 …ああ、そういうことね。

「残念でした。Bへはこれからだ」

「…ちぇ〜」

 そう、こいつの目的は一つ。B組に在籍する森澤東吾先輩の様子を聞きたがっているんだ。

「くっそう、覗きに行きてえなあ〜」

「その格好でか?」

「…それを言うなって」

 早坂は「かかし」だ。はっきり言って、著しく格好は良くない。

 まだ教室の奥で1年の秋園と戯れてる「ブリキ」の中沢の方がいくらかマシだ。

 ま、どっちもどっちだが。


「でもさ〜、東吾、可愛いだろうな〜」

「…森澤先輩は今回れっきとした男役だろうが」


『女役やるくらいなら学校辞めてやる!』


 今となっては全校中の禁句になってしまった『辞める』の一言で、森澤先輩はやっと最後の学年で念願の男役を手に入れた。
 
 まあ、本人の本意としては、キャストではなくスタッフになりたかったらしいんだが。

「いいの。東吾はどんなかっこしても可愛いからさ」

 確かに可愛いのは認めるが…。
 しかし、ここまであっけらかんと関係を暴露されてしまって、こいつの脳天気振りには森澤先輩もさぞかし苦労してるだろうな。


「あ、古田じゃん。ごくろーさん」

 浮かれる早坂と呆れる俺の間に、フリフリのミニスカートを揺すりながら割って入ってきたのは金色の天使、ドロシーだ。

「昇先輩、大変キュートです」

 ちょっとスカートが短すぎるような気もしますが。
 ま、綺麗な足なので許しましょう。

「だろ〜? 惚れた?」

「おそれ多いことを」

「またまた〜。スカーレットに惚れるよりお手軽だよ?」

 ………。

「…昇先輩……」

「な〜んちゃって」


 そして、昇先輩は言い逃げした。軽やかに、スカートを揺らしてスキップしながら。

 だがどうして昇先輩にバレてるんだ。

 そもそも俺と昇先輩の唯一の接点は、昇先輩と同室である現生徒会長の浦河先輩なんだが、その浦河先輩はだいたい『そういうこと』にはかなり疎くて――副会長の横山先輩よりはマシだが――俺が誰を追いかけているか…なんてまったく気がついていないはずだ。

 情報源はいったいどこだ?

 …聖陵祭が終わったらしっかり探ってみないといけないな。
『チェックメイト』まであと少しなんだ。
 この段階でヘタを打って、翼に逃げる隙を与えるわけにいかない。


 …さて、次はB組だが…。

 ここに入るのは少し気が重いが、これも役目だからな。



【後編】へ続く

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