PANIC THE・聖陵祭!2
〜頑張れ青少年!〜
【中編】
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*野獣の陰謀…の場合 「あー。ドキドキしてきた」 「大丈夫だって」 可憐なベルを慰めるのは、本人の原型をまったく留めていない特殊メイクの野獣、その人。 「お前、歌だってめっちゃ上手いんだからさ、いつものペット吹くときの気分でやりゃあいいんだよ」 「…う、うん」 珍しくもしおらしくも、ベルは野獣の言葉にうんうんと素直に頷いている。 そして、野獣はそんなベルを『役得!』とばかりに抱きしめる。 演劇なんかにこれっぽっちも興味のなかった野獣が、『俺が野獣をやる!』とわざわざ手を挙げたのは、ベルが最愛の同室者だからに他ならない。 もし他の人間がベル役だったら、きっと、『部活が忙しくてな〜』などと適当な理由を吐いて準備作業もぶっちしていたに違いない。 「な、茅野〜。俺、台詞忘れちまったらどうしよう…」 「大丈夫、俺がちゃんとフォローするから、羽野は安心してりゃいいって」 「うん…」 野獣はベルに見えないところでにやと笑う。 ――ここでオレさまがどれだけ頼りになる男かを十二分にアピールして、あとは…ふふっ。 ♪ 「驚いたな。羽野って、めちゃめちゃ歌上手いじゃないか」 心底関心した声で真路が呟いた。 「管弦楽部だからってみんな上手いとは限らないって守のヤツ言ってたけど、羽野に関しては…ってとこだな」 「見ろよ、大貴。口開けて見惚れてるヤツ、多いぞ」 「ほんとだ…」 「羽野も隠れファンが多いからな。茅野も大変だ」 その『野獣』は現在舞台上で愛するベルと共に熱演中だ。 「そろそろクライマックスだな」 時計を見て大貴が言う。 上演時間は各組きっかり30分。オーバーすると失格となるのだ。 そしてその時、客席から歓声があがった。 「うお。野獣が王子に変身したぞ」 大貴が目を見開いた。 「凄いトリックだな、どうやったんだ?」 真路も思わず腕組みをしてしまう。 「わかんね。けど、どっちも茅野だよなあ?」 「ああ、少なくとも今の王子は茅野に違いない」 袖の二人も一瞬驚いたその時。 今度こそ客席は大歓声に包まれた。 「…やっちまった」 大貴が呟く。 「あーあ、羽野のヤツ、固まってるぞ」 「…あれは絶対、舌まで突っ込んでるな…」 呆れた声で、真路も呟く。 「え? マジ?」 「マジ」 「なんでそんなことわかるんだよっ」 「…大貴…?」 「だって俺、お前にそんなキスしたことないぞ!」 「だ…大貴っ…!」 『コホン』 だが後ろから聞こえた咳払いで、大貴は我に返った。 目の前には頬を真っ赤に染めた、真路。 「…あ…っ。ご、ごめんっ、真路っ」 狼狽える大貴を、真路は声も出せずにただ睨み上げる。 「先輩方、ご心配なく。口外はしませんから」 咳払いの主が落ちついた声を掛けてきた。 「…古田…」 声の主は古田篤人。 来週行われる生徒会選挙で間違いなく生徒会長に選出されるであろうと噂されている2年生。 大貴にしても、真路にしても、後ろにいたのが彼で良かった…と、本音で思える相手だ。 「お…おう、古田。悪いな」 「いえ、どういたしまして」 「ええと、ご苦労さん。控え室はどう?」 「はい、全クラス捌けています」 「そうか、あとは結果発表後の撤収作業だな」 「はい」 「その時はまた頼むぞ」 「了解です」 努めて事務的に受け答えしてくれる篤人のおかげで、大貴と真路が漸く落ち着きを取り戻そうとした、その時。 「おっ…俺は、ノーマルだーーーーーーーーーーーーー!」 ベルの叫びと共に、力一杯王子の頬を叩く音が鳴り響いた。と、当時に講堂中が拍手と歓声に包まれる。 「…バカ受けですね」 「けど、今夜の310号室って修羅場だと思うな」 篤人の言葉を受けて、大貴が無責任に唸る。 ――先輩方も、人の心配してる場合じゃないと思うんですが…。 もちろん、口の堅い次期生徒会長最有力候補はそんな考えを決して顔には出さないのだが。 その夜、同室の昇が戻ってこないのをいいことに、大貴が真路の部屋に侵入したことなど、むろん誰も知らない。 *超不機嫌なドロシーの場合 「…ふうん。そうなんだ」 金髪のドロシーが不機嫌そうに口を尖らせた。 『光安先生と松山先生のキスシーン、凄かったらしいぜ』 そんな『余計なこと』を出番直前のドロシーの耳に入れたのは、なんの邪気もない同級生たち。 「やっぱ大人って違うよな。めちゃめちゃエロティックだったらしい」 「早くビデオ見たいよな〜。な、昇?」 話を振られて昇がニッコリと微笑む。 「ほんと、そうだね。早くみたいよね〜」 ――直人のやつ〜、覚えてろよ…。 滾るドロシーの内面には誰も気がつかず、舞台は順調に進んでいく。 そしてもちろん…。 ♪ 「やっぱりなあ。昇が絡む話でまともなものになるとは思ってなかったけどさ」 同じC組生でありながら生徒会優先のために一度も練習を覗いていなかった真路がしみじみ呟くと、大貴も篤人も深く頷いた。 舞台では、ドロシーが膝上15cmミニをフリフリさせながら、ブリキ・かかし・ライオンのお供を連れて熱演中だ。 「ドロシー総受けの話とはすごいなあ」 大貴が呟く。 そう、実はこの『オズ』、お供をしている全員がドロシーに恋をして骨肉の争奪戦を繰り広げると言うとんでもない話になっていたのだ。 ――総受けって…。横山先輩、純朴そうな顔して…。意味わかって言ってます? 大貴の言葉に篤人が内心で突っ込みを入れていると、講堂中からどよめきが起こった。 見ればライオン――どう見てもチャトラの子猫だが――とドロシーがラブシーンを演じているではないか。 「そうでもなさそうですよ、横山先輩」 「え?」 「ほら、よく見て下さい」 言われた大貴がよくよく見てみれば…。 なんと、『総受け』のはずのドロシーがライオン――しつこいようだがチャトラの子猫にしか見えない――を襲っているではないか。 「うわあ、百合百合しいなあ」 またしても妙な専門用語を呟く大貴に、篤人は『この先輩に関する認識を少し改めようかな』などと内心でため息をついた。 ちなみに、30分の上演時間でドロシーたちが『オズ』の国まで辿り着けなかったのは言うまでもない。 |
【後編へ続く】 |