PANIC THE・聖陵祭!2

〜頑張れ青少年!〜

【後編】


2005.10.21
「君の愛を奏でて2〜Op.2」連載終了に伴い、
B組の舞台【ロミオとジュリエット】を加筆しました。お楽しみ下さい〜v

★☆★




*ラストステージのジュリエットの場合

 観客が男子学生ばかりとは思えないほど、講堂中にすすり泣きが漏れ、いつにないほど静かに幕が降りて『ロミオとジュリエット』は終わった。

 演劇コンクール史上、2年連続でジュリエットを演じたのは隆也一人。
 そして、これが最後のステージになった。

 だが、横たわるジュリエットとそれを優しく抱き起こすロミオの間には、悲壮感はすでにない。
 優しい気持ちが在るだけで。


「お疲れ」

 そう囁くと、『先輩も』…とはにかんだ答えが返ってくる。
 二人は顔を見合わせ、屈託なく、笑う。
 そして立ち上がると舞台袖を見た。
 次に出番を控えた葵たちがいるはずだ。

 ――あれ?

 確かに葵はいたのだが、予想していた姿と違うではないか。

 ――へえ〜、そういうことだったのか。

 なかなかお似合いじゃない。惚れ直しちゃいそう。

 なんて、守が聞いたら沸騰しそうなことを考えながら、隆也は葵に向けてVサインを送り、口の動きだけで『がんばって』…と伝えた。

 けれど。

 ――隣の人、誰だっけ?

 葵の肩を親しげに抱いているあの美しい人は…。

 そして、そんな隆也の肩を抱いたまま、守は同じように葵を見てその姿に口元を綻ばせ、そして、その隣を見て盛大に驚いた。

 こんなサプライズは久々だ。

 ――なかなかやるじゃん。

 笑いが止まらない。

 だがここは一発エールを送ってやるか。

 そう思って守は葵の隣に立つ人物に、やはり口の動きだけで『お似合いだぜ』と言ってみる。

 途端に憮然とした表情になる『超美人』。

 その顔にまた『ククッ』と笑いを漏らして、守は隆也の肩をしっかりと抱いたまま反対側の袖から舞台を降りた。


 そして。

 その『超美人』の正体を聞いて魂の抜けてしまった隆也を遠慮無く抱き上げられたのは、まさに守にとって『ご褒美』以外の何ものでもない。

 ――悟に感謝…だな。

 と、そこで。

 自分たちが戻ってきた袖にももう一人、『超カワイコちゃん』がいるではないか。

 こんなに可愛い子だったら、絶対自分が見落としていたはずはないのだが…。


 ――…って、おい。マジ?!


 十二単を纏って静かに座っているその『超カワイコちゃん』をジッと見つめ、そして、思わず吹き出してしまった。

「…先輩〜、恨みますよ…」

 聞き覚えのある声で凄まれたが、この可愛らしい形(なり)では怖くも何ともない。

 ともかく、扮装を解いたら隆也を連れてすぐに戻ってこなくてはなるまい。
 こんな面白そうな舞台、見逃す手はない。


「がんばれよ。見に戻ってくるからな」

「いーえっ、楽屋でゆっくりお休み下さいっ」


 声を尖らせる『若紫』に守はまたクスッと笑いを漏らした。





*そして、藤壺の女御の場合 

 ついに、教職員組を含む6つの組の最後を飾る、A組の幕が開いた。

 A組生である放送部長によるナレーションに、優雅に動きを合わせて登場するのはご存じ「光源氏」だ。

 うつむき加減の顔を淡いライティングに向かってふと、上げる…。


 ――くるぞ…。


 篤人がクッと掌を握りしめる。


「…おいっ」
「あれ…っ」


 予想通りだ。客席が静かにどよめく。


『初草の 若葉の上を 見つるより 旅寝の袖も 露ぞ乾かぬ』


 凛と響き渡る和歌の台詞に、講堂中が騒然となった。


「「「…奈月だっ」」」


 ――ふっ…。大成功だな。

 篤人がニヤリと笑う。

 そう、誰もが悟が演じると信じていた『光源氏』。
 実は葵の役だったのだ。


 そして…。
「几帳」の取り払われたそこには、絶世の美女…。


「…おいっ、あれ、誰だ?」
「あんな美人、いたか?」


 これも篤人らA組委員長たちの「読み」が大当たりだ。

 この時代の高貴な女性は無闇に立ち歩かない。
 ずっと座ったままだから、身長はいくらでも誤魔化せる。

 だからこそ出来たこの配役。

 たとえ源氏役の葵の方が小柄でも、悟が180cm以上あろうと。


 観客は固唾をのんで舞台を見つめている。


「女御のセリフも完璧だな」

 大貴が言うと、篤人が深く頷いた。

「ええ。さすが悟先輩。どれだけ嫌がっていても、舞台に乗れば完全に切り替えていますね。まあ、この場合は「開き直った」といった方が正しいかも知れませんけど」

 そう、骨が折れたのだ、悟の説得には。

 珍しく――というよりは、尤もだというべきかも知れないが――最後の最後までゴネられた。


「…おい、ちょっと待てって」

 A組生の大貴と篤人を前に、C組生の真路が呆然と呟いた。

「まさか、あれ、あの、藤壺の女御って、悟…とか言ってないよな?」

 心なしか声も震えている。

「いや、言ってるぞ。あれは正真正銘の桐生悟だ」

 大貴の言葉に、後頭部をいきなり殴られたような衝撃を受け、真路は絶句した。



 今回の「源氏物語」、もちろん原作に基づいて構成するほどの上演時間はない。
 だから篤人たちは「オムニバス」のような形をとることにした。

 源氏と藤壺、そして紫の上を軸に、頭中将やその他の女性たちを絡ませていく。

 だから、多少物語も前後するのだが…。


 若紫――後の紫の上――が舞台上手に現れた。


 客席がまたどよめく。

「ふふっ、可愛いですね」

 篤人が振ると、大貴がまた深く頷いた。

「ああ。あいつ、2年になってかなり男っぽくなってきたけれど、元の造りが結構甘系だからな」



「おいっ、誰だっ、あの可愛いのっ」
「え? 佐倉じゃねーの?」


 客席がざわめきだしたところで、下手から頭中将が現れた。

 葵同様の、水も滴る美少年ぶりにまたしても客席が騒然となる。


「違うって、頭中将が佐倉だっ」
「え、じゃあ…」




「どうやらみんな、頭中将が佐倉だと気づいたようだな」

「ええ、光の君と頭中将はほとんど素顔のままで、化粧をしていませんからね」

「…だから、ちょっと待てって…」

 固まったままだったはずの真路が、漸くまた声を絞り出した。

「じゃあ紫の上は誰なんだよっ」

「誰って、決まってるじゃないか」

「そうです。悟先輩の向こうを張れるのは浅井しかいませんからね」


 祐介の説得も悟と同様、骨が折れた。

 恐らく二人は結託してゴネていたに違いない…と篤人は踏んでいるのだが。


「あ、あ、あ…」

「そう言えば、浅井って中1の頃はかなり美少女だったそうですね」

 引きつけ寸前の真路を余所に、篤人がのんびりと話題を振る。

「おう、そうなんだ。あいつが入学してきた時、上級生たちが色めき立っちまってさあ。……あれ? どした? 真路、大丈夫か?」」

「ショック状態ですね。浦河先輩、しっかりして下さい」

「さ…悟と浅井が………」

「かわいそうに。そんなにショックだったのか」

 大貴が真路の頭をヨシヨシと撫でる。


 ――でも浦河先輩、これで済んだ訳じゃないんですよ…。


 篤人が内心ほくそ笑んだとき、講堂が揺らいだ。


「…いよいよだな」

「はい」


 源氏物語と言えば当然『光の君の女性遍歴』が重要なテーマの一つだ。

 女性を押し倒さない源氏の君などあり得ない。

 まず源氏の君の毒牙にかかるのはもちろん藤壺の女御。


 劇的に几帳が倒されると、慄いて後ずさる女御の袴の裾を源氏の君が掴む。そして引き寄せる。


「…おいおい、奈月のやつめちゃめちゃ嬉しそうだぞ」

「あれは舞台だって事忘れてますよね」

「だな」

「悟先輩の『いやいや』はマジですね。気の毒に」

「おいおい、古田。お前、自分で脚本を書いておいてよく言うよ」

「そうでした」

 漫才よろしく、ボケと突っ込みを演じる二人の後ろでは、真路が未だに幽体離脱状態から戻れずに辺りを浮遊している。

 そうこうしている間に舞台では、源氏のターゲットが若紫に向けられる。

 こちらはのっけから源氏にのし掛かられて、訳もわからないままに奪われてしまう、更に気の毒な役回りだ。


「浅井のあれ、演技って言うよりはマジで身体が動かねえって感じだな」

「ですね。まさに金縛りってやつでしょう」

 舞台では二人の身体が重なり合い、講堂は興奮の坩堝だ。


「本当は奈月に浅井を抱き上げてもらいたかったんですが、さすがにそれは無理でしたね」

「あはは。そりゃあ奈月の身体が折れちまうだろう」

「いえ、奈月は『ぜひやりたい』と意気込んだんですが、浅井が『死んでも嫌だ』と言い張りまして」

「あはは。浅井も『最後の抵抗』ってヤツだな」

「ま、いずれにしても体格的には不可能に近いですからね」




 ちなみに脚本家古田篤人的観客サービスは最後のシーンだ。

 そう、源氏の君と頭中将の度を超えた友情の場面。


「やっぱり百合百合しいよなあ」

 生徒会副会長、どうやら言葉の使い方は間違っていないようだ。

「奈月の総攻めなんてもう二度と見られないだろうしなあ」

 ちゃんと意味もわかって使っているようである。


「それにしても、正統派で『悟源氏×奈月藤壺もしくは若紫』ってのも見てはみたかったですね」

「そうだな。あ、でも俺的には『の源氏に浅井の藤壺もしくは若紫』ってのも萌えだなー」


 ――……先輩、それはかなりレアな趣味ですよ……。


 こんな恋人を持って幸せなのかどうなのか。
 篤人がチラッと視線を向けると、生徒会長・浦河真路はまだ辺りを漂っていた。






*そして終演後。

 ふ〜。終わった〜。

 去年はやむを得ず女役だったけど、今年の僕は堂々と男役。えっへん。

 満場の拍手と妙な歓声の中、静かに幕が降りて、僕は一つ息を吐いてから舞台袖へと向かう。

 そこには…。

「葵。お疲れさま」

 先に出番を終えていた悟が、笑顔で僕を迎えてくれた。
 当然藤壺の扮装はそのままで。

 それにしても、ほんっとに美人。
 改めて、悟って香奈子先生似だったんだな〜なんて思う。
 ほんと、見惚れちゃうくらい、美人。


「悟先輩もお疲れさまでした」

 周囲にはまだ大勢のA組生がいるから、僕はいつもの通り悟を『先輩』と呼んで言葉を返す。

 すると…。

 サッと周囲に視線を走らせて、悟が僕の耳元に顔を寄せてきた。
 そして、低い声で囁く。

「舞台のお返しは、今夜ゆっくり……な」

「…え。」

 固まる僕から顔を離し、悟はにっこり笑った。

「ちゃんと葵の説得に応じて、演じきってやったろ? ご褒美たくさんもらわないとな」

 そ、それはそうだけど…。

 さらに固まってしまった僕の背後から、3年の先輩の声が掛かった。

「どうする、悟。ここで扮装を解いてから教室に戻るか?」

「いいや、面倒だからこのままで戻るよ。裾持ってくれ」

 えっ? さ、悟っ、このまま帰るのっ?
 講堂の外、きっとスゴイ数の生徒が待ってるよっ!


「さ、浅井、行くぞ」

「はい!」

 ちょ…、祐介まで!

 …もしかして、開き直った?
 それとも……クセになった?






*さらにその後。

 今年も無事に演劇コンクールが終わった。もちろん明後日のファイヤーストームの終了までが『聖陵祭』で、そこまでは俺たち生徒会は気が抜けない。

 特にこの演劇コンクール後の『隠し撮り摘発』は俺たちにとって重要な任務だ。

 もちろん撮影自体はそんなに厳しくは取り締まらない。一応個人撮影は禁止だけど、まあ個人で楽しむ分には見逃してあげましょう…ってことだ。

 けど、それだけで終わらないのが『隠し撮り』のコワイところだ。

 そう。裏取引に流れたビデオには値が付く。もちろん売買は一切認められない。

 だから俺たちはこうやって隠し撮りの取締りに神経をとがらせているわけだ。


 それに、今年のコンクールは例年にない盛り上がり――というか、騒ぎに――なったからな。

 なんてったって最初で最後、もう二度と拝めないであろう『桐生悟』の絶世の美女姿だ。しかも『浅井祐介』の美女姿ももれなくついてくるとあっちゃあ、裏流通の価格の高騰は容易に想像できる。

 そういうわけで、俺たちは演劇コンクール直後から今までにない警戒態勢を敷いているのだが…。



「おい、真路。いったいどうなってんだ?」

「…一本たりとも出てこないな」

 そう、他の組のビデオは出回り始めているというのに、肝心の――もっとも高騰が予想される――A組のビデオはその姿どころか、噂にものぼらない。

 これはいったどういうことだ? どこで何が起こってるんだ?

 まさか、誰かが買い占めているとか。

 真路と首をひねっていたとき、執行部員にして次期生徒会長最有力候補の古田が巡回から戻ってきた。


「遅くなりました」

「ご苦労さん。で、どうだった?」

「まったくどこにも見あたりません」

「…やっぱり…」

「ですが、先輩」

「ん? なんだ」

「面白い話を小耳に挟みました」

 瞬間、小耳どころか『ダンボの耳』になる俺と真路。

「どうも、かなりの規模の集団が裏で手を回してビデオを回収してまわってるらしいんです」

「集団?」

「それはまた、穏やかじゃないな」

 俺と真路は、騒動を懸念して眉を寄せる。

「どんな集団なんだ」

「それが…、中学生を中心に可愛い子ばかりだという話で」

「はいぃ〜?」

「高校生の証言によると、あれは中等部の『桐生悟親衛隊』の面子に違いない…ってことなんです」

「ってことは、黒幕は悟かっ?」

「そのようですね」

「それにしても、悟のヤツ、どうやって…」

「それです。親衛隊の連中だったら悟先輩のビデオは絶対欲しいはずですからね」

「…なんだか取引の匂いがするな…」

 真路が難しい顔で言った。

「取引?」

「ああ、あと半年ほどで卒業だろ? だから例えば「卒業式のあとにツーショットで写真を撮らせてあげる」だとか……そうそう、悟のヤツ、写真嫌いだからさ、「制服の第2ボタンをあげる」だとか。そんなので釣って、ビデオの回収を手伝わせてるんじゃないか?」

 あー、なるほどね。…でもさ…。

「んー。お前の言う取引説には賛成するけど、第2ボタンは一つしかないんだぜ? 悟の親衛隊ときたら、ものすごい数だろうに」

 だが俺の言葉に、真路はニッと笑って見せた。

「ふ…、しっかりしてくれよ、大貴。制服のボタンなら、購買に行けば段ボール一杯にあるだろ?」

「…あ、そうか」

「一つ50円です」

 絶妙のタイミングでフォローを入れる古田に、真路は満足そうに頷いているんだけど…。


 けどさ、古田。なんでお前、教職員組のビデオだけ持ってんだ?
 光安先生はC組のビデオだけ没収していくしさ〜。
 わけわかんねえや。


 そうそう、今年の主演女優賞が桐生悟だったことは…、いうまでもないよな。



                   ☆ .。.:*・゜



*アフター・THE・演劇コンクール

葵:悟、ほんとにお疲れさまでした。

悟:…ほんとに疲れた…。

葵:まあまあ(撫で撫で)

悟:……まあ、葵の源氏が綺麗だったからいいことにするよ。

葵:えへへ、ありがと、悟。

悟:ところで、生徒全員の投票で決まる『ベストパフォーマンス賞』を取ったのって結局誰だったんだ? 光安先生に聞いても教えてくれないんだ。

葵:ああ、あれ。『風と共に去りぬ』で翼ちゃんのばあやのマミー役だった先生だね。

悟:昨日ビデオ見たんだけど、凄い演技力だったな。

葵:うん。笑いのツボ押さえてるって言うか…。

悟:で、結局誰なんだ? 斉藤先生じゃないかって噂が流れてたんだけど、大貴に聞いたら、斉藤先生はコンクール中に怪我人が出たときに備えて待機の必要があるから、キャストにもスタッフにも入ってなかったんだっていうんだ。

葵:なるほど〜。でも、あれだけ真っ黒なお化粧して、おまけにお相撲さんみたいな肉布団着てたらほんとに誰だかわかんないよねえ。

悟:……葵、もしかして知ってるだろう?

葵:え? なんで?

悟:さっきから受け答えに余裕があるような気がする……。

葵:……うう、悟って鋭い…。

悟:さ、素直に吐いて、葵。

葵:……ええとね、ナイショだよ?

悟:もちろん。

葵:桐哉がね、気がついたんだ。

悟:綾徳院が?

葵:うん。あれは絶対、僕らの顧問の先生に違いない…って。

悟:綾徳院って確か茶道部の…………ええっ?




 さて、誰でしょう(笑)



さあ!お待たせしました!
TENさまからいただきました10月のカレンダー『光源氏』公開です〜!



【今年の聖陵祭はこれで、E・N・D】

と、思いきや。
聖陵祭はその後もコワイ?(笑)
『Nightmare after 聖陵祭』へGO!

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