「September Rhapsody 





 今年もまた、ここ聖陵学院にこの日がやってきた。

 9月2日。
 始業式を終えたばかりの3年B組の教室。

 高等部の1年から3年までの総勢120名がすし詰めになっている。
 言うまでもないが、他のクラスも同じ状態である。

 そんな中、ど真ん中の席に長い足を組んで悠然と座っているのは、人気投票常にナンバー1。この学院きってのプレイボーイ、桐生守だ。


「いいか! 今年は話題の人間がA組に集結してしまっているっ。 しかしだ! ともすれば強烈な個性は殺し合う! だが我々には桐生守というスターがいる!」

 3−Bの委員長が拳を付き上げると、教室中の野郎ども(中にはカワイコちゃんもいるが)が一斉に雄叫びを上げる。

 そして、その雄叫びに、渦中の人――桐生守は軽く片手を上げて応える。

「本年度、聖陵祭演劇コンクールに我らがオールB組がなぐり込みをかけるのは…!」

 一同が一瞬押し黙る。

「我らがスター、守の指定っ! 『ロミオとジュリエット』!」

 演目発表に、またしても野獣の雄叫びが上がる。

「そして、学院史上もっとも色気のある守ロミオのご指名は『麻生ジュリエット』〜!」

 ヒロインの発表に、さらに怒濤の雄叫びが巻き起こる。

 ――へ?

 そんな中、つい数秒前までは一緒になって盛り上がっていたのに、突然ヒロインを突きつけられて『目が点』の坊やが一人。

 ――ちょっと待った。またジュリエット〜?

「何といっても麻生は去年、悟を相手に堂々とジュリエットを演じているからな。学院史上、2年連続でジュリエットを演じるのは麻生が初めてで、しかも相手役は我が聖陵の誇る桐生兄弟と来ているっ! 諸君っ、このチャンスを逃す手はないぞ〜!」

おーーーーーーーーーーーーーー!!!

「ちょ、ちょっと待って下さいっ! 先輩っ」

「ん? なんだ、麻生」

「僕、去年より随分背も伸びましたし、声だって低くなりましたっ。ジュリエットには向かないと思うんですけど!」

 そう、このクラスには「森澤東吾」というカワイコちゃんもいる。
 しかし彼は、『ジュリエットをやれ』と言われた段階で『休学届け』を出してしまいかねないほど女装に激しい抵抗を示すのだ。

 だが、慌てて異議を申し立てる隆也をチラッと見て、3−Bの委員長は『おい、誰か麻生に鏡見せてやれ』と言っただけで、相手にもしてくれない。

 思わず脱力してしまった頭をふと上げると、守と目があった。
 ニッと笑われて、赤面してしまい、つい、この夏のあの夜の事を思い出してしまう。

 騙すようにして守に連れて行かれた、小さな神社の縁日。
 その鎮守の杜で、偶然のように、頬に触れた唇…。

 恥ずかしくて顔が上げられない。

 だがそんな隆也を置き去りにして話はどんどん進んでいく。

 やがて、他のクラスに散っていたスパイたちが次々と戻ってきた。

「C組、オズの魔法使いですっ」

「D組、美女と野獣ですっ」

「E組、オペラ座の怪人ですっ」

 なんと、ミュージカルの大作ばかりだ。

 だが、最大のライバルはA組なのだ。

 そう、桐生悟、奈月葵、浅井祐介の3人が揃い、しかも1年には佐倉司だのアーネスト・ハースだの、話題の人間がゴロゴロしているあのA組だ。


「で、問題のA組はどうなんだ?」

 委員長の声に、3−Bに詰めかけたB組生全員が固唾をのむ。

 だが…。

「それが、揉めている様子で…」

「揉めてる〜? 演目で、か?」

「はい。『この演目だとキャスティングがはまらない』とか言ってる様子なんですが…」

「…そうか。あまりにも人材が揃いすぎて配役に苦慮してるって訳だな」

 3−B委員長がニヤリと笑う。

「いいか、みんなっ! A組はスタートで躓いているっ! この機を捉えて一気に勝利を狙うぞっ!」

 この時の野郎どもの雄叫びは、他のクラスに『地震かっ?!』と思わせるほど、校舎を揺らした。

 もちろん、約1名は赤面して脱力したままなのだが。



 ちなみに、今年から参加が決まった、ダークホース『教職員組』の演目は、当日まで誰にも知られることはなかった。



☆ .。.:*・゜



「おい、古田」

 演劇コンクールに向けてのミーティングの後。

 2−A委員長の古田篤人は、2−Bの委員長に声を掛けられた。

「ああ、どうした?」

 代表委員会で隣同士の席に座る二人は、気心の知れた間柄だ。

「A組、揉めてるんだって?」

 ――もう耳に入ってるのか。

 篤人は情報伝達の早さに肩を竦める。

「まあね、揉めてるってほどではないけどな」

 だが、実はこの『揉めている』情報も、作戦のうちだったりするのだ。

「人材が揃いすぎてるってのも問題だな」

「そうだな。まあ、贅沢な悩みではあるがな」

「で、どうなんだ、実際のところは…?」

 急に息を潜めて詰め寄られる。

「どうって?」

「しらばっくれるなよ、演目決まってるんだろ?」

「いいや、まだだ」

「マジっ? 締め切り今夜だぜ」

 そう、当日中に、演目を生徒会に届けなければ失格になるのだ。しかも、一旦届けた演目は変更が認められないときている。

「ああ、今頃3年の先輩方が協議されてると思うけど」

「って、お前、のんびりしたもんだなあ。この緊急事態に」

「まあね、自分の主張はしてきたから」

 嘘である。

 実は演目もすでに決まっている――というか、新学年が始まった4月の段階で、1年から3年の、3人のA組委員長の間で極秘裏に決定していたのだ。

 今3年の先輩たちが行っているのは、『協議』ではなくて『説得』だ。

 ――キャスティングを届け出る必要はないからな。

 篤人はニヤリと笑うと、B組委員長の肩を叩き、

「そう言えばB組は『ロミオとジュリエット』だそうだな」

 と、話題を変えた。

「おうよ、何てったって守先輩がいるからな」

「麻生が今年もジュリエットって聞いたけど?」

「ああ、本人はかなり抵抗を示したんだけどな、対抗馬の森澤先輩は『死んでもやらない』『学校辞めてやる』って言い張ったらしいし、何より麻生のジュリエットは守先輩直々のご指名だからな」

 ――ふうん、噂は本当だったってわけか。

 いつの頃からか囁かれ出した、『守先輩が麻生隆也を追っかけている』という噂。
 よもやあのプレイボーイが『誰か一人』に決めるとは思えなくて――というか、思いたくないのだろう――否定する輩は後を絶たないのだけれど。


 ――ま、どうでもいいことだけどな。

 篤人の頭の中は、すでに明日の『衣装合わせ』に飛んでいる。

 ――悟先輩、がんばっていただきますよ。

「じゃあな」

 演目が決まっていないと言うのに何故か上機嫌で去っていく篤人の後ろ姿を、2−Bの委員長は不思議そうに見送った。



☆ .。.:*・゜



 夜の第一練習室。
 悟は一人、黙々と練習していた。

 集中力には自信がある。
 そうでなければ、超多忙な身で成績の維持など不可能だ。

 短い時間でも、最大の効果を上げるようにもっていく。勉強でも練習でも。
 それが悟のやり方だ。

 だが…。

「…っ」

 今夜ミスタッチが多い。

 そう、去年の今日。
 葵と浅井祐介が『春琴抄』でコンビを組んだと聞いたとき、自分でも嫌になるほど動揺してしまったのだ。

 だが今年は同じ『A組』。

 それだけで、悟はすっかり安心しきっていたのだが、それが『こんなこと』になるなんて。

 ――浅井がいるからだ…。

 そう思うとやっぱり悔しい。

 悔しいから…。

 ――葵を呼びだして遊んでもらおう。


 この後悟が『どんな風』に『遊んで』もらったのかは、密室の出来事なので、定かではない。



「September Rhapsody 2」 
END


悟の身にいったい何が…?!
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